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デレ神様と修羅場と僕  作者: シベリウスP
第2期:ことりの麗しく輝ける愛の日々
9/10

Portrait9:夏の海辺の物語(前編)

夏休み、雄瑠たちはことりに誘われて岩城家が所有する無人島でキャンプをすることになる。無人島といっても、電気や水道もある『別荘生活』という感じだったが、雄瑠たちが乗って来たクルーザーが流されてしまった。

1.後悔離島キャンプ


 夏の夕暮れは、どこか物悲しい。夕日が赤と金色に染める水面を眺めながら、潮騒を聞くというシチュエーションなら余計にそう感じられるはずだ。


 だが、僕、甘羽雄瑠あまはたけるは、それどころじゃなかった。


 遠くの水面に浮かぶのは、この島にやって来た時に使ったクルーザーだ。それが無人で沖合の波に揺られている。


「ああ、あそこまで泳いでいくのは無理ですねぇ……」


 小手をかざしてクルーザーを眺めながら、そんな無責任極まりないことを冷静に発言するのは、中ノ森(なかのもり)愛実つぐみさん。クルーザーの運航責任者だ。


「そうですね。これから暗くなりますし、夏とはいえ夜に海に入るのは危険ですね」


 愛実さんに同調したのは、岩城いわしろことりさん。良家のお嬢様で、愛実さんがメイド長として仕えている女の子だ。


「どうするのお姉ちゃん!? テントや物資は何とか降ろしていたからいいものの、どうやって港に戻るのよ!? あたしはいいけど、ことりはこんな所で何日も暮らせないんじゃない?」


 愛実メイド長に文句を言っているのは、愛実さんの妹で、ことりさんの親友、中ノ森春香さんだ。


「お兄ちゃーん、キャンプファイヤーの準備できたよー……って、どうしたのみんな。海なんか見つめて?」


 そこに、セミロングの黒髪を首の後ろでくくった元気いっぱいの女の子が、僕の所に駆けて来て、海岸に並んで遠くの水面を眺めている僕たちに聞く。


「それがさ、柚乃ゆずの


「あ、海に向かって叫んでいたんでしょ? 青春だなぁ~。柚乃も叫んでいい?」


 僕の言葉を無視して、柚乃は海に向かって大声で叫んだ。


「海のっ、おばかーっ!」


 そしてすっきりした顔で僕に向き直って、


「武葉さんたちが待ってるよ。みんなでご飯食べながら、キャンプファイヤーしようよ♪」


 そう甘えてくる。僕はため息をつくと、柚乃の肩を両手でつかんで言った。


「柚乃、よく聞け。一大事が起こったんだ」


「一大事?」


 キョトンとする柚乃に、僕は深刻な表情を浮かべて言う。


「クルーザーが流された。今、あの沖合で揺れている」


「へ?」


「幸い、物資や食料、燃料などは降ろしていたからいいが、肝心のクルーザーがないと、港に戻れない」


 それを聞いた柚乃は、にまぁっと笑って、


「へ、へー。ソレハタイヘンダネー」


 少しも焦った様子もなく言う。いや、食料や燃料があると言っても、缶詰類を5日分しか持ってきていないんだぞ?


「とにかく、ここで海を眺めていても仕方ないわ。クルーザーが漂流しているのを誰かが見つけてくれたら、ここで私たちがキャンプしていることに気付いてくれるでしょうし。

まずは柚乃さんの言うとおり、ご飯を食べましょう」


 最年長者である愛実さんの一言で、みんなはキャンプへと戻ることになった。



 ……どうしてこうなったかと言うと、話は2週間前に遡る。僕たちが通うK大学は、その日が夏休み前最後の講義がある日だった。


『お兄ちゃん、メールですよ♡』


 4限目の講義が終わった後、僕のスマホに1件のメールが届いた。ちなみに僕のスマホの着信音が、全部柚乃の肉声を録音したものになっているのは、僕の趣味ではないことを釈明しておきたい。


「なんだろ?」


 僕がスマホを確認すると、メールの送信者は『岩城ことり』となっていて、本文は、


『夏休み期間中に、わたくしの家が所有している無人島でキャンプしませんか? 詳しいことをお話ししたいので、これから『猫男爵』に行きましょう♡』


 となっていた。


(いや、無人島を所有しているなんて、ことりさんの家ってどんだけお金持ちなんだよ?)


 僕は心の中でそう突っ込みながら、理系キャンパスへ向かう。僕は総合福祉学部だから文系キャンパスに通っているが、ことりさんは工学部に通う理系女子リケジョなのだ。


 僕が正門に着いた時、ことりさんは文系キャンパスに横断してきたところだった。


「あっ、雄瑠さん。メール見てくださいました?」


 漆黒の長い髪をなびかせて、ことりさんが駆け寄って来る。僕はうなずいて、


「うん。でもどうやって離島に行くんだい? 無人島なら船便はないんだろう?」


 そう聞くと、ことりさんはクスッと笑って、


「まあ、詳しいことは『猫男爵』で話しましょう?」


 僕の手を引いて、ずんずんと歩き出した。


 『猫男爵』は、大学通りから少し離れた所にある画廊喫茶である。ここのマスターと僕は、年齢を超えた友情で結ばれていて、その付き合いは8年近くになる。


 カランカラン……


 ドアを開けると、店内にカウベルの音が優しく広がる。それを聞いて、テーブルを拭いていたウェイトレスさんがこちらを向き、


「いらっしゃいま……って、なーんだ、お兄ちゃんか」


 ……たいそうなご挨拶をしてくれる。この子は僕のお隣さんで、幼馴染で、妹分の斎藤柚乃さいとうゆずのだ。僕と入れ替わりみたいな形で、ここでバイトを始めた。


「おい、僕はお客さんだぞ。一応でいいから最後まで『いらっしゃいませ』って言わないとだな……」


「はいはい、いらっしゃいませー。で、柚乃の目の前でことりさんとデート? お兄ちゃんって結構度胸あるよねー?」


 僕の言葉を遮って、ひきつった笑いを向けてくる。


「いえ、今日は雄瑠さんだけでなく、柚乃さんにも用事があったんです。バイトが暇ならちょっとお話を聞いていただけませんか?」



 ことりさんは軽く紅茶と軽食を摂りながら『無人島キャンプ』の話をした後、すぐに愛実さんを呼んで家に帰って行った。帰り際に僕たちに笑顔を向けて、


「このお話、武葉さんにも伝えておいていただけませんか? もし不参加なら、出発日前日までにお知らせいただければいいですので」


 そう言っていたってことは、この間の北海道旅行のリベンジ的なものなのかもしれない。


「とにかく、せっかくことりさんが計画してくれたことだ、参加する方向で検討したいんだけれど?」


 柚乃の今日のシフトは、午後6時までだった。だから僕は夕食もここで済ませるつもりで、武葉さんを『猫男爵』に呼んだ。


 カランカラン……


 カウベルの音と共に武葉さんが入って来る。彼女を見たマスターや、バイトの夏鈴さんは一瞬固まった。


「い、いらっしゃいませ」


 夏鈴さんが声をかけると、武葉さんはにっこりと笑って会釈した。


 武葉さん……志鳥武葉しどりたけはさんは、僕と柚乃が育った施設の近くにある神社の御祭神、武羽槌命である。僕が小学生の頃この神社を清掃したことで、武葉さんは消滅する運命を免れた。そのことに対し、深い恩義を感じている。


 また僕はその時、武葉さんと将来結婚する約束をしてしまっていた。だから彼女は、よほどのことがない限り、僕の部屋で寝泊まりしている。


 そんな武葉さんは、栗色の髪のセミロング。白い無地のTシャツの上から空色の薄いベストを着て、短めのジーンズを穿いている。そして素足に白いスニーカーという格好だった。ラフな格好だが、その美しさは群を抜いていたので、マスターや夏鈴さんが固まったのだろう。


「あ、武葉さん。こっちですよ」


 僕の隣に座った柚乃が、武葉さんに手を振る。武葉さんはニコニコしながら僕らの席にやって来ると、僕の向かいに腰を下ろし、


「雄瑠さんが私を外に呼び出すなんて珍しいですね? 何かありましたか?」


 微笑と共に聞いて来る。


「実はことりさんからの提案がありまして。それを話すついでに、三人で食事でもしようと思ったんです。武葉さん、あまり外に出る機会がないから、たまにはどうかなと思って」


「お気遣いいただきありがとうございます。嬉しいです。それで、ことりさんからの提案とは?」


 武葉さんの質問に答える形で、僕はことりさん提案の『無人島キャンプ』について説明した。


 2泊3日の予定で行い、完全なテント泊だが、電気は通っている。キャンプ場の近くには水道設備完備の建物があり、お風呂やトイレはそこを利用する。ただしスマホは使えないので、緊急時の連絡はクルーザーの無線か衛星通信を使う。


 参加者はことりさん、メイド長の愛実さん、愛実さんの妹の春香さん、僕、柚乃、武葉さんに椎葉つちはさんの7人。


 場所は瀬戸内海で、くだんの島は昭和30年代までミカンの栽培が行われていた。船着き場はないけれど、小型のクルーザー程度なら錨泊できる入り江がある。


 行き来はことりさん用のクルーザーを使い、運航はメイド長の愛実さんが行う。テントなどのキャンプギア、食料などは生鮮品3日分、缶詰などを5日分準備する。


 計画を聞く限り、そんな無謀なものではない。というか、天候の悪化など不測の事態が起こらなければ、至れり尽くせりのキャンプだ。椎葉さんを呼んでいること以外は……。


「……なぜ、椎葉まで?」


 武葉さんもそこが気になったのだろう、開口一番そう聞いて来た。


 椎葉さんは、武葉さんの双子の姉だ。見た目は武葉さんそっくりだが、ちょっと性格的に、人を困らせて楽しむ結構()()なところがあり、武葉さんでなくてもなぜ彼女を呼ぶのかは疑問だった。


 ただ、ことりさんの性格から、せっかく双子の姉がいるのなら椎葉さんも招待しようということかもしれないし、一度僕の姉を名乗った椎葉さんが、僕に積極的に迫るようけしかけたこともあったので、妙なシンパシーを感じているとも考えられる。


「とにかく、私は参加させていただきます。椎葉には私から話しておきますね?」



 椎葉さんは、この話を聞いて二つ返事でOKしたそうだ。これで、全員の参加が決まったことになる。


「いやぁ~、私にまで声をかけるとは、あのことりとかいう女の子、結構気が利くわね。これは雄瑠さんの愛人にしてキープしといた方がいいんじゃない?」


「ぶっ!」「ぶはっ!」「ぶほっ!?」


 柚乃と武葉さんと僕が一斉に噴き出す。そして誰よりも先に武葉さんが、


「つっ、椎葉っ! 言うに事欠いてなんてことを!? あああ愛人なんて、私やことりさんに失礼千万ですっ!」


 慌ててそう椎葉さんに物申す。


 だが、椎葉さんはへらへらしてのたまう。


「だってさぁ、雄瑠さんがいつまでも一人を選ばないからだよ? だから私は、雄瑠さんって今のハーレム状態の方が居心地がいいのかなーって思っただけだもん」


 ……ん、これって、ひょっとしなくても僕の方に矛先が向く?


「『もん』じゃありません! 可愛く言ってもダメです!」


「でもさぁ、武葉さん」


 あくまで『愛人』発言に気を取られている武葉さんに、比較的冷静な柚乃が話しかける。


「何でしょうか?」


 椎葉さんの襟首を引っ掴みながら武葉さんが振り返る。


「……椎葉さんが言うとおり、お兄ちゃんが一人を選ばないのがそもそもの原因、諸悪の根源じゃない?」


「……確かに……」


 柚乃の言葉を聞いて、武葉さんは椎葉さんの襟首からパッと手を放して言う。くそうっ、柚乃め、なんでこんな時だけ冷静なんだ!?


 僕は3人から詰められるのを覚悟した。情けないことに、もし詰められてもこの場で誰か一人を選べるほど、僕の気持ちは固まってはいなかったけれど……。


 だが、そんな僕の顔を見て、武葉さんははあっとため息を吐き、


「……その表情かおでは、ここで雄瑠さんに誰かを選べと詰め寄っても無駄な気がしますね? 私としては、できるだけ早く決めていただきたいんですが?

同じような設定の化野空あだしの・くうさんは、男らしく川津媛かわつひめのみことを迎えに行かれましたけど?」


「いや、『設定』って何!? それに同じ作者とはいえ、別の作品の主人公を持ち出して比較するのはズルくない!?」


 僕の突っ込みに、椎葉さんは苦笑して、


「ま、まあ武葉、作品の設定自体が違うから、そこを持ち出して雄瑠さんを責めるのはお門違いじゃない?」


 そうフォローしてくれた。と思ったら、何か明後日の方向を向いて、にっこりと微笑を浮かべて言った。


「雄瑠さんと武葉とは違い、川津媛という神様と、生まれる前から縁が結ばれていた呪禁師・化野空とその友人たちの不思議系物語、『無常堂夜話』も、良ければ読んでみてね?」


「……いや、椎葉さん、番宣はいいから」


 まったく、この物語が基本ラブコメだからできることだよな、これ……。



 閑話休題それはさておき


 僕たち4人は、指定の日にことりさんたちと合流し、愛実さんが操船するクルーザーで海に乗り出したのだった。


「しかし愛実さん、1級小型船舶操縦士の免許も持っていたんですね?」


 僕が言うと、愛実さんはレーダー画面をちらっと見て、視線を前に戻し、舵輪を操作しながら答える。


「お嬢様をいろいろな所にご案内する必要がありますから。お陰様で楽しい体験ができますね。この間のような事故はもうこりごりですが」


「じゃ、ひょっとして飛行機の操縦免許ライセンスも?」


「事業用固定翼操縦士資格を持っています。総飛行時間は今380時間ですね」


 ……か、カッコいい~!


「途中、岩城家と提携している港に寄って燃料を補充しますから、目的地まで休憩を含めて8時間ほどかかります。雄瑠様はキャビンでゆっくりお過ごしください」


「いえ、一人じゃ寂しいでしょうし、何か役に立てるなら……」


 僕が言うと、下から椎葉さんと武葉さんが上がって来て、


「私たちも、『くるぅざぁ』というものに興味がありますので、ここに居ていいでしょうか?」


 そう言う。愛実さんは狼狽しながらも、


「では、操舵室から勝手に出ないでください。それと、ちょっと手狭なので雄瑠様はキャビンに行っていただきます」


 う~ん、運航責任者からそう言われたのなら、言うことを聞かなきゃいけないな。


「分かりました。では愛実さんお疲れ様です」


 僕はそう言って、船室に降りる。そこでは、船酔いでグロッキーした柚乃を、ことりさんが介抱してくれていた。


「あ、柚乃やっぱり船酔いしたか。ごめん、ことりさん。迷惑かけて」


 僕がバッグから酔い止め薬を取り出しながら言うと、ことりさんは首を振って、


「いえ、こればかりは慣れもありますし、仕方ないですよ。それに船酔いって結構きついんで、寝られたら寝た方がいいんですが」


 そう言う。


「うう~、お兄ちゃん。柚乃きついよう。膝枕してぇ~♡」


 柚乃がそう甘えてくると、ことりさんが


「さ、柚乃さん。これを飲んだら気分が楽になりますよ?」


 そう言って、飲み薬を飲ませた。すると、


「ふぁ?……すご~くにぇむたひ……ぐう……」


 柚乃はあっという間に眠りに落ちてしまった。


「……あの、ことりさん?」


 僕がそう声をかけると、何も聞かないうちから、


「ふふ、変な薬ではありませんよ? うちの子会社が開発した即効性の酔い止めです。眠くなるのが欠点ですが、よく効きましたね?」


 そう答える。


「そんな凄い薬があるんですね?」


 僕が言うと、なぜかことりさんは目を逸らし、恐ろしいことをのたまった。


「ええ、まあ……まだお国には申請していませんけれど」


「ええっ!? 柚乃で人体実験!?」


「人聞きの悪い。臨床試験は終わっています。ただ、薬品としての登録申請の認可がまだ下りていないだけです」


 にっこりと笑うことりさんを見て、『彼女から差し出される液体には注意しよう』と思った僕だった。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2.トラブルの発生


 岩城家が所有している無人島には、クルーザーが接岸できる港のような施設はない。


 その代わり、切れ込んだ水深が深い入り江があり、そこに船を乗り入れれば、格好の泊地にはなる。

僕たちが乗ったクルーザーは、出航した日の午後2時頃、目的の島に着いた。愛実さんの操縦で危なげなく入り江に入り、中で転回して左舷を岸に寄せる。


「雄瑠様、お客様にお願いするのは心苦しいのですが、左舷前方の岸に何本か柱が立っているのが見えますか?」


 微速まで速度を落とした操舵室の中で、愛実さんが僕に話しかけてくる。僕が言われた左舷前方を見ると、確かに何本か切り株のようなものがある。


「はい。なんかタイヤみたいな物がたくさんぶら下がっている所ですよね?」


「こちらから係船索けいせんさくを投げますので、それをどれかの柱に引っ掛けてくださいませんか?」


 そう頼まれた。とすると、船から対岸に飛び移る必要がある。


 ここは入り江とはいえ波もあるし、船は微速で進んでいるので揺れもある。ただ、舷側の高さは岸と同じくらいだが、左舷と岸の間は2メートルもないので、何とか飛び移ることはできるだろう。


(……こんな芸当、女の子にはさせられないな……)


「分かりました」


 そう思って僕が承諾すると、愛実さんは、


「ありがとうございます。では私の合図であちらに飛び移ってください」


 そう言いながらエンジンを絞った。愛実さんは舵輪を操作し、惰性をうまく使って岸と離れすぎないよう操船しながら、舷側が岸より高くなった瞬間、合図をくれた。


「今ですっ!」

「やっ!」


 僕が岸に飛び移ると、愛実さんは操舵室から船首甲板に出て、


「少し離れてください!」


 そう言って何かを僕に放り投げた。


 ガランッ!


 岸に落ちたものを拾い上げると、細いロープがくくり付けられた鉄の輪だった。


「それを手繰り寄せてください。係船索が手元まで来たら、柱に引っ掛けてください!」


 僕は言われたとおりロープを手繰る。20メートルほど手繰ると、端っこは太くて頑丈な綱が輪になっている部分に括り付けられていた。これが係船索という物か、太くて硬いし、結構な重さがあるなぁ。


 僕はそう思いながらなんとか綱を柱に引っ掛ける。愛実さんが再び操舵室に戻った数秒後、ガラガラという音が船首と船尾から聞こえた。錨を下ろしているのだろう。


「ありがとうございました。これから私は船の状態を確認しますので、食料や資材の搬出をお願いできますか?」


 錨を下ろした船から渡し板をかけ、愛実さんが僕のところに来て言う。まあ、男は僕しかいないから、必然的に力仕事は僕の役割なんだろう。


「分かりました。どこに下ろせばいいですか?」


「入り江の奥、50メートルほど行った所に広場と小屋が2軒あります。シャワー室とトイレがある小屋と、緊急避難用の小屋です。

その広場には水道も通っていますので、蛇口に近い所に運んでおいてもらえますか?」


「分かりました」


 僕はそう答えて、何往復かしながらも資材一式を運び込んだ。接岸して1時間が経過、時刻は午後3時を回っている。これは早めに寝る場所を整えた方がいい。


 その後は、春香さんと愛実さんがテントを立て、僕はその手伝い。ことりさんと柚乃は武葉さんたちと一緒に食事の準備と、手分けしてキャンプの準備を整えた。


「今日はもう泳げないね。あーあ、海水浴は明日のお楽しみかぁ」


 柚乃はそう言うと、何かを思い付いたように目を輝かせた。


「そう言えば、南の浜辺にいっぱい木材が流れ着いていたよね? お兄ちゃん、キャンプファイヤーしよう、キャンプファイヤー!」


 それを聞いて、春香さんもうなずく。


「いいね! あたしも賛成。周りに誰もいないから、ちょっと騒いでも迷惑にならないし。

雄瑠くん、早速浜辺に行ってみようよ」


「あっ、雄瑠さん。ちょっといいですか!?」


 その時、ことりさんが僕を呼んでいるのが聞こえたが、僕は気にもせず柚乃や春香さんと海岸に行ってしまった。



 僕と柚乃は、春香さんと一緒に南の浜辺に出てみた。今は引き潮なのか、波打ち際が遠い。けれど、海岸には太いものから細いものまでたくさんの木材が転がっている。キャンプファイヤーの程度にもよるが、かなり大掛かりな井桁が組めそうなくらいの数だった。


「よし、まずは使えそうなやつを選別するか」


 僕らは手頃な太さで、あまり濡れていないものを中心に選別する。


 30分もすると、50本以上の木材を選び出すことができた。


「……これだけあれば、かなりの物が作れるな。じゃ、広場まで運ぶか」


 僕たちはさらに30分ほどかけて材木を運ぶ。井桁を組む場所はテントの風下、入り江に近く、樹木から遠い場所を選んだ。


「柚乃たち、着火用の木っ端を探してくるね?」


 柚乃と春香さんがそう言って林の方に歩いて行った。辺りはだいぶ暗くなってきている。僕が井桁を組み上げた時、クルーザーの係留場所から、愛実さんが慌てて駆けて来た。


「お嬢様、大変です。クルーザーが見当たりません!」


 それを聞いて、ことりさんは『?』といった顔をする。だが、これは『帰りの手段がなくなった』ということを意味するのだ。


 そのことに思い至った時、僕とことりさんは愛実さんと共に係留場所へと駆けだした。


 息を切らして駆け付けたが、クルーザーは影も形もなくなっている。全長20メートルに近い大きさがあるのだ。そこに浮かんでいて見えないということはあり得ない。


「沈んだの?」


「いえ、ここの水深は5メートルほどですから、沈没していれば横転していても分かります。係船索が切れたのでしょうか?」


 そう言いながら柱の方に歩いていく。1本だけ途中で折れた柱があった。


「……柱が折れていますね。錨を引きずりながら漂流しているのでしょうか? でもこの辺りの海底は岩が多いから、錨が引っ掛かりそうなものですが……」


 不思議そうにしている愛実さんに、


「周囲を見てみましょう。案外まだ近くに浮いているかもしれません」


 そう提案する。愛実さんは少し考えて、


「引き波に乗って入り江を出たのなら、その後は潮流に流されているかもしれません。

この辺りの潮流は東向きですから、南の浜辺に行ってみましょう」


 そう言うと、先に立って走り出し、そこで遠くに漂流するクルーザーを見つけ、第1章冒頭のセリフになるのだ。



 もはやキャンプファイヤーどころではなく、焚火を中心に今後を話し合うことにした。


「これはキャンプどころじゃありませんね」


 ことりさんがそう言うと、全員がうなずく。どんなに能天気な人物でも、今の状況で『キャンプ楽しい~♪』などと言うわけはないのだ。


「愛実、緊急用の避難小屋は定員何名ですか?」


「はい。2人部屋が4部屋あります。真ん中の共用スペースまで使えば最大12人まで収容可能です。ただ、まだ掃除が済んでいません」


 ……ということは、全員が避難小屋に入れる。


「分かりました。今夜はテントで寝て、明日、テント撤去組と掃除組に分かれましょう。

部屋割りは、愛実と春香さん、武葉さんと椎葉さん、私と柚乃さんでいいでしょうか?

雄瑠さんはお一人で宿泊してくださいね? 寂しいでしょうけど」


 おっと、ことりさんは『常識人モード』のようだ。今の部屋割りなら、誰も文句を言わないだろう。そう思っていたが、


「ぐふふ、これで他の人を眠らせてしまえば、雄瑠さんの部屋に入り浸り放題ですわ。雄瑠さん、早速今夜、夜這いにお伺いしますね?」


「……なんで心の声が駄々洩れになるかなぁ~? それを言わなければ、『ことりさんも危なくなくなった』と思えたのに……」


 こちらを見て目を輝かせることりさんに、僕は思わずため息を吐くのだった。


「こほん、お嬢様。それはそれとして、問題は明日以降、どうやって救援を求めるかです。

クルーザーが発見されれば持ち主は分かりますが、私たちがこの島に来ていることは誰も知りませんが?」


 愛実さんが言う。僕は驚いて尋ねた。


「え? お屋敷を出る時、ご家族には何も伝えていないんですか?」


「はい、お嬢様が恥ずかしがって、『北海道旅行のリベンジ』としか伝えていらっしゃいません。もちろん、旦那様も奥様も、前回のメンバーで出かけることはご承知ですが」


「じゃ、クルーザーで出航するまでしか、あたしたちの足取りは追えないってこと!?」


 春香さんはそう言った後、ハッと気づいて、


「そうだお姉ちゃん、航海日誌は!? この島に来たことを書いているんでしょ? それが見つかれば、この島にいることが分かってもらえるよ!」


 そう言う。そう言えばそうだった。


 ところが、愛実さんは


「え? 航海日誌なら、到着後すぐはいろいろ立て込んだので、ゆっくり記入しようとここに持って来ちゃったけれど」


 そう言いながら分厚い日誌を取り出す。


「航海日誌って船に常備しておくものじゃないんですか!?」


「本当はそうなんだけど、つい記入するのを忘れそうになったんで、今夜書こうかと思って持って来ちゃったんですよね。てへぺろ☆」


 うーん、一番常識人で、一番しっかり者のはずの愛実さんがこれじゃ、打つ手がないと言わざるを得ない。こうなったら、できるだけ持ち込んだ食料を節約するために現地調達をしながら、一刻も早くクルーザーが見つかることを祈るしかない。


「そして昼間はできるだけ火を焚いて煙を上げるしかないですね。無人島から煙が上がれば、誰かが見に来てくれるかもしれないですし」


 僕が言うが、愛実さんは悲観的な情報しか持っていないのか、


「……瀬戸内海の主要航路は、ぜんぶこの島の北側を通ってるんですよね。それに漁場もこの島から遠いし……ただ、雄瑠様の仰るとおりやってみる価値はあると思います」


 どこか消極的だった。



(参ったなぁ、どうにかできないのか?)


 僕がテントの中で考え込んでいると、柚乃が入って来た。


「お兄ちゃん、明日は一緒に魚釣りしようね♪」


 こんな時、柚乃の前向きな姿勢には救われる。僕は微笑しながら、


「柚乃は不安じゃないのか? 助けが来るかどうかはまだ分からないんだぞ?」


 そう聞くと、彼女はニコニコ顔で答える。


「え? 今のところあんまり不安はないよ。だって遠くはあるけれど対岸には工場の明かりも見えるし、お兄ちゃんが何とかしてくれるって信じているし。

最悪、この島から出られなくなっても、お兄ちゃんがいるからそれもいっか~って思っちゃうんだ♡」


 それを聞いて、僕は思わず吹き出してしまう。


「え? なに? 柚乃何かおかしいこと言った?」


 僕は、キョトンとしてそう言う柚乃の頭を撫でて、


「いや、笑っちゃって悪い。でも、柚乃のおかげで何とかなりそうな気がしてきたよ。やっぱり、お前の笑顔って元気が出るな」


 そう言うと、柚乃は薄い胸を反らして


「えっへん! そうでしょ? 柚乃に惚れ直した?」


 そう言って笑ったのだった。


 そこに、


「雄瑠さん、ちょっとご相談がありますが」


 そう言いながら武葉さんが入って来る。


「何でしょうか? 柚乃もいるのでちょっと狭いですが、どうぞ」


「それは構いません。想定内ですから」


 武葉さんはそう言って座ると、柚乃と僕を見て聞いた。


「お二人は、椎葉を見かけませんでしたか?」


「えっ? さっきの話し合いの時は、武葉さんの隣に座っていましたよね?」


「テントにはいないの?」


「はい。話し合いの後、どこかに行ってしまって……。ひょっとしたら神社に帰っているのかもしれませんが」


 武葉さんがそう言って首をかしげる。その時、僕はうっかり忘れていた大事なことを思い出した。


「……忘れていましたが。武葉さんや椎葉さんは、ここから神社に戻れるんですよね?」


 武葉さんはキョトンとした顔をして


「まぁ、一応神ですので。それが何か?」


「だったら、武葉さんや椎葉さんに頼めば、僕たちがここに居ることを知らせることができるんですよね?」


 僕が聞くと、武葉さんはいかにも不思議そうに、


「ええ。頼まれなくてもそのつもりでしたが? 誰に伝えたらいいかを雄瑠さんからことりさんに聞いてもらおうとは思っていました」


 そう言うではないか! よし、これで助かった!


 僕は思わず武葉さんの手を握りしめていた。


「武葉さん、お願いがあるんだ!」


「ふぇっ!? 雄瑠さん、どうしたんですか?」


 武葉さんは、手を握られるなんて思ってもいなかったようだ。顔を赤くしてそう言うと視線を逸らす。


「明日の朝、神社に行って助けを呼んできてくれないかな? ただ待っているだけじゃ、大変なことになる予感がするんだ」


「あ、そうか。武葉さんに頼めばよかったんだ」


 僕の言葉を聞いて柚乃が今さらのように言う。そうは言ったが、急ににたーっと笑って、


「武葉さん♪ ちょっといいですかぁ~?」


 なんか悪い笑顔で武葉さんに手招きをする。


「? 何でしょう? 私はすぐにでも雄瑠さんのために神社に戻りたいんですが?」


 そういう武葉さんの手を柚乃は強引に引っ張る。


「いーから、こっちこっち!」

「あ、そんなに手を引っ張らないでください。行きます、行きますから!」

「おい、柚乃。どうしたんだ!?」


 僕が止めるのも聞かず、柚乃は武葉さんをテントの外に引っ張り出してしまった。



 柚乃は、武葉をクルーザーが係留されていた場所まで引っ張って来ると、にこりと笑って言った。月が煌々と輝いている。


「武葉さん、すぐに帰りたい?」


 柚乃のその言葉に、武葉は不思議そうに首をかしげる。


「あの、すぐに帰りたいか、とは?」


「だってさ、武葉さんがいればいつでも連絡が取れるんでしょ? だったらさ、無人島で遭難経験ってのも、非日常的でいいじゃない?

ひょっとしたらさ、お兄ちゃんと楽しいことができるかもしれないし。ラッキー☆スケベ的な?」


「ラララ、ラッキースケベ、ですか? はわわわわ……」


 柚乃の言葉で何を想像したのか、武葉が真っ赤になった頬を押さえる。


「あのさ、武葉さん。前々から思っていたんだけど、武葉さんってそっちの経験ってないの? お兄ちゃんの話では2百歳って聞いてるけど、とても初心な感じがするんだよね」


 柚乃が聞くと、武葉は赤い顔のままうなずく。


「え、えっとぉ~。私も椎葉も、そんな経験はまったくありません。そもそも、私に好意を向けてくださったのは雄瑠さんが初めてですしお寿司」


「そ、そうなんだ。たまーにモーソーとかしないの?」


「そうですねぇ。雄瑠さんと出会うまでは、あまりそういうことに興味がなくて……氏子も多かったですし、その願いを聞き届けることで忙しかったですからね。

でも雄瑠さんと出会って、いざ自分もそういうことができるかもと考え出したら、何というか……か、身体が火照るっていうんですか? 我慢できない時もありますね」


 もじもじとしながら話す武葉に、柚乃はずばりと言う。


「うわ、ちょっと想像しちゃったっていうか……でも、神様だって欲情するんだね?」


「それはそうですよ。一部の例外を除けば、どんなに清楚でお淑やかな女神でも、やることやらないと子どもはできませんから」


「ふ、ふぅ~ん。で、お兄ちゃんとそんなことしたいんだ?」


 柚乃は顔を真っ赤にして聞くが、武葉は純粋な笑みを浮かべて答えた。


「好きな人と結ばれたいっていう気持ちは万国共通。恋を知った乙女なら、みんなそうなのでは? 柚乃さんだってそうでしょう?」


「そ、それはそうだけど。柚乃も未経験だから、何をどうやったらいいか分かんなくて。

だからお兄ちゃんが手を出してくれるのを待っているっていうか……はあ……」


 柚乃がため息をついた時、闇の中から雄瑠が現れた。顔を真っ赤にしているから、二人の話が聞こえていたに違いない。


「……なんだなんだ、なんてこと話してるんだ柚乃も武葉さんも……」


「お、お兄ちゃん!? 乙女同士の話を盗み聞きしてたなんてシュミ悪いよ?」


 赤くなって柚乃が雄瑠に突っかかる。


「いや、聞こえちゃったんだよ。それで武葉さん、さっきの話ですが、お願いできますか?」


「さ、さっきの話とは?」


 雄瑠の言葉に、武葉は赤くなって目を逸らす。


「えっと、僕たちが遭難していることを誰かに知らせてほしいってことですが……」


 雄瑠が言うと、武葉はチラリと雄瑠を見て聞いた。


「あ、あのう……雄瑠さんはそんなに帰りたいですか?」


「え? そ、そりゃあ、今の状態が続けば命の危険だって高まりますし。キャンプなんていつでもやり直せるじゃないですか?」


 雄瑠がそう言うと、急に柚乃が抱き着いてきて言う。


「お兄ちゃん、柚乃はしばらくこのままこの島に居たい!」


「ば、バカを言うな!? 長期の滞在を予定していないから食料だって少ないんだぞ?」


 雄瑠は驚いて柚乃に言い聞かせるが、柚乃は抱き着いたまま雄瑠を見上げて言った。


「だって、武葉さんや椎葉さんがいれば、助けはいつだって呼べるじゃない? だったら、無人島サバイバルごっこを体験してみたいんだけど?」


 むすっとしている柚乃に、雄瑠は苦笑しながら言う。


「あのね柚乃、助けを呼びに行っても、すぐに来てくれるとは限らないんだ。救援要請をした後、助けが来るまで柚乃の言う体験をすればいいじゃないか」


 しかし、雄瑠の常識的な意見は、そこに現れたことりによって無視されてしまった。


「無人島サバイバルの体験ですか? それは面白そうですね!?」


 それから雄瑠たちは、避難小屋の中で夕食を取りつつ今後のことを話し合ったが、結局ことりの意見によって、成り行きに任せるということになった。


 雄瑠は運航責任者でもあり、一番の年長者でもあり、唯一の社会人として常識的な判断力を持っているはずの愛実の顔を見る。彼女の言うことなら、ことりは聞いてくれることを知っていて、愛実に意見してほしかったからだ。


 だが、なぜか愛実は黙ったままで、ことりの意見にうなずいてしまった。


(……マジかこいつら。万が一のことがあったらどうするつもりだ?)


 雄瑠は愕然としてそう思ったが、ことりだって聡明な女の子で、しかも結構腹黒いところがあることも知っているので、


(……何か考えがあるのか、それともすでに手を打っているのかな? でないとあの責任感が強い愛実さんが、こんな意見に唯々諾々とうなずくわけがない)


 そう思うことにしたのだった。


【デレ神様と修羅場と僕:9.夏の海辺の物語 後編へ続く】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第2期になって、雄瑠くんたちの行動範囲が広がっている感じがします。まぁ、エピソードを重ねるうちに登場人物が増え、その人間関係の中で遠出する機会も、手段も、理由も増えるでしょうからね。しょうがないね。

で、今回のエピソードですが、夏と言えば海、海と言えば無人島ってことで、ことりさんちの無人島でのお話です。のっけからクルーザーが流されるなど、現実ではちょっとありえない(絶対にありえないかというとそうでもない)場面から始めてみました。

さて、彼らはこの先どうなるのか、次回をお楽しみに。

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