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デレ神様と修羅場と僕  作者: シベリウスP
第1期:夢+君=幸せ(You Make Me Happy)
4/7

Portrait4:KANNU先生、仕事の一日

雄瑠は再び、ことりが書く小説の挿絵を任されることになった。仕事で会うことが多くなった二人だが、ある日雄瑠にことりが送った仕事上のメールを柚乃に見られてしまい……。

1.打ち合わせのお時間ですよ


「やあ、雄瑠たけるくん。相変わらず時化しけた顔してるねぇ?」


 そう言いながら僕の隣の席に座ってきたのは、常盤光弘ときわ・みつひろ。いいとこの坊ちゃんで僕の親友だ。


 茶髪で耳にはピアス、金のネックレスをしてちょっとチャラい感じがするが、実際はとてもチャラい。いいとこの坊ちゃんのくせに、バイトと飲み会で大学生活を謳歌している。きっと今日も、最初の出席確認だけして後はバックレるに違いない。


「……急な仕事が昨日やっと終わったんだ。ここ数日はあまり寝ていないんだよ。光弘はいつもどおり、途中でバックレるのか?」


 僕がそう言い返すと、案の定、彼は回ってきた出席確認の名簿の自分の学生番号にチェックを入れ、僕にそのタブレットを手渡しながら、


「そーいうこと☆ じゃ、後のノートは頼むわ。ボク、これから女の子と遊園地に行く約束しているから」


 そう言って、教授の隙を見て大講堂を出て行ってしまった。


「……ったく、第2外国語とはいえ必修なんだから、もっと真面目に出席すればいいのに」


 僕はそうつぶやきながら、教授の板書を書き写していると、不意にスマホがメールの着信を告げる。


「何だ、こっちは講義中だって言うのに……」


 僕は不機嫌な顔でスマホを見る。ゲーム会社や出版社、あるいは幼馴染の柚乃ゆずのからの緊急連絡かもしれないので、無視はできない。


 僕はメールの送り主を見る。『光弘』となっているのを確認すると、そのままスマホをポケットにしまった。どうせ、くだらないことに違いないからだ。


 90分の講義が終わると、僕は改めてメールを見る。


春香はるかがお前に話があるって言ってるから、お昼に学食に来てくれないか?』


 そう言う文面だった。


 春香さんと言えば、いつぞやの合コンで会ったことがある。金髪ポニテの元気がいい女の子だった。その子が僕に何の用だろうか?


(ひょっとしたら、ことりさんのことかな? ま、光弘もいるなら、たいした話じゃないだろうな)


 そう思いながら、僕は学食に急いだ。


「待っていたわ、甘羽あまは雄瑠くん」


 僕を見つけた春香さんが、最初に言ったのがこんなセリフだった。光弘はいない。『来てくれないか?』という文面にもかかわらず、本人が来ないのは反則じゃないか?


 僕はそう思いながら、春香さんに聞く。


「お久しぶりです。たしか、中ノ森春香(なかのもり・はるか)さんでしたっけ? 光弘は来ないんですか?」


「光弘には関係ないことだもの。ただ、あたしと二人ならあなたが来ない可能性があるからって、光弘がああいう文面で送ってくれたの」


 春香さんは不機嫌そうに言う。金髪ポニテは前に会った時と同じで、今日は革ジャンとジーンズといういで立ちだ。


 僕は彼女から、何というか『威嚇』のようなものを感じたが、僕が彼女に何かしたわけではないので、話を聞くまでは彼女が何を思っているのか判らない。


「とりあえず何か食べます?」


 僕はそう言うと、彼女と共に学食の端っこ、あまり目立たない席に座った。

 彼女は僕の真向いの席に座ると、むっつりした顔で、


「あなた、ことりと付き合ってるんですって? 理系キャンパスではすごい噂よ」


 そう言いながら、僕の顔を覗き込んで来る。


「ことりは、あたしの親友なの。あの子、いいとこのお嬢さんだし、あのルックスであの性格だから、狙っている男は多かったのよ。

でも、みーんな下心丸見えでね、ことりは男性不信に陥っていたの。だからあの日、合コンに誘って気晴らしさせるつもりだったけど、あなたに一目惚れしたみたいね」


「あんな可愛い子との噂が立つなんて光栄だな。罰が当たりそうだ」


 僕がサンドイッチを頬張りながら言うと、春香さんは不機嫌さを隠さずに、


「何その反応!? あなた、彼氏でしょう!? 本当にことりと付き合ってるの!? まさかことりを弄んでるわけじゃないでしょうね!?」


 キツイ声で僕に詰め寄って来る。


「まさか、あんないい子を弄ぶわけないですよ。ただ、『彼氏』っていうのは誤解だ……そう言いたかっただけで」


 僕がそう答えると、春香さんはジト目で僕を見ながら失礼極まりないことを聞く。


「ふぅ~ん。結構女の子の扱いに慣れているみたいね? 光弘はあなたが『恋人いない歴=年齢』だって言ってたけど、それ本当?」


「本当ですよ。ちなみに今、僕のライフが1千ポイント減りました。恋人がいないって話は僕に効きますので、その点を深くはえぐらないでくれませんか?」


 そう言うと、


「じゃ、ことりとはどういう関係? ことり自身が『雄瑠さんとお付き合いを始めちゃった』って報告してくれたんだけど、あれってことりの勘違い? もしそうなら、あなたが勘違いさせるようなことやったってことでしょ?」


 春香さんは舌鋒鋭く僕を責め立ててくる。


 その時、『お兄ちゃん、メールですよ♡』と、スマホにメールが来た。


「……何今の? 女の子の声だったわよね? しかもことりの声じゃなかったし……『お兄ちゃん』? あなた、もしかしてシスコン? 着信音に妹の肉声を設定するなんて引くわぁ……」


「あの、好きで設定しているんじゃないんで。そんなドン引きしないでもらえます?」


 引きつった表情で引いている春香さんにそう言うと、彼女は納得したように、


「あ? ああ、あなたがシスコンなんじゃなく、妹さんが重度のブラコンなわけね?

そう言えばことりが言ってたっけ、『雄瑠さんには柚乃さんという可愛らしい妹さんがいる』って。彼女、あなたの妹さんを『義妹いもうとちゃん』って呼ぶくらいあなたに夢中なのよ?

それなのに、あなたは『彼氏っていうのは誤解だ』なんて、ちょっと無責任じゃない?

ちゃんとことりのこと考えてるの!?」


 納得しながらも、さらにヒートアップして責めてくる。僕が黙っていると、春香さんは食器トレイを持って立ち上がりながら、


「とにかく、ことりはあたしの大事な親友なんだから、泣かせたりしたら承知しないんだからね! それが言いたかったの、分かった!?」


 そう言い捨てて、返却口の方へ歩いて行ってしまった。



 今日の講義がすべて終了した後、僕は次の仕事について打ち合わせるために、出版社『11次元』に向かっていた。


 大学の校門まで来た時、


「雄瑠さん、今日はもう講義終わったんですか?」


 横断歩道の向こうから、岩城いわしろことりさんが声をかけて来た。


 ことりさんは、工学部に通う3年生だ。長い黒髪は丁寧に手入れされていて、清楚可憐な雰囲気をまとっている。いいとこのお嬢さんで、見た目も性格も◎であるからして、男性人気も高い。特に、女性の比率が低い理系キャンパスでは、圧倒的な人気を誇っている。


 僕は理系キャンパス側に道路を渡ると、待っていてくれたことりさんと並んで歩きだす。


「今から『11次元』だけど、ことりさんも?」


「はい。新しい作品について、挿絵を協議することになっています。期待していますよ、KANNU(カンウ)先生?」


 ことりさんは楽しそうに僕の顔を見上げながら話す。彼女はこう見えて、『11次元』社の秘蔵っ子ともいえるラノベ作家だ、ペンネームを『源高閣げん・こうかく』という。


 そして僕自身も、イラストレーター『KANNU』として、挿絵やイラスト、キャラクターデザインなんかを仕事にしている。


 ちなみに、二人とも今は『顔出しNG』で活動しているので、周囲のみんなは僕たちがクリエイターであることは知らない。


「じゃ、今度も源高閣先生の作品に関わらせてもらえるわけだ。光栄ですよ」


「うふ♡ わたくしの作品に挿絵を描けるのは、KANNU先生しかいません。担当のO島さんも、あなたをわたくしの専属絵師として考えてくれていますので」


 ……至極光栄である。光栄であるが……。


「今度の作品は、ダークヒーローコメディです。『無口なおれは、ダメ天使のためだけに微笑わらう』っていって、冴えないけれど渋くてカッコいい主人公が、突然押しかけて来た美少女ダメダメ天使が引き起こすドタバタに巻き込まれる……という感じです」


 天使どころか聖母のようなキラキラとした微笑と共に、自分の作品のことを語る彼女が、僕を押し倒して関係を迫ってきた人物と同じだなんて信じられない。


 僕がボーッとして彼女を見ていると、ことりさんはキョトンとして聞いて来る。


「? 雄瑠さん? 何か考え事しています?」


「あ、いや」


「もしかして、わたくしが『忘れてください』って頼んだこと、思い出したりしていないでしょうね? やめてくださいよね、恥ずかしいんですから」


 ムッとした顔で覗き込んで来る。僕は慌ててその場を取り繕った。


「いや、話を聞いていて、主人公のトキロウやサーシャってどんな感じにすれば君のイメージ通りなんだろうって考えちゃっててさ。ごめん」


 するとことりさんは途端に機嫌を直し、


「そうでしたか! わたくしの話を聞いて、もうそこまで考えてくださるなんて、やっぱり雄瑠さんは最高の絵師さんです!」


 そう言って抱き着いて来る。


「わっ! ことりさん、恥ずかしいから離れて」


「どうしてですか? わたくしたち恋人同士でもあるんですから、このくらい普通じゃないですか。この衝動を我慢しろとおっしゃるなら……」


 あっ、ことりさんの眼のハイライトが消えたぞ。これはマズい方向に話が行っちゃうかもだぜ……。


「……わたくしの家に雄瑠さんを拉致監禁して、強制的に搾り取って差し上げてもよろしいんですよ?」


「言っちゃったよ! 『拉致監禁』って言っちゃったよ! そして『搾り取る』って何!? 僕、何を搾り取られるの!?」


「それはもちろん、雄瑠さんとの子作りに必須なものですわ。空になるまでわたくしの中に出していただいて結構ですのよ?」


「……こ、ことりさん、もう『11次元』のビルに着いたけど?」


 運よく、ちょうど仕事場に着いて、ことりさんはいつもの『お淑やかモード』に戻ってくれた。はぁ、怖かった。



「では、主要なキャラクターはこの方向で行きましょう。今日はお疲れさまでした!」


 打ち合わせが終わり、担当のO島さんがニコニコ顔でそう言う。僕はいつものとおり、主人公の立ち絵を色紙に描いて、ことりさんとO島さん、そして『11次元』に渡した。


「これこれ。KANNU先生は新作打ち合わせがあると、毎回毎回、立ち絵色紙をサイン入りでくれるからいいのよねぇ~」


 O島さんはホクホク顔である。


「……はぁ~、雄瑠さんって、どうしていつも、わたくしの頭の中にいるキャラクターたちを、こうも正確に、生き生きと絵にできるんでしょう?」


 ことりさんは、色紙に描かれたトキロウとサーシャちゃんを見てポーっとしている。


「そぉれはやはりぃ、二人が付き合っちゃってるからじゃないですかぁ?」


 O島さんがニヤニヤ顔で言う。僕はすぐに否定しようとしたが、


「いや、僕t……ぐへっ!」

「い、いやですよO島さん~。そんなに揶揄からかわないでくださいよぅ~♡」

「源高閣先生。い、いま、KANNU先生の鳩尾みぞおちを殴りませんでした!?」

「気のせいですぅ~♡」

「ちーん……」


 デレることりさんによって阻止されてしまった……合掌……。


「……んあ?」


 どうやら僕は気を失っていたらしい。気が付いた時には、やわらかいベッドの上に寝かされていた。


(……すごいな。あったかいけれど、ちっとも重さを感じない。これが『やわらか羽毛布団』ってやつなのか?)


 僕がそう思っていると、ドアが開いてことりさんと、いつか会ったメイド長、そして中年の女性が入ってきた。


「気が付かれましたか?」


 中年の女性が僕に話しかけてくる。寝たままで話すのは失礼だと思った僕は起き上がろうとしたが、お腹に鈍い痛みを感じて思わず呻いた。


「ぐ……」


愛実つぐみ、お客様を介抱して」


「はい」


 中年の女性がそう言うと、メイド長が音もなく近づき、僕の背を支えて起き上がらせてくれた。


「ありがとうございます」


「気にしないで結構です。奥様のお話をお聞きください」


 メイド長がそう言うので、僕は視線を中年の女性に向けた。彼女は少し頬を緩めると、


「私はことりの母、小鳩です。いつもことりがご迷惑をかけているようですね?」


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2.神様って嫉妬深いんだ


「……さて、今日はこのくらいで終わるかぁ」


 僕はアパートの居間にしつらえた仕事スペースの中で、そう言いながら背伸びをする。源高閣先生の新作『無口なおれは、ダメ天使のためだけに微笑わらう』では、表紙や裏表紙、折り込みイラストやカバーや挿絵で合計26枚のイラストが必要だ。


 このうち、僕自身がキャラのポーズや構成まで考える必要があるのは表紙と裏表紙、そして折り込み分計4枚で、カバー用にはキャラ素材だけを提供すれば、『11次元』の編集者がレイアウトを考えてくれる。挿絵は源先生やO島さんが指定した場面を描けばいい。


 納期は1か月。効率的に進めるには、あまり悩まないで済むものから片付けるに限る。そう言うことで、僕は挿絵22枚を先に仕上げることにして、ようやくそれが終わったところだった。


「あ、雄瑠さん。もうお仕事は終わりましたか?」


「お兄ちゃんお疲れ~」


 リビングでは、栗色の髪をした和装美女、志鳥武葉しどり・たけはさんと、黒髪セミロングの美少女、斎藤柚乃さいとう・ゆずのが、ソファに座って僕にそう声をかけて来た。


「柚乃、もう宿題は済んだか?」


「済んだよ。やっぱお兄ちゃんの部屋の方が、勉強が進むね~♡」


 そう言いながら、僕の隣に座り直して身体を寄せてくる。


 柚乃は、隣の部屋に住む幼馴染だ。僕と彼女は同じ施設で育った。そして彼女が18歳になった時、たまたま僕の隣の部屋が空いたのをきっかけに施設を退所し、僕の隣で一人暮らしを始めた。


 施設にいた頃、僕は柚乃を妹みたいに可愛がっていたので、彼女はすっかり僕に懐き、僕を追いかけて来たのだ。そんな柚乃に対し、僕は彼女が結婚するまで面倒見てやらないとという使命感みたいなものを感じている。


「柚乃さん、雄瑠さんは疲れていらっしゃるのです。甘えるのも程々にしなさいな」


 キッチンからお茶を運んできた武葉さんが、僕と柚乃の様子を見てそう注意する。


 武葉さんは、僕と柚乃が暮らしていた施設の近くに鎮座する神社の祭神……武羽槌命タケハヅチノミコトだ……と本人は仰っている。長らく見向きもされずにいた神社を僕が掃除したことで、消え去る運命を回避したそうで、武葉さんはそのことをとても恩義に感じているらしい。


 それに、僕は11歳の頃、武葉さんと結婚の約束を交わしていた。そのことも、彼女が僕の部屋に入りびたり、しばしば泊まっていく理由になっている。


「むぅ~、いいじゃない。ここしばらくお兄ちゃんに構ってもらえないから、柚乃はお兄ちゃん成分が不足しているんだもん」


「ちょ、ちょっと柚乃。そんなに密着するな」


「なぁにお兄ちゃん。そんなに顔を赤くすることないじゃん。ははぁ、さては柚乃の胸に反応しているんだね?」


 そう言いながら、腕に胸を押し付けてくる。柚乃の胸は決して大きくはないが、それでもこういう風に押し付けられると、それなりに柔らかさや弾力を感じてしまう。


「柚乃さん、はしたないですよ。雄瑠さんが困っています。もうそのくらいにして差し上げなさい」


「やだもんやだもん! ちゃんと宿題をしたご褒美だもん!」


 武葉さんの言葉を受け入れずに、ますます僕に密着する柚乃を見て、ついに武葉さんがキレた。優しそうな表情や上品な笑顔はそのままだが、その目からハイライトが消えた。


「……甘えるのは、雄瑠さんの疲れが取れてからにしましょうかぁ~?」

「ひっ!?」


 柚乃はビビって、さらに僕にきつくしがみつく。それを見て、武葉さんはさらに激高したのか、声を険しくして言う。


「そもそも雄瑠さんは私の夫です。妻の前で、淫らに雄瑠さんを誘惑しないでいただきましょう!」


 武葉さんの眼は据わり、額に2本の角が生えている。初めて見る姿だった。


「た、武葉さん、ちょっと怖いよ? 落ち着こう?」


 怖さのあまり失神してしまった柚乃を抱えながら僕が言うと、武葉さんは急に悲しそうな顔になって、


「……すみません、私もちょっと大人げなかったです。つい荒魂が表面に出てしまいました。柚乃さんには悪いことをしましたね、雄瑠さんから謝っておいてください」


 そう言うと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。


「あ、武葉さん!」


 僕は引き留めたが、武葉さんはそのまま夜の闇の中に消えてしまった。


(……怖かったぁ~。武葉さんって本当に神様だったんだなぁ……)


 僕は柚乃を寝室に運びながら、そんなことを考えていたが、武葉さんをこのままにもできない。柚乃を僕のベッドに寝かせた後、枕元に書置きをして、僕は夜の町に武葉さんを探して飛び出した。



「……本当に、大人げないことをしました……」


 私は、近くの公園で長椅子に座り、さっき思わず荒魂を発動させてしまったことを後悔していた。


 私たち神には、四つの側面がある。そのうち和魂と荒魂の二つの側面を持って顕現した私だが、よほどのことがない限り荒魂は出てこない。それこそ、怨敵を調伏する時や外敵を打破する時に発現する側面であり、神であるがゆえにその威力も強大だ。


 人間の、ましてやまだ少女である柚乃さんに向けて発動すべきものではないのだが、私の嫉妬はそんな常識すらかなぐり捨てさせるほど強いものだったのかもしれない。


「……私がこんなに重い女神だとは、思いもしませんでした」


「『おもい』だけに?」


「雄瑠さん! どうしてここに? そして何だか寒いです」


「あれぇ~? 滑ったぁ?」


 私は後ろから雄瑠さんに声をかけられてびっくりする。雄瑠さんは私の隣に腰かけて、


「武葉さんが神社に戻ったのでない限り、そんなに遠くには行っていないだろうなと思いまして。なにせ、武葉さんは和服だし、動き回るには不便でしょうしね」


 そう言った後、


「あれって、荒魂ですよね? 普段清楚でお淑やかな女神様でも、本気になればあんなに恐ろしい顔もできるんですね」


 そう言って笑う。私は恥ずかしくて、情けなくて、穴があったら入りたい気持ちがした。


「……嫌いになったでしょう? こんな私のこと。私は雄瑠さんに近付く女子おなごを片っ端から排除しないと気が済まない、嫉妬深い女神になるかもしれないんです。こんな気持ち、重すぎますよね?」


 私は泣きそうになりながらそう言う。同じ人間同士でも、愛が重ければ敬遠されることが多いという。ましてやこれが神からの重すぎる愛だとすれば、人間である雄瑠さんが辟易して私に愛想を尽かしても無理はないところだ……私はそう頭では理解していた。


 しかし、心は違う。もしも雄瑠さんが私を嫌うなら、それを私の心が受け止められるかは自信がない。だから私は、雄瑠さんの部屋を飛び出したのだ。


 雄瑠さんが柚乃さんにかまけて私のことを見捨てるなら、そのまま神社に戻って二度とここには来ないつもりだった。そうすれば、私が雄瑠さんに危害を加えることもない。


 でも心のどこかで、雄瑠さんが私を探してくれるのを期待していたのも事実だ。でなければさっさと神社に戻り、公園で未練たらしく雄瑠さんを待つこともなかった。


 雄瑠さんは私の言葉に対しどう言ってくれるだろう? もしも、私を拒絶する言葉が出たら、私はこの場で雄瑠さんの命を奪うかもしれないし、そうでないかもしれない……。


 でも、雄瑠さんは真剣な顔で答えてくれた。


「そうですね、柚乃とか、僕に縁があって出会えた女の子を、片っ端から排除されても困りますし、今の段階で僕に()()を選べと言われても困ります。

柚乃は彼女がいい人を見つけるまでは、僕が家族でいてやらないとって思いますし、武葉さんについては、僕の初恋の人でもありますから、そう簡単に嫌いにはなれないですしね」


 私は『僕の初恋の人』とか『嫌いにはなれない』という言葉が雄瑠さんの口から出るのを聞いて、心底ほっとした。


「雄瑠さん……」


「武葉さん。ですから家に帰り……」


「『誰か』とはどういう意味でしょうか?『どちらか』ではないんでしょうか?」


 神は嫉妬深いのです。私は聞き逃しませんでした、ええ、聞き逃しませんでしたとも。


「え?」


「わざわざ『誰か』と言うからには、私と柚乃さんの他にも選択肢がある、ということですよね? それは誰ですか? 岩城ことりとかいう同級生でしょうか?」


 すると、雄瑠さんの顔が青白くなり、驚いたような顔で言い訳をする。


「ま、まさかぁ……どうして僕がことりさんのことを?」


「柚乃さんからお聞きしています。自ら『お付き合いしている』と言っているそうですね?

さらに柚乃さんに対してもお義姉ねえさんムーブをかましているとか」


 私が問い詰めると、雄瑠さんは腹をくくったように、


「ことりさんについては、家で釈明させてください。とりあえず帰りませんか?」


 そう言って私の手を引いて立ち上がった。



 家に帰り、僕は武葉さんに、ことりさんとのことを残らず説明した。


 ことりさんとのことを武葉さんが疑っているのは意外だったが、柚乃がしゃべったことから思い込んでいるに違いない。実際、僕の気持ちを度外視すれば、ことりさんはかなりハイスペックな女性だったから、僕が惚れたと勘違いしても当然だ。


 僕が彼女が書いたラノベの挿絵を担当している絵師であることや、彼女は僕のことを早くから知っていて、合コンで『僕=KANNU』がつながったために本気になったことを告白し、彼女宅でお母さんと話をしたことも話した。


………………僕がことりさんのボディーブローで失神させられた後、彼女の自宅で、


「私はことりの母、小鳩です。いつもことりがご迷惑をかけているようですね?」


 中年の女性が静かにそう言うと、頭を下げる。僕も慌てて挨拶した。


「べ、ベッドの上からですみません。僕は甘羽雄瑠と申しまして、ことりさんと同じ大学で総合福祉学部に通う3年生です。今日はご迷惑をおかけして済みませんでした」


「あなたのことは、常々ことりから聞き及んでいます。大学でも優秀で、新進気鋭のイラストレーターでもあり、ことりの書く小説の挿絵も担当しているそうですね?」


 小鳩さんは僕の顔を見て、探るようにそう言って微笑む。


「優秀かどうかは分かりませんが、一応ファンの皆さんや作家の先生方との縁のおかげで、何とか食べるには困っていません」


「そうですか。それであなたは、ことりのことをどう思っていらっしゃるのでしょう?」


 小鳩さんは試すような眼で僕を見て聞いて来る。


 僕は今までの人付き合いの中で、このように自分を試すような眼で見られたことは何度もある。それは僕のことを卑下しようとしたり、僕を利用しようとしたりする人たちが多かったためだ。


 だが小鳩さんは、同じ僕を試すにしても、そのような利己的な目的ではないと感じた。


「同じ、『ものを生み出すクリエイター』として尊敬しています。あれだけ人を夢中にさせる物語を書けるのは凄いと思います。

それに、学生としても勉強に手を抜かないし、何より人に優しいところが素晴らしい女性だと思います」


「……雄瑠さん……」


 ことりさんがキラキラした目で僕を見ている。だが、僕はあえて言わねばならないことがあるんだ。


「お付き合いについて、申し込んでいただいた時は本当に嬉しかったです。

でも僕には妹のような存在がいまして、彼女が一人前になるまでは見守ってあげたいと思っているんです。ですから、『彼女』を作る気はまだありません」


「……雄瑠さん、妹さんのこと、そんなに大切に思っていらっしゃるんですね?

でもわたくしは、あの時申し上げたとおり、柚乃さんのことも大切にいたします。

それでも、ダメ……なのでしょうか?」


 僕に縋りつくような眼で言うことりさんに、小鳩さんは微笑みながらも凛とした態度で言った。


「ことり、雄瑠さまは強い意志のもとでそう決められているのです。それに対して、あなたがどんなことを言っても無駄でしょう。


しかし、これほどはっきりとものを言えるお方、私は気に入りましたよ? 幸い、雄瑠さまはあなたのことをかなり高く評価してくださっておられますし、今でも友人としては認めていらっしゃるご様子ですから、今の関係を続けた方がいいと思いますよ。


雄瑠さんの本懐が叶った時、お互いにまだ両想いであれば、私は二人の交際には反対いたしません。このようなお方であれば、あなたのお婿さんにも相応しいとも思っていますよ」


「お母さま……分かりました、わたくしはお母さまのお言葉に従います」


 ことりさんは、小鳩さんの言葉に納得してくれたようだ。小鳩さんは満足そうにうなずくと、僕に向き直って言った。


「では、雄瑠さま、不束な娘ではありますが、ことりをよろしくお願いいたしますよ?

それにしても、ことりは幼い頃から人の醜い面を見て来て、やすやすと人の好意というものを信じない娘でしたが、あなたに何を感じたのでしょうねぇ?


家でも、あなたのことを話すことりは、本当に楽しそうで、私も娘の笑顔を本当に久方ぶりに見られるようになりました。その点は、深く感謝申し上げます。


では、後はごゆるりと体調を整えてくださいませ。娘の不調法については、悪気があったことではございませんので、平に御容赦願います。

愛実、雄瑠さまとことりのことは任せましたよ」


「はい、奥様」


 小鳩さんを見送った愛実さんは、僕とことりさんを見てにこりと笑うと、


「私は何も見なかったことにいたしますので、お嬢様が甘えたいなら存分にどうぞ」


 そう言う。ことりさんは目を輝かせて、


「愛実、ありがとう!」


 そう言うと、僕の側にやって来て、にっこりと笑った。…………


「……で、何をしてもらいましたか? まさかことりさんの思うがままに搾り取られた……ということはございませんでしょうね?」


「え、何を? 何を搾り取られるって? ただ彼女は僕を膝枕して、新作のキャラについてずーっと話をしていただけだよ」


 僕がそう答えると、武葉さんはムッとした表情のまま、


「むぅ……膝枕の件は、雄瑠さんをひどい目に遭わせた罪滅ぼし、と捉えて無理やり納得することにいたします。

でも雄瑠さん、念のため申しておきますが、神は嫉妬深いのです。そのことだけはお忘れないように」


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3.仕事に行くのも大変です


 武葉さんの激おこぷんぷん丸事件の後、柚乃はしばらく武葉さんを避けていた。


 武葉さんは、柚乃の部屋には決して入らないので、僕に甘えたい時、決まって柚乃は僕を自分の部屋に引き込むのだった。


 僕は、その機会に柚乃の勉強を見てあげることにしていた。もちろん、柚乃がおとなしく勉強ばかりしているわけでもなかったが、


「柚乃がもし、僕と同じ学校に通いたいなら、もう少し真面目にやらないとダメだぞ」


 僕がそう言うと、曲がりなりにも机に向かうのだった。


「ねえお兄ちゃん、この問題が分からないよぉ」


 そんなある日、僕がいつもどおり勉強を見ている時、メールが来た。


『お兄ちゃん、メールだよ♡』


 それを聞いて、柚乃はニコニコ顔で、


「あ、お兄ちゃん、ちゃんと着信音そのままにしてくれているんだ~。えらいえらい」


 そう言って僕からスマホをさっと取り上げる。


「こら、他人のスマホを勝手に見ちゃいけませんって、何度も言ってるだろ?」


 僕が取り返そうとすると、柚乃は悪戯好きな子どものように、僕から逃げながら言う。


「え~? 柚乃とお兄ちゃんの仲じゃな~い。妹が兄の交友関係をチェックしているだけだもーん♡」


 そして、メール画面を見て固まる。


「ほーら、返して」


 僕がスマホを取り上げると、柚乃は目を据えて僕に聞く。


「お兄ちゃん、ことりさんと始終連絡取り合ってるの? 柚乃に黙って?」


 僕が慌てて画面を見ると、確かに送信者は『岩城ことり』になっている。だが、内容は


『次のラノベ発売日が決まりました。つきましては帯のフレーズとアイキャッチを確認したいので、今日午後2時に『11次元』に来てくださいませんか? YOMI先生がいいフレーズを考えてくださいましたので、それに合わせたものにしたいと思っています』


 ……という、バリバリ仕事案件だった。


 これを柚乃に見せるのは容易い。そうしたら柚乃の誤解も解け、ご機嫌も直るだろう。


 ただ問題は、ことりさんもラノベ作家『源高閣』としては『顔出しNG』で活動していることだ。柚乃は秘密を守る女の子であることは確かだが、それがことりさんにも適用されるかはちょっと疑問だ。


「どうなのお兄ちゃん! ことりさんとどこまで行ってるの!?」


 ぐいぐいと詰め寄って来る柚乃に、僕は苦し紛れに、


「柚乃、僕は本当にことりさんとはそんな仲じゃないんだ。これは教養の講義でノートを見せてくれって頼んだから、その返事だよ。別に柚乃が心配するような()()じゃ()()()()


「……お兄ちゃん、そのギャグ詰まんない」


「あれぇ~? 渾身のギャグのつもりだったんだけれどなぁ」


 すっとぼける僕だったが、柚乃はそれくらいで騙される女の子じゃなかった。


「ふぅ~ん、講義のノートねぇ……それ、嘘だよね?」

「ぎくっ!!」


 柚乃は僕の女性関係については、とても嗅覚が鋭い。決めつけるようにして言い放つ柚乃に、僕は気圧されてしまった。


「ほーら、『ぎくっ』って言っちゃってるじゃない。ノートを見せてもらう約束なんて噓でしょ? 本当だと言うなら、メールの画面を見せてちょうだい、お兄ちゃん♤」


 可愛らしい顔で笑っているが、声がまるで南極大陸で見つかった冷え(ピー)タのように冷たい。こんな時の柚乃は、すごく怖い。


「あ、あの、柚乃ちゃん。『お兄ちゃん』の語尾に付くマークが違っているよ? 誤植?」


「この場面は『♡』付けるような雰囲気じゃないでしょ? 柚乃は怒っているんだよ?

さ、早くメール画面を見せなさい」


 柚乃の誤解を解くか、ことりさんの秘密を守るか……二者択一の状況で困り切っていた僕に、思わぬ助け船が入った。


「柚乃さん、雄瑠さんとことりさんは、今のところ爛れた関係は結んでいませんから安心していいですよ?

そのメールを柚乃さんに頑なに見せないのも、雄瑠さんがことりさんの秘密を守るためなんです。少なくとも恋文的な内容じゃありません。その点は私を信じてくれませんか?」


 いつもどおり玄関のドアをすり抜けて入ってきた武葉さんが、そう言って柚乃を落ち着かせる。


「……そんなこと言って、お兄ちゃんは柚乃や武葉さんを騙してるんじゃないの~?」


 懐疑的な視線を僕に向ける柚乃に、武葉さんはニコニコしながら聞く。


「柚乃さん、私には恋敵であることりさんの肩を持つ必要がありませんよ? それがデートのお誘いなら、どうして私がそれを後押しするような嘘をつかなきゃなりませんか?」


「……確かに……。でも、内容も見ずにどうしてデートのお誘いじゃないって判るんですか? お兄ちゃん小狡いから、武葉さんにそう思い込ませているだけじゃないですか?」


「おい、柚乃は僕のことを何だと思っているんだ?」


「え? 柚乃の恋人のくせに他の女にも手を出して、浮気女にしか欲情しない変態」


「言い方酷くね? それに僕が浮気者って決めつけてね?」


 僕の抗議は、武葉さんに一蹴される。


「浮気者ではありますね。私と結婚を約していながら、合コンでことりさんをひっかけたんでしょう? それのどこが浮気者でないって言えるのですか?」


「いや、そもそもあれは数合わせで参加したのであって、ことりさんも別にひっかけたわけじゃ……」


「柚乃から言わせれば、柚乃のこと大事にするよって言いながら、武葉さんを泊まらせるわ、ことりさんに言い寄られて撥ね付けないわで三股されてるんですけど?」


 柚乃と武葉さん、左右から詰め寄られて、僕は閉口してしまう。


 ふと時計を見ると、すでに午後1時を回っている。やべえ、ここから『11次元』までは歩きだと1時間近くかかる。ちょうどのバスがあればいいが、乗り逃したらタクシーのお世話にならないといけない。


「あのぅ、僕、2時から『11次元』で打ち合わせがあるんだけど……」


 恐る恐る言うと、柚乃は


「いつそんな連絡来たの? さっきのメールはことりさんからじゃん。そんな嘘ついて、ことりさんに会いに行くんでしょ?」


 ……取り付く島もない。


「いえ、午後2時から打ち合わせというのは本当みたいですよ? 私は神なので、メールの中身は見ないでも分かります。ただ、なぜことりさんがそれを伝えて来たのかは疑問ですが、そこは帰られてから釈明を聞くことにしませんか?」


 武葉さんが自信持ってそう言うので、さすがに柚乃も、


「むぅ~。武葉さんがそこまで言うなら、お仕事に遅刻させてもいけないからお兄ちゃんを信じるよ。その代わり、ちゃんと帰ってから埋め合わせしてね?」


 そう言って、ようやく僕を解放してくれた。



 『11次元』での打ち合わせは、3時間ほどかかった。YOMI( ヨ ミ )先生が考えてくれたキャッチコピー案がどれも素晴らしく、選定に迷ったからだ。


 源高閣先生ことことりさんも、


「うう~、迷っちゃいますぅ~」


 そう言いながら、1時間ほど頭を抱えていた。


 結局、僕や担当者のO島さんの意見も入れて、何とかキャッチコピーも決まり、帯が決定する。


「うん、これで『無口なおれは、ダメ天使のためだけに微笑わらう』の発売準備にかかれるわ。源先生、今度もみんな楽しんで読んでくれると思いますよ」


 O島さんの言葉に、ことりさんも照れくさそうに答える。


「そうだったら嬉しいです。わたくしはいつも発売日に書店を訪れるのが怖いし、気恥ずかしい思いもあります。これは何作書いても変わりませんね」


「またまた~♪ 源先生はうちのヒットメーカーの一人なんですよ。もっと自信持ってくださいよ。これで大学を卒業して、顔出しNGが解けたら、もっと人気が出ますよ。源先生、美人だし」


 O島さんの言葉を聞いて、ことりさんが僕を見る。


「あの、雄瑠さんから見て、わたくしは美人でしょうか?」


「ええ、美人だと思いますよ。O島さんが言うとおり、もっと自信もっていいんじゃないでしょうか?」


 僕の答えを聞いて、ことりさんは顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに、


「えへへへ(*´∀`*)。そ、そうでしょうか? 雄瑠さんからそう言われると、嬉しいし恥ずかしいですね♡」


 幸せそうに笑うのだった。


「ところでO島さん、今日の伝達はなんでことりさん経由だったんですか? できればO島さんから直接お知らせいただいた方が有難かったんですが」


 僕が訊くと、O島さんは意味ありげにニヤニヤしながら、


「だって、源先生がぁ~、KANNU先生にはぁ~、ぜひとも自分でお知らせしたいってぇ~、言われたんでぇ~」


 止めてくれ、そのウザい言い方……僕が顔をしかめていると、


「なんかマズいことありました? あたし、KANNU先生は源先生からお誘いのメールがあった方が絶対に嬉しがると思っていましたけど?」


 O島さんが不思議そうに聞いて来る。


 僕がため息をつきながら、


「……妹分が、メールをチェックするんです。で、女性からのメールだと容赦なく相手のことを追及してくるんで……今日だって危うく遅刻しそうになりました」


 そう言うと、ことりさんがすまなそうに、


「そう言えば、雄瑠さんには妹さんがいましたね? 失念していました。でも、雄瑠さんのメールをチェックするなんて、そんなにブラコンが酷いんですか?」


 謝りつつ聞いて来る。


 僕は慌てて手を顔の前で振って、


「いえいえ、ことりさんは悪くないですよ。ただ、妹分の行動がちょっと常軌を逸しているだけで……だからO島さん、仕事関係の連絡はことりさん経由をなるべく避けていただけますか? ことりさんには悪いですが」


 そう言うと、O島さんとことりさんは残念そうにしながらも、僕のお願いを聞き入れてくれるのだった。



「……あの、雄瑠さん」


 僕たちが『11次元』が入っているビルから出ると、ことりさんが思い切ったように話しかけて来た。


「何ですか、ことりさん?」


「あの、わたくし、このあいだの喫茶店にまた連れて行ってほしいんですが?」


 おずおずと言った感じで、僕にそう言う。時計を見ると5時半を回っている。夕食前にちょっと何かお腹に入れてもいい時分だ。


「分かりました。ご案内しますね」


 僕は彼女の願いを聞き入れて、行きつけの喫茶店に足を向ける。どのみち、彼女からは『俺は異世界サキュバス学園で無双する』の続編について話を聞こうと思っていたので、ちょうどいいと思ったのだ。


 画廊喫茶『猫男爵』には、僕がまだ中学生の頃に巡り合った。高校生の頃にはバイトもしていたし、『KANNU』として最初に個展を開かせてもらったのもここだ。今でも、恩返しのため年に1回はここで個展を開催することにしている。


 カランカラン……


 ドアベルを鳴らして店に入ると、マスターが僕を見てにっこり笑い、親指を立ててうなずく。これは、僕が気に入っている店の隅っこ、窓際の2人掛けの席が空いていることを意味する。


 僕も微笑み返すと、ことりさんを連れて真っ直ぐ2人掛け席に向かった。この席は他の4人掛けボックス席やカウンターからちょっと離れていて、小声で話すと他の席のお客には聞こえない。それに電源もあるので、最初無名だった頃は、よくこの席で作品の構成やレイアウトなどを考えていたものだ。


「……静かで、他人の視線も気にならない、いい席ですね?」


 ことりさんは座ると開口一番、そう言って微笑む。僕はうなずくと、


「まぁ、作品のアイデアが出ない時なんか、よくここで何時間も考え事をしてたものです。

今は自宅に作業スペースを作っているから、そこに籠ってしまうことも多いんですが、前のアパートは1DKだったんで、気分転換にね?」


 そう言って笑う。ことりさんはうなずくと、


「わたくしも、最初の2作品はあんまり受け入れてもらえなくて、結構凹んでいました。

こんな素敵な場所があるなら、わたくしもアイデアに詰まった時は利用しようかしら」


 そう言うと、僕に聞いてきた。


「雄瑠さんって、色彩を抑えた緻密なイラストを描くかと思えば、色彩豊かでかわいいイラストも描かれますよね? 最初作品を拝見した時、同一人物が描いたものだとは思えませんでした。どちらが書きやすいですか?」


 僕は肩をすくめて答える。


「イメージの問題ですね。『このイメージで描く』と決めたら、どちらの画風でもあまり書きやすさに差はないですよ。

ただ、僕のイメージと作家さんの欲するイメージが違う場合、結構苦労はしますけどね? やはり、画風によって表現しやすいものやそうでないものは違いますから」


「なるほど……では、わたくしの『俺は異世界サキュバス学園で無双する』の続編ですが、今回は結構グロに寄せようと思っていますので、わたくし的には色彩を抑え気味なイラストがイメージなんですよ。

でもそれじゃ、画像のインパクトがどうなっちゃうかなーって心配はあります」


 その後、僕たちはことりさんの作品の話だけではなく、他の作家さんや絵師さんの作品なんかについても感想などを語り合い、気が付くと時計は6時半を差していた。


「おや、もうこんな時間か。柚乃がご飯準備して待っているかな」


 僕がつぶやくと、ことりさんも


「わたくしのわがままにお付き合いいただいてありがとうございます。ケーキセット、とっても美味しかったです。私の義妹いもうとちゃんにもよろしくお伝えくださいね」


 そう言うと、自宅(というよりメイド長の愛実つぐみさん)に連絡を入れる。そしてほどなくしてやって来たリムジンに乗って帰宅していった。


「……柚乃と武葉さんにも、お土産買って行ってやるか」


 僕はマスターにお願いし、『猫男爵』特製のチーズケーキをお土産に、自分のアパートに向かった。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


4.二人きりのお部屋デート?


 挿絵を描く絵師として、最も気合が入るのは、やはり表紙絵と折り込みイラストだろう。

 もちろん、作品であれば挿絵一つ、アイキャッチ1点に至るまで気合を入れないことはないのだが、大きなカラー作品を描けるとなると、テンションと責任感が違う。


 また、折り込みとなると、絵師の作品に対する解像度を問われる場合が多い。

 以前、ゲームのオリジナルストーリーの件で、脚本家・コピーライターとして活躍しているYOMI先生の話を書いたが、それと同様、変なポーズや装備を描けば『解釈違い』と叩かれるし、人物を複数描く場合、順番や立ち位置に気を付けないと、いわゆるカップリング厨なるファンからお叱りを受けたり、ファン同士の争いに発展してしまったりすることもある。


「……やっぱり、トキロウとサーシャちゃんの二人が無難かつ王道だよなぁ……」


 僕は現在、表紙絵を考えている。今手掛けているのは、源高閣先生こと岩城ことりさんが書いたラノベの表紙だ。


 今回の内容がダークヒーローコメディなので、トキロウはニヒルさと人の好さを感じさせる『おじさま』として描くつもりだが、ダメダメ天使のサーシャちゃんについては、イメージこそ固めたもののトキロウとどう絡ませるかを悩んでいた。


(う~ん、ラブコメじゃないから、あんまり密着させても違うし。かと言ってこの二人、仲悪そうで結構息が合っているコンビだし……高身長男性と小柄女子、ニヒルだけど神の慈悲が感じられる男性と、天使のくせに小悪魔的な女性……)


「……折り込みは、トキロウとサーシャを片面ずつフル装備で描けばよかったけれど。やっぱ表紙って何度描いても悩むなぁ……」


 僕が作業スペースでそうつぶやいた時、スマホの着信音が鳴った。


『お兄ちゃん、電話だよぉ~♡ 早く出てねぇ~♡』


 ……まったく、柚乃のヤツ、電話の着信からメールの着信、果ては朝のアラームまで、勝手に自分の録音音声でカスタマイズしやがって……おかげでこれを聞いた人たちから、僕は必ずと言っていいほど、


『え~、妹さんの肉声を~? きもっ(小声)』


 という反応と共に、少々痛い人みたいに見られるんだが……まぁ、それはさておき。


「……はい、甘羽です」


『あ、雄瑠さんですか? ことりです。今ちょっといいでしょうか?』


 これはちょうどいい、作者ご本人からの電話だ。トキロウとサーシャちゃんの絡みについて、ことりさん自身のイメージを聞くことができる。


「ちょうど良かった。僕もちょっと確認したいことがあってさ」


『そうですか。では、すぐにうちにおいで願えませんでしょうか?』


「え? いや、僕の用事は電話ででも済むんだけど……」


『わたくしは、雄瑠さんと直接お会いしてお話ししたいことがあるんです。愛実つぐみを迎えに差し向けますから、おいで願えませんか?』


 ……いつもどこか引っ込み思案なところのあることりさんにしては、妙に押しが強い。


 まぁ、彼女は僕と既成事実を作るという点においては、結構強引というか非常識な面もあるから、この押しの強さは気になるところだ。


「……一応確認しておくけど、僕を押し倒して、なんてことを考えてはいないだろうね?」

『ぎくり!!』

「え? 今『ぎくり』って言った?」

『い、いいえ。そんなこと言ってません。雄瑠さんを昼食にご招待して、眠り薬で眠らせた後、既成事実を作ろうなんて、これっぽっちも考えていませんから!』

「ことりさん、手の内みんなバラしてるんですけど? それで僕が『はい』と言うと思いますか?」


 僕がため息と共に言うと、電話の向こうで何やらごちゃごちゃ話していたかと思うと、突然ことりさん以外の女性が電話に出た。


『……失礼いたしました。私はことりお嬢様のメイド長を務めさせていただいております中ノ森愛実です。先ほどお嬢様が口走られたのは、すべてお嬢様の妄想です。


実際には、雄瑠さまと昼食を共にしながら、新刊の挿絵についてイメージを語り合いたい……それが今回、雄瑠さまをお誘いした理由でございます。


私がお迎えに上がりますので、どうかお嬢様のお気持ちをお汲み取りいただき、招待を受けていただければ幸いです』


「はぁ……」


『では、よろしくお願いいたします。雄瑠さま』


 僕が明確な返事をしないうちに、愛実さんは電話を切ってしまった。これって、なし崩し的に僕が招待を受けたことになるのだろうな……。


 幸い今日は平日で、柚乃は学校に行っている。武葉さんは、僕が制作に夢中になっているので、例によって気を利かせて神社に戻っている。


 だから僕は割と苦労もせずに、愛実さんが運転してきた迎えの自動車に乗り込めた。



「この度は、お誘いをお受けいただきありがとうございました。お嬢様がお待ちです、参りましょう」


 愛実さんはメイド長と言いながら、他のメイドさんと違ってスーツに身を固めている。飾り気のない黒のブレザーに黒のタイトスカート、そして中からは白いブラウスだ。


「あなたのことは……」


 走り始めてすぐ、愛実さんは僕にそう話しかけて来た。


「お嬢様からお話をお伺いしてから、少し調べさせていただきましたので、あなたの日常についてはある程度把握しているつもりです。


確かに大学での受講態度は勤勉で真面目、成績は優秀。友人関係では浅い付き合いと、深い付き合いを上手に使い分け、人当たりも良好。さりとて女性関係はまったく派手さはなく、いわゆる『女友達』も片手で数えるほどしかいない……」


(わ、いつの間に僕のことをそこまで調べていたんだ? まったく気が付かなかった。やっぱりお金持ちってすごいな……)


 僕がそんな感じで若干引いていた時、


「雄瑠さんのお隣に住んでいる女性、実の妹さんではございませんね? それと、たまに見かける和服の女性は、雄瑠さんとどんなご関係ですか?」


 おっと、この質問だけは回避したかったぜ☆


「……」


「答えにくい質問でしょうか? では質問を替えます。その二人に対して、雄瑠さまは恋愛感情をお持ちですか?」


「……」


「ご安心を。これは私が心覚えのためにしている質問です。お嬢様や奥様からのご指示ではございません。ですから、お答え次第ではお嬢様や奥様のお耳にはお入れしません」


「……僕が施設出身だということはご存じですか?」


 重苦しい空気が車内を支配し始めた頃、僕は思い切ってそう聞き返してみた。答えは予想通りだった。


「はい。その件に関しては、お嬢様も奥様も、旦那様もご存じです」


「柚乃は、同じ施設で妹として可愛がっていた子です。その縁で、僕の隣に退所してきました。僕は柚乃の保護者のつもりです」


「把握しました。で、和服の女性は?」


 僕は言葉に詰まった。『僕が清掃活動していた神社の御祭神です』なんて言っても信じてもらえないだろうし、下手をすると疚しいことがあるから胡麻化していると受け止められかねない。


「……む、昔からの知り合いです。たまたま近くに越して来たからって、たまに部屋の掃除をしたり、食事を作ったりしてくれるんですよ」


 僕は何とかそれらしい理由をでっち上げた。


「ふん……知り合い、ねぇ……」


 愛実さんは訝しそうにしながらも、それ以上追及してこなかった。ただ、屋敷に着いて自動車を降りる際に、


「雄瑠さま、お嬢様は中学生や高校生の時、大変な人間不信に陥られたことがございます。

お嬢様に近付く男性は、みんな下心を持っていました。それで、お嬢様はふさぎ込んでしまわれて、楽しみと言えばライトノベルを執筆することだけになってしまわれていました。


しかし、KANNUというイラストレーターと出会い、雄瑠さまのお名前を聞かれた後は、少し笑顔が増えました。あの合コンの日、帰宅されたお嬢様は雄瑠さまのことばかりお話しされていました。


雄瑠さま、お嬢様は若干()()なところもございますが、雄瑠さまへのお気持ちは本物です。

ですから、お嬢様を悲しませるようなことはしないでいただきたいとお願い申し上げます」


 そう、しんみりと話してくれた。


「雄瑠さん、ようこそおいでくださいました。雄瑠さんの声が聞けたのが嬉しくて、電話では舞い上がっちゃいましたけど、あんなこと、考えても実行は致しませんからご安心くださいね?」

「いや、考えないでね? 君が考えていること、8割方犯罪行為だから……」


 玄関を開けると、ことりさんが飛んできて僕に抱き着く。真っ白のセーターの下には薄いピンクのポロシャツ、群青の巻きスカートの下には細身のチノパンを穿いているようだ。ふわりとかすかに花の香りがした。


「ことりさん、愛実さんやメイドさんたちが見ています。恥ずかしいですよ」


 僕が慌てて言うと、ことりさんはくすっと笑って耳元でささやく。


「大丈夫です。みんな見て見ぬふりをしてくれますから。では雄瑠さん、わたくしのお部屋へどうぞ♡」


「え? ことりさんの部屋!? いや、それはちょっと……」


 人の眼が無くなったら、なにかの拍子でことりさんの妄想が爆発しかねない。


 躊躇する僕に、ことりさんが微笑んで言う。


「心配しないでください。お母さまからああ言われていますので、柚乃さんが一人前になるまで、妄想だけで我慢いたしますから」


 そう言われてみれば、前回も愛実さんが『見て見ぬふりをする』と言ったにもかかわらず、ことりさんは妄想を爆発させなかった。膝枕をしてくれたり、僕の肩にもたれかかったりと密着度は高かったものの、それで僕に強引に迫ることはなかった。


 それで僕は、ことりさんを信じて、お部屋にお邪魔することにした。


「……すごい」


 僕はことりさんの部屋に入って、そうつぶやく。そもそも部屋の広さからして違う。僕のアパートは2LDKだが、この部屋にすっぽり収まりそうだ。


 しかも、庭に面した窓は天井から床まであり、レースのカーテンが引いてあった。


 ドアから入るとすぐに目につくのが、窓際に置いてある頑丈な造りの机と椅子である。そして右側には天井から床まで本棚になっている。


 机には数冊の専門書が置いてあるので、ことりさんはここで勉強しているようだ。


 ドアの左奥は就寝スペースのようだ。ダブルベッドに鏡台が置いてある。


「ベッドの奥は、ウォークインクローゼットになっています」


 勉強スペースと就寝スペースの中間は休息スペースになっているようだ。僕はふわふわのソファに腰かけて、ローテーブルの上にお茶とお菓子を準備しながら説明してくれることりさんを見てそわそわしていた。


「どうしました雄瑠さん? そんなにそわそわして」


 僕の隣に腰かけながら聞いて来ることりさんに、


「いや、こんながっつり『女の子』って感じの部屋に入ったのって初めてだから、ちょっと緊張している」


 僕は笑いながら答える。するとことりさんは嬉しそうに、


「雄瑠さんって、やっぱり身持ちが堅いお方なんですね? わたくしも、自分の部屋に男の方を案内したのは初めてです」


 そう言いながら、僕のカップに紅茶を注いでくれる。


「お砂糖とミルクは、いかがなさいますか?」


「えっと、じゃ、そのままで」


 僕がカップをつかんで口元に持って行った時、ことりさんは


「そう言えば、雄瑠さん。イラストの進み具合はどうですか?」


 そう聞いて来る。そこで僕は、ここに来た本来の目的を思い出した。


「ああ、挿絵はできている。表紙絵は色塗りだけだけど、折り込みの図案に迷っていて、ぜひことりさんのイメージを聞きたいんだ」


 それからは、ことりさんが小説に込めた思いや、主人公トキロウやサーシャちゃんのイメージをたっぷりと聞かせてもらった。


 その中には、物語の展開に関するものもあって、


(そんな設定があるんなら、ちょっとキャラの感じを修正しなくちゃな……)


 そう感じた。やはり、著者と細かい部分まで認識をすり合わせるのって大事だな。


 ことりさんとの話は楽しく、昼食を食べる頃には仕事上の話も終わり、お互いの趣味の話で盛り上がった。


「お嬢様、そろそろ夕食の準備にかかりますが……」


 ドアをノックして入ってきた愛実さんがそう言うと、ことりさんは時計を見て、


「ああ、もうそんな時間なのね。雄瑠さん、せっかくですから夕食までご一緒願えませんか? 母も、一度雄瑠さんと食事を共にしたいと言っていましたので」


 僕もスマホを取り出して時計を確認する。やべ、もう4時半じゃないか。いつの間にか6時間近くも居座ってしまった。


「せっかくのお誘いですが、早く帰ってイラストの続きを描きたいので……。

ことりさん、すみません。こんなに長く居座るつもりはなかったんですが、居心地がよくてつい長居してしまいました。


今日は楽しい話がいっぱいできましたし、すごくためになりましたよ。本当に誘っていただいてありがとうございました」


 僕はそう言いながら席を立つ。ことりさんは残念そうに手を胸の前で組んでいう。


「残念ですが、わたくしの作品のためと言われたら、無理強いはできませんね?

こちらこそ、楽しいひと時でした。またお誘いしてもいいでしょうか?」


「もちろんです。楽しみにしていますね」


 僕がそう答えると、ことりさんの顔がぱあっとほころぶ。僕は『愛実に送らせる』との申し出を丁重にお断りして、歩いて家に帰った。


 今日のことりさんを振り返ると、時折距離感が近すぎると思う瞬間もあったが、ことりさんが妄想を爆発させることはなかった。


(本人が言うように我慢しているのだろうな。でも、作品の話ならば気を紛らわせやすかったんじゃないかな?)


 僕はそう思いながら、下校する小学生たちを眺めて微笑んだ。さあ、帰ってイラストを仕上げなきゃ!


   (デレ神様と修羅場と僕:4.KANNU先生、仕事の一日 終わり)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、主にKANNUとしての雄瑠くんを書いてみました。

最初は清楚系として登場させたことりさんですが、雄瑠くんへの思いが重いのか、イケナイ方向にはっちゃけるキャラになってしまいました。

これ以上ヒロイン枠は広がらないだろうなと心配している今日この頃です。

では、また次のお話しで!

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