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デレ神様と修羅場と僕  作者: シベリウスP
第1期:夢+君=幸せ(You Make Me Happy)
3/7

Portrait3:仕事とプライベートは切り分けよう

雄瑠は、ゲーム会社の依頼で納期が早まったゲーム制作のため、ホテルに缶詰にされることに。そこに現れた原作者は、雄瑠の知り合いの女性だった。

1.『お兄ちゃん』のお仕事


「では、そう言うことで、新しいキャラはKANNU(カンウ)先生のイメージイラストの方向で行きます。フル装備での立ち絵を、1週間後までに仕上げていただけますか?」


 目の前に座ったプロデューサーさんがそう言う。僕は手元の資料をめくりながら聞いた。


「フル装備って、脚本のYOMI(ヨミ)先生の方向で? それとも原作者の源高閣げん・こうかく先生の小説どおりでいいですか?」


「源先生からは、キャラのイメージを変えない限り、武器や装備を多少ゲームに寄せてもいいってOKをいただいています。とりあえず立ち絵を源先生にも見てもらいたいので、ちょっと締め切りを早めたんですよ」


 プロデューサーさんがそう言うと、ディレクターさんも、


「このライトノベルの挿絵はKANNU先生が描かれていますから、主要キャラ7人分の立ち絵は早めに仕上げていただけると思っているんです。お願いしますよ。

うちとしても、源先生の作品は新しいIPになると期待しているんですから」


 そう頼み込んで来る。こう言われると、締め切りの延期交渉は難しい。


 僕の名は甘羽雄瑠あまは・たける、イラストレーターとしてのペンネームは『KANNU』。僕のクライアントは中堅どころの出版社『11次元』と、ゲーム会社『アブダクション』であり、主に出版物の挿絵、ゲームのキャラクターデザインを任されている。


 懇意にしてもらっているゲーム会社が、新たな作品をメインタイトルの一つにしようというのだ、できるだけの協力をしないといけないだろう。


 それに、ゲームがナンバリング作品になれば、僕のキャラクターが長く使われることにもなる。これはどうしても、見た人の気持ちをゲームに引き付けられるような立ち絵にしなければならない。


(……まあ、キャラの魅力が分かるポーズと武器装備を考えればいいだけだし。1週間で7人分はちょっと辛いけれど、やってやれないことはないな。大学もちょうど暇だし)


 そう考えた僕は、『11次元』の会議室を出て真っ直ぐアパートに帰り、居間でゲームの各種設定をいま一度読み返しているのである。


 そこに、玄関のチャイムが鳴る。僕がインターホンをのぞくと、そこには肩までの黒髪を揺らし、高校の制服を着た女の子が立っていた。隣の部屋に住む幼馴染で自称・妹の斎藤柚乃さいとう・ゆずのだ。


 僕がドアを開けると、柚乃は買い物袋を提げたまま、


「お兄ちゃん、夕飯作ってあげるね? あれ、これお仕事の資料?」


 部屋に上がり込んで、ローテーブルに広げた資料を眺めて聞いて来る。


「うん。新作の極秘資料だから、あっちに持って行くね?」


 僕はそう言いながら資料を片付けて、部屋の角にパネルで仕切って作った、仕事スペースのテーブルへと持って行った。


「ふぅ~ん。あんまり無理しないでね? お兄ちゃんのお仕事、いつも結構締め切りがシビアじゃん? 絵師さんってみんなそうなの?」


 柚乃がエプロンを着ながら聞いて来る。ちなみに彼女は、僕がイラストレーター『KANNU』であることを知っている数少ない人物の一人だ。


「まあね? 今度の仕事も少しハードだから、悪いけど仕事スペースにこもっているよ」


「分かった。ご飯が出来たら知らせるね?」


「ありがとう」


 柚乃がキッチンに行くのを見て、僕も仕事スペースに入ってパソコンやプリンターをスタンバイする。ちなみにこのスペース、結構防音効果は高い。


 こうして僕は、1時間ほど作業に集中するのだった。



「ねぇ、お兄ちゃん。柚乃、お願いがあるんだけどなー」


 夕ご飯であるサバの味噌煮を食べながら、柚乃が言ってくる。目がキラキラしているから、『お願い』というより『おねだり』と見た。


「何だ、何か欲しいものでもあるのかい? そんなに高くないものだったら、僕が買ってやるけど?」


 そう答えると、柚乃は目を輝かせ身を乗り出して言った。


「本当!? 実はね、友達の裕理ゆうりちゃんと真子まこちゃんのことなんだけど……」


「ああ、一度柚乃の部屋で勉強を見てあげた子たちだね? また勉強を見てほしいって?」


「えっと、そうじゃなくて。彼女たちも『KANNU』のファンなの。作品集も今までのは全部持ってるみたい」


「へぇ、そりゃ光栄だな。それで?」


 僕は柚乃を見る。何か頼み辛い願いなのだろうか。


「うん、お兄ちゃんの最新の作品集、あるじゃん?『ミラクル魔利衣まりいの冒険奇譚設定集』。あれ、すごい人気で今手に入らないんだよね」


「そうみたいだね、おかげさまで。でもしばらくしたら重版するらしいけど?」


 僕が答えると、柚乃は真剣な顔で僕を見て、


「お兄ちゃん、KANNUの人気に気付いていないでしょ? 初版は5万部って聞いたけど、それ、たった1日でどこも売り切れちゃったんだよ。

だから重版しても、裕理ちゃんたちが手に入れられるとは限らないの。柚乃みたいに、お兄ちゃんの特権でサイン入り本を確保してもらえる人って限られてるんだからね?」


 少し怒った顔で言う。


 まあ、確かに僕は顔出しNGにしているから、サイン会なんかはあまり開かない。サイン入り本を手に入れにくい絵師の一人と言われているので、『メリハリ』なんかのフリマサイトでは、サイン本が定価の5倍くらいで売られているのを見ることもある。


「つまり、二人のためにサイン本を準備しろって?」


 僕が微笑んで聞くと、柚乃はうなずいて、おずおずと聞く。


「うん……ダメ?」


「いいよ。2冊くらいなら何とかするよ。ちょっと待ってて」


 僕はそう言うと寝室に行く。ここには僕の作品集を保管している。作者特権で毎回5部ほどは完成品をいただいているのだ。最新の設定集は、柚乃にあげたもののほか、まだ4冊残っている。


 僕はそこから2冊を取り出し、柚乃に差し出した。


「これを二人に渡してあげるといい」


 柚乃は、ビニールがかかった本を見ていたが、


「……サイン、入っていないんだよね?」


 そう聞いて来る。


「まあ、梱包のビニールを破らない限り、サインは書けないね」


「か、書いてもらってもいいかな? 柚乃、『サイン本を手に入れてあげる』って約束したんだ」


 すごく言いにくそうに言う柚乃だった。


「……まさか、僕がKANNUだってしゃべっちゃいないだろうね?」


 柚乃がそういうことをする子だとは思えないが、一応聞く。案の定柚乃は首を横に振り、


「言ってないよ。本当は自慢したいけど、お兄ちゃんの頼みだから言ってない。サイン本はお兄ちゃんの伝手で手に入れているって言っただけ」


 まあ、柚乃は今まで僕が出した作品集、15冊をすべて初版で手に入れている。それだったら、コアでガチなファンなら何人もいるだろう。だが、そのすべてがサイン入り本だとなると話は違う。難易度は何百倍にも跳ね上がるのだ。友人二人が不思議に思うのも当然である。


 そもそも、初期の作品集にサインを入れたのは、柚乃と施設長先生に差し上げたもののほか、関係各所に合わせて10冊ほどしかない。もっとも、その後何回か行ったサイン会でサインを入れたものもあるにはあるが……。


 僕が柚乃の頼みを聞き入れたのは言うまでもない。



 それから1週間後、僕は何とか立ち絵を仕上げて、データをゲーム会社と出版社に提出した。細かい修正が出るかもしれないが、ゲーム用キャラの2次元データはすべて提出しているので、あとはゲームの発売を待つばかりだ。


「ふわぁ……眠いけど、講義に出るか」


 最後の2日間は文字どおり徹夜作業だった。おかげで講義の方は夢現で聞いていたから、後で誰かにノートを見せてもらわないといけない。


 僕が眠い目をこすりながら仕事スペースを出ると、そこには和服にエプロン姿の女性がいた。髪の毛は栗色のセミロング、鳶色の瞳が僕を見て、彼女はにっこりと微笑んだ。


「おはようございます、雄瑠たけるさん。お仕事お疲れさまでした。朝餉はできていますよ、どうぞお食べください」


 この和装美女は志鳥武葉しどり・たけはさんという。鍵がかかっている僕の部屋に難なく入って来られるところから察せられると思うが、彼女は人間ではない。僕が育った施設の近くに鎮座する神社の御祭神、武羽槌命たけはづちのみことである……とご本人は仰っている。


 人々から忘れられ、神力を失って消える寸前だった武葉さんの神社を、当時小学生だった僕が掃除をしたため消滅を免れたそうで、彼女はそのことに大きな恩義を感じているみたいだ。


 それ以上に、当時11歳だった僕は、武葉さんと結婚の約束までした。彼女はそれ以来僕を見守り続け、僕がイラストレーターとして一定の人気を得たところで、僕に約束の履行を迫ってきたというわけだ。


 ただ、彼女はすこぶる物分かりがいい。今度のように僕が忙しいときには、仕事の邪魔にならないようにと、訪問を自重してくれる思慮深い面もある。もちろんその分、忙しくない時のデレデレぶりは凄いものだが……。


「眠そうですね。雄瑠さんは昨夜も、その前の晩も徹夜されているんですから、今日の講義はお休みされた方がいいのでは?」


「いやぁ、そうしたいのはやまやまですが、今日の講義は結構出席を重視する教授なんですよ。だから出席日数を稼がなきゃいけないんです」


「そうですか……」


 武葉さんは心配そうに僕を見て、やがて一つうなずいた。


「……雄瑠さんを甘やかすことはしたくないんですが、睡眠不足で外出させて不測の事態を招いては後悔してもしきれません。特別に私が神徳を垂れ、雄瑠さんがゆっくり休めるようにして差し上げます」


 そう言いながらエプロンを外す。


「何をされるつもりですか? あんまり迷惑になるようなことは避けていただきたいのですが?」


 僕が聞くと、武葉さんはにこやかな表情のまま、


「大丈夫です。私も神の一柱、無道無体なことは致しません。その点御安心のほどを。

朝餉を召し上がってください。その間にことを成し遂げてまいります」


 そう言うと、玄関を開けてそのまま消えた。


(……まあ、武葉さんは悪いことはしないしな。一応、出席の準備だけしておくか)


 僕はそう考えて、武葉さんが準備してくれた朝食を食べ始めた。


 その時、玄関のチャイムが鳴り、


「お早うお兄ちゃん! 柚乃が朝食作ってあげるね♪」


 そう言いながら柚乃が元気よく入って来たが、すでに僕がご飯を食べているのを見て、


「くっ、遅かったか。ここしばらく武葉さんの姿が見えないので安心していたのに……」


 そうむくれながらキッチンに行き、食材を冷蔵庫に入れると卵を取り出して聞いてきた。


「武葉さんは? あの女の分も卵焼き作るけど」


「なんか、僕が講義に出ないで済むようにするって言って、どこかに行っている」


 そう答えると、柚乃もまた心配そうに、


「え? お兄ちゃん講義受けるつもりなの!? 昨夜も徹夜してたじゃん。昨日だってよろよろしながら大学に行ってたし、柚乃心配していたんだよ?

その点に関して言うなら、柚乃も武葉さんと同意見だなー。休んだ方がいいって絶対。

柚乃が学校行っている間、お兄ちゃんが武葉さんと二人きりになるのはイヤだけど、お兄ちゃんが倒れちゃったりするのはもっとイヤだもん」


 そう言いながら卵を溶いている。


 柚乃が卵焼きを作り上げた頃、武葉さんが帰ってきた。


「雄瑠さん、ただいま戻りました」


 武葉さんは、玄関のドアを開けずに入って来て言う。こういうところがあるから、僕は彼女が神様であるとの主張を信じているのだ。


「武葉さん、ちゃんとドアは開けて入って来てくださいよ。びっくりするかもしれなかったじゃないですか」


「え? びっくりしないんですか?」


 僕がびっくりしなかったんで武葉さんが不服そうに聞くと、柚乃が僕の代わりに答えてくれた。


「いつもナチュラルにドアをすり抜けてくるから、もう慣れちゃったです。卵焼き、武葉さんの分も焼きましたけど?」


 すると武葉さんはにっこりと笑い、ご飯をよそいながら


「ありがとうございます。柚乃さんの卵焼きは、なんだかとても懐かしい味がしてお気に入りなんです。朝餉、柚乃さんの分もありますから、良ければ一緒に食べませんか?」


 そう勧めると、柚乃は僕の隣にちょこんと腰かけて、


「あ、ありがとうございます。ゆ、柚乃も武葉さんの料理はお、美味しいからす、好きです。いただきます」


 すでに準備してあった料理を食べ始める。柚乃、変にキョドっているぞ? もっと素直に武葉さんの料理のことを褒めればいいのに。本当は仲良くしたいくせに……。


 そう思いながら柚乃を眺めていると、ふっと武葉さんがどこに行っていたのかが気になって聞いた。


「ところで武葉さん、一体何をしてきたんですか?」


 僕は気になっていることを聞く。僕が休めるようにするため、どんな手段を使ったんだろうと、興味と心配が6対4というところだ。


 すると武葉さんはこともなげに答えた。


「え? 今日の講師陣全員を深い眠りにお誘いし、強制的に休講にしただけですが?

大丈夫です、どなたも明日の朝までは絶対に目を覚ましませんし、健康への悪影響はございません。かえって、目覚めたときには疲労感が無くなっていることと思いますよ?

もっとも、明日の朝何時に目覚めるかは、その人の疲労度に関係しますが、目覚めないってことはございません」


「……なるほど、非人道的な手段でも、極悪非道な手段でもないみたいですね。教授方のためにもなりますし、休講になればみんなも喜ぶだろうし」


 僕が思わず言うと、武葉さんはジト目で僕を見て、静かに抗議する。


「『非人道的』とか『極悪非道』とか……雄瑠さんって、私のことどんな目で見ているんですか? 私がそんな考えなしでガサツな女だとでも?」


 僕が慌てて、


「い、いえ、相手のことも考えた武葉さんらしい優しい方法だなーっと思っただけです。他意はありません」


 そう言うと機嫌を直し、


「とにかく、これで心置きなく休めるわけです。少なくとも午前中いっぱいはゆっくりしてください。私はいったん神社に戻り、昼餉の準備をしにまた参りますので。午後からどうされるかはその時決めればいいでしょう?」


 そう言って笑った。


 柚乃は、ちょっと嫉妬が混じったようなホッとした顔で、


「じゃ、じゃあお兄ちゃん。せっかく武葉さんがお膳立てしてくれたんだから、お昼まで寝てなさいよ。柚乃は学校行ってくるから」


 そう言うと、武葉さんを見て、


「……お兄ちゃんのために動いてくれてありがとう。ここは素直にお礼を言うべきところよね?」


 そう武葉さんに向かって頭を下げた。


 武葉さんはニコニコして、


「お礼なんていいんですよ、あなたは『妹さん』ですから。雄瑠さんは私の大事なお婿さんですもの。妻として夫の身を案じるのは当然です」


「かっちーん……ぐぬぬぬ……ま、まあ、お兄ちゃんの前で喧嘩してもお兄ちゃんが困るだけだし、柚乃、学校に行ってくるね」


「ああ、気を付けてな、柚乃」


 僕がそう言うと、柚乃は嬉しそうにうなずいて部屋を出て行った。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2.妹候補ライバルの芽を摘め


「柚乃、一緒にご飯食べない?」


 昼休み、友達の小宮裕理こみや・ゆうりちゃんと雨宮真子あまみや・まこちゃんがやって来て、お昼に誘ってくれた。


「うん、いいよ。一緒に食べよう」


 わたしはお弁当を持って、三人で屋上に向かう。わたしたちの高校は、屋上にベンチやテーブルが設置されていて、ここでお昼を食べる生徒も多い。


 わたしは友達が多い方ではないが、裕理ちゃんと真子ちゃんは、小学校からの付き合いだ。わたしが施設の出身だってことも知っているし、私とお兄ちゃんの関係もある程度知っている。


「柚乃ちゃん、この間はありがとう。KANNU先生の作品集は絶対に手に入れなきゃって思っていたんだ。

買い損ねてがっかりだったけど、サイン入り本が手に入れられるなんて最高だよ。お礼にこのハンバーグをあげよう!」


 裕理ちゃんがハイテンションで、わたしのお弁当におかずのハンバーグを入れてくる。


「わ、わたしも嬉しかった。感激した。だからこれあげる」


 真子ちゃんも、自分のお弁当からメンチカツをくれる。


「い、いいよいいよ。柚乃が頑張ったわけじゃないんだから。そんなに恩に着なくたって」


 そう言うわたしに、裕理ちゃんが聞いて来る。


「そう言えば柚乃ちゃんのお兄さん……雄瑠さんだっけ? 一度勉強を教えてもらったよね、1学期の時」


「そうだったね」


 わたしはお弁当を食べながら答える。裕理ちゃん、まさかまたお兄ちゃんから勉強見てもらいたいなんて言うのかな?……そんなこと考えていると、今度は真子ちゃんが恥ずかしそうに言った。


「柚乃ちゃんのお兄さん、すごく頭がよかったよね。教え方も上手だった」


(う~ん、これは、二人とも勉強を見てほしいんだろうなぁ)


 わたしがそう思った時、裕理ちゃんが頭をかきながら言う。


「あ、あたしさぁ、雄瑠さんと同じ大学に行きたいんだよね。だから、また勉強見てもらえないかなーなんて思ったりして」


 そう言うと、なんと真子ちゃんまで、


「わたしも、甘羽さんと同じ大学に行きたい。だから甘羽さんに頼んでほしい。勉強を見てもらえるように」


 そう言いだすではないか!


(困った。裕理ちゃんはわたしより可愛らしくてお料理も得意だし、真子ちゃんも私より頭がよくてお淑やかだ。しかもこれ、二人ともお兄ちゃんを狙ってない!?

だとしたら、お兄ちゃんを取られるかもしれない。でも、二人とも大事な友達だし……ううぅ~、どうしよう~?)


 二人が期待した表情で見ている。わたしは平静を装って、


「お、お兄ちゃんに聞いてみるね? あははは……」


 そう答えるのがやっとだった。



「……ってことなの。お願いできる? お兄ちゃん」


 夕食は柚乃と武葉さんの合作だった。ロールキャベツとプレーンオムレツに鶏の炊き込みご飯という和洋折衷のメニューだったが、案外と美味しかった。


 三人で片づけを終えた後、柚乃が僕に改まって話をしだした。もちろん、武葉さんも同席している。お願い事が他の女の子が絡むことなので、武葉さんにも事前に知っておいてもらわねばと柚乃は判断したらしい。


「……つまり、裕理さんも真子さんも、僕と同じ大学を目指しているから、勉強を見てほしいってことだよね? 柚乃たちのクラスは文系だったっけ?」


「えっと、裕理ちゃんは同じクラスだから文系だけど、真子ちゃんは理系クラスだよ。

ちなみに真子ちゃんは学年でも常時10番以内に入ってる。裕理ちゃんは柚乃と同じくらいだから中の上ってところかな?」


「1学期に勉強を見てあげたけど、志望の学部にもよるが二人ともK大程度なら問題ないと思うんだけれど。僕がわざわざ勉強を見てあげる必要なんてあるのかい?」


 これは本当のことだ。確かに裕理さんや柚乃については、最初数学で少し躓きかけていたが、それが理解出来たら後は問題なかったし、真子さんに関してはケアレスミスさえ注意すれば、満点だって狙える実力を持っていた。


 難関大学を目指すというならともかく、今の実力なら志望大学にはほぼ受かるだろう。


「柚乃の志望校は、まだはっきりしないのかい?」


 僕は柚乃に聞いてみる。自分の未来に漠然としたイメージしか持っていなかった柚乃は、3年生に上がった時の志望校欄には、とりあえず『K大学総合福祉学部』と書いているのを知っている。


「……まだ考え中。でも、お兄ちゃんと同じ大学で、同じ分野ってのも最終選択肢にはしているよ。B判定だけど」


 その時、武葉さんが柚乃に聞いた。


「柚乃さんとしては、雄瑠さんに了承してほしいのですか? それとも断ってほしいのですか?」


 すると柚乃は一瞬言葉に詰まり、


「……そ、そりゃあ友達のお願いだもの。できればOKしてほしいよ? 柚乃だって一緒に勉強できるもん」


 そう言うが、笑顔がどことなく引きつっている。


「……雄瑠さん、この件はいったん回答を保留にしてはいかがでしょう?」


 武葉さんの言葉には含みがあった。だから僕は


(武葉さんは、何を気にしているんだろうか?)


 『武葉さんが気にしていること』がどうにも気になったので、彼女の意見どおりいったん回答を保留することにした。


「……考えてみよう。二人については、僕が勉強を見るメリットが感じられない。塾や家庭教師の方が、実力を伸ばすという点では勝っているだろうし。もちろん勉強がしやすいとか、やる気が出るとかいう理由なら、その点はプラスに考えるけれど」


 僕がそう言うと、柚乃はあからさまにホッとしたような、それでいて残念そうな表情を浮かべた。



 その夜、宿題を終えた柚乃が自分の部屋に戻ると、武葉さんが薄く笑いながらつぶやく。


「……雄瑠さんは、本当に女子おなごの心を獲るのがお上手ですね?」


「え? それはどういう意味で?」


 僕は面食らってそう聞く。


 僕自身、顔が悪いとは思わないが、さりとてイケメンの部類には入らないだろうと考えている。性格も優柔不断なところがあるし、喧嘩っ早いところこそ今では影を潜めたが、それでも時々ゼミの女の子からは『怖い』と言われることもある。


 それに女の子に関しても、僕はずっと柚乃とだけ仲良くしてきた関係で、柚乃に似た性格の女の子以外は、どんなことを考えているのか分からない。大学に入って初めて、柚乃以外の女の子とも話すようになったのだ、女心が分からないのは仕方ない……と思う。


 それだけに、僕がモテるような感じで話をする武葉さんの意図が分からなかった。


「そのままの意味ですよ? 雄瑠さんは女子にモテる……そう言っています」


「いや、冗談はやめてください。武葉さんや柚乃はともかく、他の女の子が僕を好きだなんて……」


「ありえないことはないでしょう? 現に、ことりという女性が雄瑠さんに懸想しているではありませんか。雄瑠さんは知らぬ間に女子を夢中にさせる何かをお持ちなのです。

私が一日も早く雄瑠さんを婿にしたいと思うのも、その魅力のせいで不安ばかりが募るためですから」


 確かに、合コンの場で知り合った岩城ことりというお嬢様は、素面で僕に対して『好みにどストライク』と言って告白してきた。


 それ以来、柚乃に対してもお義姉ねえさんムーブを取っているし、学内にも自分と僕が付き合っているという噂を流しているみたいだ。


 だが僕としては、そうまでして好かれる理由が分からないため、若干彼女に怖さを感じている。こちらの件も、可及的速やかに好きになってくれた理由を聞き出さねばならない。


 本題から外れたことを考えていた僕は、武葉さんの一言で現実に引き戻された。


「つまるところ、私は柚乃さんの友人二人は、雄瑠さんのことが好きなのではと思っています。柚乃さんの気持ちや立場も考えて返答すべきことだと思いましたので、保留を提案させていただきました」


「え?」


「話を聞いて、柚乃さんが本当は断ってほしいと思っていることは、お分かりだったでしょうか?」


「え?」


「おそらく、柚乃さんも二人の気持ちには気付いているのでしょう。しかし、二人は大切な友達だから、願いをかなえてあげたい。でもそうしたら、どちらかに雄瑠さんを奪われるかもしれない……そんな彼女の心の葛藤を感じ取られませんでしたか?」


「え?」


 ただただ『え?』を繰り返すbotになってしまった僕を、武葉さんは呆れたように見つめ、ため息とともに言った。


「はぁ、とにかく今申し上げたことを念頭に、柚乃さんへの答えをお考えください」


 そう言うと武葉さんは、僕を置いて寝室へと入って行ってしまった。



「はあ……」


 私は自分の部屋に戻ると、お風呂の中で大きなため息をつく。自分の気持ちと、友人への思いが胸の中で交錯する。


 わたしはお兄ちゃん……雄瑠が好きだ。これは小学校2年生のあの日から、ずっと胸に灯り続けている恋の灯だ。それは時にはこの身を焦がすほど激しく、時には温かい思いを広げるように優しく、わたしの心の中で燃えている。


 しかし、それと同時に、裕理ちゃんと真子ちゃんも、私の大切な友達だ。彼女たちがいたから、わたしは小学校、中学校を無事に終え、高校生活も楽しんでいる。


 わたしの陰口を言う人に怒り、わたしの本質をみんなに知らせてくれたのもこの二人だし、お兄ちゃんへの想いもこの二人には話せた。


 でも今日、わたしは二人がお兄ちゃんに恋をしていることを悟ってしまった。面と向かって聞いたら、二人とも笑って否定するだろう。そしていつものように、


「あたしたちは柚乃の味方だよ。頑張ってお兄ちゃんをゲット☆してね」


 そう、わたしを励ますように言ってくれるに違いない。


(……わたしはお兄ちゃんのすぐ隣に住んでいるし、お兄ちゃんの部屋の鍵も預かっているから、会おうと思えばいつでも会える。裕理ちゃんたちと比べても格段に有利なんだけど、やっぱりお兄ちゃんがどちらかに取られるんじゃないかって思うと、素直に二人のお願いを聞けないよ……柚乃って、悪い子だね……)


 わたしは重い気持ちのまま身体を拭き、ベッドに倒れ込む。髪を乾かし忘れたことに思い至らないほど、わたしは二人の友とお兄ちゃんのことを考えていた。



 翌朝、わたしは起き抜けに鏡を見て、あのまま寝てしまったことを後悔した。


「うう~、寝ぐせになっちゃったよう」


 わたしの髪の毛は、見事にあっちこっち向いてはねてしまっている。髪質が柔らかいから、ちょっとの手直しで何とかカバーできるけれど、それでも鬱陶しい。


「はあ……柚乃、どうしたらいいんだろう?」


 この言葉を、昨日から何度口にしただろう? わたしはお兄ちゃんがどんな答えを言ってくれるか、とても心配だった。


 髪の毛を手直ししていたせいで、朝食の準備に出遅れてしまった。わたしがお兄ちゃんの部屋にお邪魔した時には、すでに武葉さんが朝食をローテーブルに並べ終えていた。


「あ、柚乃さん、おはようございます。よろしければ卵焼きを作っていただけませんか?」


 朝食の卵焼き……これは何故か武葉さんに気に入られて、必ずメニューに入れることになっている。ひょっとしたら、わたしを除け者にしないために気遣ってくれているのかもしれない。


(もしそうだったら、武葉さんがお兄ちゃんのお嫁さんになってもいいかも。だって神様には敵わないし……)


 わたしはふとそう考え、すぐにそれを否定する。


(いやいや、お兄ちゃんは私が先に好きになったんだもん。武葉さんはいい人かもしれないけれど、たとえ神様にだってお兄ちゃんは譲れないもん。お兄ちゃんのお嫁さんにならないと、わたしはまた一人になっちゃう)


「あ、柚乃、おはよう」


 お兄ちゃんが起きて来た。まだ眠そうだけれど、昨夜は眠れなかったのかな?


 わたしが変な想像をする前に、武葉さんがお兄ちゃんに


「雄瑠さん、柚乃さんへの返事は考えられましたか? 昨日は遅くまで居間で考え事をされているうちに眠ってしまわれたようですが?」


 そう言っているのが聞こえた。


(……武葉さんには家事のスキルも、そしてこういった細かい気遣いも、わたしはまだ敵わないなあ……)


 それを思い知らされた瞬間だった。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3.緊急の仕事が入りました


 顔を洗って居間に戻ってみると、柚乃がしょんぼりした顔で座っている。


(僕がどんな返事をするのか、そんなに気になるのかな?)


 そう思うと、一刻も早く柚乃に返事を伝えたい気持ちになるが、事前に武葉さんから、


『返事は朝食が終わってからの方がいいと思いますよ?』


 そう助言してもらっているので、僕はわざといつもどおりの態度で柚乃に接した。


 三人で『いただきます』を言い、朝食を食べ始める。武葉さんは真っ先に柚乃の卵焼きを口に入れ、少し戸惑った顔をする。


 そして武葉さんが何か言いかけた時、僕の携帯が鳴った。画面を見ると出版社からのメールだった。


「ごめん、出版社からだ」


 そう言いながら僕はメールを確認する。


『新作ゲームの件で至急の打ち合わせがありますので、午前9時に弊社にお越しください』


 そう言った内容だった。運良く、今日の講義は午後からだ。もっとも、僕の講義日程は出版社にもゲーム会社にも知らせてある。


「お兄ちゃん、仕事の呼び出し?」


 柚乃が聞いてくるので、僕はうなずいて答えた。


「ああ、今日は午前中ゆっくりできると思ったんだがな……」


「……そっか。じゃ、勉強の件は、お兄ちゃんが忙しいから、まだ話せてないって答えておくね?」


 柚乃がそう言った時、武葉さんが静かに僕に声をかけた。


「雄瑠さん、その件なら、今返事が出来ますよね?」


「え?」


 僕は驚いて武葉さんを見る。『食事が終わってから話した方がいい』と言っていたのは武葉さんだったはずだが?……もの問いた気な僕の視線の先には、落ち着いた表情でお味噌汁を飲む武葉さんがいた。


 どうやら武葉さんは、柚乃の態度を見て今話しても大丈夫だと思ったようだ。僕はうなずいて柚乃を見る。


「柚乃、お友達の勉強を見る件についてだが、やっぱり仕事が忙しいから断ってくれた方がありがたいな。柚乃から言いにくければ、僕が二人に直接言ってもいいけど?」


 僕がそう言うと、柚乃はあからさまにホッとした顔をして、


「え? うん、忙しいんじゃ仕方ないよね? 大丈夫、柚乃から言っておくから」


 そう言うと、それまでとは違って元気にご飯を食べ始める。まったく、分かりやすい奴だった。


 柚乃が学校に出かけた後、僕は武葉さんに聞いてみた。


「武葉さん、柚乃に言うのは食事の後って言ってませんでしたっけ?」


 すると武葉さんは、洗い物をしながらくすくす笑って答えた。


「はい、雄瑠さんがどんな答えを言われるか分からなかったんで、せっかくの朝食を不味いものにしたくはありませんでしたからね。

でも、今朝の柚乃さんの卵焼きを食べて、その心配はないと思ったんです」


「柚乃の卵焼き?」


 訳が分からず僕が訊くと、武葉さんは茶碗を乾燥機にかけながら、


「はい。柚乃さん、卵焼きの味がいつもとまったく変わりませんでした。ですから、柚乃さんはどんな答えでも受け止められる、そう思ったんです」


「……そんなもんですか?」


「ええ。料理は素朴な物であればあるほど、作り手の心理が影響します。柚乃さんは昨日あれだけ悩んでいましたが、その動揺が卵焼きの味に出ていません。

それで私は、柚乃さんの心は思いの外強いんだなと思った次第です」


「そういうことですか……」


 僕は武葉さんの話を聞いて納得すると同時に、彼女の言うとおり柚乃が思いの外成長しているのであれば嬉しいことだと思った。



 僕が出版社『11次元』が入っているビルに行くと、すぐさまゲーム会社『アブダクション』の女性担当とプロデューサー、ディレクターが駆け寄ってきた。


「ああ、KANNU先生! お待ちしていました。早く会議室へ!」


 と、えらく僕を急かす。はて、キャラクターの2次元データはすべて渡したはずだが?


 そう思いながら会議室に入ると、出版社の担当O島さんが企画局長と待っていた。


 全員が会議室に入ると、企画局長が


「KANNU先生、いきなり呼び出してすみません。実は新作ゲームの件でいくつか問題が起きまして」


 そう言うと、O島さんが


「実は、源高閣先生の『俺は異世界サキュバス学園で無双する』が、急遽、アニメ化が決定したんです。放送開始は10か月後です」


 そう、猫にミミズな報告をする。


 だが、それを聞いて、僕はこれからどんなことが起こるのかが、ある程度分かってしまった。新作ゲームをアニメ放映時期にリリースしたいんだろうな。


 僕の考えは、ゲーム会社のプロデューサーさんが、真剣な顔で言ったことで確定した。


「メディアミックスなどは考えていなかったのですが、この作品が注目されるのであれば、ゲームの発売をアニメ放映とある程度合わせたいんです。

で、急遽、ゲームオリジナル脚本も入れ込むことになりました。キャラ素材についても、サブキャラやモブのデザインも終わっていませんし、YOMI先生や源高閣先生と一緒に、急いでそれらを完成させてほしいんです」


「宿泊用のホテルは確保しましたし、両先生にも連絡は取って協力のお願いもしています。

KANNU先生、お願いしますよ!」


 ……つまり、缶詰になれということなのだろう。


 無理もない、ゲームのコードを書くにしても、キャラやストーリーが決まらなければ手が付けられないところも多いみたいだからなぁ……。


「……『俺は異世界サキュバス学園で無双する』って、再来年のクリスマスのリリース予定じゃありませんでしたっけ?」


 僕が確認するように言うと、プロデューサーさんはうなずいて、


「うん、『アブダクション( う ち )』の人員的には、この手のノベルゲーには2年以上の開発期間が欲しいんだけれど、社長が舞い上がっちゃってね?『何としても10か月で作り上げろ』って檄が飛んだんだ」


 ため息とともに言う。仕方ない、『アブダクション』にも『11次元』にも、僕がまだ無名の頃からお世話になっているんだ。協力することにしたが、


「期間はどのくらいです? それと確か、源高閣先生って、僕と同じで顔出しNGでしたよね? YOMI先生とか僕に顔を知られてもいいんでしょうか?」


 気になっていることを聞いてみた。


 出版社のO島担当は、うなずいて答える。


「それは大丈夫です。KANNU先生はYOMI先生とはお知り合いでしたね?」


「ええ、何度かプライベートでもお会いしています」


「源高閣先生は、KANNU先生になら顔出しOKと仰っていますので、その点はご安心ください。期間は1か月を予定しています」


 ……1か月か。僕は学生だから、そんな長期の缶詰は避けたいところだ。

 それに実質的には、最も多くの負荷がかかるのは脚本のYOMI先生だろう。だとすると、僕の場合はキャライメージを確立させれば、家で作業を進めることになるだろう。その方がホテル代も浮くし。

それで僕は、気軽にOKを出した。


「分かりました。でも、僕の場合はキャライメージが出来たら家で作業を行うことにしてもいいですか?」


 僕の問いに、O島担当はうなずいて、


「構いません、その方がホテル代も浮きますし、YOMI先生も集中できるでしょうから。

実は源高閣先生からも同じ質問を受けています。()()も、あまり仕事場の環境を変えたくない様子でしたから、KANNU先生同様、最初の顔合わせ以外はご自宅でお仕事していただく予定です」


 そう答えた。あれ、源高閣先生って女性だったんだ。


 僕は意外に思った。男性心理を見事に突いたラブコメを、まさか女性が書いているとは思わなかった。ましてや、ちょっと際どい下ネタやお色気もある作品だったから。


(あんな面白い話を書く女性って、どんな方なのかな?)


 僕はちょっと、源高閣先生に興味をそそられた。



「えー、お兄ちゃんがいないと詰まんなぁ~い。お家で作業できないの?」


 その夜、僕が急遽缶詰作業になることを話したら、案の定柚乃はそう言って難色を示した。武葉さんも、『缶詰作業』のことはよく分からないようだが、雰囲気的にあまりいい意味ではないと悟ったのだろう、


「……お話だと、ホテルにこもってお仕事をされるということですが、雄瑠さんのプライバシーは確保されるのでしょうか? それと、どのくらいの期間をご予定ですか?」


 そう聞いて来る。


「ゲーム会社の意向では、明日から1か月だそうです。まあ、まるまる1か月閉じ込められるのは脚本家の先生ですが。僕の場合は、キャラクターのイメージが決まれば家で作業しますから、長くて1週間ってところですよ。


個室を準備するそうですから、一昔前の缶詰のように、担当さんが同室で作家さんを見張るようなものじゃないですよ」


 僕がそう答えると、武葉さんはうなずいて柚乃に言った。


「お仕事なら仕方ありませんね。柚乃さん、ここは気持ちよく雄瑠さんを応援いたしましょう?」


「でも、お兄ちゃんの担当さんって、出版社さんもゲーム会社さんも若い女性だし……そいつらがお兄ちゃんに急接近しないか心配だよぅ」


 柚乃の言葉に、武葉さんは目のハイライトを消し、ニヤリと笑って言う。


「そこは大丈夫です。私が雄瑠さんを()()()()()見張っておきますから。

だから柚乃さん、万が一雄瑠さんの浮気が発覚したら、二人でお灸を据えて差し上げましょうね?」


 すると柚乃も、「くくくっ……」と悪い顔で笑いながらうなずき、


「そうだね、そうしよう武葉さん。じゃ、お兄ちゃん、お兄ちゃんの荷物は柚乃が準備しておいてあげるね?」


 僕の側までやって来て、顔を見上げながら言う。うん、柚乃も瞳にハイライトがない……これは黙って言うとおりにさせた方がよさそうだ。たとえ荷物にGPS装置や盗聴器を仕込まれたとしても、そもそも僕には柚乃や武葉さんに疑われるような行動をするつもりはないから無問題モウマンタイだ。


「わ、分かった。着替えなんかは最低限でいいよ。大学もあるからちょくちょく家に帰って来るつもりでもあるし」


 こうして僕は、次の日、ゲーム会社から指定されたホテルへと向かったのだった。



 缶詰用のホテルは、僕のアパートから徒歩20分程度のところにあるビジネスホテルだった。チェックインは15時で、10時チェックアウトだそうだ。


 しかし、僕の場合はすでに1週間分を抑えてあったので、連泊中は部屋の掃除時間さえ外に出ていればいいということだった。


 ゲーム会社が、仕事用にと会議室を借りていてくれたので、僕はチェックインするとすぐにYOMI先生と合流する。YOMI先生は今年27歳の妻帯者だが、見た目は大学生と言っていいくらい若い。茶髪にまばらなあごひげ、そしてストーンウォッシュのジーンズをかっこよく着こなしていた。


 僕らは久しぶりの再会に、挨拶を交わし、会議室でオリジナル脚本について協議をした。


「基本的な世界観や人間関係を崩さなければ、ストーリーはかなり自由に考えていいということでしたよ。ただ、人物について新たな設定を加えるのはNGだそうです」


 『11次元』のO島担当は、僕だけでなくYOMI先生や源高閣先生も担当している。O島さんはまだ24歳と若いが、独特の感性と人懐っこさがあり、人気クリエイター3人を気持ちよく創作活動に集中させている名編集者だと思う。


 その彼女が、源高閣先生のメモをYOMI先生に手渡しながら言う。


「ふーん。主人公キロトの過去が設定されていれば、なぜキロトがサキュバス学園で人気者になったかを説明できるんじゃないかな?」


 YOMI先生は、そう言いながら頭をかく。


「その辺りの深掘りした話は、読者からも読みたいって声は多いですね。YOMI先生、自由な発想で面白いエピソードを考えてくださいよ」


 O島さんが言うと、


「いや、『自由に考えろ』って言われてもなぁ……」


 脚本家にとって『自由に考えろ』と言われるのは創作意欲が掻き立てられると同時に、困った注文でもあるそうだ。


「……おれが楽しそうだと思ってキャラを動かしても、ファンの中には『解釈違いだ!』とかいう者も多いからな。設定がはっきりしていれば、『公式が言ってることだから』で押し切れるんだがね」


「では、源高閣先生にその部分を確認してみましょう。先生のことだから、キロトの年表みたいなものを持っていらっしゃるかもしれないし」


 O島さんはそう言うと、スマホ片手に会議室を出て行った。


「はぁ、源先生もこの場に居れば、サクサク話が進むんだろうがなぁ。でも、女子大生ってことだから、やっぱりこんな会議に出るのも気が重いんだろうなぁ」


 YOMI先生がぼやくように言う。


「え、源先生って女子大生なんですか?」


 僕はびっくりして聞く。顔出しNGは女性だからって理由だけじゃなかったんだ。


「おや、O島君から聞かなかったのか? 現役女子大生だそうだから、いくら売れっ子になっても顔を知られて面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なんだろうね。

おれみたいに本業が喫茶店で、こっちは副業ってんなら、顔が売れるのはむしろウェルカムなんだがね」


 そう言ってYOMI先生が笑った時、O島さんが帰ってきて言った。


「設定表があるそうです。すぐにメールで送ってもらうことにしました」


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


4.小説家との缶詰デート?


 僕とYOMI先生、O島担当の話し合いは、1時間程度で終わった。


「ふむ、これだけの設定があれば、キロトを深掘りしたエピソードが書けると思う。早速考えてみるから、1日時間をくれ」


 YOMI先生は源先生から届いた設定表を手に取って、そう笑って言うと部屋に戻って行った。


「もうすぐ5時ですね。KANNU先生はどうされます? 私とデートでもしませんか?」


 O島担当がニコニコしながら聞いて来る。どうして僕の周りには、本気か冗談か判らない物言いをする女性が多いんだろうか?


「魅力的なお誘いですが、YOMI先生が頑張ってるのなら、僕も負けられません。夕飯までは部屋にこもって、サブキャラやモブのキャラデザでも考えますよ」


「あら残念☆ でも、そうしていただけるとK崎さんも助かるんじゃないかしら」


 K崎さんとは、ゲーム会社の担当の女性だ。


 O島さんはエレベーターまで来ると僕にウインクして、


「そう言えば、源先生が6時前後にはKANNU先生に会いに来るそうですよ。お部屋で待っていてくださいって伝言を預かっています。

可愛らしい女性ですから、優しくしてあげてくださいね。でも、手を出したりなんかしちゃだめですよ?」


 そう言うと、僕を残してさっさと1階へと降りて行った。


(え? 部屋に来るって? 女子大生……じゃなかった源先生が?)


 そう思った時、僕はO島さんの含みのある言葉を思い出した。


『可愛らしい女性ですよ♡』


 僕は慌てて首を横に振り、理性を呼び覚ます。


「いやいやいや、そこはロビーかなんかで顔合わせすべきじゃないのか?」


 僕はそうつぶやきながら、自分の部屋に戻り、キャラデザインを考え始めた。


 それからしばらくの間、僕はスケッチブックにキャラを書きなぐっていたが、


 コンコンコン……


 不意にドアがノックされる。僕はさっきの話をすっかり忘れていたらしい、思わず


「ボーイさんですか?」


 そう言いながらドアを開ける。そしてすぐドアを閉めた。


(……今、見知った人が立っていたような?……)


 すると再びドアがノックされ、聞いたことのある声が耳に飛び込んできた。


「雄瑠さん、ここを開けてください。でないとお話ができないじゃないですか」


 その声に、僕は再びドアを開ける。そこにはサラサラの漆黒の髪の女性が、ニコニコしながら立っていた。白いカシミヤのセーターの下には真っ青なワイシャツを着込み、落ち着いたチャコールのロングスカート、黒のパンプスといったいで立ちの女性だ。


「うふ♡ お邪魔しますね、雄瑠さん」


 その女性は、そう言いながらにっこりと笑う。間違いない、合コンで僕に告白してくれた女性……岩城いわしろことりさんだ。


「ちょ、ことりさん。僕はこれからある人と大事なお話があるんですが。そもそも、ことりさんは、どうして僕がここに居ることを知っているんですか?」


 僕がそう話している間にも、ことりさんはドアを閉め、鍵をかけ、僕の前を通ってベッドにちょこんと座る。僕は彼女の前まで歩いていくと、じっとこちらを見ていることりさんに聞いた。


「あの、さっきも言ったとおり、僕はこれからある人と大事なお話があるんですが」


「それ、ラノベ作家の源高閣先生のことでしょうか?」


 ことりさんがそう聞き返してくる。あるうぇ~? なんでことりさんってば、そんなことまで知っているんだろう?


 ことりさんは、僕の頭の上の『?マーク』を見て、にこりと可愛らしい笑顔で言った。


「それ、わたくしのことですが?」



「……え?」


 僕は一瞬、何を言われたのか理解に苦しんだ。そしてやっと言われた意味を理解した。


「……あの、ひょっとして、ことりさんが源高閣先生ってこと?」


 僕が恐る恐る聞いた言葉に、ことりさんは笑顔でうなずいた。


「はい、そうです。今日はKANNU先生とお会いするのを楽しみにしていました♡」


「え? じゃ、ことりさんが『俺は異世界サキュバス学園で無双する』の著者?」


「はい。著者のペンネームが『源高閣』なら、わたくしの著作で間違いございませんね」


 ニコニコ顔を崩さずに立ち上がると、ことりさんが聞く。


「以前わたくしが食事を奢っていただいた時、『雄瑠さんはKANNU先生じゃないですか?』とお聞きしましたよね? その時、どうして嘘をついたんですか?」


「いや、それは僕が『顔出しNG』で活動しているものですから。有名になって面倒ごとに巻き込まれるのは御免だし」


 僕がそう答えると、ことりさんはうなずいて僕の胸に寄りかかり、ちょっと拗ねたように上目遣いで言う。


「わたくしも同じ理由で『顔出しNG』にしていただいているので、雄瑠さんの気持ちはよく分かります。でも、同じ作品に関わっている者同士ですから、教えていただいても良かったのでは?」


「いや、ことりさんが源高閣先生だなんて、今の今まで知らなかったんですよ?」


 僕はそう弁明する。こう顔が近いと変な気を起こしそうだ。少し離れてくれないかなぁ?


 ことりさんはそんな僕の顔をまじまじと眺め、不思議そうに聞いてきた。


「わたくしは、3作目の絵師さんを探しているとき、雄瑠さんのイラストを見ました。それでO島さんに、絵師さんはKANNU先生がいいと指名させていただいたんです。

その時に、わたくしの就学先を知っているO島さんが、

『源先生とKANNU先生は同じ大学に通ってらっしゃるから、お互いご存じでしょう?

KANNU先生は、甘羽雄瑠さんって言う素敵な男性なんですよ♡』

そう言って雄瑠さんのお名前を教えてくださったんですよ? わたくしの名前、O島さんからお聞きになりませんでしたか?」


「……O島さん……後でとっちめてやる」


 僕はそう言うと同時に閃いた。あの合コンの際、なぜことりさんが、会って間もない僕に対し『好みどストライク』と言って告白まがいのことをして、その後も過剰な好意を向けて来たのか。


「じゃ、僕が合コンで自己紹介した時……」


「はい♡ すぐにKANNU先生だと分かりました。

雄瑠さんはわたくしの小説を広めてくださった功労者です。ううん、ライトノベルにおいてイラストは、ストーリーに化学反応を起こして作品の魅力をアップさせてくれます。


その意味では、その後のわたくしの作品は雄瑠さんとの共同制作……わたくしたちの子どもと言って過言ではありません。だからわたくしは、そのうち雄瑠さんと本当の子どもを作りたいなぁって妄想していたんです。


今日はそのいい機会です。ぜひ、わたくしと既成事実を作ってください。わたくしの妄想を現実にさせてください。だから今日は、O島さん以外は誰とも会わないっていうマイルールを破ってまで、源高閣として雄瑠さんに会いに来たんですからぁ!」


 そう興奮したように早口で言うと、僕にしなだれかかって来る。僕は何とか踏み止まろうとしたが、ことりさんに足を引っかけられて、そのままベッドに押し倒された。



 余りのことに、僕はパニックを起こして動けない。僕の身体の上には、甘い香りを漂わせる女の子がのしかかっている。重くはないが、それでも彼女の鬼気迫る愛情表現に、僕はすっかり圧倒されていた。


 ことりさんは美人だ。それもおっとり系で、清楚で、奥ゆかしさを感じさせる美人だ……ったが、目の前で僕を、ハイライトのない瞳で凝視している彼女の顔は、獲物を押さえつけたメスライオンのように見えた。


「うふふ♡ 夢にまで見たKANNU先生との子づくり。わたくしの妄想が爆発寸前ですので、さっそくいただいちゃいますね♡ 大丈夫です、天井のシミを数えている間に事は終わってしまいますから♡ あ、気持ちよかったら声を出していただいても結構ですよ♡ わたくしも声を漏らしちゃうかもしれませんが、嫌いにならないでくださいね?」


 僕の耳元で、ことりさんはそうささやく。


 甘い香りと、甘い吐息で、僕は痺れたように動けない。


(マズい。いや、ことりさんはぶっちゃけタイプじゃあるんだけれど、こんなラッキーなシチュエーションは望んだって来ないんだろうけれど、こんなことが知れたら武葉さんや柚乃からどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない!)


 動けないけれど、心の中ではそんなことを考えていた。


「ま、待って待って! ことりさん、君は清楚で奥ゆかしいキャラじゃなかったのかい?

こんなこと慣れているのかい? とてもそうには見えないけれど」


 僕はやっと言葉を絞り出した。すると、もうキス寸前まで近づいていたことりさんの顔がすうーっと離れる。耳まで真っ赤であるところを見ると、理性が全部吹っ飛んでいるわけでもなさそうだ。


「か、勘違いしないでください。わたくしはこんなこと、雄瑠さんにしかできません。それに、わたくしだって経験はございませんから、正直、キスの後どうしたらいいのか分からなくて戸惑っています……うぅ……」


「R18指定のビデオとか観たことは?」

「ご、ございません」

「んじゃ、エ〇本とかは?」

「その手の本は、お父様やお母様、メイド長から固く禁じられておりますし、本の購入はすべてメイド長を通して行っておりましたので……」

「YOU〇UBEでその手の動画を……」

「ぜんっぜん、観たことはございませんってば!」


 ことりさんは両手で顔を覆って恥ずかしがっている。僕はそのすきに心を落ち着かせ、


「でも、妄想では凄いこと考えているんだ?」


 そう聞くと、ことりさんは顔を覆いながら身体中で恥ずかしさを表現して、


「妄想の中では、雄瑠さんとの子どもは5人います」


「えっ。そりゃあ妄想の中の僕って、かなり頑張ってんだなあ……」


 呆れたように僕が言うと、ことりさんは再び僕を押し倒し、


「わたくし、妄想の中の雄瑠さんのように、『お前だけだよ』とか『可愛いよ』とか、『お前じゃなきゃダメなんだ』とか言ってほしいんです。もう、頭の中で考えるだけでは我慢できないんです! ですから、続きを……」


 そう言いながら顔を寄せてくる。先ほどとは違い、少し悲し気な表情だった。


(ことりさんを正気に戻すには、これしかないだろう)


 僕はそう腹をくくると、静かな声で言った。


「ことり、僕は君のことを大事にしたい」

「え?」


 ことりさんは目を見開いて僕を見つめる。羞恥と驚きが混じった表情だ。


 僕はできるだけ優しい顔で、落ち着いた声で、彼女の眼を見ながら続けた。


「正直に言って、君は僕のタイプだ。だからこそ、今のように『恋に恋する状態』で、これ以上先に進むわけにはいかない。先ずは友達から始めてみないか?

ここから先に進むのは、お互いに相手のことを理解してからでも遅くはないと思うんだ」

「……」


 ことりさんが黙り込んだ時、ドアをノックする音がした。


「KANNU先生、源高閣先生、一緒にご飯に行きませんか~!」


 O島さんの声だ。僕はホッとして、恥ずかしそうにしていることりさんに言った。


「……ご飯、ご一緒しませんか? 源高閣先生」


 ことりさんは顔を伏せたまま、ポツリと言った。


「……嫌いにならないでください」


「……びっくりしただけで、君を嫌いにはならないよ。むしろ僕を好きになってくれてありがとう。今はそれだけしか言えないけれど、ごめんね?」


 僕がそう言うと、ことりさんはゆっくりと僕の上から降りる。


「……分かりました。今日のことは忘れていただけますか?」


「いや、それは無理(キッパリ」


「どうしてですか!? 女の子がこんなに恥ずかしがっているのに、お願いを聞いていただけないんですか!?」


「いや、だってほら、なりふり構わず女の子から迫られたのって、初めてだからさ。可愛らしかったなぁ~って」


「お、追い打ちをかけないでくださぁ~い!」


 ことりさんは顔を覆って部屋を飛び出す。それを見ていたO島さんは、ことりさんを受け止めて、


「ど、どうされたんですか源先生! まさか、KANNU先生から襲われたとか!?」


 やばい、酷い誤解を受けている。これはすぐに否定しないといけない案件だ。


「いや、僕は誓ってそんなことはしていない!」


 僕がそう言うと、ことりさんはO島さんの胸に顔をうずめて、


「O島さん、雄瑠さんが、酷いんですぅ……」


 そんな、どうとでも取れる言い方をして泣かないでくれよぉ~!


 案の定、O島さんは僕を蔑んだ目で見て言った。


「嘘おっしゃい! 可哀そうに、源先生、こんなに震えてるじゃないですか!?

KANNU先生がこんな(ケダモノ)のような男性だとは思いませんでした! 幻滅ですっ!」


 ……O島さんの誤解はしばらく解けず、おかげでゲーム会社の担当、K崎さんも、しばらくの間は僕に対してよそよそしい態度だった。


(デレ神様と修羅場と僕:3.仕事とプライベートは切り分けよう 終わり)


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

さて、今回は雄瑠くんの仕事についての話と、ことりちゃんがなぜ雄瑠くんにご執心なのかについて書きました。

『幼馴染の訳あり妹分』と『主人公に恩義を感じている、結婚を約束した神様』……ただでさえどうなるか分からない二人に加え、『一途に想いを寄せる天然美しき才女』が加わりました。

え? 何これハーレムになるのかな?

とにかく、次回もよろしくお願いします。

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