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デレ神様と修羅場と僕  作者: シベリウスP
第1期:夢+君=幸せ(You Make Me Happy)
2/7

Portrait2:友だち付き合いと恋人

雄瑠は人数合わせの合コンに参加。そこで天然お嬢様・ことりと出会う。

そのことを知った武葉と柚乃が取った行動とは? 柚乃の回想も交えてお送りします。

1.合コンとは何ぞや?


雄瑠たけるくん、この後ヒマかね?」


 5限の特別講義が終わり、僕がタブレットを仕舞っていると、後ろの席から声をかけられた。僕が振り向くと、茶髪を首の後ろでくくり、Tシャツの上から薄手のデニム地のシャツを引っかけた男が、白い歯を見せてにかっと笑う。


「……光弘みつひろか。暇だったら何だ?」


 僕が聞くと、光弘は手櫛を当てて、ニヤニヤ笑いをしながら言う。


「実はな、このあと18時30分から合コンを計画しててな」

「ふんふん」


 僕は時計を見る。いま、18時10分を回ったところだった。


「モブ太やモブ男、モブ助を誘っていたんだが、モブ助のヤツが急にバイトが入ったって言ってきてさ」


「……で、数合わせで僕に参加しろと?」

「おお、さすがは親友、話が早いぜ!」


 光弘が喜びの声を上げるが、残念なことに僕は上げて落とすのが好きなS野郎だ。

 しかも、ちょうど『お兄ちゃん、メールですよ♡』と、スマホがメール着信を知らせて来た。


「いや、お前、どんな着信音設定してんだ? しかも『お兄ちゃん♡』ってキモっ! お前、シスコンだったっけ?」


 光弘がそんなこと言いながら、スマホの画面を覗き込んで来る。


「おい、それはプライバシーの侵害だぞ? いくらお前が小学校からの親友でも怒るぞ?」


 僕が言うが、光弘はまったく意に介さず、


「え? ()()だけに()()ってか? お前うまいこと言うなあ」


 お得意の寒いギャグを飛ばし、そして今更気づいたように冷やかしてくる。


「あれ? そう言えばさっきの声、ひょっとして柚乃ゆずのちゃん? お前柚乃ちゃんの声を録音して着信音にしてんのか? シスコンもそこまで行ったらビョーキだぞ?」


「逆だよ。柚乃がいつの間にか僕のスマホをいじって設定していたんだ。

しかも、『お兄ちゃん、柚乃に黙って設定変えたら分かってますよね?』とか、ハイライトの消えた目で僕を見て、笑顔で言うんだぞ?」


 柚乃は僕の幼馴染で、お隣さんで、妹分だ。僕と柚乃が友だちになり、柚乃から兄と慕われるのには、少し普通の人とは違った理由がある。


 その経緯を知っている光弘は、「あ~」と、僕に気の毒そうな顔を見せてうなずく。


「そりゃ、お前としたら変更はできんよなぁ。で、柚乃ちゃんは何て?」


 僕はスマホの画面に目を落とす。


『今日、友だちと推しのライブに行くから、20時30分ごろ迎えに来て。いつものライブハウスだよ』


 僕は短く、『OK。近くの書店に着いたら知らせる』そう返信して、光弘に聞いた。


「で、合コンってどこで、会費いくら?」


「急に誘ったんだから、お前の会費はボクが出すよ。お店はいつもの『西洋鍋』な」


 こうして僕らは、二人で会場に向かったのだが……。



「あっ、光弘~! こっちこっち!」


 僕たちが店に入ると、奥の席から茶髪をポニーテールにした女の子が、元気な声をかけて来た。しかし、彼女の顔を見た光弘は、


「げっ、春香はるか。それにことりも一緒に? なんで?」


 ほかに二人、可愛い子がいたのに、光弘はなぜかその二人を見て青くなっている。


「あ、光弘。先に盛り上がってるぜ~」

「今日はセッティングありがとうな~」


 モブの二人は、その二人とすでに意気投合しているようだ。光弘は仕方なく、僕を連れて席に着く。

 僕の前に座っているのは、黒髪ロングの『清楚可憐』という言葉が服を着て歩いているような女性だった。


「ねーねー、光弘。そっちの彼、紹介して?」


 光弘の前に座った茶髪ポニテの元気っ子が、僕を見て言う。光弘は僕を見て肩をすくめ、


「ああ、こいつはボクの親友でね? 同じK大の総合福祉学部に通っているんだ」


甘羽雄瑠あまは・たけるです。よろしく」


 すると彼女は、ニコーっと笑って


「なんだ、それじゃ同じ大学じゃん。あたしは法学部3年生の中ノ森春香(なかのもり・はるか)だよ。で、こっちが……」


 自己紹介ついでに僕の目の前の女の子を紹介しようとすると、彼女は頬を染めながらも僕を見て、


「い、岩城いわしろことり、工学部3年生です。よろしくお願いいたします」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。


「あ、こちらこそよろしく」


 僕が言うと、春香さんが早速ことりさんのひじを突いて聞く。


「どしたんどしたん? ことりが自分から男の子に話しかけるなんて初めてじゃない?

そんなに雄瑠くんが気に入ったの?」


 するとことりさんは、胸の前で手を組み、


「はい、わたくしの理想に()ストライクですっ」


 恥ずかしげもなくそう宣言する。聞いているこっちの方が恥ずかしいし、初対面の女の子からそう言われると、悪いけれど何かの罰ゲームでは? と勘繰りたくなる。


 そこに、光弘が気になることを言っているのが聞こえた。


「でも春香、ことりちゃんも連れて来て大丈夫だったのか? 彼女、()()()()アルコールに弱いし、酔ったら恐ろしいことになるじゃないか」


「え、お酒飲めないの?」


 僕はビールを彼女のコップに注ごうとしていた。危なくアルハラになるところだった。

 ことりさんは、ニコニコしながら言う。


「はい。わたくしは生来、酒精に耐性がないようです。以前は消毒用のアルコールの匂いで酔っぱらってしまって、泣いたり絡んだり暴れたりと、大変なご迷惑をおかけしたみたいです。わたくしはほとんど覚えておりませんが」


「いや病院で泣き上戸や絡み上戸を披露し、果ては暴れたの? 君が?」


 この『大和撫子』の具現化のような女性が、酔うと人に絡んだり、暴れたりするとか信じられない。


「はい。でも、酒宴の雰囲気は好きなんです。ですから、春香さんに頼んでたまに連れて来てもらうんですよ。春香さんには心配をかけますけど」


 あっけらかんと言う彼女に、春香さんはほとほと迷惑しているような口ぶりで、


「ことりちゃんはいい子だけど、お酒がねぇ。ことり、今大丈夫?」


 そう聞くと、ことりさんは少し青い顔をして、


「……ちょっと、ビールの匂いで酔っぱらいそうです。うぷっ」


 そんなことを言うではないか! だめだぞことりさん、ここで戻したら君のイメージが完全に崩れるよ?


「あ~、こりゃちょっと危ないなぁ。雄瑠、悪いけどことりちゃんを連れだして、外の空気を吸わせてやってくれないか? できれば送って行ってくれればさらに安心するが」


「分かった。ことりさん、歩ける?」


 僕が聞くと、ことりさんは嬉しそうに頬を染めて答えた。


「はい。なんとか」



 ことりさんを支えながら店を出て、時計を確認したらまだ19時ちょっと前だった。僕と光弘がお店に入ったのが18時40分くらいだったから、お店には20分もいなかったことになる。当然、僕もことりさんも食事らしい食事はしていない。


 僕はとりあえず、飲み屋が並ぶ界隈を出て、喫茶店やファミレスがある通りへと向かう。ことりさんの足取りは少しずつ回復しているみたいだし、柚乃のお迎えまでまだ1時間半以上もある。時間つぶしのために何か食事をしてもいい。


「ことりさん、気分はどう?」


「は、はい。ずいぶん良くなりました」


 そう答えた後、ことりさんは済まなそうな顔で謝って来る。


「すみません。わたくしのせいで、せっかくの合コンを抜け出させてしまって」


「ああ、それなら、僕は光弘から頼まれて、数合わせのために参加しただけなんだから気にしないで。それに、お酒の席って知り合いを作るきっかけや、仕事のアイデアを話す場として捉えているから、あまり飲み会で女の子を引っかけようって気はしないんだよね」


 僕が言うと、ことりさんはホッとした表情で、


「そうですか。わたくしは甘羽さんに最悪な印象を与えてしまったんじゃないかと心配していました。そう言ってもらえて嬉しいです」


 と言った後、不思議そうに聞く。


「ところで甘羽さん、さっき『仕事のアイデアを話す場所』って仰いましたね? 甘羽さんはK大生じゃないんですか? それとも、昨今流行の学生起業家ですか?」


 しまった、つい口が滑った。でもこの子、ポーっとしているようで観察力や注意力は鋭いぞ。


「あ、うん。出版やゲーム関係の仕事をちょっとね? バイトみたいなものだよ」


 僕はそうごまかしつつ、


「お、お腹すかないかい? どこかで何か食べようか」


 そう言って、ことりさんをいつもの癖で行きつけの喫茶店に連れて行った。これが間違いだった。


 カランカラン……


 ドアベルの音と共に、カウンターから


「おや、KANNU(カンウ)先生じゃないですか? 今日はデートですか? そんな可愛らしい子を連れて。私、妬いちゃいますよ?」


 ゲーム会社の女性担当者が、びっくりした顔で言う。その瞬間僕の頭の中には『\(^o^)/オワタ』の顔文字が浮かんで消えた。


(いや待て待て、イラストレーター『KANNU』が有名人だなんて自惚れるんじゃない。ことりさんみたいな人なら、アニメやゲームに興味ないかもしれないジャマイカ)


 僕はそう思いつつ、担当さんに向かって目顔で『ナイショでしょ!』と合図を送る。担当さんはハッとした顔で口を押え、慌ててマスターと話をしだした。


 僕とことりさんが店の奥のボックス席に腰かけると、ことりさんは意を決したように聞いて来る。


「あの、甘羽さん。さっきあの女の人が『KANNU先生』って……」

「え? 関羽?」

「あ、それ三国志演義で美髯公って呼ばれている、青龍偃月刀を使う武神です」

「冠羽?」

「いえ、それは鳥の頭にある飾り羽みたいな羽です」

「じゃ、換羽?」

「それは鳥の羽が生え変わることですね」

「ほんじゃ甘雨?」

「それ、5年前に出てソシャゲを劇的に変えたゲームのキャラですね。氷属性で弓キャラ、半仙のワーカホリック秘書で、一部で『ココナッツヒツジ』とも呼ばれていて、決め言葉は『私と残業しませんか?』でしたっけ?」

「いや、ものっそ詳しいね!? ことりさん、ゲームやるの?」


 思わず食い気味に突っ込んでしまった。ことりさんはニコニコしながら暴露する。


「いえ、作者さんがそのゲームの初期勢で、お迎えできたほぼ全キャラをレベル90まで育てているらしいですので、その影響でしょうか?」


 うわぁ、メタいこと言うの禁止ィ~!



 閑話休題それはさておき


 僕はことりさんからの


「甘羽さんって、KANNU先生なんですか? わたくし、KANNU先生のファンで、作品集も全部持っているんですが」


 という質問をかわしつつ、何とか食事を済ませて店を出た。


「お金、払います」


 ということりさんに、


「いや、これくらいいいって。割り勘にしたなんて言われたら、僕がケチな男みたいじゃないか。ここは僕の顔を立てると思って奢らせてくれ」


 そう言って断ると、彼女は顔を赤くしながら、


「じゃ、じゃあ、身体で支払った方がいいですか?」


 あながち冗談ではない顔で言う。う~ん、ことりさんって、真面目な天然さんだから、どこからが冗談で、どこまでが本気か分からないんだよなぁ。


「い、いや。じょ、冗談でもそんなこと言うもんじゃないよ。もっと自分を大切にしなきゃ。せっかく可愛いし、いい人なんだから」


 僕が真っ赤になって言うと、ことりさんはくすっと笑って言う。


「……わたくしだって、こんな冗談誰にでも言うわけじゃないんですよ? それにわたくしが、甘羽さんのこと好きだって言ったの、本気なんですから」


「え?」


 僕が思わずそう言って固まってしまった時、道の向こうから、


「あ、お兄ちゃん。ごめん待った~? お迎えありがとう~」


 そう言いながら、柚乃が駆けて来て、僕とことりさんを見た瞬間、その目からハイライトが消えた。


「……お兄ちゃん、その女、誰?」


 ()()()線を背負った柚乃が、僕に静かな怒りを湛えた顔で聞いて来る。僕は笑顔を作ったが、きっと引きつった笑いになっていただろう。


「あ、えと、こちらは……」


 しどろもどろになった僕に代わって、ことりさんが笑顔で柚乃に挨拶をする。


「あ、初めまして。わたくしは岩城ことりと申しまして、お兄さまとお付き合いをさせていただくことになりました~。

甘羽さん、可愛い妹さんですねぇ~。お義姉ねえさんって呼んでもらってもいいですので、これからよろしくお願いいたします♡」


「えっ?Σ( ̄□ ̄|||)」←柚乃

「うぇっ!? \(^o^)/」←僕

「? にこにこ(*^-^*)」←ことりさん


 何とも微妙な静寂が訪れた時、僕たちの横に豪☆華☆なリムジンが停まり、ドアを開けてメイドさんが降りて来た。


 メイドさんは、つかつかとことりさんに近付き、


「お嬢様、お迎えに上がりました。ご指定のお店にいらっしゃらなかったので、頭の軽そうな殿方にお聞きしたところ、お嬢様は気に入った殿方が出来たということで合コンを抜け出してデートされていたということ。

それならそうとご一報いただければ、私どももこんなに心配はしなかったですのに……」


 そう、心配そうな顔でことりさんに言う。ことりさんは、すまなさそうに微笑んで


「ごめんなさいメイド長。甘羽さんとのおしゃべりが楽しすぎて、ついうっかりしちゃったの。今後は気を付けますね?」


 そう言う。その間にもメイド長は冷たい目で僕を上から下まで値踏みするように眺めていたが、


「……以後気を付けていただければ、それでいいのです。殿方も、無難なお方を選ばれたようですので。君、甘羽さんって言ったかしらね?」


「ええ、甘羽雄瑠と申します」


「そう、甘羽さん、これからもお嬢様をよろしくお願いいたしますよ?」


 一方的にそう言って、ことりさんを乗せて家に帰ってしまった。


「……ところでお兄ちゃん」

「ぎくっ!」


 後ろから声をかけられたので、恐る恐る振り返ると、柚乃ちゃんが頬をひくつかせて僕を見ていた。


「……合コンとか、デートとか、あの女のこととか、柚乃、聞きたいことがいーっぱいあるの。今からお部屋で聞かせてくれないかしら?」


 ……僕はうなずくしかなかった。数合わせの合コンに出ただけなのに……。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2.妹(兼幼馴染)VS妻(自称)


 次の日は土曜、つまり大学も高校も休みだ。僕は前日、柚乃から合コンやことりさんのことを詰められて、何とか機嫌を取ったところだった。


「……ん……」


 僕は何か左腕に違和感を覚えて目が覚める。寝ぼけ眼で左に顔を向けると、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。


 誰かが、僕の左腕をしっかり抱え込み、丸くなって寝ている! しかも、いい匂いがするから、絶対に男じゃない!


 フリーズした思考が回復するとともに、昨夜のことを思い出す。昨夜は、『お詫びに泊まって行きなさい!』とせがむ柚乃を振り切って、自分の部屋に戻ってすぐにベッドに潜り込んだんだが、その時もちろん部屋には誰もいなったし、鍵もかけている。何なら、ドアチェーンだってしっかり掛かったままになっている。


 柚乃は僕の部屋の合鍵を持っているから、夜中に忍び込めないことはない。が、ドアチェーンは外せないだろう。

 それになんやかんや僕に迫る柚乃だが、僕の部屋に夜中無断で侵入したことはない。


(……とすれば、これは……)


 僕の脳裏には、密室だった僕の部屋にいつの間にか侵入することが可能な女性の名前が浮かんでいる。しかしそれは、ある意味柚乃よりも厄介なお方だった。


 僕は、掛け布団を少し下げる。豊かな栗色セミロングで、白い浴衣のような着物を着た女性が、すうすうと寝息を立てていた。


(やっぱり……武葉さん、いつの間に忍び込んだんだ?)


 このお方は、自称・武羽槌命たけはづちのみこと。僕が育った施設の近所にある神社の祭神……だそうだ。今は志鳥武葉しどり・たけはさんと名乗っている。


 ただ、彼女が話す昔のことは、いちいち僕の記憶と合致しているし、何より僕の思い出の中にいる『素敵な女性』にそっくり……武葉さんから言わせるとご本人……なのだ。信じ難い話だが、信じるに足る状況証拠はある。


 というわけで、僕は武葉さんのことを神様として認識している。


(どうしよう。こんなに気持ちよさそうに眠っているところを起こすのも忍びないなぁ)


 僕はしばらく、武葉さんの寝顔を眺めながらボーっとしていた。


 やがて、


「ん……」


 武葉さんが目を覚まし、緩慢な動作で僕を見上げてにっこりとする。潤んだ鳶色の瞳に、僕が映っている。


「雄瑠さん、おはようございます」

「おはようございます、武葉さん」


 お互いに挨拶を交わしたところで、武葉さんはゆっくりと身体を起こす。白い寝間着は、襟元や裾が少し乱れて色っぽかった。


「着替えた後、すぐに朝餉を準備いたします。少しお待ちを」


 武葉さんはベッドから出ると、急いで別の部屋に入る。首筋や耳が赤くなっているのが、遠目からでも分かる。朝日の中で寝間着姿をまじまじと見られるのが恥ずかしいんだろう。


(……さすが神と自称するだけあって、こういったところに奥床しさと大人の色気を感じるんだよなぁ……って、何を考えているんだ僕は!)


 僕は武葉さんが戻ってくる前に、着替えと洗顔を済まそうとベッドから出た。


 その時、玄関のチャイムが鳴る。


「おはようお兄ちゃん。今日は約束どおりデートだよデート! 柚乃頑張って朝ごはん作っちゃうね♡」


(そう言えば昨夜、柚乃のご機嫌を取るためにそんな約束をしたんだった……)


 起き抜けのボーッとしている頭で動くと、ろくなことがない。僕は武葉さんがいつの間にか布団の中に潜り込んでいたことを、すっかり失念していた。


 だから鍵を開け、ドアチェーンを外したところで、着替えが終わった武葉さんが戻って来て、


「雄瑠さん、今から朝餉をこしらえますが、お味噌は赤と白、どちらがよろしいですか?」


 僕に呼び掛けた声を聞いた瞬間、僕は反射的に柚乃を見た。柚乃は瞳からハイライトを消し、じーっと僕を見つめている。手には鮭の切り身を持ったまま……。


「……昨日の夕方は合コンで新しい女をひっかけて、夜には柚乃に黙って武葉さんとしっぽりですか……ふぅ~ん、そうですか。()()ってほんっと、女ったらしになっちゃったね」


 昨夜に輪をかけた()()()()を背負って、呪詛のようにつぶやく柚乃だった。いかん、爽やかな朝なのに、柚乃が病みかけている。


「……雄瑠さん~?」


 そこで、いきなり後ろから武葉さんが声をかけてくる。嫉妬がありありと感じられる声だ。今の柚乃のつぶやきが聞こえていたに違いない。


「わっ、びっくりした!……かもしれない。武葉さん。急に後ろから声をかけないでくださいよ」

「え? びっくりしたんですか、していないんですか? どっちですか?」

「うん。びっくりしたわけじゃないよ」


 僕はそう言って誤魔化そうと思ったが、しかし回り込まれてしまった!


「それは措いといて。雄瑠さん、柚乃さんの言葉で、2・3確認したいことがございますが? よろしいですよね!?」


 強面で言う武葉さんだった。


「あ、拒否権はないんですね」


「当然の助動詞です! 何ですか『合コン』とか『新しい女』とか? 雄瑠さんには私という妻や、柚乃さんという妹さんがいるのに、何が悲しくて女遊びなんかするんですか?」


「いや、合コンは数合わせだし、別に女の子を漁っていたわけじゃ……」


「だまらっしゃい、このスカポンタン飴! 結婚の約束をしてはや10年、こんなに私が恋焦がれているのに、ちっとも手を出してくれないのはなぁぜなぁぜ?……と思っていましたが、雄瑠さんは遊びの関係にしか欲情しない性癖なんですね?」


「火遊びフェチとも言う……」


 ジト目で柚乃が合いの手を入れる。こんな合いの手要らんわ! さらに言うと、結婚の約束をした時、僕はまだ11歳だったわ!


 僕が心の中で突っ込みを入れると、武葉さんは柚乃に優しく言う。


「とにかく、柚乃さんもお上がりください。雄瑠さんの朝餉、よろしければ一緒に作りましょう?」


 すると、柚乃は思わぬ休戦の申し入れに、


「……ちょっと突っ込みたい言い回しはあるけど、ありがとうございます。柚乃が卵焼きと鮭を焼きますから、お味噌汁と香の物をお願いできますか?」


「分かりました。柚乃さんの卵焼きは、懐かしい味がするんですよねぇ。私も気に入っています」


 と、『敵の敵は味方』理論で手を結んでいた。この二人、実は仲がいいんじゃね?


 こうして、僕と柚乃と武葉さんは、3人で朝の食卓を囲むことになったのだが……



「ねぇ雄瑠ぅ、今日はどこに連れて行ってくれるの~?」


 横に座った柚葉が、べったりと身体を密着させて聞いて来る。


「ちょ、朝からそんなにくっつかないでくれないか? とりあえず動物園でも行って、食事の後は映画でも観て、その後は街をぶらつこうか?」


「……私は、今の時代に合った服が欲しいんですが。和服ではなかなか外を出歩けないですから」


 前に座った武葉さんが、そう言って僕をじっと見つめている。確かに、和服で外を歩くと、何かのイベントか撮影じゃないかと勘違いされるし、人目も集めるのでちょっと勇気がいる……って、まさか!


「え? まさか武葉さんも一緒について来るの?」


 僕が聞くと、武葉さんはさも当然のように答える。


「当たり前田のクラッカーです。どこの世界に、夫が他の女と二人っきりで出かけるのを許す妻がいますか?」


「柚乃は妹だもん! お兄ちゃんと二人っきりで出かけてもおかしくないもん!」


 都合のいい妹ムーブをかます柚乃に、武葉さんは薄く笑って聞く。


「おや? では柚乃さんは、二人きりになっても雄瑠さんに迫ったりはしないと?

そうですよねぇ、『妹』なんですから当然ですよねぇ? それにしては『お出かけ』のことを『デート』って言うのは何故ですか?」


「ぐぐっ……い、妹だってお兄ちゃんに甘えたりしたいもん! こうやってくっつくのも、お兄ちゃんとのスキンシップだもん!」


 必死になってしがみついて来る柚乃を、余裕の表情で見ながら、武葉さんは


「ふふふ、可愛らしいですね? 雄瑠さん、『妹』さんにも、いい彼氏を紹介して差し上げたらいかがしら? そうすれば、少しはお兄ちゃん離れしてくれると思いますよ?」


 そう言いながら食卓の上を片付けるのだった。うん、これが齢2百歳を超えた女性の落ち着きと余裕というものだろうか?


「やだもん! お兄ちゃん以外、柚乃は彼氏として認めないもん!」


 片や柚乃の方は、施設にいた頃とちっとも変っていない。いつも僕の後を追いかけて、僕のことを第一に考えてくれる。


 その思いはとても有難いものだったが、しかし彼女の人生は彼女のものだ。僕が彼女の人生の一部になることはできても、彼女の人生すべてについて僕を基軸にして決定すべきではない……そのことは何度も柚乃には話して聞かせた。


 しかし彼女はいつも、


『柚乃はお兄ちゃんに助けられたんだ。お兄ちゃんがいなかったら、悪いお兄さんたちからずーっと嫌な目に遭わされ続けていたと思う。


友だちもいなかった柚乃を、ボロボロになってでも助けてくれたのがお兄ちゃんだもん。それで柚乃にお兄ちゃんへの想いを諦めろって言っても無理だから』


 そう言って聞く耳持たなかった。


(……柚乃はもう、自分で自分を助けられるような女の子になっているんだけれどなぁ)


 僕のそんな気持ちを受け止めるには、柚乃はまだ子どもなのだ……そう思うしかないのであった。


 そうした僕の思いを見透かしたのか、武葉さんはため息をつき、


「はぁ、仕方ありませんね。今日だけは特別に、雄瑠さんを独占することを許可します。

雄瑠さん、『妹』さんを甘やかすだけではなく、ちゃんとしつけてきてくださいね?」


 そう言うと、柚乃がかみついた。


「はぁ!? なんでお兄ちゃんと『デート』するのに、いちいちあんたの許可を得ないといけないのよ!? それに、『しつける』って何!? 柚乃はペットじゃないでーす!」


「分かってる分かってる、柚乃は僕のペットなんかじゃないことは、武葉さんも分かってるからそんなに嚙みつかないで。


それより柚乃、出かけるんなら早くしないと。動物じゃなく人間を見に行くなんてことにはなりたくないだろう?」


 僕が二人の間に入ってそう言うと、柚乃は武葉さんにあかんべえをして見せて、


「ふんだ! 押しかけ女房のくせに調子に乗らないでよ? お兄ちゃんは絶対に渡さないんだから!」


 そう言うと、僕を引っ張って家を出た。


 ドアが閉まる瞬間、僕は武葉さんがすごく寂しそうな顔で微笑んでいるのが見えた。



「……押しかけ女房……か……」


 私は雄瑠さんと柚乃さんが出かけるのを見送った後、そうつぶやく。


 雄瑠さんのことは、彼がまだ小学生の時に、『お嫁さんになってください』と言われて以来、ずっと見守ってきた。


 私たちが武羽槌命としてとある神社に勧請されて以来、2百年という時間が過ぎた。


 最初の頃は里の人々から崇敬され、それなりに氏子もいたのだが、やがて人々の中から八百万の神に対する崇敬の念が薄れていくにつれ、山間にある私たちの神社には訪れる人も減り、50年ほど前には神主もいなくなって、ただ形だけの氏子総代が年に何度かしめ縄を取り換えに来るくらいになってしまっていた。


 私も、双子の姉である椎葉つちはも、時代の趨勢には敵わないと諦めていた。人々の崇敬を受けられなくなった神は力を失い、やがては消えていく……それも仕方のないことだと二人で話していたのだ。


 そんな時、雄瑠さんが神社の掃除を始めてくれた。


 椎葉は、『どうせ子どもの気まぐれで、長くは続かない』と冷めた目で見ていたが、その前に麓にある施設の管理者が彼のことを慰めていたことを知っていた私は、彼の本気を信じていた。


 だから、雄瑠さんが掃除をし始めて10回を超えた頃、私は椎葉から


『あんまり人間と直接の関わりを持たない方がいいよ』


 と言われながらも、彼と一緒に掃除を始めたのだ。


 そのうちに、彼の態度に私への憧れや思慕の念が混じっていることに気付いた。私は初めての経験に戸惑い、椎葉に相談したが、


『だから言ったじゃない。あの子が人ならぬ身の武葉に本気になったらどうなると思ってるの? 人間としての幸せを奪うことになるんだよ?


武葉とあの子は、逆立ちしたって結ばれないんだから、少年の日の憧れという美しい思い出にしてあげなさいよ。


武葉が出来ないなら、私が武葉の身代わりになって言ってあげてもいいわよ?』


 そう言ったので、私は胸が締め付けられる思いで椎葉に任せることにした。


 椎葉は、『最後くらいはきちんとお礼をしなくちゃね?』と言い、彼のためのお弁当を作り、私の代わりに彼を待った。


 けれど、一緒に掃除をした椎葉は、途中で私に、


『……あの子、本気だわ。こうなったら、武葉が本当のことを話して彼に告白しなさいよ。

もし彼が婿取りを断ったら、武葉にとっては辛いでしょうけど、彼との縁は切れるわ。それに賭けましょう?』


 そう言ってきた。


『もし、彼が受け入れてしまったら?』


 私が聞くと、椎葉は肩をすくめて、


『そしたら、彼が死ぬまで武葉や私が守ってあげるしかないでしょうね。ま、武葉との縁の方が強いから、彼が神上がりしたら改めて結婚すればいいじゃない』


 そう答えたので、私はすぐに心を決めた。


 そして私は彼に告白し、彼はそれを受け入れてくれた。彼はまだ11歳だったから、すぐに彼とどうこうしようとは思わなかったが、それでも私は、彼を見守ることが楽しみになっていたのだ。


 柚乃さんについても、彼女と雄瑠さんとの縁は知っていた。そして柚乃さんの想いも知っていた。


 でも今のままの彼女では、雄瑠さんも彼女も幸せにはなれない。だから私は神として、雄瑠さんを守る者として、二人の行く末を見守らなきゃと思ってはいる。


「……雄瑠さんの気持ちが、柚乃さんに伝わればいいけれど……」


 私はそう願いつつ、雄瑠さんの部屋の片づけを始めた。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


3.妹(兼幼馴染)VS恋人(自称)


 久しぶりに来た動物園は、それなりに親子連れでにぎわっている。ここの動物園は植物園を併設しているので、静かな雰囲気を求めたカップルもちらほらと見えるが、遊園地に比べるとそんなに多くはない。


「お兄ちゃん、柚乃、次はアライグマ見たい。行こう!」


 柚乃は満面の笑顔でそう言うと、僕の手を取って駆けだす。高校3年生にしては幼い笑顔、言い換えれば純粋な笑顔というのだろう……その笑顔を見ると、柚乃はやはり僕にとって守るべき大事な妹であると思うのだ。


「あっ、餌が売ってある。あげてみようっと」


 柚乃は、アライグマの餌であるカットされたリンゴをいくつか買うと、


「はーい、食べ物ですよぉ~」


 そう言いながらアライグマに投げ与える。目ざとくそれを拾い上げたアライグマは、水辺でそれを器用に洗い出す。


「うぅ~ん、きゃわゆい♡」


 目を輝かせてはしゃぐ柚乃を見ながら、柵にもたれ掛かっていると、


「見て見てモブ道くん、アライグマに角砂糖あげたら不思議そうな顔してる~。草wwww」

「いや、水に溶けちゃう物をあげたら可哀そうだろ? Π(パイ)美」


 そんなバカップルの声が聞こえてくる。


(……柚乃とはあんな風に見られたくないなぁ)


 そんなふうに思っていると、柚乃が僕を見て、心配そうに聞く。


「どうしたのお兄ちゃん? 柚乃とのデート楽しくない?」


 僕は笑顔になって答える。


「いや、楽しんでいるよ。でも、遊園地とかの方がよかったかな? とは思っている」


「休日だもん、遊園地はきっと混んでいるよ。お目当ての遊具に何時間も並んで乗るより、動物と触れ合った方がいいの。それに、静かな場所がいいなら植物園に行けばいいんだし」


 あっけらかんとした柚乃の答えに、僕はうなずいて聞く。


「まあ、柚乃の言うとおりかな。待ち時間が長いと詰まらなく思えてしまうかもしれないし、余計な気も使うしね。のどが渇かないかい?」


「うん、さすがはお兄ちゃん。柚乃ちょっとのど渇いたなーって思ってたところなの。お茶でも買って、植物園で休憩しない?」


 ニコニコ笑って言う柚乃を連れて、二人でお茶を買う。そして植物園へと入った。


 さすがにこちらにはあまり人はいないが、その代わりと言っては何だが、観覧者のほとんどはカップルだった。みんな仲睦まじく腕を組み、寄り添うようにして歩いている。


「……ん……」


 柚乃はそれに触発されたか、顔を赤くしながらも僕の右腕にしがみついて来る。周囲の状況から、僕は柚乃にやめろと言う気にはなれなかった。


「……ちょ、ちょっと甘えん坊な妹なだけだもん」


 僕から注意されると思ったのか、柚乃は小さな声でそう言う。


「そうだな、柚乃は甘えん坊だ」


 僕はそう言いながら柚乃の頭を撫でた。柚乃は僕が腕を組むのを認めたと思ったらしい、キラキラした目で僕を見上げて言う。


「雄瑠って呼んでいい? お兄ちゃん」


「植物園の中だけならな」


 すると柚乃は頬を膨らませて、


「ちぇーっ、雄瑠のケチ。遂に柚乃と恋人になってくれるのかって期待したじゃん」


 そう言った時、僕たちの前に現れた人物が、衝撃を受けたように言った。


「え? やっぱり雄瑠さんです、か? どうして妹さんと腕を組んで?」



 茫然とした顔でそう言ってきたのは、岩城ことりさんだった。黒髪ロングのストレートヘア、白いブラウスにベージュのカーディガンを羽織り、同系色のフレアスカートを穿いている。ちなみに靴は茶色のブーツだった。


「……ことりさん、ぐぇっ!」


 僕がことりさんに話しかけようとしたとき、柚乃がぎゅっと抱き着いて来る。思わず変な声が出たが、それでことりさんははっと我に返り、恐る恐る僕に聞いてきた。


「あ、あのう、雄瑠さんはシスコン、なのですか? 妹さんとそんなにくっついて」


 僕はなんて答えようか迷った。


 正直に、『柚乃は僕のお隣さんで、幼馴染なんだ』と答えた場合、ことりさんは純度百パーセントの確率で、僕と柚乃は恋人同士だと勘違いするだろう。そして、


『恋人がいらっしゃることを隠してわたくしと付き合うつもりだったのですか? いえ、そもそも恋人がいらっしゃるのに合コンに来られたのですか?

わたくしは雄瑠さんがそんな不誠実な方だとは思いませんでした! よかった、食事代を身体で支払わなくて』


 そんな、柚乃が聞いたらさらに誤解しそうなことを言われるに違いない。


 かと言って、ことりさんが勝手に思い込んでいるとおり、柚乃は妹だと答えた場合、


『妹さんと公衆の面前で、なんてふしだらな真似をされるんですか!? わたくしは雄瑠さんがそんなHENTAIだとは思いもしませんでした。

しかも、妹に向かってカッコつけるなんて、真正シスコンなんですね? よかった、食事代を身体で支払わなくて』


 ……あかん、どっちも詰む。


 だが、ここでも僕は一つ失念していた。そう、柚乃の存在だ。


 柚乃は勝ち誇った顔で、僕が何か答えるより早くことりさんに『勝利宣言』をした。


「残念ですね? 見てのとおり、お兄ちゃんは柚乃にぞっこんなんです。

これから二人でデートの続きを楽しみますから、泥棒猫はさっさとお家にお帰りになってくださいませんか?」


 ことりさんは、僕の顔を見る。何か訴えかけているような眼をしていたが、数秒後、彼女はにこりと笑い、


「……雄瑠さんがシスコンなのではなく、妹さんが重度のブラコン……そうだったんですね? そして雄瑠さんは妹さんにとても甘々なんですね。


でも雄瑠さん、わたくしだからいいものの、あまり妹さんには人前でべたべたしないよう、注意することも大事ですよ?」


 ご機嫌でそう言うと、僕の左腕にしがみついて来て、


「わたくしは、家族を大事にする雄瑠さんも素敵だと思います。ゆくゆくはわたくしの義妹いもうとになる人ですから、雄瑠さん同様、柚乃ちゃんも大事にいたしますよ?


それにわたくしは妹さん同伴のデートでもあまり気にしません。むしろ友だちが増えたようで楽しいです」


 そう言うと、柚乃に笑いかけ、


「一緒に楽しみましょう? お昼はわたくしが奢らせていただいてもよろしいですか?

柚乃ちゃんもお気になさらずおいでください」


 そう言った後、柚乃を完全に黙らせる一言を言った。


「あのぅ、柚乃ちゃん。これからあなたのことを『わたくしの義妹ちゃん』って呼んでもいいでしょうか?」

「ぐはっ!」


 いつの間にか頭を抱えていた柚乃は、いきなりの斜め上発言にダメージを受ける。


「お、おい柚乃、大丈夫か?」


「だ、大丈夫……くっ、これほど手強いとは」


 何とかダメージから立ち直った柚乃とともに、僕たちはことりさん一押しのレストランへと招待された。



「……お、お兄ちゃん。あのことりさんって何者?」


 高級なフレンチをごちそうになった僕と柚乃は、


「お付き合いいただき、ありがとうございました。大変楽しいお昼でした。また明日お会いしましょう、雄瑠さん」


 そう言って迎えのリムジンに乗って帰宅することりさんを見送った。


「……さ、さあ? 光弘も彼女がどこかのご令嬢だってことくらいしか知らなかったし。

この間、柚乃を待っている間に食事をご一緒した時も、自分のことはあんまり話してくれなかったからなぁ」


 僕が答えると、柚乃はジト目で僕を見て、


「ふぅ~ん。お兄ちゃんって、どこの馬の骨とも知れない正体不明の美女にも、簡単に心を許しちゃうんだ?」


 そう詰って来る。でも、彼女が美女だってことは認めているらしい。


「いや、昨日も話したけれど、別に変な気を起こして彼女と合コンを抜け出したんじゃないんだ。ただ、彼女が気分悪そうにしていたから、幹事の光弘から頼まれて、外の空気を吸いに行っただけなんだ」


 僕が慌てて釈明すると、柚乃はジト目のまま、


「それで、ついでに食事デートも楽しんだ、と? まったくお兄ちゃんは、昔っから困っている人や弱っている人を見過ごせない性格だったよね?」


 そう言うと、急に優しい顔になって言う。


「……でも柚乃、お兄ちゃんのそういったところはスキだよ? おかげで柚乃もずいぶんとお兄ちゃんには助けてもらったし」


「柚乃……」


「ただ、それでお兄ちゃんは、ずいぶんといろんな女の子に誤解させているところはあると思う。そして、たとえ誤解からお兄ちゃんを気に入ったとしても、お兄ちゃんはカッコいいから、勘違い女が本気にならないとも限らない。


だから、柚乃はそんな勘違い女からお兄ちゃんを取られないよう、お兄ちゃんの一番、ううん、お兄ちゃんのオンリーワンな女の子でいたいんだ」


 柚乃は笑顔で言うが、僕の腕にしがみつく手は震えている。両親から捨てられ、施設を出た今となっては、天涯孤独で、柚乃には僕しか頼れる人間がいない。だから僕を失うことを普通の人以上に恐れているんだろう。


 柚乃の気持ちはよく分かる。僕だって天涯孤独の身だ。


 けれど、それでお互いに依存してしまっていいわけではない。柚乃には僕以上に彼女を大切にしてくれる人が現れないとも限らないし、自分の意志で人生を切り開いて、幸せになってほしい。


「……柚乃、そんなに震えなくていい。今後僕たちがどんな関係になるかは分からないけれど、柚乃は大事な妹だ。それは変わらないし、柚乃から離れたりしないから」


 僕がそう言うと、柚乃は悲しそうな目で僕を見て言う。


「……柚乃はお兄ちゃんのお嫁さんになるって決めているのに、その気持ちは受け取ってくれないの?」


 僕は柚乃の髪を撫でて答えた。


「……柚乃が自分の夢を見つけて、自分の人生を歩みだしたら、柚乃を一人の女の子として見ることができるかもしれない。


でも、僕に依存したままじゃ、君を妹として守って行かざるを得ないんだ。恋人って、お互いに相手のことを尊重して、相手の人生を応援するものだと思うから」


 僕の答えを聞いて、柚乃は顔を伏せた。けれどそれは拗ねたような感じではなく、僕が言ったことを真剣に考えるためのようだった。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


4.『妹』の決意


『恋人って、お互いに相手のことを尊重して、相手の人生を応援するものだと思う』……その言葉は、わたしの心を大きく揺さぶった。


 わたし、斎藤柚乃は、小学校の2年生に上がったばかりの頃、両親から捨てられて児童養護施設に引き取られた。


 物心ついた時から、父と母は喧嘩ばかりしていた。父が高校3年生、母が高校1年生の時、母はわたしを身ごもった。今思うと、お互い若いゆえの盲目的な愛だったと思う。


 母は周囲の反対を押し切ってわたしを産むことを決め、父の高校卒業・就職と同時に母は高校を中退して父と同棲した。


 最初のうちは、二人の仲は良好だったみたいだ。恋は反対が多いほど燃えるものだし、二人とも若くて、どんな困難も愛があれば乗り越えられると信じていたようだ。


 だが、わたしが成長するにつれて、父と母はすれ違いを起こしていく。父と母は、わたしの目の前でしょっちゅう言い争いをするようになり、それはやがて父から母への暴力になっていった。わたしが朝起きると、顔面を紫色にうっ血させた母の姿があったことも、1度や2度ではない。


 わたしが小学生になったばかりの頃、母に対して殴る蹴るの暴力を揮う父に、「止めて!」と叫んだことがあったが、父は物凄い目でわたしを睨み、プイっと家を出てしまった。


 それ以来、わたしは父に会っていない。


 父が出て行った後、母は精神を病んだ。辛うじて仕事には出ていたが、家に帰って来る時間は遅くなり、やがてはわたしを一人置いて泊まって来ることも増えた。


 毎朝、母がわたしに


「これで夕飯は食べておきなさい」


 冷たく言いながら5百円玉を1枚握らせる。そんな時、わたしは


(あぁ、お母さんは今日も帰ってこないんだな)


 諦めに似た気持ちが心を支配するのを感じていた。


 父方の祖父母は、会う度に渋い顔で私を見た。可愛がってもらった思い出もない。

 高校時代成績が良かった父が、大学進学を諦めて就職せざるを得なかったことで、わたしが父の将来を潰したと母を詰っているところを見たこともある。


「お前なんか孫ではない」


 と、面と向かって言われたこともあった。


 母方の祖母は、それに比べるとマシだったが、それでも


「お母さんが苦労するのは、お前のせい」


 が口癖だった。


 そんな大人たちを、わたしは頼ろうとも思わなかった。ただ、母に側にいてもらえればそれでよかったのだ。



 だが、そんな母との関係も、わたしが8歳の誕生日に突然終わりを告げた。


 それまで母は、どんなに父に殴られても、どんなに忙しくても、わたしの誕生日には必ずホワイトシチューとショートケーキで祝ってくれた。その日だけは父も母も仲が良く、父が出て行った年も、母は一人で誕生日を祝ってくれた。


 けれどその年、母は遂に家に帰ってこなかった。朝からいつものように5百円玉を渡す母に、私は思い切って話しかけようとしたが、


「なに? 私は忙しいんだけど?」


 冷たい母の声と、邪魔者を見るような視線に、わたしは何も言えなかった。


 でも優しい母のこと、きっと今日が何の日かを思い出してくれる。早くケーキを買って帰って来て、ホワイトシチューを作ってくれる。優しい笑顔で、


『柚乃、お誕生日おめでとう』


 と言ってくれる……わたしはそう信じて、いや、そう思い込みたかったに違いない。そして誰もいない部屋で待ち続けた。


 待ち疲れて眠ってしまった私は、玄関の鍵がガチャガチャいう音で目覚めた。時計を見ると午後11時半を回ったところだった。


「お母さん、お帰りなさい! お仕事お疲れ様」


 5百円を渡されていたにも関わらず、母が帰宅したことで、


(やっぱりお母さんは、わたしの誕生日を覚えていてくれた)


 そう思ったわたしは、喜び勇んで母を迎えに玄関にすっ飛んで行った。


 だが、そこで見たのは、ぐでんぐでんに酔っぱらい、怒りを露わにした母だった。


 母は私を見るなり、


「お前のせいで、うまくいかなかったじゃない!」


 そう叫んで、抱き着いたわたしを引きはがし、床に転がした。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 わたしは母の剣幕を恐れ、痛さもあってひたすら謝るしかできなかった。


「せっかくいい男と出会えたのに、お前のせいで台無しだったじゃない!」


 母は、怯える私にそう言いながら殴りかかってきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 わたしは痛みを堪えながら、ひたすら謝り続けていたが、やがて母はわたしの心を凍らせる一言を放った。この一言は、お兄ちゃんのことを好きになるまで、わたしから笑顔を奪うことになる。


 母は、わたしを悪鬼のような顔で叩きながら言ったのだ。


「お前なんか、産まなければよかった!」


 それを聞いて、私は気を失った。



 目覚めた時、わたしは病院にいた。あばら骨や腕の骨が折れ、頭からもかなりの出血があったとのことで、全治6か月の重傷だった。


 血を流してぐったりしたわたしを、我に返った母は救急車を呼んで病院に連れて行ってくれたらしい。母に残っていた良心がそういった行動を取らせたものと信じたい。


 わたしは警察や、児童相談所の人からいろいろ話を聞かれて、正直に話をした。母も嘘は言わずに


「柚乃がいることで、当時付き合っていた男性から結婚を断られたから」


 と、わたしに対して暴力を揮った理由を述べたそうだ。


 父とは連絡が取れず、母はいつの間にか母方祖母と共に町から消えていた。母との最後の記憶は、病室を見舞ってくれた時の疲れ切った顔になる。


 父方祖父母も、わたしの引き取りを拒否した。


 児童相談所の先生からそう言われた時、わたしはかえってすっきりした。わたしを嫌う人の世話になって気を遣う毎日を送るより、誰もわたしを知らない環境で、ひっそりと生きる方が気が楽だと思ったのだ。もちろん、当時まだ小学2年生だったわたしが、はっきりとそんな考えを持っていたわけではないが。


 だが、『ひっそり暮らしたい』という私の願いは、早速打ち砕かれた。施設にいる中学生の男子たちに目を付けられたのだ。


 わたしの母は美人だった。そして父も美男子だった。わたしの容姿は父と母のいいところを受け継いでいたのが、その時は不幸をもたらした。


 わたしは始終、中学生男子からいじめられることになった。下着を盗まれ、服を破かれ、そして思い出すと今でもトラウマになっているような卑猥なこともされた。


 さすがに、小学2年生に対して無理やり致す、ということはなかったが、あと2・3年もすればそんなこともされただろうと思うと、今でも身体が震える。


 友だちも、中学生のお姉さんたちも、わたしがそんなことをされていても見て見ぬふりをしていた。わたしを助けたら自分が標的になる……みんなそんな恐れを抱いていたに違いない。



 そんなわたしを助けてくれたのが、お兄ちゃん……甘羽雄瑠という少年だった。


 雄瑠さんの第一印象は、『見た目は怖いけど、寂しそうな人』だった。誰とも必要以外のことは話さず、常に一人でいた。施設の屋上や中庭のベンチで、ボーッと空を見上げていることが多かった。


 施設の先生によると、雄瑠さんは5年生で、頭はかなりいいらしい。けれど喧嘩っ早くて、いつも生傷が絶えず、休日もあまり部屋にいることもなかったようだ。


 その日もわたしは中学生の男子たちに連れられて、施設の誰からも見えにくい所でいたずらをされていた。わたしは声を出さずに泣きじゃくりながら、この拷問のような時間が早く過ぎることを願っていた。


 その時、


『うぐぁっ!?』


 わたしの秘めた部分を触ろうとした男子が、変な声を上げて悶絶する。そして、


『げぼっ!?』『がをっ!?』


 わたしの両手を抑えていた二人が、続けて奇声を上げて地面に転がり、そのまま股間を抑えてのたうち回り始める。


『……逃げろ』


 わたしに近寄ってきた雄瑠さんは、冷たい目で中学生たちを睨むと、わたしには優しい顔でそう言った。


『でも……あの……』

『いいから逃げろ。そのままの姿で施設長先生の部屋に駆け込め』


 そう言うと、残り4人の中学生男子に向かって殴りかかって行った。


 私は泣きじゃくりながら、言われたとおり施設長先生の部屋に駆けこむ。私の姿を見た先生は、すぐに話を聞いてくれて、男の先生たちと共に現場に向かってくれた。



 次の日、わたしは改めて施設長先生はじめ先生方から事情を聞かれた。ことがことだけに児童相談所の先生も来ていた。


 わたしは施設に入ってからずっと、中学生男子たちから嫌な目に遭わされていたことを話した。他の女子たちも被害に遭った子がおり、男子たち7人のうち悪質だと判断された4人は児童自立支援施設へと移って行き、残りの3人は18歳になって退所するまで、ずっとわたしや雄瑠さんを避けていたし、おとなしかった。


 雄瑠さんは、大怪我をして入院していた。施設長先生の話によると、雄瑠さん一人に対し、中学生四人は棒切れや石を持って雄瑠さんをボコボコにしたらしい。しかし、雄瑠さんは施設長先生方が来るまで、倒れても起き上がり、執拗に中学生たちに挑みかかっていたらしい。


『すべては、私たちに彼らの卑劣さを現行犯として見せるためだったのでしょうね。絶対に逃がさないって言う気迫すら感じたわ』


 雄瑠さんがわたしの中で大きな存在になった瞬間だった。そしてお見舞いに行って雄瑠さんと話をするたびにその気持ちは大きくなり、彼が退院してきた後、わたしは彼を『お兄ちゃん』と呼び、いつでもついて回るようになった。



(思えばあの頃から、お兄ちゃんは曲がったことが嫌いだったな。喧嘩っ早いって言われていたけど、他人のためにしか喧嘩しなかったし。

自分がどれだけバカにされても、意地悪されても、そんな相手には軽蔑の眼差しを向けるだけで喧嘩しようとはしなかったな)


 そんなお兄ちゃんは、高校在学中にイラストレーターとなり、3年生の時に大きな賞を取った。ペンネームは『KANNU』。抑えた色彩で描く緻密なイラストと、華やかで可愛いイラストを描き分け、やがてゲーム会社の目に留まりキャラクターデザインを手掛けるようにもなった。


 個展も開催し、作品集も出たところで、お兄ちゃんは18歳の年度末を迎えて退所し、大学進学のために近くのアパートに居を構えた。わたしは18歳を迎えるまで、よくお兄ちゃんの部屋に遊びに行ったものだ。


 お兄ちゃんの部屋は殺風景で、いつ行っても片付いていた。寝室には飾り気のないベッドと小さなテーブルにタブレットパソコンがあるだけ。居間にはローテーブルにチェスト、ソファ、そして小さなテレビが置いてあるが、一角をカーテンで仕切って仕事用のパソコンとプリンタが鎮座していた。


 大学生らしく女友だちもいるようだったが、部屋にはまったく女っ気がない。そのことを聞くとお兄ちゃんは、


『僕がKANNUだってことは、卒業まで秘密にしているんだ。だから、出版社主催の握手会なんかでも、顔出しNGでやってもらっている。

当然、この部屋には誰も上げていない。女友だちなら余計にね』


 『雄瑠お兄ちゃんの部屋に上がれる女の子は柚乃だけ』……それがわたしの密かな誇りであり、誰にも言えないけれど自慢したいことでもある。女の子は、『自分だけ特別』に弱いから。


(……それなのに、武葉さんときたら、勝手にお兄ちゃんの部屋に上がり込んで……)


 わたしの思考は、不意に中断する。


 嫌な想像をするよりも、お兄ちゃんを信じて、高校を卒業できるよう頑張らなきゃ。でないと私が部屋を借りる時、嫌な顔一つせず保証人になってくれたお兄ちゃんに悪いから。


『柚乃が自分の夢を見つけて、自分の人生を歩みだしたら、柚乃を一人の女の子として見ることができるかもしれない』


 わたしはその言葉に一縷の望みをかける。卒業後はどこかで働いて、いつかはお兄ちゃんと結ばれたい……そう漠然と考えていたのだが、お兄ちゃんは『わたしがどう生きるか』を大事に考えてくれているようだ。


「だったら……」


 わたしは机の上に立てたお兄ちゃんの写真を見てつぶやく。


「柚乃も、ちゃんとした目標はあるんだよ、お兄ちゃん」


   【デレ神様と修羅場と僕:2.友だち付き合いと恋人 終わり】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、新たなヒロインと共に、雄瑠の友人も登場しました。そして柚乃の回想もお届けしました。

雄瑠と柚乃には、とても深いつながりがあります。そして武葉と雄瑠の約束も、そう簡単に『なかったこと』にはできないようです。

さて、この恋はどんな展開を迎えるのでしょうか? 次回もお楽しみに。

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