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第三幕 侵入者 その一

母屋に駆けつけた一真達は廊下にあやめが倒れている姿を見た。


「あやめ殿、大丈夫か」

一真が抱き起こす。


「姫。天照姫は」

痛みに顔をゆがめながらあやめが姫を案じた。


「今、叔父貴殿が確認している。それよりどこを斬られた」


あやめを抱える腕に力が入る。

一真は母が死んだときを思い出した。

不安が頭の中をよぎる。


しかしあやめは一真の手を払い、体に力をこめて起き上がる。


「私は大丈夫です。まだ勉強途中とはいえ医者ですもの。こんなことでは死にません」


額に玉のような汗を浮かべながらも、強いまなざしで無理やり笑う。


「それより曲者を早く捕まえなければ。私が部屋で書き物をしていたら中庭で物音がしましたの。不審に思って外に出たら、黒装束の男たちが屋敷を探っておりました。私がそれを見て声を上げたら一人に斬られて、男たちはそのまま姫の部屋の方面に走っていってしまいましたの」


うっと呻いて肩口をかばう。

真っ赤な血が着物に滲んでいた。


「姫様っ」


一真達より一足遅れて女中頭のお清達が駆けつけた。

早々にあやめの手当てを始める。


幸い致命傷は免れているようだった。


「後は頼む」

お清に告げると一真達は姫君の部屋に向かった。



岩木は姫の部屋の前にいた。


「姫は無事ですか」


「無事だ。あやめが叫んだおかげですぐに非難できたそうだ」

岩木が大きくうなずき一真は胸をなでおろした。


「あやめは」

岩木が神妙な面持ちで聞く。


「肩を切られておりました。ですが、大事ないと思われます。今お清殿が手当てをしております」

「そうか」

岩木は安堵の表情を浮かべた。


「あやめ殿の話だと曲者はこちらに逃げたとのこと。まだ屋敷内にいるかもしれません」


「そう思って、全ての門を閉めさせた。今、家臣達を総動員して探させているところだ。のこのこわしの屋敷に忍び込むとはな。絶対に逃がさんぞ」


そういって拳と拳をぶつけた。

娘を斬られた怒りと忍び込まれた怒りが合わさって、岩木は鬼の形相になっていた。



間もなく3人の男を捕らえたとの報告が入った。


「座敷牢なぞもったいないわ。馬小屋につないでおけ」

岩木は声を荒げ、家臣に命じた。


「岩木様、こえ~な」

安次郎と兵庫はすっかり縮こまってしまった。


「これからもっと怖いぞ。叔父貴殿があんなに怒っているのは久しぶりだ」

無表情で一真はいった。


馬小屋に繋がれた3人の男は馬の後ろに座らされていた。


馬の蹴る力は恐ろしく強い。

当たり所が悪ければ一蹴りで命を落とす。


それでさえ恐ろしいのに、目前では拷問の準備が着々と進んでいる。


たいまつがたかれ、大量の水と油が用意される。

鞭、木刀、金棒も続々集まる。

刀が何本も研がれていく。


そこへ、岩木が鬼の形相で現れた。

たいまつの明かりが岩木の険しい顔を余計に際立たせる。


すぐ後から一真、そして安次郎と兵庫もついてくる。


「お前たち戻ってもいいぞ」

岩木が新米同心たちに言った。


これから始まる拷問は若者には残虐すぎると考えたのかもしれない。


兵庫が上目遣いに一真を見た。

戻ろう、と目で合図を送る。


しかし一真は一歩前に出る。

「俺も一発殴ってやりたい気持ちでいっぱいです」

顔にこそ出ていないが、あやめを斬られた怒りで爆発寸前だった。


涙目になりながら兵庫が安次郎を見た。


安次郎は緊張した面持ちだがまっすぐ一真達を見ている。


一人だけ戻れる雰囲気でもない。

仕方なく兵庫は耳をふさぎ後ろを向いた。



馬小屋の前で巨漢の岩木が仁王立ちになる。

家臣の一人が木刀を手渡した。


すうっと音も立てずに木刀を天に掲げた刹那、力を込めて地面に叩きつけた。


バキィッと派手な音をたてて木刀が折れた。


「ひぃ」

縛られた男達から小さな悲鳴が漏れた。


「この岩木左衛門尉善紀の屋敷に忍び込むとは随分といい度胸をしておるな。その度胸を買ってやろう。このわしが直々にお前らを尋問してやる。よいか、しゃべることなくして生きて帰れると思うなよ。3人もおるんじゃ。2人位は畑の肥やしにしても差し支えない」


凄みのある笑顔を浮かべた。


「真っ先にしゃべったものだけは生かすことにする」


岩木に気おされた3人の男たちはこれを聞いて我先にとしゃべり出した。


「し、下府中様が」

「このお屋敷にいると、姫がひそんでいると」

「わしら、仕方がなかったんじゃあ、金を出すといわれて」

「これ以上のことは聞かされておらぬ、本当じゃ、信じてくれ」

「ど、どうか命だけは!」

「お慈悲を」


涙と鼻水でぐしょぐしょになりながら、下府中侯の悪事と命乞いを口々にする。


「あやめを斬ったのはどいつだ」

岩木が問う。

真ん中の男を他の二人が見た。


「お前か」


言うなり刀を抜いて肩口を切りつけた。


ぎゃあ、と言う叫び声とともに血が飛び散った。


男は転がりながら呻く。

筋まで切られたようで、だらりと右腕が伸びている。


岩木は血のついた刀を家臣に渡した。


「後始末はまかせたぞ」

家臣に言いつけ岩木は屋敷へと身を翻した。


一真達もその後に続く。



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