第二幕 約2キロの長い長い道 その一
輿はつつがなく歩を進める。
途中幾度かの曲がり道を曲がると比較的人通りの多い大きな道に出た。
人目があると幾分気が緩む。
「姫、ご気分は悪くございませんか?」
籠酔いをしていないか一真が気遣った。
「大丈夫じゃ。お気遣いかたじけのうございます」
籠の中から思いのほか幼い声が返ってきた。
姫君は14歳、元服の儀も結婚に先だって行われたばかりの少女だ。
そんな姫君が、命を狙われて大奥の規律を違反し、今、城下にいる。
恐ろしくはないのだろうか?
「恐ろしくはありませぬか?」
姫が突然言った。
一真が思っていた言葉を姫にそのまま口に出されて、一真は考えを見透かされたようにドキッとした。
「あの、そなた達も若いようなので。このような護衛はしたことがないのじゃろう」
姫が言葉を継ぎ足す。
「心細いですか?」
「そのようなことは・・・」
そういったまま口ごもってしまった。
心配なんだな。
一真はちょっと傷ついた。
安次郎が、軽く声をかける。
「大丈夫ですよ。俺たち、剣の腕は立つんです。特に一真は、剣聖武蔵やら柳生宗厳やらの生まれ変わりとも言われるくらい強い。姫君が案ずることは何もないです」
姫君がフフ、と笑う声が聞こえた。
少し安心してくれたらしい。
安次郎が続ける。
「ここにいる狸みたいな顔の男も、剣こそ駄目だが、いざって時の悪知恵はすごいですよ。大船に乗ったつもりで、どうぞ籠旅をお楽しみください」
「狸ぃ?おい、悪知恵ってなんだ、せめて賢い、ってくくりにしろよ」
兵庫が自分のことを言われてぶうっと膨れる。
「賢くはないからな」
一真が真顔で言う。
姫君は大層おかしそうに笑う。
「うらやましい」
ひとしきり笑った後、姫が言った。
「そなたたちは何でも言い合える仲なのじゃな。わらわたちもそうありたいものじゃ」
独り言のようにつぶやいた。
半分を過ぎた。江戸城まで後2町もない。
もう少しでこの籠旅も終わる。
やがて、また人通りの少ない細い道に出た。
一行の行く先から、別の籠が来る。
遠目からにも立派な籠である。
籠の屋根に家紋が入っていた。
「まずいな。下府中様の籠だ」
下府中藩は正秀院の実家だ。
現在は正秀院の弟が藩主である。
籠の雅な様子から藩主が乗っていることには間違いない。
もし、正秀院が首謀者ならば、実家には真っ先に頼るだろう。
また、城の方面からやってくる籠はそれを裏付けるものではないだろうか。
「止まってやり過ごすぞ」
姫が乗っていることを悟られてはならない。
一真たちは籠を止め、深々と一礼をしてやり過ごす。
その時、一真は自分の横にある籠が一瞬動いた気がして、横を見た。
それと同時に、下府中侯の籠が歩みを止める。
「な、なんで・・・」
この言葉を発したのは、下府中侯なのか、それとも一真たちなのか。
金縛りにあったように全員動けない。
「姫」
やっとのことで一真が言葉を発した。
金糸の内掛けを羽織った少女姫が、御自らの足で道の真ん中に立っていた。