終幕
数日後、一真達は岩木屋敷に呼ばれた。
岩木は満面の笑みを浮かべて3人の背中を大きな手でばしばしと打った。
「いやあ、お前たちのおかげで、正秀院派は総崩れだ。下府中侯は謹慎、お前たちと道で争ったことも向こうに非があるという運びだ。正秀院様の口出しが減って公儀がつらつら進むわ。阿部様もたいそうお喜びだったぞ。褒美もたんと出すそうだ」
一真達が城を離れた後、岩木達は怒涛のごとく後始末に入った。
3人の機転もあって思いの他簡単に後始末は進んだ。
まず、黒装束の男たちは門番を気絶させて忍び込み天照姫を殺害しようと試みるが、無我夢中で応戦した奥女中たちに返り討ちに合った。
その後、女中たちは疲れ果てて眠り込んでしまった。
少し無理もあるがそんな筋書きに出来上がっていた。
「月詠姫はどうなりましたか」
一真が気になっていたことを訊ねた。
「うむ。あの後、森津殿がすぐ奥に面会にいってな、親子3人で話し合ったそうだ。」
運よく、朝早い時間ということもあり、天照姫と月詠姫が二人でいるところを目撃したものがほとんどいない。
森津侯は、こっそり大奥から出す算段をつけていたようだが、天照姫は承知しなかった。
それどころか、月詠姫を皆に紹介したいという。
森津侯はその提案に仰天したが、侵入や小細工がばれて老中派を失墜させるわけにもいかない。
とりあえず、その場は穏便に済ますように説得し二人を納得をさせた。
しかし森津侯も今回の件で、月詠姫の不憫さ、そして愛しさを身をもって感じたらしい。
「月詠には悪いことをした。今度はお前達の母も連れて3人で天照姫に会いに行こう」
そう月詠姫に言ったそうだ。
現在は上屋敷の母屋で、はばかることなく母と一緒に暮らしている。
「よかった」
3人は心が晴れるのを感じた。
岩木も満足げに遠くを見ながらつぶやいた。
「今のところ何もかもがうまくいっている。ただあやめがな」
急に暗い顔になり、ため息をついた。
「傷がお悪いんですか」
安次郎が心配そうに聞く。
「いや、傷はともかく・・・その、折角怪我したんだからいろんな薬品を使いたいとか言い出して」
「もしや、傷を治すことそっちのけで、いろんな薬を塗りたくってんですか」
一真はあきれた。
「あんな、やりかたしたんじゃあ、治るものもなおらんわ」
岩木は深くため息をついた。
「そんなに心配されなくてもお薬をつけているんですもの。いつかは治りますわ」
たん、とふすまが開いて、黒い着物に黒い帯のあやめが入ってきた。
首にまでかかっている包帯が痛々しい。
「ご心配いたみいりますわ。一真殿こそご公務散々だったんでしょう」
フフ、とあやめが笑った。
実はあの後、一真だけが出勤だったのだ。
「眠くて眠くてたまりませんでしたよ」
しかも、居眠りをしているところを上司に見つかり大目玉を食ったのだ。
「もう少しで切腹だったんですよこいつ。でも、そんなこといったら兵庫は腹がいくつあっても足りないけどな」
安次郎が意地悪くいった。
「何だよ、俺は見つかるようなへましないっての。安次郎だって時々、公務中に女ひっかけてるじゃないか」
兵庫がそこまでいったところで3人はハッとして、岩木を見た。
「町奉行としてそれは聞き捨てならんな」
低い声でつぶやいた。
新米同心たちはひいっと小さな悲鳴をあげる。
「こやつらを逃げないようにつないでおけっ。その後・・・吉原で酒地獄の刑にしてやるわぁ!」
がはは、と岩木が豪快に笑い部屋を出て行った。
3人はほっと胸をなでおろした。
そよそよと柔らかい風が客間に入ってくる。
「良い風ですこと」
あやめが目を細めた。
ふと、一真は姫君たちの顔を思い浮かべた。
自分自身を無視されて、うわべが似ているだけで同一視される。
自分を押し殺すことが美学とされるこの時勢では、同一人物にでもあった気分になるのではないか。
「似すぎる双子というのもつらいのかもしれないですね」
疑念が言葉となって漏れる。
あやめが一真をちらりと見て、再び風の方を向いた。
「さあ、どうかしら。でも、自分と姿も性格もそっくりな方がいれば私は絶対にお友達になりたいと思いますけどね。きっと楽しいと思うわ」
フフ、と笑った。
長い時間おつきあいいただきましてありがとうございます(^ー^)