第四幕 天照姫と月詠姫 その一
部屋の中がしんと静まり返った。
「月詠っ」
天照姫が部屋に駆け込む。
先ほどまで行われていた斬り合いにまだ震えていた月詠姫であったが、天照姫の顔を見るとみるみる涙が溢れ出した。
しかし、その顔には悔しさと悲しさがにじんでいる。
「なぜ、生きておる。私が、私が正秀院に密告したというのに」
月詠姫はそういうと畳に突っ伏して、わあわあと泣き崩れた。
天照姫は息を呑んだ。
「い、今なんと申した」
「密告者は月詠姫だったのか」
安次郎と兵庫も天照姫の後から部屋の中へ入ってきた。
天照姫は真っ青になりながら月詠姫に声を荒げた。
「何故、そのようなことをしたのじゃ。愚か者っ。そなたのせいで皆にどれだけ迷惑をかけたか、わかっておるのか」
月詠姫が顔を上げ、天照姫に言った。
「うらやましかったのじゃ、妬ましかったのじゃ。そなたばかりが日なたを歩くのが。わらわはいつも、いつも屋敷の隅でいないものとして扱われて!」
月詠姫は泣き続ける。
天照姫は、月詠姫を見下ろし立ち竦んだ。
その言葉に動揺し、かける言葉を見失っているようだった。
やがて月詠姫は顔を上げて涙を拭いた。
ポツリとつぶやく。
「けれど、それも仕方のないこととあきらめておったのじゃ・・・」
屋敷の隅で育てられた月詠姫はそれが自分の運命と悟っていた。
しかし、乳母や家臣は姫君を大層大切に扱ってくれたし、両親と天照姫も時々は面会に来る。
何より、天照姫とは離れていても通じ合っているような感覚すらあり、不自由ではあったのだが幸せであった。
だから、姫の身代わりの話が上ったときも一種の恩返しのような気もちがあった。
自分の存在が役に立つというような高揚感すら感じた。
天照姫は猛反対したが、他に手立てがないと諭されるとしぶしぶ従った。
やがて入れ替わりが決行される日がやってきた。
しかしこの日、月詠姫の心が大きく揺れることとなる。
衣装箱の中に潜んで大奥に入ったのち、二人は束の間の再開を涙で過ごす。
その後、入れ替わりが行われた。
天照姫は朱色の打掛けを脱ぎ、月詠姫がそれを纏う。
天照姫の着ていた衣類は全て脱がされて、一枚の襦袢のみの姿となる。
その姿は、月詠姫が大奥に入ってきた姿とまさに同じものであった。
天照姫はもそもそと衣装箱の中にもぐりこみ蓋を閉め、運ばれていった。
事が全て終わった後、ふと鏡に映った月詠姫は自分の姿を見て息を飲む。
そこに映っていたのは常に日なたを歩いてきた天照姫そのものだったのである。
「似ているとは思っていたが、ここまでとは・・・」
お付の奥女中たちも感嘆と驚愕の声をあげた。
このとき、月詠姫に魔がさした。
もしも、このまま天照姫として生きることができたら、どんなに楽しいだろうか。
思えばこれまで天照姫ばかりがいい思いをしている。
天照姫が話してくれた花見や祭りもどれもこれも憧れるだけで終わった。
華やかな人生を歩みたい。
天照姫はもう、十分楽しんだではないか・・・。
月詠姫は、女中達の目を盗んで正秀院に会いに行った。
そして、全ての事情を話し、自分の命を助けてくれるように頼み込んだ。
それが、昨日の昼下がりのこと。
丁度一真達と下府中侯が鉢合わせをしていた頃だ。
「正秀院は約束を破ってわらわを殺そうとした。罰が当たったのやもしれぬ」
月詠姫は遠くを見つめ、フフッと自嘲した。