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芽吹きの刻-猫が見た世界『準備』

※この話は過去投稿の改訂・加筆版です。初見の方も安心してどうぞ!

『準備』


東温斜塔。

2階にある2部屋ある研究室の一室。テーブルに人数分の椅子を用意して、簡易会議室に模様替えしてある。

参加メンバーは五葉に加えて、この国の宰相を加えた6名。

会議には参加しないが、雫専属メイドのマリンが甲斐甲斐しくお茶やお菓子を用意している。


「お忙しい中、ボクの話しを聞くために、集まってくれて、有難うございます。」

ちょっと舌足らずな口調で雫が話し始めた。


「ボクは、ボクに何が出来るのか…ずっと考えていました。悩んでも、やるべきことはひとつだと思って。ライブラリー中、奥へ奥へ潜りづつけて…ある文面を見つけました。


『世界を知るものは、

ひとつでは無いと知るものである』


コレは、ボクの記録ではありません。記憶した覚えがないから…。

誰かが、ボクに移植した記録だと考えています。誰が、何の為に、どうやって、いつ植えた記録なのか…気にはなるけど…今の重要なのは、それじゃないから。


世界はひとつでない…その可能性がある…重要なのは、それだと考えました。そこから、視野を広げて、やっと可能性の糸口を見つける事が出来ました。


多重世界。それが、ボクが導き出した答えです。

此処では無い世界なら、今の現状を打破出来る、何かが見つかる。…かも知れない。あくまで可能性の話しですが…。


それなら、次にボクが探すのは多重世界にアクセスする方法になります。

結果、かなりの葉力を必要としますが…アクセスも可能。それが、ボクが出した結論です。」


雫は、ここまで一気に話すと

疲れたように息を吐いた。

途方もない方向性の話しで、皆ついていけないようでポカンとしている。

「ちょっと…待って欲しい…何ですか、多重世界? 何ですか、それは…。そんな世界が、本当に?」

宰相のアストロは、苦虫を潰したような顔をして、片手で頭を抱えている。

隣に座る魔剣は、腕組みをして目を閉じていた。眉根が少し寄ってるのは、何かを我慢している風にも見える。


アストロの質問に、雫はキョトンとする。その顔は、「え、知らないの?」と物語っている。

知らないなら、仕方ない…説明しないと…と気持ちを切り替えた様子で

「ん…と。」

手元に近くに置いてあった分厚い装丁の書物数冊を、テーブルの上に一直線になるように並べて立てた。


「んと、こう並べて…と。えと、宰相さん、此方に来てください。」

雫は、手招きして宰相を自分の元に呼んだ。

呼ばれた宰相は何か言いたそうに口を開きかけたが、視線を感じて口を閉ざす。

向かいの席に座る九尾が、威殺しそうな目で睨んでいるのに気がついたからだ。

「では、宰相さん。此処で本を見てください。あ、ちょっと…しゃがんで…もう少しこっちで…ん、その位置で本を見て?」

雫が、隣りに来たアストロに細かく指示を出す。

「本は見た?」

「見ました。」

アストロは憮然と答える。言葉に、

それが、何だ!?とつけ加わりそうだ。

「何冊に見えます?」

「あー…1冊に見えてますよ。」

その位置は、本を真正面から並べた先頭にある1冊の表紙を見る。

「じゃあ、これは?」

今度はアストロをしゃがんだ位置から、立ち上がった位置から本を見ろと指示をする。

立ち上がってテーブルを見下ろせば、綺麗に数冊並んでいるのが分かる。

「5冊並んでますが?」

憮然としたまま答える。また言葉の後に「だから、それが何だ。」と言いたいのが手に取るように伝わる。

「そういう事なんです!」

胸を張って、雫が言う。

どうやら、宰相には何も伝わってないと気が付いていないらしい。

九尾が、溜息を吐きたい気分で口を挟んだ。

「アストロ様。雫は多分、正面から見れば本は1冊だけど、角度を変えれば5冊並んでいるのが分かる…世界もそうだと話したいのだと思いますよ…。」


九尾は、アストロが苦手とまではいかないが、あまり得意ではない。

ちょっと空気が読めてない所があるというか、相手を全く深読みしないと言うか。良くも悪くも真っ直ぐというか…。

その辺の衛兵なら何も問題ないのだろうけど、政治に関わる重要株が、こんな性格で大丈夫かと思うのだ。


「…なるほど…視点を変えれば、見えるものが違う。雫殿が見つけたものは、そう言う事なのですか…」

アストロは自分の顎髭を何度も触りながら、雫が並べてた本を見つめる。

「雫殿が仰る多重世界というものの理論は理解致しました。ですが…自分達が住まう世界から、他世界にアクセスなど…本当に出来るのですか?」

アストロの疑問はもっともだと思われたが、雫は並べた書物を一冊づつ片付けてながら、コクリと頷く。


「も、アクセスした。」

「は?」

事もな気にあっさりと言う雫に、今度は九尾が口を出す。

「待て待て待て、そんな事を1人でやったのか?何かあったら…どうするんだ…。」

「ん…ごめんなさい…でも、皆は大変だし…可能性だけの話しじゃなくて、どうしても…確信してから報告したかったの」

九尾は雫の言葉を聞き、それ以上何も言えなくなる。雫の思いは痛い程良く分かる。


「雫殿、それでどうなりましたか?」

アストロが椅子を引き、腰掛けながら尋ねる。

「ん…アクセスは成功して、知識がありそうな人を召喚しようとしたけど…ボクの葉力が足りなくて、生命力を葉力に変換した。それでも、まだ不足…不完全な状態で維持してる感じ」

「…生命力を変換…?雫、なんて事を!」

白帝城が、声を荒げて立ち上がる。

「自分が何をしたのか、わかっているのか!下手したら、死んでたかも知れないんだぞ!」

白帝城の声に、雫はビクッと身体をすくませる。下を向き、小さな身体が小刻み震え出している。


天使が耐えきれないとばかりに、雫の側に寄り、震える小さな手を握り締める。

「白帝城、怒鳴るな。煩い。」

魔剣が腕を組み、目を閉じたままで

白帝城を諫めた。

「煩いとは、何だ!私は雫の身を案じて…」

「白帝城。」

魔剣が目を開けると、正面から白帝城を睨め付ける。視線がかち合った瞬間に、魔剣はスッと視線を外して雫に寄り添う天使の姿を見た。

白帝城は魔剣の視線を追い、青ざめて震える雫の姿と、身体を案じ声を掛ける天使を見た。

白帝城は、ふっーと息を吐き

「…すまない。」

と言葉を発すると着座した。


雫が、妙に疲れて体調が悪くなってるのは、それが原因である事は明白だ。九尾は、白帝城が先に怒り出したので、口を挟むタイミングを逃していた。九尾はコッソリと溜息を吐く。

「人を召喚、ですか…。それで、不完全な状態とはどのような状態なのですかな?」 

アストロは白帝城や魔剣のやりとりなど、我関せずらしく淡々と雫に尋ねる。

「ん…こっちに来てもらう召喚術式を組んだの。でも、葉力不足で完全に召喚できなかった。

今は、魂というか…意識だけが此処に居る…まだ、術式は発動してるから不完全な状況。」

「此処にいるとは?」

アストロが辺りを見回す。

メイドのマリンは席に外しているから、この部屋に居るのは五葉とアストロの6人だけ…何処に隠れているのかと潜める場所を無意識に探してしまうが、それらしき場所は見当たらない。


「そのまま…。今、此処にいる。

皆見えてないだけ…。ボクは、召喚術式が身体に刻まれてるから…見えるけど…。」

雫は天使の腰に抱きついて、隠れるように話す。その言葉を聞いて、魔剣以外は無意識に辺りを窺うように、視線を彷徨わせる。

「それで、完全に顕現させるのに宰相さんにお願いがあるの…。」

「この状況で私が助力できる事など無さそうですが…。五葉の頼みとあらば、尽力致しますよ。」

アストロは、ドレスの影に隠れる雫の側により、天使にしがみつく小さな手をとると、優しく両手で包み込む。

「ん…ありがとう。」

おずおずと雫が天使の影から出てくる。白帝城をチラリと見て、様子を確認している。


「あのね…意識を定着させる依代として、クスノキの枝が欲しいの…。術式そのもののボクが、生命力の高いクスノキを持って、葉力を流せば…顕現する…はず。」

「そうですね…枝ならすぐに用意出来ると思いますが…しかし、雫殿の葉力は限界なのでは?」

「うん…だから、誰かに手助けをお願いしようと…思ってたけど…。」

消え入りそうな小声で言うと、雫は下を向いてしまった。


普段から我儘も言わず、静かで大人しい子だから、誰かに怒鳴られるような事は一度も無かった。

白帝城に怒られたのが余程応えたのだろう。

「分かった。では、私の葉力を貸すとしよう。」

白帝城が、そう言いながら席を立とうとするのを九尾が止める。

「いや、ダメだろ…それは。」

「何故だ?私が一番、葉力値が高いのだぞ。」

「それは知ってる。けどさ、結界を張り続けるという任があるだろ…。雫の葉力だって決して少なくない。にも関わらず、足りなくなる程に葉力を喰う術式なんだろ?万が一があったらどうする気だ。」


「九尾殿の意見に同感ですな。」

アストロが後押しすると、白帝城は溜息をひとつ吐いて椅子に座り直した。

「魔剣も却下。いつ襲撃があるかも知れない以上、温存してもらわないとな。天使も同じ理由でダメ。」

白帝城はムッとして九尾を睨む。

「では、どうしろと?雫の頼みを、お前は聞かぬつもりなのかっ。」

「簡単な引き算だろ?

残るは俺だけなんだから、俺がやるさ。皆と違い、仕事に葉力を使いまくる肉体派じゃないしなぁ〜?

アストロ様もそれで良いでしょうか。」

アストロは、顎髭を撫でながら頷く。

「それでは急ぎ、枝を用意させましょう。暫し退室させて頂きます。」

アストロは、メイドのマリンが淹れてくれたお茶に手を伸ばすと、一気に飲み干した。冷めきってしまったが、良い味だ…温かいうちに飲めば良かったと、少し後悔した。


「では、アストロ様には私が同行しよう。長くなりそうだから、従者のマヤを連れて来たいのだが…雫、良いだろうか?」

雫の沈んだ表情が、パッと明るく和らいだ。

「うん。待ってるね…」

雫と、白帝城の従者であるマヤは歳が近い。昔は、九尾が留守の間はマヤが雫の相手をしていたから、気心が知れている。

「では、行ってまいります。」


アストロと白帝城は揃って退室すると、魔剣が「はぁぁぁ。」と溜息を吐いて、背伸びをした。

アストロが同席してる手前、品良く大人しく座っていたが、どうにも肩が凝る。

「雫、悪いけど、自室のカウチ借りて良いか?ちょっと横になりたい…。ダメならその辺で転がってるが。」

「魔剣なら、良いよ。天使も良かったら部屋で寛いでて…」

「雫ちゃん、有難う…。」

先に魔剣が部屋を出ていくと、天使が雫に微笑み、後に続いた。


研究室に残った九尾は、テーブルに頬杖をついて憮然としたまま雫を見る。

「…にーちゃ、ごめんなさい…」

おずおずと九尾の側に寄ると、濃い青のワンピースのスカートを握り締めながら、雫は言った。

「…怒ってる?」

雫は、下を向いたまま、九尾の顔を見ようともしない。白帝城の様に怒鳴られたら…思うと、お腹の辺りがギュッと痛んで…顔が見れない。

「まぁ…な。怒ると言うより、雫が心配なだけ、かな。」

「ん…もう、しない。心配かけて、ごめんなさい。」


九尾は過ぎた事よりも、雫の目を見張るような変化が嬉しかった。

魔剣と白帝城の戯れあいを見て笑ってから、感情の起伏が手に取るように分かるようになった。

さっきもそうだ。

怒鳴られて、怖がった。白帝城に怯えた。今だって、不安で泣きそうになってる。昔を思えば、想像できないくらいの変化だ。

「もう、いいよ…。雫は無事だったしな。でも、ひとりで無茶はしないように…。いつでも、何かあったら、俺に相談するんだぞ?」

九尾は笑顔で雫の淡い水色の髪を

優しく撫でた。

(いつもと同じ優しいにーちゃだ…)

雫は、九尾に飛びつくように抱きついた。





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