芽吹きの刻-猫が見た世界『追憶』
※この話は過去投稿の改訂・加筆版です。初見の方も安心してどうぞ!
『追憶』
あの後、雫は電池が切れるように
天使の腕の中で眠ってしまった。
体調が悪かったからだろう…。
天使、魔剣、白帝城の3人は雫を気にしながらも戻って行った。俺だけが部屋に残って雫を見守る。
カウチソファーで眠ってしまったので、そっと抱き上げてベッドに寝かし、愛用の毛布をかけてやった。
ベッドサイドに丸椅子を寄せ、雫の寝顔を堪能する。
顔色がまだ悪い…見るからに疲弊してると分かる状態だ。
(こんなに無理してまで…何を見つけたんだか…)
そっと雫の淡い水色の髪を撫でる。
(初めて雫を見つけた時も、カウチで寝てたな…)
闇研究所と呼ばれる機関がある。
認可なしで、人工的に特殊葉力者や美しさに特化した苗を産み出そうと、改良を企てる機関。
ある意味では国に利がありそうな響きだが、そんな良いものではない。あの研究所内では、あくまで実験体であり、株や苗達に人権などない。
失敗すれば、良くて投げ出され廃棄、悪ければ抹殺。生かすも殺すも研究員の気分次第。無事に生き残ったとしても、日の当たる生活とは無縁だろう。
裏世界か他国に売り飛ばされ、奴隷のように扱われるか、見世物にされるのがお約束だ。
俺は葉力を買われ、国直属の闇組織摘発部隊に従事していた。
俺はある研究所に先行して潜り込んで、研究員を扇動、撹乱して、一晩で壊滅まで追い込んだ。
研究書類や機材、改良途中の苗の保護などを済ませて、見落としがないかの最終確認で地下への隠し扉を発見した。
地下道を暫く進むと、ガラス張りの部屋に辿り着く。地下室には人工ライトが設置されていた。
広々とした室内。その部屋には、有りとあらゆる分野の辞典、学問書、文献、資料などの全く統一性がない書物の山脈があった。崩れて下敷きになったら圧死確実な量だ。
(図書室か…?にしては、本の管理が酷いな。)
書物の山脈の奥、人工ライトが1番良く当たる場所にカウチが置かれ、水色の髪の小さな少女が眠っていた…それが雫だ。
保護した少女には、名前すら与えられていないと知った。
『雫』と言う名前は、保護施設で名付けられたもので、一際目立つ淡い水色の髪、淡青の澄んだ瞳が水滴の様だと…。なかなか良いセンスをしてると感心したものだ。
何故か雫と言う名前の少女が気になり、時間が空くと保護施設へと足を運んだ。
施設の職員から「あまり感情を表に出さない」と聞かされたからかも知れない。
俺が壊滅に追い込んだ研究所の研究結果が解析され、事態が動いた。雫には驚くべき能力が隠されていたのか分かったからだ。
『全てを記憶し、記録に残す』
あのガラス張りの部屋、書物の山脈…研究員が雫に与え、覚えさせていたのだろう。
生まれてから一度も外に出る事もなく、決まった研究員以外と接触せず、ガラス張りの部屋の中で、ひたすらに本だけを読みあさる生活…。
そして、全てを記憶する能力。ライブラリー。
それは、想像を絶する知識量になるだろう…。
(あの書物の量、並の図書館位はあるんじゃないか?あの小さい身体で全て…?
それは…生身の身体で耐えられるものなのか?)
怒りと悲しみが混ざり、震えたのを
今でもはっきり思い出せる。
その事実は、雫をまた別の研究室送りになる可能性を限りなく高くしてしまった。
(能力を活かす方ならまだ良い。
下手すれば、どのようにしてその能力を顕現させてるとか、脳の状態を知りたいとか…解剖くらいやりそうだ…。さもなきゃ、闇研究所が攫いにくるか。特殊葉力者は金になる。)
研究所が動き出す前に、俺は正式に雫を引き取った。
従事してた仕事も辞めて、身を隠す事にしたのだ。
田舎に戻る事も考えたが、俺が引き取ったと書類が残っている以上、そこから足がつくだろう。
考えた結果。昔の顔見知りを頼る事にした。隠れ潜み、生活出来る場所位は、何とか探してくれるだろう…と。
それが白帝城だった。
白帝城は、厄介者を背負い込んだ俺を嫌な顔もせずに迎えてくれた。
(厄災が蔓延るまでの数年を、
俺は雫と一緒に過ごしていた。)
知ってるのは白帝城だけ。
3人の秘密だ。いや、白帝城の従者のマヤも居るから、4人の秘密になるか。
だから、四葉を五葉としてでも、仲間として雫を入れる必要があった。五葉になれば、国直属となる。下手な研究所や不埒な輩達は手出し出来なくなるだろう。
雫が心配だったから、そばに置きたい…というのも否定はしない。事実だ。
だが何より、雫の知識量は必要になる…そう考えただけだった。…そして、現在。
雫はライブラリーだけではなく、必要不可欠な存在になっている。本人は全く自覚がないようだか…。
雫はまごう事なく稀代の天才だ。あらゆる分野の知識をベースに、オリジナルで開発、改良、製作まで、全てひとりでこなしてしまう。まだあんなに幼い少女なのに…。
困った事に、自分が出来る事は、皆が出来ると思っている節がある。だから、役に立っていない、自分には居場所がないなんて考えてしまうのだろう…。
自己認識が低いのは、育ちのせいか…いや、俺のせいかも知れないな。
どの位ぼんやりしてただろう。
(雫の寝顔を堪能し過ぎだな…。
しかし、相変わらず寝相が悪いな)
いつの間にか毛布は蹴飛ばされ、足元で丸まっている。毛布を引き寄せて、再度掛け直してやると、雫の瞼がピクリと動く。
「ん…にーちゃ?」
目をショボショボさせながら、寝惚け声で俺を呼ぶ。
「ここに居るから、大丈夫」
魔剣が聞いたら、ひっくり返ること請け合いの優しい声で雫に答える。
「ん…」
雫が小さな手を差し出してきたので、
その手を壊物を扱う様に、そっと握る。
キュッと雫が握り返し、満足そうに薄っすら微笑むと、また夢の中へ戻って行った。
雫の柔らかな微笑み…抑揚のない感情が解放されてきた証だろうか。
もっと、もっと…そうなればいい。
理不尽に怒って、悲しんで泣いて、愉しんで、転げるほど笑って。幸せを噛み締めて。
いつか…きっと、そうなれるよ、雫。
雫は、2人きりになると、いまだに俺を『にーちゃ』と呼ぶ。雫のささやかな甘え…たまに寝惚けても呼ぶらしいが。
(魔剣に知られたら…爆笑とれるかな?)
それは、それで魅力的な話しだが。
いまは、まだ、秘密だ。