芽吹きの刻-猫が見た世界『雫』
※この話は過去投稿の改訂・加筆版です。初見の方も安心してどうぞ!
『雫』
城内の東に位置する憩いの場、東窓斜塔。その名が示す通り、東側は全面が窓となっていて、国内最高技術で作られた特殊強化ガラスが使用されている。
朝日が効率的に塔内部まで差し込むように、少し西側に傾いて設計されているが、内部からは傾いているなど微塵も感じられない。
塔は、地上から約30メートル以上の高さがあり、10階建位かと思わせるが、実は2階建方式の建築物である。
その理由は内部に入ると一目瞭然で、
一階が高さ25メートルの吹き抜けワンフロアだからだ。
中央には、まるでこの場所が聖域であると知らしめるように、見上げるほどの大きなクスノキが植えられていた。
爽やかな葉の香りに包まれたフロア。
クスノキの葉の香りは、防虫効果やリラックス効果、集中力向上に役に立つとされている。
このフロアは季節を問わず色とりどりの花が咲いて、まさにオアシスか楽園といった感じだ。
クスノキを横目に見ながら、九尾と天使は奥へと進む。
このまま進めば、塔と隣接するメディカルルームへと続く。既に、天使が救った兵士達が運び込まれているだろう。
手前に2階に登るための葉力エレベータがある。
葉力とは、大小あるものの、この世界の住人なら必ず持つ能力である。
このエレベータは乗り込んだ人の葉力を、エネルギーに変換し動く、所謂魔道具の一種であった。
葉力エレベータに九尾と天使が乗り込むと静かに扉が閉まる。
エレベータは即座に2人の葉力を認識、確認、上層部へ上がるためのエネルギーを算出。2人から同等の葉力を吸収、変換し、上層へと僅かな振動をともない動き出す。
この間5秒にも満たない。
葉力数値が低い者は使用するのは危険とされており、エレベータを使える者は限られている。
30メートルを一気に上り、2階に到着すると、扉が静かに開いた。
2階フロアは何部屋かに分割されていた。ほぼ雫専用になっている研究室が2部屋、実験室、資料室、機密図書室、雫の自室の7部屋だ。
九尾と天使の2人は迷う事なく、雫の自室へと向かう。
雫の部屋の扉は城内にあるどの扉とも違い、曼荼羅のような図柄で植物をモチーフにした細かい装飾が施されていた。
天使が控えめに扉に設置された金属性のドアノックを2回叩いた。
カンカンと甲高い音が響いたが、部屋の中からの反応は伺えない。
再度チャレンジしてみたが、やはり反応なし。
天使は戸惑いながら、背後で見守っているように立つ、九尾に助けを求めるように振り返って見つめた。
九尾は肩をすくめると、いきなり扉を開けて室内に侵入した。
マナー違反だ…と思いながらも、天使はあとを追って中に入る。
「…雫さん?」
カウチソファーに沈み込んでいる雫に天使が声をかける。
「ん…。」
雫は気怠げに起き上がると、サイドテーブルな置いてあるグラスを手にとり、一気に飲み干した。
九尾は眉をしかめる。
「雫…今、何を飲んだ?」
「ん?…ボクが作った特製栄養ドリンク剤」
「雫ちゃん…栄養剤、飲みすぎ…良くないわ…」
天使が心配そうに、隣りに腰掛けて、雫の額に手をあてた。九尾も眉をしかめたまま、雫の膝前辺りにしゃがみ込む。
あどけない幼なさが残る少女の顔は、血の気がなく青ざめていた。
「顔色、めっちゃ悪いじゃないか…大丈夫か?寝てた方がいいんじゃないか?」
「…少し、熱があるようです…。」
「ん…怠いだけだよ。そろそろ白帝城と魔剣が宰相さんと一緒に来るから…。」
雫は天使の肩に寄りかかる。座っているのも辛いのか…ぼんやりと空を見つめた。
「何で2人が宰相と一緒に?」
九尾は窓際にあった椅子をカウチの前に置き、ドカッと座る。
「ん…話したい事があるから、ボクが2人に連れて来てってお願いしたの。」
天使はショートカットの淡い水色の髪を優しく撫でた。
窓から差し込む朝日に照らされて、キラキラと光を反射する。
雫は3人が来るまで話しをするつもりはないらしく、口を閉ざし青ざめた顔をしてぼんやりと空を見る。
程なくして、ドアノックを叩く音がして白帝城と魔剣が室内に入ってくる。雫は動けないだろうと、九尾が対応した。
「宰相のアストロ様は、昨夜のドロドーナ襲撃についての緊急会議に出席するそうだ。申し訳ないが、日を改めて欲しいと言伝を頼まれた。」
白帝城が室内に入るや否やそう述べ、宰相の代わりに雫に頭を下げた。
「ん…わかった。じゃあ、先に…4人にボクの話を聞いてもらっても良い?」
上目遣いで4人の様子を窺う。
白帝城は、ちょっとびっくりしてるみたい。ボクから話しを振るなんてなかったから…驚いたみたいだ。
天使は、微笑んでる。嬉しいのかな?
何が嬉しいのか…よく分からない。
魔剣は、そっぽを向きながら腕をくんだ。人の話を聞く時に、よくやる仕草だね。
九尾は、ボクをじっと見てる。観察してる?何でだろう…。
「ボクさ、知ってるよ。この世界には五葉なんて無かった…存在したのは四葉だけだった。」
雫は伏し目がちに、そう話を始めた。何か言いたそうな白帝城を手で制する。
「今は、ボクの話を最後まで何も言わずに聞いて欲しい…。」
そう言うと、白帝城は少し不満そうな表情をしたが、雫の言葉に黙って頷く。
雫が、ぼんやり空を見つめながら話し始める。
「四葉に任命された時に、九尾と白帝城がボクを五人目に加えるように、ゴリ押しした…。加えなければ、命は受けないって、王族や教会関係者相手に脅迫するような真似までして、ボクを仲間にしたんだ。」
ハオルチア領土に昔からある伝承…。遥か昔、危機的災害に見舞われた時、東西南北に座する四神達は
滅亡に瀕したハオルチアを案じて、己の力の一部を宿した愛する株を使わした。
厄災を乗り越えた後、神に愛された株を四葉と呼びんだのが始まりだ。
四葉は見目麗しく、その神の力と共に株達を虜にしたと伝承には残されていた。
東西南北に神を奉る神殿が建てられ、後に教会として機能し始めるが、それも衰退の一途となり、今では北の神殿以外は領主が管理している。
また、四葉の美しさを人工的に創り出そうと、闇に潜り研究、実験を繰り返す研究者はいまだ後を経たない…。
伝承の最後には『再び厄災に見舞われたなら、四葉は顕現するであろう。』と言う言葉で締めくくられている。
「ボクには…白帝城のように、皆を守るチカラはない…」
白帝城の規格外の葉力。
この城に結界を張り巡らせ、その範囲は外壁まで広がっている。
「魔剣のように、敵を切り裂く剣もない…。」
己の葉力を込める事で、誰も成し得ない強力な攻撃を可能とする、攻撃特化な葉力。
「九尾みたいに…知恵も、索敵能力もない。」
完全に己の気配を消せ、敵の動向を探り、撹乱する事ができる。
トリッキーな行動を可能とする葉力。
「天使のように…傷を、心を癒して…多分それだけじゃない…ボクは、神の愛娘にもなれない。」
その葉力は、神の身技そのもの。
彼女の怒りは、神の怒りになるだろう。
「ボクは…皆のように表舞台に立てるような葉力じゃない。ライブラリーとして、ただ居るだけ。
こんなんで、四葉の五人目の仲間として居るなんて…変だよ…?」
そう呟く雫の淡青の瞳が潤んだように九尾には見えた。
(無理矢理だった…あの時は最善の策だったんだ。白帝城とも話し合って、そう決めた。でも…そのせいで、雫を苦しめてしまった…。)
白帝城に視線を向けると、同じように
顔を歪めながら、真っ直ぐに雫を見つめていた。
「…だからね、ずっと、ボクだけが出来る事を探したんだ。何か皆の助けになるような、何かを…。見つけて、ボクも皆の仲間だと、五葉なんだって、胸を張って此処に居たい…。」
話し疲れてきたのか、雫は眠そうに目を擦り、ぼんやりする。
「何も見つからなくても、五葉であろうと無かろうと、関係ない。雫はオレ達の仲間だろうが。それの何が悪い?」
耐えきれなくなったのか、怒ったように魔剣が口を挟む。
「雫が何者であったとしても、オレ達の大切な仲間に変わりない。誰が何を言っても関係ない。文句を言うような奴が居るなら、このオレが全員残らず切り裂いてやる。」
魔剣が雫に歩み寄り、光を集めてキラキラ輝く淡い水色の髪をワシャワシャと撫でた。
今まで沈んでいた雫の淡青の瞳に薄っすらと光が戻る。
「魔剣、斬ったら、ダメだよ…」
雫が悪戯っぽく言う。
「魔剣なら本当にやりかねないな。雫、誰かに何か言われたら、魔剣より先に私に話すんだぞ?犠牲者が出る前に、私が魔剣を結界で手出しが出来ぬように、閉じ込めてしまおう。」
白帝城が魔剣を見てニヤリと笑うと、魔剣は不機嫌そうに白帝城を睨んだ。
「その結界ごと、叩き斬ってやるよ。」
「私の結界が剣で斬れるわけないだろ。」
「ぬかせ。オレに斬れないものは、ない!
九尾は、白帝城と魔剣の論争を呆れてながら聞いていたが…。
ふと、風の匂いが、変わった。兆しの風だ…何がが変化する印…雫か?と思い、視線を向けると。
「笑ってる…」
雫が、笑顔で、白帝城と魔剣のやり取りを見ていた。
最強の盾矛論争に終わりを告げたのは、感情が抑制されたはずの雫の笑顔。
雫は、九尾の言葉を聞くと、不思議そうに両手で自分の顔を触り、口角が上がっているのを確かめた。
「ボク、笑ってる…?」
「雫ちゃん…」
隣りに座してた天使が、思わず雫を抱きしめる。
「雫ちゃん…魔剣と白帝城、面白かった?」
天使の言葉に、雫はにっこりと微笑みを浮かべる。
「これが…笑うって事なんだ…
そっか、ボク、笑うことできたよ?
うん…魔剣と白帝城、面白かった!楽しかった…と思う?」
雫の言葉に、天使は涙ぐみながら
感極まってギュッと雫を抱きしめた。
「それとね、ボクは見つけたんだ!
今の現状を打破する手段を…。宰相さんにその話しをしようって…考えて、呼んで欲しいって、頼んだの。
だからね、ボクは胸を張って、皆の仲間だって宣言出来るよ!」
雫の、笑顔が光の中でキラキラと輝いていた。
➖雫ちゃんの言葉、打破する手段を見つけたって話してた時。
何か、親に褒めてもらえる!って期待しながら話す子供みたいだ。
目を開けると、部屋の中だった。
淡い水色の髪の少女…雫ちゃんの話しは、聞いてるだけで苦しくなった。
まだ幼なさが残る少女なのに…。
大任を背負い、仲間の皆と違い成果が見えるものでも無いから、自信が無くなって…苦しかっただろうな。
あぁ、感情が抑制されてるって話しだけど、どんな気持ちなんだろうか。
抑制されてても、笑えたって、凄いことじゃないだろうか?
天使、涙ぐんで喜んでた…。
白帝城もうるっと来てたみたいだし、魔剣は優しい顔してたな。
九尾だけが、驚きが先行してたみたいで呆然としてた。
大切にされてるみたいで、何か嬉しくなるよ。
雫ちゃんは、自身のチカラで色々乗り越えてるんだろうな…小さいのに、なんて偉くて、強い子なんだろう。
私が育ててた、私の雫。
固有名はない。
個人交配で生まれた苗を譲り受けた。
小さな苗は、少しづつ育って…
丸っこい葉姿は可愛らしくて。
透明感がある大きな窓が、光を集めて輝いる。
雫のような…愛らしく、可愛い苗だった。
そして…今の姿、めっちゃ可愛いじゃないか!
あんな、儚げな少女で一人称が『ボク』って…雫ちゃんがボクっ娘って!
(あぁー、やばい、
私も天使みたいに抱きしめたい〜)
と思った時、ふと雫ちゃんと目が合った気がした。気のせいかな?
そういえば…皆と話ししてる間も、度々目が合ったような?
白帝城達とはそんな事、一度も感じなかったのに…。
何だか、背中がサワサワ…ムズムズする?
なんだろう…。落ち着かない感じだ。
何かの予感…?
私は、ゆっくり深呼吸して
目を閉じる➖