芽吹きの刻-猫が見た世界『天使』
※この話は過去投稿の改訂・加筆版です。初見の方も安心してどうぞ!
『天使』
「あら、アンジーじゃない。顔色がとても悪いわ…大丈夫かしら?」
ふらふらしながら渡り廊下を歩いていると、背後から女性に声をかけられる。
私をコードネーム「天使」ではなく、
個体名の「アンジェリカ=オルビス」通称のアンジーと呼ぶのは、この城ではただ1人だけ。
最終防衛である白き城を収める君主。
「レイラ・トランシエンス」その人である。
女帝として民からの信頼も厚く、人柄良く、気さくで優しい女王陛下。
ダークグリーンのレースをあしらった
ドレスは、品が良く仕上がっていて
レイラに良く似合っている。
天使はドレスの裾を両手でつまみあげ
うやうやしく頭を下げる。
「レイラ様、ご機嫌麗しく…」
「挨拶など無用よ、アンジー。」
ドレスの裾を持ち上げてた天使の両手に手を添えて、レイラはにっこりと微笑んだ。
「折角の綺麗な白のドレスに泥がついてしまっているわ…また犠牲者が出てしまったのね…」
レイラは天使の両手を胸元あたりで握りしめて、悲しそうに呟いた。
「申し訳ありません…」
何株かはギリギリで間に合った…助けることが出来た。重症だったせいで、傷は癒せても衰弱が激しい…予断は禁物だ。
でも…祈りが届かずに、この世を去ってしまった株もいた。
あぁ…間に合わなかった…。
私は、何て無力なんだろう…
失った命は決して戻らない。
お願い…助かって。生きて…貴方を救いたい。
必死に願い、祈ったとしても…手のひらから溢れ落ちる砂のように…止める事が出来ずに、儚く散ってしまう。
「泣かないで…アンジー。
貴女が悪い訳ではないわ。貴女はとても良くやっている。五葉として、皆を導き守っている…私達は本当に感謝しているのよ?」
天使の銀色に微かに緑がかった大きな瞳に、薄っすらと涙が浮かぶ。
「あぁ…どうしましょう…泣かせてしまったわ…。アンジーに泣かれると、私とても困るの」
レイラは今にも大粒の涙を溢しそうな天使を優しく抱きしめながら、豊かな絹のような白銀の長い髪を優しく、愛おしそうに何度も何度も撫でる。
「ねぇ…アンジー」
「そりゃ〜困りますよねぇ!
天使を泣かせたなんて知られた日には…黒いのとか銀色のが怒り狂って、陛下の自室に殴りこむでしょうからねぇーw」
いつの間にかレイラの隣りに、九尾がニヤニヤ笑いながら並んで立っている。
レイラ様が何かを話そうとしたのを、ぶった斬って乱入して来た。
「九尾…。私、違うの…レイラ様のせいではなくて…」
天使はオロオロしながらレイラからの抱擁から逃れようとするが、当のレイラは離す気がないようで、天使の細い腰に回された手にチカラを込めて抱き寄せた。
「全く貴方ときたら…もう少しデリカシーと言うものを覚えなさい。レディの会話を盗み聞きなんて、良くないわよ。」
お優しいレイラ様にしては珍しく、苛立ちながら九尾を注意している。確かに、陛下に対して敬意払わない行為は褒められることではないだろう。
「陛下の御心のままに…以後注意いたします。」
九尾がニヤニヤ笑いを消さぬまま、胸に手を当て頭を深々と下げた。
「まぁ、陛下の頼みとあっては断われませんから…残念ですが、黒いのと銀色には黙っておきますねっ!」
九尾の言葉に、
「……そうして頂戴。」
と深い溜息を吐いた。
2人の会話の終了と同時に、天使はやっと抱擁から解放される。
「では、私は自室に戻りますわね。ご機嫌よう。」
レイラは、ダンスを踊るように軽やかにクルリと背を向け、渡り廊下の先、厳重に警戒されている一画にある自室へと歩きだした。
その後姿を、九尾は眼を細めて見送っていた。
「ところで、白帝城は?天使の警護してたんだろ?」
「あ、はい…宰相様からお呼び出しがありまして…向かいました。」
先程まで、城門側にある兵士達の詰所に天使と白帝城は居た。城下でドロドーナの配下に襲われ、傷ついた兵士達が運び込まれたからだ。
メディカルルームまで距離がある…時間が惜しいので
詰所で癒しの祈りを捧げる。
天使だけが使う事が出来る、
『癒しの窓、ルミナス・グレイス』
それは清らかな光を放ち、あらゆる傷を癒す事が出来る。神の身技を用いて兵士達を癒していた。
「なるほど〜。オレも魔剣と連れ立って城に戻ったんだけどさ、魔剣だけ宰相に呼び出されて。置いてけぼりくらったんだぁ〜酷いよねぇ?」
感情豊かな九尾のふわふわな尻尾の葉が、今はしょんぼりと枝垂れている。
「んで、黒いのに天使を頼むってお願いされて来たわけ〜。そしたら肝心の天使ちゃんは、陛下に甘えてるしさぁ〜。」
「そんな…甘えてなんか…」
「んじゃ、慰めてもらってた?」
天使は言葉に詰まり俯く。
優しく抱きしめられて、慰めてもらっていたのだろうか…そういえば抱きしめられた時に、レイラ様からふわりと柔らかくて甘い香りがした。
それを、心地良いと思うと同時に、落ち着かないような危うさを感じたのは、気のせいだろうか。
「オレが話しの途中で乱入しちゃったからさ、会話が中断したけど。レイラ様が天使に何を伝えたかったか…知りたくない?」
「え…わかる…の?」
いつも人を茶化して、ニヤニヤ笑う九尾。でも今はとても優しい目をして、消え入りそうな天使を見つめている。
「手から溢れ落ちた数より、その手に残った数を大切にするのよ?それは、どんなに苦しい時でも輝く貴女にとって掛け替えのない宝物になるだろうから…。」
九尾が優しげな目をしながら、レイラの喋り方を真似する。
「どう?似てるだろっ!」
先程まで枝垂れていた尻尾をふわんふわんと揺らして、自慢げに胸をはる。
そんな九尾を見て、天使はクスリと笑った。
「そろそろ夜が明けるなぁ〜。雫がいる東温斜窓の塔に行こう。天使も疲れただろ?ちょっと日光浴でもしながら休もぜぇ。」
東の塔は、朝日が効率的に入るよう工夫が施されており、1階は皆の憩いの場として開放され、ゆったりと日光浴が楽しめるように、カウチが窓際に並んで設置されている。
そして、最上階には雫が篭っている。
先を歩く九尾の後を追いながら、天使はレイラのモノマネで話した言葉を思い出していた。
溢れ落ちた命の数より、手に残った、残すことが出来た…救うことが出来た生命の数…。
うん…確かにそれは、私の大切な宝物。
ねぇ、クレスト…貴方を救えた…それは私の宝物。
目蓋を閉じて、凛々しくも儚い葉姿を思い浮かべる。
決して、失なう事がないように。
…大切にします。
天使は、胸元に手を合わせ目を閉じて祈りを捧げた。
➖やっぱり、思った通りに場面転換した。
今度はお城の中。
中世ヨーロッパ辺りにあるような、古城みたいな造りで、でも全然古臭くない。とても綺麗だ。
廊下には落ち着いた色の絨毯がひいてあって、足音とか聞こえないように配慮されている。
数メール間隔で灯りが付いていて、
薄暗さが微塵も感じられない。
あの灯り…蝋燭でもないし、電気…じゃないよね。何だろ?
昔の映画で見た、街灯の灯りのようだね。
柔らかな、温かみを感じる灯り。
グリーンのドレスの女性…女王様って話してたから、彼女のための配慮かな?凛とした美しさなのに、ふわっとした優しい笑顔。人を惹きつける美しさって彼女みたいな感じなんだろな。
それに、女王様の名前!
トランシエンス!うちのハオルチアの古参株だよ…確かに私も女王様扱いをしてました。
あと、天使…可愛いなぁ。
白に限りなく近い銀色で、絹糸みたいなサラサラで長い髪。
白い肌に、光の加減で明るい緑が見える大きな銀の瞳。人形みたいな可憐さが滲み出てる。
天使はね、とっても静かでお行儀が良いの。陶器の白い鉢に、真っ直ぐ植えてあげたんだ。
端正でコンパクトに開いたロゼッタ状の葉は真っ白で、日に透かすと葉が光を集めてキラキラと輝いていてね…
「光を纏う天使」そのものだった。
土も柔らかいのにして、風通しの良い場所に置いてあげると、にっこりと微笑んでる気がしてた…。
それにしても…そうか、助からなかった人も居たのか…。胸がチクンと痛む。だって、助からなかった人も、ハオルチアだったとしたら…もしかすると
うちに居る子達かも知れない。
悲しいな…それ。
天使ちゃん、泣きそうだったけど…
涙は溢れてなかった。耐えたんだね。
頑張って、偉いな…。
九尾と天使ちゃんは塔に向かうと話してたな…雫が居るって。
雫…最後の五葉ってやつ。
五葉って本当に何なのだろう…戦って、導いて守ってる?
レンジャーみたいな感じかな…。
雫。うちの雫なのかな…。
私も塔に行きたい!行けるかな。
お願い、九尾と天使ちゃんのあとを追って、私も塔に連れて行って。
ゆっくり深呼吸。
そして…目を閉じた。➖






