芽吹きの刻-猫が見た世界『魔剣』
※この話は過去投稿の改訂・加筆版です。初見の方も安心してどうぞ!
『魔剣』
ガキンッ!
剣で相手の攻撃を弾き飛ばす。
短剣ほどの長さがある、鋭い鉤爪。
ドロドーナが生み出した影。
攻撃力はさほど高くはないが、
腐食をともない、まともに喰らえば葉の一枚くらいは溶けるかも知れない…。
ひりつく戦場。
灼けるような戦慄。
「お前ら雑魚には用はない!
ドロドローナは何処だっ!」
絶えぬ鉤爪の腐食攻撃を交わし、影を切り裂く。
影は魔剣の一撃でチリになって消え失せていく。が、数が多い。
魔剣は吠える。
「喰らえっ!黒嵐穿」
魔剣は手に持つ黒き鋸刃を解き放った。
刃は灼けるような嵐を呼び、荒れ狂い、辺りに蠢いていた影が一掃される。
周りに味方が居たら巻き込んでしまう、危険な範囲攻撃。
独りだからこそ遠慮なく使える、魔剣の必殺技のひとつだ。
「…クソッ!」
またドロドローナの手掛かりを得る事ができなかった。何とか手掛かりを…と戦うが、一撃でも喰らって仕舞えば、この身はジリジリと腐ってゆく。
雑魚の攻撃ですら、このザマだ…。
不甲斐ない。
ドロドローナの攻撃を交わし、一撃も喰らわず、その喉元に、この手にある鋸歯の刃は届くのだろうか?
オレは…彼女を、天使を護りぬく事が出来るのだろうか。
魔剣の心に弱気という闇が侵食し、覆いかぶさっていく。過去に負った心の傷が、シクシクと痛み出した。
「クソがッ!」
魔剣は脆弱な心を吐き捨てるように悪態をつきながら、愛剣である黒い鋸歯を鞘に収めた。
息を整えて辺りを伺う。
ドロドーナの影には独特の臭いがある。周辺には影が放つ腐臭は感じられなかった。
その腐臭を感じるのも、オレだけみたいだがな…。
オレだけが、ヤツを追える。
なのに、またドロドーナに逃げられた…。
それともオレは見逃されたのか…。
クソッ!弱気になって如何する!
魔剣は黒髪を荒く掻きむしった。
オレは剣だ!
敵を斬り裂き、刺し貫く刃だ!
その為だけにオレは在る。
今度こそ、必ず護り抜く。
そしてこの戦いを終わらせる。
絶対に、だ。
白き城、皆が待つ居城に戻るために踏み出そうとしたが、ふと足を止めて魔剣は振り返る。
何者かの気配を感じたのだ。
息を殺して、剣を手に掛けて気配を探る。
誰だ…気配に捉え所がない。
敵か?味方なのか?
僅かに揺らぐ気配を追うが、まるで何も無かったかのように…霧散して消えてしまった。
気のせいか?
ドロドローナを討てなかった焦りと、自身の心根の弱さで、集中力が散漫になってたのか?
まだまだ…だな、オレは。
魔剣は目を閉じ、ゆっくりと大きく深呼吸する。
戻るか…
歩み出そうと目を開けた瞬間
「やぁっ!」
目の前に九尾の顔が迫っていた。
「ッ!!!」
声にならない声。
咄嗟に手にした剣には、九尾の手が抜けぬように抑え込み重なっている。
「お、お前…っ!」
こんなに近くまで来てたのに、全く気配を感じなかった。いや、感じてはいたが捉えられなかったのか?
魔剣は顔を赤くして、怒り沸騰直前。
九尾はその様子を見て
「アッハッハ〜w
びっくりしたっ!したよねぇ〜?大成功〜w」
切れ長のブラウンの瞳をキラキラさせて、九尾は破顔して楽しそうに笑う。
魔剣は緊張が抜けて、一気に脱力感に襲われた。ガックリと肩を落とす。
「…何か用か?」
本当にコイツだけはよく分からない。何を考えているのか…
オレをおちょくるのがそんなに楽しいのだろうか?
魔剣は横目でジロリと九尾を睨む。
「ん〜ん?スッゴイ楽しいよぉ。
何かぁ、肩にめちゃくちゃチカラ入って、ガチガチになってる魔剣がびっくりして飛び上がってるサマは…ウケるでしょ!
あー、面白かった。雫にも見せたかったなぁ〜。爆笑間違いなし!」
九尾の言葉に、魔剣はギョッとする。
今…オレは声に出してたか?
いや、そんな事より…雫に見せたかっただと?
「…頼む、止めろ」
「何でさー?面白かったんだから、雫に見せて、一緒に笑いたいじゃないか〜」
満面の笑みを浮かべて、魔剣の肩をバシバシと叩く。
「だから、記憶に残ってしまうだろうがっ!」
雫の窓には、雫が見たあらゆる記憶が保存され、記録として永遠に残る。
窓は限りなく透明で光を貯め、反射する。
そう、有れ。と作られた特殊な多肉だ。
そして、それは可能な限りの予想を立てる手段として活用出来る。可能性という未来視。唯一無二の能力だと話に聞いたが、オレはまだその能力を使った雫を見たことはない…。
「何?魔剣は雫の笑顔が見たくないの〜?」
九尾は小首を傾げ、意地悪そうに尋ねてくる。
魔剣は返答に困り、ポリポリと頭を指先でかいた。
見た物を全て記憶してしまう。
その能力は計り知れない負担を雫に課してしまった。
雫の感情は能力に制御され、抑揚がない。
悲しみも、喜びも、楽しみも…全てを薄っすらとしか感じられない…と白帝城から話を聞いた事がある。
九尾の言葉は、魔剣にチクリと突き刺さる。
そうだ…作られた特殊な苗。その苦しみは、哀しさは、嘆きは、誰にも届く事はないだろう。
固有名すら雫にはない。
五葉として表舞台に上がるまでは、研究所の奥深く、人工ライトで生かされていた…小さな苗だったと聞いた。
それは…痛ましい記憶。枯れ死にゆくその時まで、己で抱えて逝かねばならぬ、運命だろう。
「笑顔か…。」
魔剣がポツリと呟くと、九尾がピクリと9枚の尻尾のようなふわふわの葉を振るわせた。
(魔剣の顔に憐憫が浮かんだ。
他者を思いやれる優しさがあるクセに、変に意固地で堅苦しい。真面目で不器用なんだよなぁ)
九尾はトリコームに覆われた尻尾のような葉で、魔剣の腰あたりをポンポンと叩き、促すように揃って歩き出した。
「今度2人で漫才でもする?
オレボケるから、突っ込みヨロシクw」
九尾が魔剣の肩に手を回し、抱き寄せた。
「ふざけるな…何でオレがそんな事をしなければならない。」
肩に回された手を、嫌な物でも触るように指先でつまんで外す。
「そういう事は白帝とやれ。意表をつく、と言う意味でならお前なら十分面白く出来るだろ。」
「うぇぇ?白帝城とかぁ…なら、ボケ担当は白帝城かな!」
あーでもない、こーでもないと九尾が雫を笑わせる為のネタを考える。
なんだ…こいつは…こんな時に何を考えてるんだ?
魔剣は隣に居る九尾を横目で観察する。
ふと視線が合うと、九尾は不遜にニカっと笑った。
そして、魔剣は気がついてしまった。
こんな時だから…か。
先が見えぬ戦いの最中だから、雫が笑う程の記憶、記録が必要になる事を。
もし、本当に出来るのであれば、可能性の未来視…笑顔に溢れた未来の予測も有り得るのではないか?
もしそうだったら、それは皆にとって一筋の希望の光になるかも知れない…。
本当、読めないヤツ。
魔剣はフンっと鼻を鳴らす。
いつの間にか、チカラが入って重く強張った身体が軽く感じられる。
九尾に当てられ、リラックスしてたのか?
魔剣が再度ジロリと九尾を睨む。
睨まれた九尾は、どこ吹く風とばかりに 知らぬ顔でニヤリと笑って見せた。
➖やっぱり、これは夢を見てるんだ…。
深呼吸をして、ゆっくりと目を開けたら場面転換していた。
まだ夜も明けきってはいない…薄墨のような色彩、しっとりまとわりつくようような湿度。木の香り。
雨上がりなのだろうか?
私の感覚はしっかり働いているようで、ふわふわと浮かびながらも
五感が、ここは木に囲まれた森か
林の中だと訴える。
私は死んで幽霊にでもなったのかな?
幽霊も夢を見るのかな?
アレは…黒くてツンツンしてるあの人、さっき見た九尾に魔剣と呼ばれていた。確かに、あの人は魔剣だ。
あの苗は、黒曜の刃のような葉を持っていた。
光にかざすと、葉の先端がほのかに透けて、まるで闇に宿る刃の光のようだった。
黒と紫が入り混じったその葉姿は、他とは違う威圧感を放っていたっけ。
鉢は重厚感のある黒い陶器。
表面には微かな亀裂模様が入っていて、そこに溜まった水が光を受けてきらめいた。
…そうだな、あれが人になったら、きっと鋭い目をして、言葉数は少なくて、
それでも誰より仲間を想って、誰より先に敵を斬り伏せるような──
そんな「魔剣」だった。
剣を携えて、ゆっくりと九尾と歩いている。
黒いモヤのような人型の何かと戦っていた。魔剣が刀を振るうたびに、人型のモヤは斬り裂かれ、チリになって消えてた。
めっちゃ強い?
魔剣は戦士なのかな…。あの黒いモヤは何だったんだろ…。
幽霊になったのか、夢を見てるのか分からないけど、何だか面白くなってきた。私の大事な宝物…ハオルチア達が人として此処に居る。
もしかして、さっきみたいに目を閉じたら場面転換するのかも…。
次は誰だろう。
ちょっとワクワク。
九尾と魔剣が連れ立って歩く後ろ姿を見送りながら、私はゆっくり目を閉じた。➖