芽吹きの刻-猫が見た世界『白帝城』
※こちらは以前に投稿した「多肉✖️異世界ファンタジー」の【改訂版】となります。
加筆修正を加え、エピソードごとに読みやすく再構成しております。
初めてお読みくださる方も、以前お読みいただいた方も、この世界を楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いします
プロローグ
「君は、植物に“心”があると思うかい?」
緑の中で誰かが囁く。
光を透かす葉の窓。尖った棘。滴る雫。
小さな鉢の中で生きる彼らは──
本当に、ただの植物だったのだろうか。
世界が歪んだあの時、
私は見てしまった。
彼らが、“語り”、そして──“戦っていた”ことを。
東向きの窓から朝日が差し込む。
「ハオルチア」
ツルボラン科ハオルチア属に分類され、ロゼッタ状に葉が広がり、透明感があって柔らかい軟葉系と呼ばれる多肉植物。
葉の先端部分には、透明または半透明な窓と呼ばれる部分がある。
この窓は光を効率的に取り込み、葉の内部で光合成を行なうための機構である。
窓辺に置かれたハオルチア達の窓は
朝日を窓いっぱいに取り込み、宝石箱の様にキラキラと輝いている。
その中の一鉢を持ち上げ、朝日に翳し窓から反射する光を楽しむ。
(今日も元気そうだね!良かった)
苗の健康状態を確認し満足すると、
手にしていた鉢を元の場所にゆっくりと戻す。
狭い場所に何鉢を密集させて置いてあるから、ぶつけて鉢を落下させたり、
葉を傷つけたら大変だ。繊細な葉に少しでも傷をつければ、それだけで心が痛む。だからこそ、まるで赤子をあやすように、私は慎重に指先を動かす。
無事に元の場所に戻し、ふぅ…と息を吐いたその時。
朝露のような光の粒が、視界いっぱいに舞い散る。まるで夢の雫が、時の狭間から降り注いでいるようだった。
なんだ…コレは。
今までにない感覚に、眩暈がする。
光が優しく身体を包み込む。
グラグラと身体が揺れてるみたいで、
目がまわる。
立っていられない…駄目だ…鉢を巻き込まないよう…に…。
まるで他人事のように、倒れ伏した自分を自覚しながら、私は意識を手放した。
伝説の五葉
『白帝城』
「白帝城様!ご報告致します!」
私室のドアが荒々しくノックされ、兵士の声が響き渡る。
「構わぬ、入れ。何事だ」
白帝城はトリコームを散りばめた白いマントを翻し
部屋の窓際に置かれたチェアに腰を下ろす。
「ドロドローナの配下が現れました!城下を見廻り中の兵士数名が発見、戦闘になりました!」
兵士は苦々しく言葉を荒げた。
「何とか城内に戻りましたが、数株は既に溶けて…まだ何株か瀕死でありますが息があります!」
白帝城は息を飲み、立ち上がる。弾みでチェアが大きな音を立て倒れた。
「急いでメディカルルームへ運べ!天使なら、間に合うかも知れない!」
「はっ!」
白帝城の指示に兵士が答え、立ち去ろうと振り返ると、白いロゼッタ状のドレスの裾を片手でつまみ、美しい顔を曇らせた少女がドアの影から姿を見せた。
「私がまいります。案内を…」
白帝城が天使と呼んだ少女。
「こちらです!」
兵士が走って行く後を、天使がドレスの裾をつまみ追う。チラリと白帝城に目を向けると、
不安そうな顔をした彼と目があった。
天使は、白帝城に小さく頷きうっすらと微笑みを浮かべ応える。
「大丈夫、助ける…必ず…」
消え入りそうな小さな声。
だが、その声には確たる揺らぎなき自信、信念を感じさせる強い言葉だった。
「すまない…頼む」
何も出来ず、後手ごてになり犠牲者ばかり増える。握りしめた手の中には口惜しさばかりが残った。
城内は結界に守られて安全ではあるが、城下には平穏に暮らす民が残っている。全ての民を城内へ迎え入れるのには、無理があった。
どうするれば…犠牲者を減らせる?私は本当に守れているのだろうか…。
白銀の髪を苛立ちながらかき上げ、澄んだ深い翠の瞳を伏せて、白帝城はチェアに深々と沈み込んだ。
開け放たれた窓辺のカーテンがフワリと風に揺れる。
「何?まーた落ち込んでるんだぁ〜。」
青年が窓枠を乗り越え、姿を見せた。
不作法にも王子たる白帝城の部屋に窓から侵入するとは、豪胆である。
「九尾か…」
白帝城は顔も上げず、かの者の名を呼んだ。
「はいはいー、超絶美系の九尾くんですよw
で。ドロドローナの手下が現れて、犠牲者が出たから、麗しの王子様は落ち込んでるんだ?」
九尾はズカズカと部屋に入り込んで、白帝城の向かいに設置された長椅子にドカッと座り込む。
「天使が向かったんだろ?回復術を受けてるなら、大丈夫でしょ〜。助かる奴は助かるさ。」
九尾の言葉を聞いて、白帝城は深く溜息を吐く。
「助からない株が出たら…天使が傷つく」
何度となく、それを見てきた。涙を浮かべ、祈り続けても消えゆく生命…。
「相変わらずの過保護っぷりでw
天使ちゃんはお前らが考えるほど、弱くないとオレは思うけどねぇ〜?心根の強さで言えば、雫か天使ちゃんか…。じゃないの〜?」
九尾は長椅子に横たわり、ふさふさのトリコームに纏われた尻尾のように見える9枚の葉をユラユラと揺らす。
「雫か…雫は何をしてる?」
白帝城はやっと顔を上げ、九尾を正面から見つめた。
(まだ顔色が良くないな…全く優しいのも考えものだな。いちいち末端の苗達がヤラレる度に落ち込んでたら身が持たないぞ…ま、白帝城らしいっちゃ、らしいが。)
九尾は腹の中での思考などお首にも出さず
切れ長の目を細くてニヤリと笑ってみせる。
「雫はいつもと変わらず〜。ドロドローナの動きを記録してるよ。何か分かれば連絡くるさ。」
「そうか…皆には苦労をかけるな…。」
九尾はスッと音もなく立ち上がると、白帝城の顔を両手で挟み込み無理やり顔を上げさせ、深い翠の瞳を覗き込んだ。
白帝城はびっくりしながらも、されるがままに翠の瞳に、珍しくも真剣な顔をした九尾を映す。
「何でも1人で抱え込むのは、止めろ。
1人で戦ってる訳じゃない。1人で守ってる訳でもない。皆で戦ってるんだから…誰の責でも無いだろ?
確かにお前は王子だけど、既に滅んだ王家の末裔…旗印として担ぎあげられただけ。オレ達は五葉として此処に居る事を忘れるな。
それに、お前1人で抱え込むと、悲しむ苗も、怒り狂う苗も居る。それを忘れてもらっては困るんだよ。」
諭すような九尾の言葉。
こんな真面目な九尾は初めてかも知れない…
どんな時も明るく、茶化してばかりだったのに。
いや、そうでもないか。
おくびにも出さないが、誰よりも他者を思いやる。
そんな奴だ。
頬を挟み込んでる九尾の手をとり、顔から離す
「天使が悲しみ、魔剣が怒るか…そうだな。」
魔剣の怒った顔を思い浮かべ、苦く微笑む。
その顔を見て、九尾もいつもの調子に戻ったようだ。
「そうそう、女の子を泣かすなんて非道な事はアイドル白帝城がやっちゃダメだし〜?
オレは独りで十分だ。とか言う困ったちゃんは、
暗黒、腹黒魔剣だけでお腹いっぱいだろ〜?
今だって、手下が現れたって聞くと、1人で城下へ走っていっちまったしな。」
九尾は大袈裟に肩を落としてみせる。
その様子に、白帝城は不覚にもクスリと笑ってしまう。
「魔剣はまた単独行動してるのか…困ったものだな。せめて、連絡係としてでも兵士を連れてもらいたいのだか…。あと、私はアイドルではない。」
「え〜っ!はぁ?何言ってんの!
麗しの白銀の君って、白帝城ファンクラブまであるの知らないのっ?立派なアイドルでしょ!
皆の推しとして、腐ってる姿とか見せちゃ
ダメなんだぞ〜w」
目の前に人差し指をビシっと刺され、チッチッチと左右に振る。
ファンクラブ?何だ…それは。そんな話は聞いてないが…。
戸惑う白帝城に九尾はニヤリと笑う。
「白帝城はカッコ良く、凛々しくなっ!
世の苗達の推しで有れ!ってね。全く、見目麗しいってのは…羨ましいねぇ〜w」
「…止めろ、何か、いたたまれない。」
恥ずかしいとばかりに片手で顔を覆い隠す。
そんな白帝城を九尾は尻尾の葉でポンポンと叩く。
「んじゃ、ちょいと困ったちゃんの様子でもみてくるわ〜。王子は天使の護衛を宜しく!治療中にまた奴等が攻めてきたら目も当てられないからなっ。」
九尾の言葉にハッと我に返った。
そうだ、城内が安全とはいえ、天使に何かあったら…我々は救う手立てを失ってしまう。
治療術を使えるのは天使の光だけだ。
ぐっと心を引き締める。決して失ってはいけない光…守るんだ。天使を。皆を。
その為に私は此処に有るのだから。
「直ぐ向かう。九尾は魔剣を頼む。」
翠の瞳に強さが戻った。
その様子を見て、九尾は満面の笑みを浮かべ
王子・白帝城に恭しく一礼すると、来た時と同じ風の様に窓から姿を消した。
窓から入る風を感じて、ふっ…と息を吐く。
九尾には励まされたな…これは、借りにしておく。
私は私の出来る事を。
城の名の下、必ず皆を守ってみせる。
白帝城はトリコームのマントを翻し、決意と共に大股で歩き出し、部屋を後にした。
➖私は映画を観ているのだろうか?
それは突然の出来事だった。
見たこともない世界。
朝の爽やかな風がカーテンをふわりと揺らし、
窓辺のハオルチアの葉が、まるで宝石のように
光を跳ね返す。
私はただ、それを眺めていた…はずだった…。
目の前に広がる映像を現実味を感じられぬまま、ぼんやりと眺める。
アレは…ハオルチア達?
何で白帝城が…天使が…九尾が…え?
頭が混乱してる。何が何やら…
あれは…姿は変わってるけど、私の大事な苗達だ。間違いない。それだけは分かる。
白帝城はね……。
ふんわり白くて、ほんのり透明感のある葉をしてたんだ。
育ててた頃は、静かで品があって、どこか神殿の御守りみたいな雰囲気だったなぁ。
葉の表面には、細かくて柔らかい毛のようなものがあって――あれ、「トリコーム」って言うんだって。
植物に生えてる毛みたいな構造で、乾燥から守ったり、光を和らげたり、虫を防いだり……。
まぁ、いわば“鎧”みたいなものかな。
白帝城の葉っぱも、トリコームがうっすらとあって、
それがあの柔らかい白さを作ってたんだよね。
鉢は、黒い陶器にしてたっけ。
白い葉がより引き立つようにって、わたしなりのこだわりだったんだ。
冬の寒さにも強くて、けっこう頼りになる苗だった。
……で。人の姿になったら、
あんな王子様みたいなイケメンになっててさ!
あのふわふわ静かだった子が、今じゃリーダー格で、皆を守ってるんだから。
でも……変わってないのも、あるのよね。
静かで、凛としてて、周りのことを何よりも大切に思ってるとこ。それが葉っぱの頃から、ちゃんと伝わってた気がする。
…うん。白い葉も美しかったけど、
あの子の“今”も、ちゃんと凛々しいな。
そんなあの子達が…戦っている?
五葉って話してた。五葉って一体何?
頭の中は疑問付ばかりで、全く意味不明なんだけど。
何で私は声も出せず、動けずにこんな場面を見てるんだろう…夢なのだろうか…
私は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。
とりあえず、落ち着こう。
そして、暗転…➖