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すれ違う封書 2

unintended misdelivery 2



 もしかしたらさ。

 臨海パーク前のプロムナードで話をしたとき。

 イオさんにはもうすでに、おおよその答えが分かっていたのかもしれないって。


 そんなコトを、オレが思いついたのは――

 ずっとずっと、後になってなってからのコトだった。





 翌日の金曜日。

 昼休み、蒼は事務所近くのカフェで、同僚で先輩の森田と向かい合っていた。


「ほんとに、書留なんて心当たれへんし、なにがくるんやろうって思っててさ」


 大げさに頭を抱えてみせながら、森田はアメリカンのカップに口をつける。 

 蒼はブレンド。午後からの眠気覚ましがわりだ。


 今朝は、また雨だった。

 うっすらとした梅雨寒。たしかに、アイスコーヒーよりホットの気分にもなる。


「そしたらな、中身、知らん人の保険証だろ。ひょっとしたら現金でも入ってんじゃないかって、ちょびっと期待したのにな」と、森田がふざけた。


「結局、送られてきた保険証はどうしたんですか」

 蒼がそう訊ねれば、森田は「ん?」といって、財布を取り出し、


「まだ、手元にもったまんまだよ」と、カードを抜き取って見せた。


 ――どこかの健保組合。

 組合員の氏名は男性。

 

 あれ? 「送り主」は確か女性だったような。

 蒼はスマホの画像を確認する。


 そう女性だ。

 でも苗字が……同じだ、保険証の名前と送り主。

 つまり――?


「ああ、新井も気づいたか。うん、そうだよな。保険証と送り主、苗字一緒だよな。ほら、あれじゃないか? 家の保険証を家族の誰かが送ったんだろう。なんや分からんがか、見ず知らずの俺んトコに」


 ――家族。


 そういえば、昨日イオさんも言ってたっけ。

 えっと……「家族『以外』が、関係しているかもしれない」だっけ。

 

「オマエ、ほんなに気になるんか? とにかく俺にはさっぱり心当たれへんし。ま、何ぞの手違いやろう? 今週末にでもコンビニでほら、レターパックだっけか。封筒買って、この住所に送り返すさ。ほんで決着つくやろうし」


「かぞく」

 蒼が思わず呟く。


「そういえば、森田さんってご家族は……」


「うん? 親は岐阜にいる。あと、歳の離れた弟がひとりおるな。そうそう、いま、俺の前いた部屋に住んでるし」


「弟さんが?」


「アイツ、俺が異動になりよったタイミングで、あの部屋に転がり込んできて。まあ、弟も『色々あって家、飛びだしたぁ』みたいなとこもありよって。いちから部屋を借りるのも大変だったのは分かるし、しょうがないってコトで」





 そしてその日の夜。

 決算に年度がわりと続いた繁忙期も、やっとひと息。

 蒼自身、異動先でのシゴトに少しはなじんできた頃合いでもあり、ほぼ定時に会社を出られた。


 とはいえ、特に華やかな予定もない。

 惰性と習慣のまま、蒼の足はまっすぐマンションへと向かっていた。


 家の周囲には飲食店も多い。すこし歩けば大きな駅もある。

 明日は土曜で休み。どこかで夕食でも食べて帰ればいいものの、そんな習慣は生まれないままだった。


 大学時代からずっと寮暮らし。

 食事は必ず寮で。そんな習慣が十年近く続いていた。


 なにより、競泳選手として体調やウェイトの調整も必要だった。

 栄養バランスが考えられたメニューが食べられる寮の食事。

 外食なんて、する必要がない。


 そして、終業後は貴重な練習時間だ。

 退社後にひとり「どこかへ出かけよう」なんて、これまで考えたことも、したこともなかったのだ。


 いまさら、なにも頭に浮かばない――


「オレも『たいがい』しょうもないよな」

 思わず、蒼の口から愚痴めいた独り言が漏れる。


 「前向きな理由」があって、選手を引退したワケじゃない。

 すべてが不本意で、すべてがただ――


 ――自分のふがいなさのせいだった。


「新井。オマエも、あれだ……もうすこし、メンタル強いと思ってたがな」

 

 社員寮からの引越し前夜。

 練習終わりのプールへと挨拶に行ったときに、ボソリと呟かれた。

 監督の最後の言葉。


 いまだにそれは、蒼の心に刺さったままの棘だった――


 マンションのオートロックを鍵で解除し、ホールに入る。

 郵便受けを開けて、チラシとダイレクトメールをより分けた。


 あ、考えたら、家に食いモン「わかめ」しかないな。

 そう思いついて、蒼は思わず溜息を洩らす。


 コンビニぐらい、道を折れてすぐそこにある。数分歩けばいいだけのこと。

 なのに――


「めんどい」


 手にしたチラシをゴミ入れ用の段ボールに捨てて、蒼はそのまま階段へと向かう。

 住んでいるのは三階だ。エレベータ―を待つより早い。

 なにより、水泳部をやめてからはガクリと運動量が減っている。身体がなまって仕方がなかった。

 

 そろそろ、ジムにでも通おうか。

 なんて考えはするものの、実行に移せていなかった。


 どうせ家に帰ったって、するコトもないのにな。

 なにやってんだよ、オレ――


 そんな後ろ向きな言葉が、やたらと頭に浮かんでくるのは、梅雨時の重たい天気のせいだろうか。


「いや、単に運動不足のせいだな」


 溜息混じりに呟いたところで、下から階段を上がってくる足音が聞こえた。

 このマンションで階段を使う者などめったにいない。

 蒼は足を止めて振り返る。


「あ、やっぱり蒼くんだったね。後姿がチラリと見えたから追いかけてみた」


「……イオさん」


 蒼のところまで、イオが上ってくる。

 そして、いつもだったら決してありえないことに――


 イオの目線と蒼の目線が、ちょうどまっすぐに出会った。


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