やさしさの証 7
engraved in strength 7
イオが上着のポケットへと指を入れた。
そっと取り出したのは、ちいさな布袋。
それを握りしめ、イオは港へ視線を向けて語り出す。
「母方の祖母がね、サモア人なんだ」
あ、それで――
「だからセファさんと、あんなに会話が……」
そう口にした蒼を振り返り、イオはゆっくりと首を横に振った。
「僕は日本で生まれたし、周囲にサモア語を使う人もいなかったよ。母は多少は喋れたようだけど、僕にサモア語で話しかけるようなことはしなかった」
そしてイオは、海と空の境目へと視線を戻す。
「父の方の親戚は――五百蔵の家は、まあ、地方の保守的な家なんだよね。母はごく東洋風の見た目をしていたけど、それでも結婚を認めてもらうのは一筋縄ではいかなかったみたいだ」
蒼は相槌を打つこともできずに、ただ、イオの横顔を見つめ続ける。
「だからさ、蒼くん。『親戚一同』の中で、『僕』の居心地があまり良くなかったってコトは想像がつくだろう?」
「イオ……さん」
「母とは違って、子供の頃から、僕の『見た目』は違ってたからね。肌は浅黒くて顔立ちも大作りで。体格も明らかに他の子とは違ってた。それでも学校では、何かともてはやされることも多かったよ。相撲だの柔道だのって。でも……」
握っていた布袋をハンドパンの上に置き、イオがカフェオレのカップに手を伸ばす。
ゆっくりと、ひと口飲み下した。
「とりあえず、この体格だけで勝ててしまうだろう? だから、何でも中途半端だった。部活や道場で、自分と向き合って鍛錬している子たちに恥ずかしいと、ずっと心のどこかで思ってた……蒼くんみたいに真剣に水泳に取り組み続けてきた人を、本当に尊敬している」
「そんな、オレは……」
違うんだ。だって――
なんだかんだ言ったって、やっぱりオレは弱い。
負けたんだ。飛び込めなくなって逃げ出した。
身体を故障したわけでもない。年齢的に追い詰められてもいない。
本当はまだまだ泳げるはずの、頑張れるはずの人間なのに――
「蒼くん」
静かに、だが強い響きでイオが呼びかけた。
「あのね、君が今、泳げないことは『弱さ』でも『負け』でもない。これまで自分がやってきたことを否定しないで」
「イオさん……」
「ともかく、僕は幼い頃からずっと、力も体も持て余していたんだ。ずっとグラグラしていた。自分をどこに根付かせていいのか分からなくて。五百蔵の家に居場所はなかったから。母も、それを気にかけてくれてたんだと思う。子供の頃、何度かサモアに連れて行ってくれた。もちろん、あの国はいまだにたくさんの課題を抱えている。でも、僕にとってはいい思い出しかないんだ。日本と比べれば、何もかもが不便な場所だったけど、行くといつもホッとした」
イオは袋からペンダントを取り出し、それを自分の首に掛ける。
「……メラネシアやポリネシアのひとびとは、カヌーで太平洋に漕ぎ出でて、島から島へと移っていったんだ。海が続く限り、どこまでもどこまでもね」
昔話や歌の一節を手繰るように、ふわりとイオが口にした。
「サモアで、僕にカヌーを教えてくれた人がいた。力強く漕いで漕いで……地平線の向こう、遠くへと連れて行ってくれた」
イオがキュッと、ペンダントトップを握りしめる。
「彼は、僕に『誇り』を教えてくれた」
イオが、そっと静かに息を継ぐ。
「彼も誉れ高いソガイミティだった」
ソガイミティ「だった」――
蒼はイオの言葉を反芻する。
その、かすかに震える過去形の響きを。




