やさしさの証 5
engraved in strength 5
いきなりの、マシンガンみたいな蒼の問いかけ。
イオは、目を見開いて動きを止めた。
「今、ものすごく、いろいろなコトを一度に訊かれた気がするんだけど」
「えっと、ハイ……そう、です」
「うーん、ちょっと待ってね。蒼くん」
タトゥーを見せて騒いでいた男は、もう何杯目か分からないコーヒーのお替りに口をつけている。
イオが、ポットにたっぷりと淹れてくれていたものだ。
「最初に訊かれたのは……『この人って、サモアの人なんですか?』だったっけ。うん、そうだよ。彼はサモア人。名前は『セファ』」
自分の名前に反応して、セファがピクリと睫毛を動かした。
「セファ、この人は蒼くんだよ」
イオがセファに向き直って言う。
セファは大きく笑い、蒼に頷いてみせた。
「えっと、次はなんだったかな……セファが服を脱いで『ペア』を見せようとした『理由』だったね」
「……ペア?」
蒼は思わず、呟きで訊き返してしまう。
「ああ、『ペア』はサモアの伝統的なタトゥー。その中でも、最も重要なものだ」
「重要……?」
「そう、元々は戦士や首長のための成人儀礼だったとも言われている。ペアを身体に彫ることは、サモアの男性にとって大変な名誉だ」
数回発された「ペア」という響きに、セファがピクリと反応した。
身を乗り出して、蒼になにごとかを語り掛ける。
蒼にはやはり、その意味が全然分からない。
だが、セファのまなざしや口調から、とても大切なことを訴えようとしているのだとは理解できた。
セファは、喋りながら、何度も自分の腰や腿に両手で触れていた。そしてその仕草は、ひどく誇らしげだった。
っていうかさ。
なんでセファさんは、さっきから尻とか腿とかを触ってるんだろう――
「蒼くん」
イオがそっと呼びかける。
「ペアはね……腕や、肩や胸に彫るような、他のタトゥーとは全く違うんだ。入れる位置も決まっている。腰骨の上から膝下まで。前後左右、全部くまなく模様を刻むんだ。そうだね、きっと裸になったら、細かい模様のついたスパッツを身に着けているように見えると思う」
ぜんぶ……くまなく。
「それって」
「うん。ペニスの周囲もすべて。その後ろも、全部」
う、マジか。
「イオさん、それって、それって、とてつもなく痛いんじゃ……」
「……痛いよ。とてつもなくね」
そりゃ、そうだよな。
え、あれ。待って? その「即答」って、つまり――
イオさんも、それを?
「僕もセファと同じ。『ソガイミティ』だ」
「ソガイ…ミティ……?」
「スア・スルアペの手による、伝統に則った針とマレットを用い、正しい順番で、正しい位置に、正しい文様でペアの施術をまっとうした『大人の男』を差す言葉だ。それは尊敬に値する男にしか用いられない。立派な戦士、立派な男として認められた者だけが『ソガイミティ』と呼ばれる」
戦士。
尊敬に値する――男。
イオさんの佇まい、やさしさと強さ。
そのあり方が。
いま――
なんだか少しだけ、腑に落ちたような、納得できたような。
そんな気がした。
「なぜ、道端で服を脱いでタトゥーを見せようとしていたのか? 蒼くん、そう訊いたね?」
イオが、静かに話を続けた。
「それはね、ペアが『誇り』だからだ。二週間以上の激痛に耐え、家族や一族からさまざまな支えを受けながら、完全なる『ペア』を手に入れた。それは大人の男として最も誇らしいことだから。プライドの『証』なんだ」
蒼はひとつ唾を飲み下す。
そして、そっとセファへと目線を向けた。
この人は、自分のプライドの「証」を見せたいと思った――服を脱ぎ捨ててまで。
つまり、そうせずにはいられないほどに、セファさんは。
「なにか、ひどく『誇り』を傷つけられるような目にあったって……こと……」
蒼がそっと呟く。
「ありがとう、蒼くん」
イオが微笑む。
「分かってくれて、ありがとう」
イオがセファの肩をそっと叩く。
「そろそろ、彼を交番に連れて行かないと」
セファが立ち上がった。
イオも一緒に立ちながら、蒼に言う。
「きっと通訳が必要になるだろうから、事情聴取を手伝ってくるよ。帰りはかなり遅くなると思う……だから、話の続きは、またいずれ。日をあらためて」
「あの……っ、イオさん!」
蒼がすかさず、イオを呼び止める。
「待ってます。遅くなっても待ってます。だから、イオさんさえよければ……もし疲れたりとかしてなければ、話の続き、してください」
「……蒼くん」
「オレ、聞きたいんです、もっと。イオさんのこと……もっと。お願いします」
蒼が深く一礼する。
戸惑ったセファが、心配そうに、イオと蒼を交互に見つめた。
イオが、ちいさく溜息のように笑う。そして、
「分かった……とりあえず、行ってくるから」と言い置いて、事務所を後にした。




