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やさしさの証 4

engraved in strength 4



 男は、まるでしがみつくように、イオに抱きついていた。

 蒼も警察官も、あっけにとられながら、その様子を見つめ続ける。


 抱きつく男を抱きしめ返し、その肩をゆっくりと叩いてやっていたイオだったが、蒼や警官たちの戸惑いは、ちゃんと理解している様子だった。

 頃合いを見計らって、そっと男への抱擁を解いていく。

 すこしは落ち着いたのか、男もイオから身体を離した。


 イオはふたたび、男と目を合わせて語り掛ける。

 男はひとつ頷き、ズボンを引き上げて上着をととのえた。


 警察官たちは目くばせし合い、どうしたものかと戸惑いをあらわにする。


 そりゃ……往来で服を脱ぎ、かなり派手に騒ぎまくって通報されたわけだから。

 そのまま返すわけにも、いかないんだろうな。

 事情とか聞いて、書類みたいなものも作成しなきゃならないだろうし。


 蒼はそんな風に、隣に佇む警察官たちの心中をおもんぱかる。

 するとイオが、警官たちへ視線を向けた。


「この人、しばらくうちの事務所で落ち着いてもらってから出頭させます。きっと、もうすこし様子を見た方がいいと思うので」


 警官二人は、顔を見合わせて囁き合う。

 そして「分かりました」と、イオに頷いた。


 イオは男を連れ、通りの横断歩道をマンションの方へ向かって渡り始める。


 蒼は、その場に立ち尽くしていた。

 いまさら「朝マック」をしたいような気分でもない。


 イオからは、何も声を掛けられなかった。

 「一緒に帰ろう」とも「事務所においで」とも。

 だから、ひとり取り残されたような気がして。

 一体、自分はどこへ向かって歩いたらいいのかも、分からなくなった気がして。


「蒼くん」


 すこし離れた場所から、イオさんの声。

 ぐにゃりと、地面が波打ったように感じた。

 安堵? 喜び?

 そんなに不安になってたのか、オレって。

 なんなんだよ、この感情――


「もしマックじゃなくてもよければ、彼と一緒に、うちで朝ご飯を食べるかい? 佐倉さんの店にお願いして出前でも頼もうと思ってるから」 


 オレは、すぐに「ハイ」と返事ができない。

 でも、誘いを拒むこともできない。

 だって――気になるから。

 

 同じ種類のタトゥーを持つ男に、イオさんは、なにを伝えて落ち着かせたのか。

 そもそもイオさんはなぜ、その模様を自分の肌に刻もうと思ったのか。


 そして、きっとあらゆる全部のことと関係があるに違いない――あのペンダントについても。

 もう、なにもかもが気になって気になってしかたがないから。


「蒼くん?」

「いま……行きます」


 蒼はイオたちの後を追い、横断歩道へと駆け寄った。





 ソアラ綜合事務所には、なんと、佐倉さん自らが、モーニングを運んできてくれた。

「特別だからね」と、何度も念を押される。


 タトゥーの男は、最初の方こそ落ち着かなさげにしていたが、すぐにくつろいだ様子になり、運ばれてきた朝食を嬉々としてパクついていた。


 そして、男は蒼に向かって話し始めた。

 英語ではなかった。言われたことがまったく理解できず、蒼はただ、首を傾げるしかない。

 すると、イオが小さく笑う。


「どうやら彼、蒼くんもサモア語ができると思ってるみたいだね」


 イオが男に語りかける。

 男はつぶらな目をさらに大きく見開くと、大きく頷いた。そして、イオになにかを告げる。


「あのね、蒼くんにお礼が言いたかったみたいだよ。『さっきは助けようとしてくれてありがとう』ってさ」


「あ、いや……別に」


 うん。助けるっていうか。

 「下半身モロだし」は、さすがにヤバいって思っただけだから。


 なんだかすこしだけ、場に流れる空気が和らいだ気がした。

 いまなら……きっと訊ける。イオさんに。

 いや、今、決心して訊かなきゃダメなんだ。

 そうでないと――

 

 自分のことが、イヤでたまらなくなるから。

 ひとりで勝手にウジウジしてるのは、もううんざりだから。


「あのっ、イオさん。オレ、色々聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 つい力がこもりすぎて、怒っているような口調になってしまった。

 しかし、イオの答えは「うん、なんだい?」という、いつもの穏やかな色合いだった。


 いつもの優しい音色。

 蒼の心が、やっと解けていく――


 一体なにから、どんな風に訊いたらいいんだろう。

 すこし思考を巡らせてから、蒼は言った。


「この人って、サモアの人なんですか? なんで道端で服を脱いでタトゥーを見せようとしていたんですか? この人のタトゥーって、イオさんのとも何か関係あるんですか? あのペンダントもサモアの物なんですよね。イオさんのタトゥーと関係があるんですか」


 あ、全部一度に訊いちゃった――


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