まだ、開けられていない 6
the box not opened yet 6
「『仕組んだ』とは、穏やかじゃないね、蒼くん。でも……」
「でも?」
蒼がイオの真似をする。
「うん、実は僕も、今回の謎には『あのひと』――つまり大家さんのお母さんが関係してると思ってる。というより、他にあり得ないよね。マスターキーを管理してたのも彼女だし、あの家は二人暮らしだから、他者が関与する隙はない。暗証番号を変えたのが大家さんでないなら、やったのは、あのひとしかいない」
「やっばりイオさんも、いろいろ気づいてたんですね」
「確証はないけどね。手持ちの情報が少なすぎるから」
考え込むように少し黙ってから、イオが続ける。
「で? 蒼くんの推理、続きが聞きたいな」
「だったら、お互いに披露しませんか」
「ふふふ、いいね」
「じゃ、オレの続きから。まず、大家さんは暗証番号を忘れたり勘違いしたりはしていない。理由はさっきも言ったように、大家さんのお母さんの――あのひとの様子です。ボックスが開かなくて心配してるようには見えなかった。っていうか……落ち着かない感じ。いや、むしろ見張ってる? そう、見張ってるって感じでした。宅配ボックスを」
「なるほど……」
「オレが思うに、大家さんのお母さんは、自分宛ての荷物が届くのを待ってたんです。そして、それは絶対に見られたくないものだった。だけど同じ頃、大家さんにも急ぎの大事な荷物が届くことになった。それを知って、慌てたんじゃないでしょうか。たとえばタイミングが悪く、荷物を直接受け取れなくて、宅配ボックスに入れられたとしたら……大家さんが先にボックスを開ける可能性もありますよね。家に届いた荷物って家族が勝手に開けちゃうこと、あるでしょう。だから暗証番号をこっそり変えて、マスターキーもどこかに隠した」
蒼がひととおりの説明を終えた。
イオが頷いて、「それじゃ、僕の番だね」と話し始める。
「僕もほとんど同じ考えなんだよ。大家さんのお母さんは、事情があって大家さんに宅配ボックスを開けさせたくなかった。だから暗証番号を変え、マスターキーを隠した。でも、どうして大家さんに開けさせたくなかったのか? 蒼くんの推理は『自分宛ての荷物を見られたくなかったから』だね。僕も同じ考えだ。じゃあ、その荷物って何だと思う?」
「えっと……」
「もちろん、僕らには情報がないから、その部分は完全な想像だよ。でも、もし蒼くんに考えがあれば、聞いてみたいな」
「まあ、その……一応は考えましたけど、完全に妄想ですよ」
そう前置きしてから、蒼は話し始めた。
「届くのが『母親として息子に見られたくないもの』なんじゃないかって思いました。たとえば、昔の恋人から何かが届くとか、そんな感じで。その人の遺品の中に、大家さんのお母さんに関係するモノが見つかって、遺族が送ってくれたとか。昔のふたりの写真とか、ラブレターとか、日記とか。ひょっとしたら、結婚してからもお互いを忘れられなかったのかもしれないし……それが分かっちゃうような遺品だとしたら、息子には見せたくないんじゃないかって思うんですよ」
「蒼くんって、意外にロマンティストだね」
イオは軽く目を見開いてから、クシャリと笑う。
「ちょ……ちょっと! だってイオさんが聞きたがったんじゃないですか!」
「うん。そうだったね、ゴメンゴメン」
「じゃあ、イオさんは? 何が届くって思ってるんですか」
蒼が詰め寄ると、イオは短く唸って腕を組んだ。
「僕はね、お金に絡んだ話かなと思った。相続とか登記関連のこと。大家さんたちは、このマンションの他にも、不動産を所有してるのかもしれない。その場合、名義は誰なんだろうね。お母さんの可能性もある。たとえば、その不動産に抹消されていない抵当権が残っていたりするのかもしれない。もしかしたら、抵当権設定の経緯について知られたくない事情があるのかもしれない。そういうことを、息子に黙って処理するための書類が届く予定だったとしたら?」
「……イオさん、シビアですね。現実的というか」
「ついね、これでも代書屋だから」
ふたりは、冷めかけたコーヒーにそれぞれ口をつける。
カップに視線を落としていたイオが、ふと顔を上げた。
「蒼くん、さっき言ってたよね。昼間、玄関先で見かけたとき、大家さんのお母さんが何か言ってたって」
「ハイ」「それって、何を言ってたの?」
「たぶん、名前でした」「名前?」
「……あきひろ、だったと思います。大家さんの名前って『あきひろ』じゃないでしょう? 表札は違う名前だった」
「なるほど。それで蒼くん、ピンと来たんだ。昔の恋人の名前じゃないかって」
「え、まあ……そうです」
「ねえ、正解、知りたくないかい?」
イオが唐突に言った。
戸惑う蒼へ、イオが続ける。
「僕と蒼くん、どちらが正解か。もしくはどちらも不正解なのか。確かめてみようか」
「えっと……どうやって?」
「直接訊くんだよ」
「は?」
「大家さんのお母さんに聞いてみよう」
「い、イオさん? それって、ちょっと……どうなんですか」
蒼が責めるような口調になる。しかしイオは、穏やかに続けた。
「きっとね、あのひとも、誰かに話を聞いてほしいんじゃないのかなって。そう思うんだ、僕は」




