まだ、開けられていない 5
the box not opened yet 5
部屋に戻り、荷物を置いて、買ってきたシャツをハンガーに掛けた。
そして蒼は、ソアラ綜合事務所のチャイムを押す。
「開いてるよ」と、インターフォンの声。
「知ってますよ」は――声にしない蒼の返事。
「おじゃまします」
ドアを開ければ、イオはビールを片手に、調理の準備を始めていた。
「よかったら、蒼くんも」
そう言って、イオが冷蔵庫を指し示す。
何をどう作るのかは、イオに「おまかせ」だ。蒼は指示に従い、野菜を洗う。
ビールを飲みながら、ふたりは食材を刻んでいった。
そして、出来上がったのは「焼きそば」。
ただし、普通の焼きそばではなく、かなり本格的な中華風だった。
イオが中華街でよく買うという、揚げた麵のかたまり。
それを湯で戻しながら火を通し、野菜と炒め合わせていく……そんな作り方だった。
味付けも、オイスターソースや中国酢だ。
「こんな焼きそば、初めて食べました。美味いです」
蒼がもりもり食べ進む。
「食感が独特な麺だよね」
二缶目のビールを開けながら、イオが頷いた。
「なんかモチモチっていうか、ムニムニっていうか」
「一度揚げてあって、調理に時間がかからないのが便利なんだよ。あ、多めに作ってるから、蒼くん、おかわりして、よかったら」
そんな当たり障りのない、フワフワした会話を続けながらも――
本当はまったく「別のコト」を話したいのだと。
「ほかに話したいこと」があるのだと、蒼は自覚していた。
そしてそれは。
たぶん、イオさんも同じだ――
*
夕食を食べ終わる。
蒼が食器を洗う間に、イオがコーヒーの準備をした。
「この焼きそば、具っていえば野菜しか入ってなかったのに、満足度めちゃめちゃ高かったです」
フライパンについた洗剤の泡を流しながら蒼が言う。
「卵の麺なんだよ。ボリュームがあるから、肉がなくても十分なんだ」
そのまま、話題は今日買った「シャツ」のことになる。
店を紹介してくれたイオに、あらためて礼を言い、
「シャツの値段、いくらなのか全然分からなかったんで……最後までドキドキしてました」と、蒼が頭を掻く。
「そうだね、舘原さんのところでは、僕もいつも、正確には何がいくらするのか分からないんだ」
え――?
「たとえばシャツもさ。あれって直し込みの価格なのか、そもそも直し代は取ってないのかとか。いまだに僕も知らなくて」
「へぇ……」
「でもね、メチャクチャな価格を要求されないコトは知ってる。だから、蒼くんに紹介しようと思ったんだよ」
ふわりと、コーヒーの香りが漂い始めた。
蒼は一足先にソファーへ向かう。ドリップを終えたイオがカップを手に戻ってきた。
「あんなにカッコいいシャツ、オレ、初めて着ました。なんかシュッと見えて嬉しかったです。その……イオさんみたいで」
あ、今のって……ちょっと「おべっか」っぽかったかな。
蒼が、発言を後悔しそうになった瞬間。
「シャツじゃなくて、蒼くんがカッコイイんだよ」
と、イオが告げた。
「姿勢もいいし、背も高い。首も長くて腰も細い。仕事のスーツ、とてもよく似合ってる」
いつもどおりの穏やかな声で、スラスラと語られる誉め言葉。
蒼の頬がガッと熱を帯びる。
「だからね、キチンと身体に合うものを選んで着ればいいだけなんだよ」
腕組みをほどき、イオがカップを手にした。
恥ずかしくて照れくさくて、ろくに返事もできぬまま、蒼もカップに口をつける。
漂うコーヒーの湯気。
沈黙を少しだけ噛み締めてから、蒼がついに話を切り出した。
「大家さんちの宅配ボックス……どうして、いまさら開いたんでしょうか? っていうか、どうして今まで『開かなかった』んでしょう」
カップをテーブルに置き、イオがまた腕を組む。
「今の言葉って『疑問形』だったけど……蒼くん、ホントは『どうして』なのか、予想がついているんだよね?」
「あ、バレてます?」
照れ隠しのように、蒼がひとつ笑う。
「今日、イオさんと一緒に買い物に出かけたとき。あそこの玄関先に、大家さんのお母さんがいたんです。ドアの隙間から……外を見てて」
蒼が話し始める。少しだけ得意げに。
「それで、ふと聞こえたんです。あのひとが、何かを呟いたのが」
ただ、その時は気のせいだと思ってて、すぐ忘れちゃいました。
でも――
「でも?」
「昼に宅配ボックスの中身が出されてたって。さっき大家さんから聞いて、ピンときました。思い返せば、最初からオレ、あのひとが何か知ってるような気がしてたんです」
「『あのひと』っていうのは、大家さんのお母さんのことだね? 蒼くん」
「ハイ」
「じゃあ、今回の不思議な困りごとは、あの『おばあさん』のせいだって、蒼くんは考えてるんだ?」
「『せい』っていうより……」
蒼が少し勿体つける。
「今回の件は、あのひとが『仕組んだ』って……オレはそう睨んでます」




