まだ、開けられていない 2
the box not opened yet 2
「佐倉さんの喫茶店」を出て、ふたりは正反対の方向に別れた。
イオは別の区の区役所まで出かけるからと、地下鉄駅へ。
蒼は、いつもは使わないJRの駅へと向かう。
せっかくの平日代休だ。たまには少し「遠出」でもしようかな……と考えたのだ。
とはいえ、特別に「行きたいところ」があるわけでもない。
なんとなくで、手ごろな近さの鎌倉にでも行ってみることにした。
蒼はぼんやりと、横須賀線に揺られる。
いつも地下鉄にばかり乗っている蒼には、横須賀線の駅間が、まあまあ長く感じたし、車両にはボックス席もあって、妙に旅情がそそられた。
そうやって、何駅かが過ぎた頃。
蒼は、目を疑うような光景を見た。
山の中から――「なんか」が生えてる。
白いし、デカい。
「大仏」じゃないよな。鎌倉ってまだだよな。
ってか、なんだこれ。ええっと、もしかして……観音さま?
次駅のホームに列車が滑り入る。
蒼は思わず、電車を降りていた。
大船駅、か――
乗って来た車両が発車し、ホームの見通しが良くなる。
「結構、デカい駅だな」
ホーム……五面もある。それに、
「変だと思ったら。この観音様、山から『顔だけ』飛び出してるよ」
普通、仏像って「顔だけ」とかあるか?
しかも、やたら真っ白だし。
「……めちゃめちゃ不気味だろ、これ」
などと、相当に罰当たりなことを呟きながら、蒼は白い観音様を見上げた。
せっかく途中下車したのだ。傍まで行ってみることにする。
駅を出て、山のふもとに向かった。
観音様への案内看板はたくさん出ていて、それに従って歩けば、すぐに参道に行きついた。
住宅地の奥にある狭い道。結構な勾配だ。
登りきると山門があった。
参拝料を取られたが、別にぜんぜん高くはない。
あらためて真正面から巨大な白い像を見る。
「いや、ホントに頭だけだし……これ」
せっかくだからと、さらに階段を上り、間近に寄った。
どうやら後頭部側から、観音像の中に入れるようだ。
「なんで、こういう時ってさ。やたら『せっかくだから』って気分になるんだろうな……」
またもや、ひとり言を言いながら、蒼は観音様の胎内へも、一応足を踏み入れてみる。
観音像は、とても見晴らしのいい場所にあった。
ひととおり景色を堪能し、「さて、降りるか」と、あたりを見まわして、蒼はふと急な階段を見つける。
どうやらさっきの参道の坂道を下るよりは、階段の方が、ずっと早く下に着きそうだった。
蒼はタカタカと石段を下り始める。
その途中で、またもや気になるものを見つけた。
「モノレール、だよな。あれ……」
眼前に巨大なゴンドラのようなモノレールが走っていた。
なんか、なんでもあるな。大船駅。
完全にノーマークだったけどさ。
「あれって、普通に動いてて、誰でも乗れるヤツなんだよな?」
スマホで確認してみる。
別に「乗り鉄」でもなんでもないが、めずらしい交通機関は、やはりそそられる。
なんと、モノレールで「江の島」まで行けるらしい。
「じゃあ、そのまま『江ノ電』とかにも乗れるじゃん?」
行き当たりばったりな小旅行だったが、蒼の心はちょっとずつ、ワクワクしはじめていた。
*
大船駅で「鯵の押寿し弁当」というのを見つけた。
どうにも「そそられて」しまい、蒼はどこで食べるのかも決めないまま、買いこんでしまう。
とりあえずバックパックにしまって、モノレールに乗り込んだ。
車両は、ごく普通の住宅地の上を進んでいく。
自分のマンションから、電車でほんのニ十分もしない場所に、こんな不思議なモノレールがあったなんて。
遊び知らずで、ものぐさな自分自身に、蒼はあらためて呆れる気持ちになる。
やがてモノレールは、湘南江の島駅に到着した。
鎌倉も江の島も、海と言えば海。
横浜と同じと言えば同じだ。
とはいえ、広々と続く砂浜は、いつも見ている港とは、まったく違う印象だった。
江ノ電には乗らず、蒼はしばらく鎌倉方向に砂浜を歩いてみる。
そして、適当なところに座ると、買った弁当を取り出した。
押し寿司といえば、甘い関西風なイメージがある。
けれど買った弁当は、酢飯にも鯵にも甘味は少ない。ごくさっぱりした味がした。
見た目も、酢で締めた鯵の切り身が載った握り鮨を敷き詰めて、そのまま軽く押したといった風情。
錦糸卵、干しシイタケに佃煮……といった、賑やかな関西風の押し寿司とは似ても似つかない。
「これが、関東風の押し寿司ってヤツか?」
ペロリと食べ終え、蒼はまた歩き出す。
稲村ケ崎から江ノ電に乗り込み、長谷の大仏を見てから鎌倉駅へ向かった。
そのまま北鎌倉界隈も散策し、蒼はまた大船駅に戻ってくる。
そして、神奈川県では「根岸線」と呼ばれることも多い「京浜東北線」に乗って家路についた。
帰りの車内。
蒼がふと思い出したのは、大家の母親の顔だった。
オレ、ずっとどこかで気にかかってた。あの人のコト、あの人の表情。
なにか、あるんじゃないかって。
そうだよ。
たぶん、あの人は「知っている」んだ。
「どうして」宅配ボックスが開かなくなったのかを――
蒼の胸の中の「モヤモヤ」が、そこでやっと、ハッキリした言葉になった。
大船軒……昔は横浜駅とかで、たまに売ってたかもしれないけど。
今はないから、蒼は知らんかったのね。
鯵の押寿司、子供の頃はあんまり好きじゃなかったなあ。




