すれ違う封書 4
unintended misdelivery 4
室内には、鍋の後の匂いが漂っていた。
イオが少し、窓を開ける。
競技生活では、避け続けていた食材――
子供の頃に食べて以来の牡蠣は美味しくて。
なんだか自由を得たような感慨を覚える一方で、蒼は、ぽっかりと穿たれたような不安を感じてもいた。
「今日の昼休み、先輩の……森田さんから追加で話を聴いてみたんです」
ごくまっすぐに、蒼が話を切り出す。
「前の、名古屋の住所には、いま弟さんが住んでるそうです。転がり込んできた、って言ってました」
「なるほど」
イオは頷いて、顎先に指を当てた。
「森田さん自身は、ただの手違いだろうって納得してて。明日には保険証を送り返すつもりらしいです。レターパックで、送り主の住所に」
少しの沈黙のあと、イオが口を開く。
「その弟さんさ……ひょっとして、誰かと一緒に住んでるってことは?」
「え? いや、そういう話までは、ちょっと……」
「そうか、そうだね」
イオは顎先に添えた指先で、くちびるを撫でる。
「送り主の名前。森田さん自身には、やっぱり心当たりはなかったのかな」
「ハイ。ぜんぜん」
「うん、そうか」
イオがふわりと、顎先から指をほどいた。
「これは確かに『手違い』だね……でも送り先は間違ってなかったんだよ。宛名もね」
「……間違えて、ない?」
しかも「送り先も宛名も」って。どういうこと、それ。
「蒼くん、その先輩の電話番号とか……連絡先って知ってるかい」
「え、あ……LIMEなら、交換してます……けど」
「じゃあ、すぐに連絡してあげるといい。こう伝えてあげて。明日、保険証を送り返すのは『送り主』じゃなくて、もともとの住所宛てにするように、って」
「……え?」
もともとの宛先、って――
「引っ越し前の? 先輩の前の部屋ってコトですか」
ボヤっと問い返す蒼。
イオはすこし声を張ってこう続けた。
「そして、宛名は『弟さんの名前』にするように伝えてあげてほしい」
蒼は慌ててスマホを手に取る。
すこしずつ鍋の湯気が落ち着いていく部屋に、タップの音が小さく響いた。
*
イオに言われたとおり、蒼はメッセージを打ち終える。
ホッと一息ついて視線を上げると、イオと目が合った。
くっきりとした二重の、黒目がちな瞳。
濃い長い睫毛。
見つめていると、その目がやさしく細まって――
笑顔。
「既読は、まだつかないですけど」
蒼がスマホをポケットにしまう。
「……これで、物事はいい感じに解決するんですか? イオさん」
「たぶんね」
ふうん、そうなんだ……と、すこし腑に落ちなさげに蒼が呟く。
「でも、この前もそうだったけど、スゴイな、イオさん。なんか名探偵みたいに、いろいろパパッとわかっちゃって」
するとイオが、ゆったり首を横に振る。
「それはね、蒼くんが気づいて教えてくれたからだよ。この前もそうだった」
そして、食べ終えた食器を両手に持って立ち上がり、台所へと歩いていった。




