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すれ違う封書 4

unintended misdelivery 4



 室内には、鍋の後の匂いが漂っていた。

 イオが少し、窓を開ける。


 競技生活では、避け続けていた食材――

 子供の頃に食べて以来の牡蠣は美味しくて。

 なんだか自由を得たような感慨を覚える一方で、蒼は、ぽっかりと穿たれたような不安を感じてもいた。


「今日の昼休み、先輩の……森田さんから追加で話を聴いてみたんです」

 ごくまっすぐに、蒼が話を切り出す。


「前の、名古屋の住所には、いま弟さんが住んでるそうです。転がり込んできた、って言ってました」


「なるほど」

 イオは頷いて、顎先に指を当てた。


「森田さん自身は、ただの手違いだろうって納得してて。明日には保険証を送り返すつもりらしいです。レターパックで、送り主の住所に」


 少しの沈黙のあと、イオが口を開く。


「その弟さんさ……ひょっとして、誰かと一緒に住んでるってことは?」


「え? いや、そういう話までは、ちょっと……」


「そうか、そうだね」

 イオは顎先に添えた指先で、くちびるを撫でる。


「送り主の名前。森田さん自身には、やっぱり心当たりはなかったのかな」


「ハイ。ぜんぜん」


「うん、そうか」

 イオがふわりと、顎先から指をほどいた。


「これは確かに『手違い』だね……でも送り先は間違ってなかったんだよ。宛名もね」


「……間違えて、ない?」

 しかも「送り先も宛名も」って。どういうこと、それ。

 

「蒼くん、その先輩の電話番号とか……連絡先って知ってるかい」


「え、あ……LIMEなら、交換してます……けど」


「じゃあ、すぐに連絡してあげるといい。こう伝えてあげて。明日、保険証を送り返すのは『送り主』じゃなくて、もともとの住所宛てにするように、って」


「……え?」

 

 もともとの宛先、って――

「引っ越し前の? 先輩の前の部屋ってコトですか」


 ボヤっと問い返す蒼。

 イオはすこし声を張ってこう続けた。


「そして、宛名は『弟さんの名前』にするように伝えてあげてほしい」


 蒼は慌ててスマホを手に取る。

 すこしずつ鍋の湯気が落ち着いていく部屋に、タップの音が小さく響いた。





 イオに言われたとおり、蒼はメッセージを打ち終える。

 ホッと一息ついて視線を上げると、イオと目が合った。


 くっきりとした二重の、黒目がちな瞳。

 濃い長い睫毛。


 見つめていると、その目がやさしく細まって――

 笑顔。


「既読は、まだつかないですけど」


 蒼がスマホをポケットにしまう。


「……これで、物事はいい感じに解決するんですか? イオさん」


「たぶんね」


 ふうん、そうなんだ……と、すこし腑に落ちなさげに蒼が呟く。


「でも、この前もそうだったけど、スゴイな、イオさん。なんか名探偵みたいに、いろいろパパッとわかっちゃって」


  するとイオが、ゆったり首を横に振る。


「それはね、蒼くんが気づいて教えてくれたからだよ。この前もそうだった」

 

 そして、食べ終えた食器を両手に持って立ち上がり、台所へと歩いていった。


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