聖者の忠告
彼女にあったとき、それはそれは美しい人だった。
見た目はもちろんのこと、何より精神が美しかった。
人を罵らず、馬鹿にせず、「素敵」が口癖で、相手の素敵な部分を見つけることに長けていた。
私たちはお互いを気に入り、結婚に至った。
まもなくして、彼女は病に伏した。
精神的な病で、足腰も立たなくなり、とうとう寝たきりになった。
「もし、私が死んでしまっても、新たな妻を迎えないでください。」
彼女は健気にそう言った。
そう言われると人間と言うものは一途でいることを貫きたくなるものだ。
「私は貴方を失ったとしても、他の誰を選ぶことも無いだろう。」
そう言うと彼女は安心したように笑みを浮かべ、数日後、息を引き取った。
彼女は「もし、他の誰かを好きになることがあれば、いつも行く丘の頂の、一番大きな木の麓に手紙を埋めてあるので読んでください。」と、遺書を残した。
私は、絶対にそんな時は一生こないだろうと涙した。
そして、その後何年も月日が経つと、私はある女性に恋をした。
彼女も、美しい精神の持ち主で、いつも人を認め、人を悪く言うことは無かった。
いずれ、彼女が私に結婚を迫ったので、以前の妻に悪いと思いながらも、私は意を決して彼女と結婚することにした。
以前の妻の手紙のことを思い出したが、彼女とよく行った丘は切り崩され、すでに新興住宅街へと姿を変えていた。
結婚して幸せな日々が始まった矢先のことだった。
彼女はいつもの笑顔を携えながら、いつものように私をやわらかく抱きしめた。
そして、突如背中に何かが刺さる感覚がした。
それは痛みを伴い、私の身体を容赦なく抉る。
私が絶命する直前に見たのは彼女の笑顔だった。
親愛なる貴方へ
この手紙を読んでいるということは、貴方は私との約束を破り、新たに愛しい人を見つけたのでしょう。
しかし、貴方には言っていなかったことがあるので、今一度そのご結婚を踏みとどまることをお勧め致します。
それは、貴方が選ぶ人というのは「人の良い所しか見たくない呪い」の掛かった人だからです。
それは私もそうでしたが、そういう人は人の悪い所を見つけたときに、その人を殺してしまいたくなるほど、嫌いになるものなのです。
実際私も、貴方と結婚して数ヶ月が経つと、貴方を何度も殺しそうになったのです。
貴方は、付き合っていたころには見せない一面を持っています。
結婚すれば、人を物扱いし、どう扱ってもかまわないといった態度で、見下した態度をとり、精神的苦痛を与えます。
私たち妻は動物ではありません。
ぬいぐるみでもありません。
それを貴方は分かっていません。
しかし、私は貴方を愛していたので、自身を押し殺し、このような病気になってしまいました。
そして、私は貴方を真に愛しているので、この手紙を残します。
貴方が誰かを愛し、そして結婚した後、相手を奴隷のように扱わないことを祈ります。
もし、この手紙を無視すれば、今度は貴方が死ぬでしょう。
貴方が、苦しい思いをしませんように。
今まで黙っていてごめんなさい。
私は、人の悪い部分を指摘することが嫌いなので、このような伝え方になってしまいましたこと、お許しくださいませ。
貴方を愛す妻より
彼は、刺殺された後、ゴミのように山に埋められ、誰も死体を見つけることは無かった。