第一話--任務--06
俺たちは目標地点である、穴の外縁部に着いた。幸いにも「獣」には荒らされてはいない。
放置されていたクレーンを見ると、何日も放置されていた様にも見えず、まるでさっきまで動いていたかのようだ。調査隊の拠点であった場所を見ても綺麗に整理された装備が放置されたままだ。
「獣」に襲われた痕跡も無く、まるでこの場からヒトだけが消えたみたいだった。
「獣」は「ヒトならず者」と同じように記録上は無い物として扱われている。どの記録もログを探しても出てくる事は無い。「黒き森」と同じ、アンタッチャブルな存在なのだ。
しかし人類の脅威という点では「獣」の方が遥かに上だ。コイツらには知性もあれば、生きるという強力な意思もある。
通常コイツらは「都」から出されたゴミ漁りをしているだけだが、こちらが攻撃の意志を見せると、途端に攻撃的になる。
「ヒトならず者」と同じくコイツらも駆除対象となっている。
俺が見た限りで言うと、コイツらの個体の特徴として「裁き」以前に存在していた、動物の特性が色濃く現れている様に見える。それも、いわゆる猿人という進化論的な正当なものではない。もっとイレギュラーな形、何らかの力でヒトと動物が融合した様に見える。だから俺たちも動物を表す「獣」と呼んでいる。
無い物として扱われているコイツらは、ずっと昔、果敢にも「穴倉」を脱出した者達の末裔かもしれないと思われている。
「穴倉」を出た者達は、全て消息不明と正式には記録されているが、過酷な環境の中、適応したものがどこかで生き延び、子孫を残したのかもしれない。もし、そうなのであれば、今の地上の覇者はコイツらと言う事になるが、上の連中はそんな事をを認めるわけもない。暗い「穴倉」の奥から、現実を隠し、虚勢を張り続けるしか今の体制を維持できないのだ。
しかし、さすがに「獣」もこの穴の危険性は察知したのだろう。ゴミ拾いが得意な奴等でさえ、此処には近寄らないのだから。
〈このクレーンの状態と機材から、さほど長く放置されていたわけではなさそうだ。推定10日から2週間〉
「随分と早いな……」
この調査隊からの連絡が途切れてから、事故認定処理されるのに最低でも5日。その後すぐに今回の任務計画を立てたとしても、承認を受けるまでトータルで1週間から10日はかかるだろう。
問題なのは、今回のこの任務案件は、承認を受けてからすぐに優先事案として実行される緊急任務として処理されていることだ。
それは作戦立案から実行までの日数を考えればわかる。通常の処理日数と比べて、どう考えても立案から実行までの日数が短いのだ。しかし、俺の元に届いた指令書には「緊急」の二文字は付いておらず、通常任務として処理されている。
「ハンドラー」も、通常任務としての認識だろう。どう言うわけか、アイツは「緊急」の二文字が付いたら、異常に張り切る癖があるからだ。
今回の奴の対応は普段と変わらなかった事から、奴は知らないと考えて問題ないと思える。
それにしても、これを企んだ奴はの目的がわからない。奴隷である俺を消すためだけに、何故こんな、ある意味、強引な手段を取ってきたのだ?
奴隷である俺の命なんて、こんな回りくどい手段を取らなくても、どうにでもなるだろうに……
もし、こんな事が露呈したら、それなりの問題になるはずだ。それは俺の命ではなく、指令書の偽装という点だが……よっぽど、自分の所にたどり着けるはずが無いと自信があると見える。
こいつは相当な自信家で傲慢な奴だ。
もしくは……誰も手出しが出来ない存在か……
詮索はこれくらいにしておこう。今回の件も俺を狙った物ではなく、他の何かを隠すための隠蔽工作の一環かもしれない。藪を突いて蛇ならまだしも、大蛇が出てきたら眼も当てられない。
俺はもう一度、辺りを見渡した。不毛な大地にまるで地獄の底へと誘うようにぽっかりと口を開けた穴。随分と趣味の悪い景色だ。
これも俺の勘でしかないのだが、自然の造形物では無いからそう感じるのだろう。自然の造形物には、ある種の美しさが漂う。それはこの不毛の大地とて同じだ。しかし、この穴にはそれがまるで感じられない。
「神の矢」で空いた穴かもしれんな。
それにしてもこの大きさは俺の経験上でも初めてだ。
「この穴はどれくらい深さがあるんだ?」
俺はA.Iに聞いた。
〈おおよそ、40メートルと言ったところだ。磁気が乱れていて正確な測定が出来ない。クレーンから出ているワイヤーの長さで推定した。酸素濃度は問題無い。有毒ガス成分も検出されない〉
俺は穴の中を覗いた。どこまでも続く光を通さない闇。まるで底が見えない。
「とにかく潜ってみなきゃ何も始まらないってわけだな。放置されていたクレーンは動くんだろうな?」
せっかくだから、放置されていたクレーンを使わせてもらおう。この深さを潜るのに、俺たち単体では相当に骨の折れる作業になる。
〈クレーンは充分エネルギーも残っている。故障箇所も見当たらない。正常に作動する〉
A.Iに俺の意図している事が伝わったようだ。合理的で効率的だと判断したのだろう。
「クレーンのコントロールは任せるぞ。地下に潜る。準備しろ」
A.Iはクレーンと同期した。
息を吹き返し微かに音を上げたクレーンはゆっくりとワイヤーを巻き上げ始めた。ワイヤーの先には簡易的なゴンドラが付いている。調査隊がエレベーター代わりに使っていたのだろう。
なんだ?
俺は巻き上げられてくるゴンドラに不思議な物が載っているのを見た。
白い柱?……
〈成分分析する〉
A.Iが先回りしてきた。コイツも少しでもデータが欲しいのかもしれない。
ただし、この柱の成分分析をするまでも無い。俺はこの柱を知っている。俺は今までこの柱を何度も見ているのだ。俺の嫌な予感が現実味を帯びてきた。
〈塩だ。なぜこんな物が……〉
何を今さら……コイツも俺と一緒に何度も見ているはずなんだがな……
どうやらログを消されているらしい……明日は我が身、不都合な真実は闇の中ってわけだ。
ゴンドラが俺たちの前に降りてきた。ゴンドラが地上に降ろされた衝撃で、塩の柱が崩れ去った。
「脆いもんだ……」
〈いや、このクレーンは充分H.M.Aを下ろす強度を持っている〉
コイツ勘違いしてやがる。俺が言いたいのはそんな事じゃない。
ゴンドラのゲートを開け、俺は少し躊躇いながら、崩れた塩の柱を踏み潰しゴンドラに乗りこんだ。
ハーネスで「Helios」をゴンドラに固定する。
〈「Helios」の固定完了。降ろすぞ〉
クレーンの重い作動音が聞こえる。ゴンドラは静かに動き、闇の中に俺たちを降ろして行った。
次回の更新は28日、朝7:30となります。