第十話--贖罪--08
「今、何と言ったのですか?母様は私を愛してはいないのですか?」
Guilは先程迄の尊大な態度とは全く違う。まるで、母に置いて行かれた怯えた子供の様だった。
〈そんな事……そんな事ありません。私はあなたを……あなただけを……〉
聖母は、明らかに狼狽えていた。
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!母様は、あの男を!SINだけを愛していると言った!」
〈そんな事……〉
男は、聖母とGuilのやりとりを冷ややかに聞きながら、SINのプロテクトを外す作業を続けていた。もはや、聖母の妨害も無かった。
「これで奴は解放されたはずだ……」
機械を操作し終わった男はそう言って笑うと、聖母とGuilに向かって言った。
「人形と母子ごっこでもしていれば良い。それが機械になったお前にはお似合いだ……せいぜい、奥にいるオリジナルに気をつけるんだな」
聖母とGuilを嘲笑いながら、その場から消え去った。
〈待って!待ちなさい!SINを返して!〉
聖母の叫びはすでに男には届かなかった。
「あの男がいるから、あの男さえ消せば、母様は私だけの物になる。私は神になれる……」
Guilはそう言うと、よろよろとコントロールパネルのもとに向かった。
何を言っているのです。やめなさい!
聖母は、必死にGuilを止めようとした。しかし、Guilは、聖母の声も聞かずに、コントロールパネルを操作し始めた。
「γチーム起動!SINを殺せ!」
〈なんて事を!!〉
慈愛に満ちた聖母の声は、怒りに満ちた声に変わった。
〈お前は何をしたかわかっているのか!!人類を滅亡させるつもりか!!〉
「はははははこれで神になるのは私だ!私だけが、母様の願いを叶えられるのだ!ぐっ!」
Guilは、レーザーで額を撃ち抜かれてその場に倒れた。
〈所詮は人形……これで……これで……刻は動き出してしまう……人類の滅亡への時が動き出した……〉
「何だ!γチームが起動しただと?それも武装して!?キャンセルも効かないじゃないか!一体どうしろってんだ!」
「ハンドラー」が叫んだ。
「おい4!quattuor!!γが武装して動き出した!緊急指令だ!奴隷達を守れ!良いな!奴隷達を守るんだ!」
「ハンドラー」がβチームのリーダーquattuorに緊急司令を出した。
〈リョウカイ!SINハ?〉
「俺は奴隷を守れと言ったんだ」
「ハンドラー」は静かに答えた。明らかに含みがある。
〈リョウカイ〉
「チキショウ!何が起こってるんだ……何にしても俺が出来るのはここまでだぞ……SIN、早く目を覚ませ……」
「ハンドラー」の元に緊急指令が届いた。
〈速やかにγチームを撤退、収納せよ〉
「今更何を言ってやがる!それが出来ればとっくにやってるよ!」
「ハンドラー」はコントロールパネルを操作しているが、全く反応がない。
「チキショウ!プロテクトがかかってやがる!俺の権限では外せない!」
「ハンドラー」はホットラインを繋いだ。
男は、赤黒い霧に包まれた「H.M.A」を見ていた。
「刻は動き始めたが、さて、アイツはどう動くか……」
「これが、兄上の描いたシナリオなのか?随分と杜撰な物だな」
弟が兄の元に現れ、皮肉を込めた口調で言った。
「なんだ、まだ居たのか?とっくにラッパを吹く準備でもしているのかと思ったぞ」
兄も皮肉を込めて弟に返した。
「そんな事はどうでも良い!これが兄上の描いたシナリオなのかを聞いている!」
短気なものだ……
兄は、半ば呆れていた。そして、振り返りもせずに答えた。
「シナリオ?そんな物はあるわけないだろう。時は動き始めたのだ。これからの事なぞ、誰もわからん」
「このままでは、人類は消えるぞ。それは兄上の望む未来ではないだろう?」
兄は弟の問いには答えず、呟いた。
「過保護な母親に、子供の成長に戸惑う父親か……何にしても歪な親子関係だな……」
「無礼を承知で申し上げます。プロテクトがかかっており、私の権限ではγチームの制御が出来ません!このままでは、目標を破壊するまで止まりません!」
「ハンドラー」はホットラインを通して、聖母に悲痛な叫びを訴えていた。
こちらでも、指令撤回信号を送っていますが、受け付けません。プログラムを再構築しているので、それまで持ち堪えなさい。
持ち堪えろと言ってもできる事なんかあるわけが無いじゃないか……このままでは、SINの暴走だけでは無く、γチームまで暴走してしまう……βチームでは役不足だ……
絶望とも言える命令を「ハンドラー」は受け入れるしか無い。「ハンドラー」はβチームに改めて指令を出した。
「いいか!どんな事をしてでも、γを止めろ!絶対にSINを殺すな!」
「ハンドラー」はなりふり構っていられなかった。
奴隷達は、また創り直せる。しかしオリジナルのSINを失うわけにはいかん……
〈なぜ、指令を受け付けない?あの子は、私の知らない所で何をやっていたと言うの?迂闊だった、たかだか人形だと侮っていた……せめてSNだけでも止めなくては……また刻を戻す為にも……〉
聖母は「Helios」に緊急停止信号を送った。
【拒絶】
どう言うこと?
今度は、停止信号とSINの活動停止命令を送った。
【拒絶】【拒絶】【拒絶】【拒絶】【拒絶】
〈なんて事!?「Helios」まで私の命令を拒否するなんて!まさか!?あの男がこれまでやっていたというの?「Helios」まで私を拒絶するの!?〉
武装したγチームが姿を現し、手順に従いSINに対して威嚇射撃を始めた。
γチームは、他のチームと同じ構成だが、任務が少々異なる。
通常任務に加え、武力を持って敵を制圧、または排除するという物が追加されているのだ。しかし、現状、「都」には脅威となる存在は確認されてはいない。武力を持たなければならない理由なぞ無いはずなのだ。しかし、確かにこの武力を持った部隊が存在している。なぜこんな部隊が編成されているのか、それは「ハンドラー」のような末端の人間には知る由もなかった。
実際「ハンドラー」が彼らを運用するにしても、大きな制限が加えられているのだ。だから、今回の様な事態の場合、本来の運用責任者である「ハンドラー」の命令を受け付けなくなるのだ。
それに、彼らは、強力な「マインドコントロール」を受けている為に、既にヒトとしての感情が無い。任務以外では、ほぼ、眠らされている。食事も摂ることもなく、栄養分をチューブで直接身体に取り込んでいる。また、言葉を発する事もなく、感情に阻害される事なく、忠実に任務を実行する。その姿はもはやヒトと呼べる様な物では無い。
しかし、それこそが上の連中の扱いやすい道具であり、彼ら自身、自分達が、ただの道具であることさえわかってはいない。
「ハンドラー」にとっては、まだ、ヒトとしての感情が残っている分、βチームの方が、扱いやすかった。
感情が残っている分、戦いともなれば、躊躇するかもしれんがな……
「ハンドラー」の懸念は当たっていた。βチームは明らかに威嚇であれ、自分達が標的にされている事に戸惑っていた。いや、恐怖さえ感じているのかもしれない。
こんなんじゃ、勝負にもなりやしない。早く、新しいプログラムを出してくれ!
次回の更新は13日、朝7:30となります。




