第十話--贖罪--07
「Helios」が、ますます赤黒く染まりつつある様を、周りの奴隷達は、ただ恐怖を持って見ているしか出来なかった。
γチームを起こすか……いや、俺にそんな権限は無いし、例えあいつらでも暴走したSINを止められない……
「ハンドラー」は苦悩していた。自分の権限では、出来る事が限られる。その限られた手段では、SINを止める事は出来ないことを理解しているからだ。
このままじゃ、本当にSINは死神になっちまう……頼む……SIN……乗り越えてくれ!人類の未来を見せてくれ!
男は、闇に染まった翼を隠そうともせずに、長い通路を歩いていた。
あの頃と変わらんな……
男は、過ぎ去った遥か遠い日の事を思い出していた。
また、この通路を歩くとはな……
「うぐぐぐぐ」
SINの身体から、赤黒い霧が濃く湧き出し「Helios」と同じようにSINの身体を包み始めていた。
SINの身体にも赤黒い霧の影響なのか、変化が起き始めていた。そしてSINの身体の変化がそのまま「Helios」に影響していたのだ。
「うおおおおお」
SINは必死に抵抗をしていた。だが、いくら抵抗をしても、身体も心も、憎悪や妬みなどの負の感情の塊である、赤黒い霧に支配され始めていた。
「やめろ!やめろ!やめろおおおおおお!」
闇に染まった翼を持つ男は、豪華な扉の前に立っていた。
ここは、こんな悪趣味な意匠ではなかったはずだがな……
そう思いながら、扉に手をかけた。
バチンッ!
男に軽い衝撃が走った。
ふん、無駄な事を……
そう言うと、男は不敵に笑った。
〈このままだと、もう一人のSINが目覚めてしまう。強制的にSINを眠らせなさい!SINが使い物にならなくなっても構いません!命さえあれば、いくらでもリブート出来ます!〉
「しかし母様……」
〈このままだと、人類の未来が……〉
「もう良い加減、子離れしたらどうだ?」
男は、静かに言った。
「誰だ!ここには誰も入れないはずだ!」
男は、警告にもまるで臆する事なく、まるで神殿の様な作りの部屋の中央までゆっくりと歩いて進んだ。
男は、部屋を見渡すと、侮蔑を込めて言った。
「あの扉もそうだったが、趣味が悪い部屋だ……この部屋を見れば、創った者の趣味の悪さが良くわかる……」
「何を!無礼な!母様の御前で何を言う!神なる私の母の御前だぞ!」
男は、全く意に介さずに言った。
「ふん、くだらん。自称聖母に自称神か……所詮は機械と機械に作られた人形如きが!」
「何を!」
「うるさい、黙れ!目障りだ!」
男は、襲い掛かろうとした神を名乗る者に手を向けた。すると、神を名乗る者は声も無く、その場に崩れ落ちた。
「ヒトでも無い人形が何を言う。子供の教育がなって無い様だな。人形を創って母親の真似事をしている機械のお前には所詮、わからんか?」
〈ただの侵入者風情が、随分と皮肉の効いた物言いですね〉
聖母と名乗った声の主は、幾分怒気を孕んだ口調に変わっていた。
「皮肉では無く、本音なのだがな。気が付かなかったか?」
男は臆する事なく言い返した。二人の間に緊張感が漂う。
〈一体、あなたは何しに来たのです?ヒトのする事には介入しない事が、あなた方の理でしょう?それとも、わざわざ趣味の悪い嫌味でも言いに来たのですか?〉
男は笑って答えた。
「元がヒトとは言え、機械のお前があの御方の理を説くか!たかだか、人形の王気取りが!」
〈何をっ!お前の目的は何なのだ!〉
聖母は、怒りに震えた声で言った。明らかにさっきまでの慈悲に満ちた声とは変わっていた。
「目的?SINの解放だよ。お前が都合良く使っていた、人類の敵へと堕とされた男のな」
男は、冷静に、そして冷たく言い放った。
〈SINは渡しません。あの子は、新たな神となるのです。新たな神の筐体なのです。その為には、罪を償い続けなければ……人類の罪を償い、その力で人類を救うのです〉
「その為に、生き残った人類を巻き込んで刻を繰り返していたと言うのか?愚かな者の考えそうな事だ」
〈何だと?〉
「愚か者だと言ったんだ!お前は自分が人類を支配する為にSINを利用していただけだ!SINを言い訳にして最後のラッパが吹かれた時の逃げ道とする為のな!その為に全てを人形に置き換えたのだろう!」
男は怒りを込めた声で言った。
〈ぐっ……〉
聖母は何も言えなかった。
「図星か……所詮は機械の浅知恵か……くだらん……SINはお前のそのくだらない野望から解放するぞ。奴には何の罪も無い」
男は、コンソールに向かい機械を操作し始めた。モニターに全ての「都」の住人のデータが映し出された。
「ふん。これで支配しているわけか……」
ピュン!
「!?」
機械を操作している男に、レーザーが放たれた。しかし、レーザーは男の身体をすり抜け、床に焦げた穴をあけた。
〈すり抜けただと?精神体か!?〉
聖母は狼狽えて言った。
「今頃気が付いたか?俺には、物理的な攻撃は効かんよ」
男は、何事も無かったように操作を続けた。
「これか……」
モニターに、SINのデータが映し出された。
「なるほどな……何重にもプロテクトが掛けられてる……」
男は、プロテクトを外す為に操作を続けた。
〈待って、SINを連れて行かないで、私の大切な息子……〉
聖母の声は、また慈愛に満ちた声に変わり、男に懇願し始めた。
しかし、男は容赦無く言い放った。
「そう言いながらも、お前は必死にプログラムを防御しているな……言っている事とやっている事がまるで違う……よく、ころころと中身が変わるものだ。しかし、どちらのお前であろうと、SINはお前の子供では無い」
〈私たちの神となるべき者が……私たちの未来……〉
聖母は、ひどく狼狽していた。
「お前には、そこに転がっている人形があるだろう?せいぜいそいつと遊んでいれば良い」
男は皮肉を込めて聖母に言い放った。
〈所詮、それは偽りのコピー……オリジナルでは無い……オリジナルには成れない……私が大切なのはSINだけ……〉
男は、機械を操作しながら、ある気配に気が付いた。
「人形が目を覚ました様だぞ」
〈Guil!?〉
神を名乗る者、Guilが目を覚まし弱々しく立っていた。
「母様!」
Guilは、よろめきながら聖母に訴えるように言った。
次回の更新は10日、朝7:30となります。




