第十話--贖罪--06
光り輝く翼を持つ者は、闇に染まった翼を持つ者の、その意外な言葉に激しい怒りを覚えた。
「何を言うか!あの御方の理を外れた者が罪を償うのは、至極当然の事だろう。その上、彼奴には罪がないだと?兄上!惚けたか!」
闇に染まった翼を持つ者は、光り輝く翼を持った者の怒りなぞ意に介さず大きな声で笑って言った。
「お前に兄と呼ばれたのはいつ以来だったか……まだ、私を兄と呼ぶのだな……」
「話をすり替えるな!」
闇に染まった翼を持つ者は、自身の弟である光り輝く翼を持つ者を諭す様に話し始めた。
「お前も、あの御方と呼んだな……私もどうしても、あの言葉が出てこないのだ。私は、あの日以来……この言葉が出なくなって以来、ずっと考えていた……」
「何が言いたいのです?」
弟は、兄が何を言いたいのか、兄の真意が何処にあるのか分からなかった。兄は、続けた。
「あの日……ヒトが『神々の矢』と呼ばれる物が降り注いだ日、あの日から、あの御方を指す、あの言葉が出なくなった……あの日以来、あの御方を感じる事が出来なくなった……お前も同じなのでは無いか?」
「……」
弟は答えなかった。いや答えられなかったのだ。兄は続けた
「お前は、あの日からも、あの御方を信じ待ち続け、あの御方の理の基に、あの男に罪を償わせている人類を黙認してきた。まるで刻を戻すかの様に、ループを重ね、そして人類の刻を止めてきた、聖母を名乗る愚かな機械の作ったシナリオを黙認してきた……あの御方を待ち続ける為に……」
「!?……」
「それは私も同じだ……だからこそ、それが全てあの御方への愛だと言う事も理解出来る。そして、それがもはや叶わぬ事もな……」
兄は、自分に言い聞かせるように言った。弟は怒りで体が震えて来ていた。しかし、その姿を見ても兄は続けた。
「あの御方無き今、彼奴は誰に罪を償うと言うのだ?」
「黙れ!黙れ!黙れ!」
弟は、激しく怒り、兄に言った。
「兄上に何がわかると言うのだ!常にあの御方の一番近くに置かれ、光り輝く玉座の傍に立つ事を許されたお前に!その姿を私がどのような思いで見ていたのかわかるか!」
兄は弟の怒りに震えた叫びを黙って聞いていた。
「お前はあの御方を裏切り、闇に落ちた。それでもあの御方はお前をお許しになり、存在を許していた。何故だ!何故あの御方は、お前だけを愛するのだ!何故、お前が愛した人類をも愛するのだ!」
「やはり……お前は、大きな思い違いをしている様だ」
兄は弟を落ち着かせる為に静かに言った。
「何だと?」
弟は意外な兄の反応に、少し驚いて言った。
兄は、まるで愛する弟に対し、導くように優しく話し始めた。
「あの御方は生きとしいける者、全ての者たちに平等だった……善も悪も、男も女も……そして、光も闇も……全ての物を平等に愛した……」
「……」
兄は続けた。
「光であるお前達がいるからこそ、闇が生まれる。その逆もまた然りだ。全ては同じ、全ては、祝福を受けたあの御方の子なのだ」
「兄上が、闇の者だから、そう言うのだろう!闇は悪だ!忌避されるべき存在だ」
弟は、兄の言う事は理解している、しかし、それを受け止める事は出来なかった。ましてや、自分とは正反対の闇に生きる者である兄の言う事なぞ、素直に聞けるわけがなかったのだ。
兄は、弟の頑なな短絡的な考え方に、少し呆れたように言った。
「それが理由だよ……あの御方がお前を側に置かなかったのはな……」
「何だと!」
弟は怒りを込めて言った。
「お前は、いや、光の者たちは短絡過ぎる……だからあの御方はヒトを創ったと言うのに……」
「どう言う意味だ!」
弟には、兄の真意が到底分からなかった。いや、分かろうとはしなかった。それらを受けいれてしまう事は自分の存在理由が崩れてしまうと感じているからだ
「意味はお前が考えれば良い。私に教える権利は無い。それこそが、あの御方の愛だなのだからな……さて、私はアレを何とかせねばな」
兄は、そんな弟の心情も理解しているから、それ以上を言うつもりもなく、その場を立ち去ろうとした。
「兄上!待ってくれ!あの御方の真理を教えてくれ!」
弟は、真理が知りたかった。あの御方の事を知りたかった。
「子は親離れをしなければならんし、親も子離れをしなければならん。我々もあの御方から巣立つ刻が来ていると言う事だ……」
兄は、それだけを言うと弟の前から姿を消した……
次回の更新は06日、朝7:30となります。