第十話--贖罪--03
俺は、ギャレイに乗り込み、A.Iに指示を出した。
「各部のチェックを頼む」
〈了解〉
A.Iが短い返事を返してきた。
いつもなら、小うるさい小言があるような物なんだが……コイツも何かしら感じているのかもしれないな……
俺は、装備の選択を始めた。今回の任務は例のゴミ漁りだから、そこまで特別な装備は必要は無い。
「こんなもんかな。おい、装備を『Helios』に積んでくれ」
俺は、必要な装備をチェックし終えると、A.Iに指示を出した。
〈了解〉
何だかおかしいな……
俺は、流石に違和感を感じ始めていた。コイツはここまで大人しい奴では無いはずだ。俺のやる事に、一々難癖を付けてくるような奴だったはずだ。今回の装備でも、コイツが文句を言いそうな物もいくつか入っている。しかし、全く何も言ってこないのは流石におかしい。
再インストールでもされたか……
ログを消される事は今までもあった。任務自体を無かった事にするような事も何度もあった。直近で言えば、「卵」の任務も何事も無かったかのように改竄されている。
しかし、再インストールまでされるとは……
「黒き森」に関するデータは、上の連中にとっては、それだけアンタッチャブルな物だったと言う事に他ならない。
あの任務の記憶が抜け落ちている俺には、何が「上の連中」が隠匿しなければならない事なのか想像もつかない。少なくとも、俺には記憶の改竄がされてはいない。その証拠に「都合の良い記憶」が俺には無いからだ。
記憶を消されるにしても、「上の連中」は自分たちに都合の良い代わりの物を、丁寧に入れてくる。
ただ、俺は記憶が抜け落ちているだけだ……
しかし……
コイツは、再インストールされた所で、隠しコンテナから、今までのログを読み込めるはずだが、それさえもしていない。これではまるで別人格だ。それとも、しばらくは監視から逃れる為の芝居でもしているのか。
それにしてもおかしい……
俺は、さっきまで感じていた違和感が大きな疑念に変わっていた。
A.Iの再インストールと良い、奴隷達の俺に対する反応の変化と良い、何よりも姿が見えないαチームの事だ。俺の知らない所で、何かが起きているようだ。
いや、そもそもが「黒き森」のあの杜撰な指令からしておかしかった。
上の連中は、何を企んでいる?
俺を消したいのなら、こんな回りくどい事をしなくても良かろうに……死ねと命令をすれば良いだけだ。手が混み過ぎている。
今までも、上の連中のする事には、常に矛盾が孕んでいた。
明らかに俺を排除する為としか思えない指令を下すかと思えば、俺の命令違反とも言える行動を、まるで、どんな事をしてでも生き残れと言わんばかりのように見逃したりもする。
何をしたいのか到底理解が出来ない。俺が、奴らの思惑に振り回され、右往左往するのを見て楽しむような趣味でも持っているのなら話は別だが……多分にそれもあるだろうが……何にしても、奴らのやっている事は一貫性が無い。
とりあえず、今は目の前の事に集中しよう。
俺は、そう思うことにした。
何かが起こっているにしても今の俺には何も出来ずに受け入れるしか無い。何よりも、何が起こっているのかもわからない今の状況では対処のしようも無い。今の所は流れに身を任せるしか無いのだ。
流されるか、抗うかは、その時に決めれば良い。
〈ハンドラーから指令書が届いた〉
A.Iが無機質に言った。そもそもがコイツは機械なので、感情なぞ無いはずなのだが、再インストールされたであろうコイツは、以前にも増して感情が無く、ただ報告を伝えるだけの機械になってしまった。
つまらなくなった……
俺は、どこかでコイツとの会話を楽しんでいた所があったのかもしれない。
ただの機械の今のコイツとは会話なぞ出来ない。俺はどこかで寂しさを感じていた。コイツとの会話にも温もりを感じていたのだろう。
「指令書をインストールして、メインパネルへ」
〈了解〉
俺も、ただ必要な事だけをA.Iに伝えた。A.Iは短く答えると、メインパネルに指令書が映し出された。
映し出された指令書には、不審な所はない。いつものゴミ掃除と変わらない。ただ一つだけ、普段と違った所があった。
《報告、その他の通信は一切不要》
なんだ、これは?
いつもだったら、必要以上にうるさく言ってくるくせに、今回はするなだと?とうとう「ハンドラー」もここまで手を抜くようになったか……俺としては、嫌な奴の顔を見なくて済むのはありがたいが……
「なあ、これどう思う?」
俺はA.Iに聞いた。
〈……〉
予想できた事だが、機械になってしまったA.Iは何も答えなかった。
「まあ良い、時間だ。出るぞ」
俺は『Helios』を起動し、ゴミ拾いに出た。
次回の更新は26日、朝7:30となります。