第十話--贖罪--01
「うん?俺は何をしていたんだ?」
目が覚めた俺の記憶は酷く曖昧だった。意識が朦朧としていて、ほんの少し前の事でさえ思い出すことが出来ない。
「ここは?」
辺りを見回すと、どうやらここは「黒き森」の入り口らしい。
なぜこんな所にいるんだ?俺は何をしていた?
何かしらの任務でここにいるのは間違いは無いはずだが、その任務がどう言ったものかさえ思い出せない。
「おい!起きてるのか!返事をしろ」
俺は何の反応も示さないA.Iに怒鳴った。
〈どうした?何を怒鳴っているんだ?〉
A.Iが呑気に答えてきた。俺はA.Iの緊張感の無い答えが癪に触った。
「何を呑気な事を言ってるんだ。ここは何処だ?俺は何をしている?」
〈何を寝ぼけているんだ?大丈夫か?多少、心拍数が上がっているようだが〉
明らかにA.Iは呆れている様子だ。
俺が寝ぼけているだと?コイツは何を言ってるんだ?俺はついさっきまで……
俺の記憶から、肝心な部分が抜け落ちている?
どう言うことだ?俺に、俺たちに何があった?
いくら思い出そうとしても、何事も無かったかのようにまるで思い出せない。
誰が?何の為に?「上の連中」か?いや、まさかな……
いくら、俺の事が邪魔であろうとも、「上の連中」がこんな強行手段を取る筈がない。いや、ここまでやる必要も無いだろう。いくら、「上の連中」にとって、俺が目障りであっても、所詮は奴隷だ。こんな事をするほどの価値は俺には無い。
では、誰が……
俺は酷く混乱していた。全く状況が把握出来ていない俺にA.Iが言った。
〈疲れているんだろう。今回の任務は過酷だったからな。精神安定剤でも投与するか?〉
「いや、いい……少し混乱していただけだ」
俺は努めて冷静に答えた。コイツに余計な勘ぐりを入れられたくは無い。
〈そうか……〉
A.Iは何も無かったように答えた。俺の様子に多少の違和感は感じてはいるようだったが……
俺は、自分の身に起こった事を、出来る限り整理してみる事にした。
俺は「黒き森」の内部調査をしていたはずだ……
それは、マーカーログも残っているし、現にマッピングも済んでいるので、明らかだった。残されたログを見る限りでは、森の中心部まで俺たちは到達していたのだ。ここまでの記憶は、朧げだが残ってはいるみたいだ。
しかし……その後、中心部に到達してから後の記憶が全く無い……どんなに探してもログも見つからない。まるで中心部から瞬間移動したかのように、中心部から現地点までのログが抜け落ちている。
それも、中心部に到達してから3日も時間が経過していた……
考えれば考えるほどわからない……この抜け落ちた時間の間に何があったのか……何が俺の身に起こっているのか……
お前は罪を償わなければばならない……
何だ?
俺の頭の中に、この言葉が浮かんできた。
何なんだ?罪だと?一体、何の罪を償わなければならないんだ?俺が何の罪を犯した?
まるで訳がわからない。何でこんな言葉が頭に浮かんできたのか……しかし、おかげで、多少は冷静にはなれた。
「おい、レポートとログの整理はどうなっている?」
俺はA.Iに聞いた。多分、普段の俺と変わらないはずだ。
〈全てまとめてある。目を通すか?〉
A.Iも普通に答えた。
「いや、お前に任せる。なんか知らんが疲れた……『都』に帰還しよう」
〈了解した……その前に……〉
A.Iが言い淀んだ。
「その前に?」
何か気が付いたか?
〈コネクターに連絡を〉
そうだった……この混乱した中で、一番やりたく無い事が残っていた……
〈任務終了信号と帰還信号を打っておこう。今回は特殊任務だし、それさえしていれば問題は無いはずだ〉
A.Iが俺の中を読んで言った。珍しく気の利いた進言だ。正直、今の俺にはありがたかった。
「全部任せるよ。今は何も考えたく無い……」
これは俺の本音だった。今回の事は、自分の中で整理をつけるのに時間がかかりそうだ。もちろん、俺が納得出来る答えなぞ見つかるわけも無いのだが……しかし、わからない事、いや、理解出来ない事が多すぎる……
〈了解……〉
A.Iが無機質な声で答えた。
「今、SINから任務終了信号と帰還信号が届きました。どうやら、今回も生き残ったようですな……」
「ハンドラー」は静かに言った。
〈……〉
通信相手からの返答は無かった。その代わりに「ハンドラー」の元に一通の極秘指令書が送られて来た。
「ハンドラー」はその指令書を見ると、顔が一気に強張り思わず呟いた。
「ここまでやるのか……」
ヘッドセットを外した「ハンドラー」は手で顔を覆い、天を仰いだ。
ここまでやらなければならないか……
次回の更新は19日、朝7:30となります。