第九話--背負った罪--01
「その後、人類の間で燻っていた火種が大きく燃え上がり、お前の知る『神々の矢』とやらが各地に降り注ぐ事になった。私から言わせたら、ヒトが作った物に、あの御方の名を冠するなどおこがましいにも程があるがな……」
俺は、明らかにこの男がいう「あの御方」の名を語った人類に不快感を持っている様に感じた。
この男にとっては、滅亡のラッパが吹かれるわけでもなく、「あの御方」からの粛清を受けたわけでも無いのに、あたかも「あの御方」の仕業てある様に装うヒトの厚かましさに怒りを通り越して、呆れ果てていたのだろう。
「私が愛でたヒトが、ここまで浅はかで愚かだとはな……私は愚かであるが故にヒトを愛し、見守り続けていたのだが、流石にここまで愚かだと看過できん。しかし、私は、あの御方の造られた理から外れる事は許されてはいない。ヒトが浅はかな決断をし、愚かな道へ進もうとしていても何もすることが出来ない。歯痒くてたまらないのだ……」
この男は、結局はヒトに裏切られたとでも思っているのだろうな……ヒトに期待をしていたのだ……
俺は、この男の確信を探る事にした。
「お前は何を期待していたのだ?」
「期待だと?この私が?」
明らかに、この男の怒りが俺に向けられたように感じられた。
「俺から言わせれば、お前の言っている事は、物の知らない子供となんら変わりが無い……自分で勝手に期待をして、思い通りにならなければ勝手に失望をして腹を立てているだけだ。傲慢以外の何者でもないな……」
俺は、ここでこの男に殺されても良いと思っていた。
ここから出られなければ、この地で生き続けたとしても、なんの意味も無い。ならば、屈辱的な命乞いなどせず、言いたい事を言わせて貰おうと思った。それで、この男が気に入らなくて、俺に手を掛けようとも、それならそれで別にどうでも良い。どちらに転んでも俺には、何の意味も無い。何も変わらない。生きる事に意味を見出せない俺には、自分の運命を任せるのにちょうど良い機会ではないか。いささか他人任せな気もするが、自分で死ぬ事のできない俺には、都合が良い……
それに正直、この男の見下した態度にも腹が立っていた。
すると、男は急に笑い出した。
「お前は、あの男とよく似ている。あの男も私に何も臆する事なく接してきたものだった」
「あの男……?」
あの男とは誰のことを指しているのだ?俺に何か関わりのある人物か?
男は、俺の疑問に答えるように静かに言った。
「あの男とは……お前の父親と言うべき男だ……お前の創造主だよ」
「俺の父親……」
俺は、その話を聞いた時に、何とも言えない感情が湧き起こった。驚き、衝撃、喜び、恨み……それらが、複雑に絡み合っていた。
それと言うのも、俺は、さっきこの男から、俺は塵から創られたと聞いた。それ以前に、そもそもが、俺はクローンだと言われて育ったのだ、親の存在なぞ、無いものだと教育されていたのだ。
俺に父親?
何とも、奇妙な感覚だった。男は、そんな俺の表情を読み取り言った。
「お前でも親の存在は嬉しいのか?」
嬉しい?違うな……そう言った単純な感情とは違う……
「別に、そう言った感情では無い……それに、親と言われても、俺には何の思い出も無いしな……その男は、単に俺を創っただけだろう?ならば親とは言えないのではないか?」
男は、少し笑みを浮かべると
「いや、そうでも無いな……あの男は、お前に思いを託しているのだから……」
「思いだと?」
「そうだ。あの男からすれば、願いとも言うべきものかもしれないが……」
ずいぶん勝手なものだな……勝手に創っておいて、自分の願いを押し付けるだと?身勝手にも程がある。
俺はそう思った。
それに、今の俺に何を託したいのだ……奴隷の俺には何もできやしない。なす術もない。ただ、毎日を理不尽な任務に追われ生きているだけだ……
俺は男に怒りを込めた疑問をぶつけた。
「その男は俺に何を託したいのだ?俺を創った男の願いとは何なのだ?」
男は、少し考えて、静かに話し始めた。
「お前を創ると言うことは、あの御方の理に外れることは話したな」
「ああ」
「私は、お前の存在を知った時に、あの男を責めた。理に外れる事をして、あの御方になったつもりかと」
男は大きくため息をついた。
「しかし、あの男はお前を種だと言った……」
「種?」
俺が種だと?俺に何を期待していたのだ……俺には何も出来やしない。期待外れもいい所だ……
男は感慨深げに言った。
「お前に人類の先を見せて貰いたかったのだろうな……理から外れたお前が何を為すのかを……」
「勝手な事を……」
俺は吐き捨てた。
そんな俺を見て、男は笑って言った。
「ああ、勝手だな……しかし、親なんてそんな物だ」
親?勝手に創っておいて、何を言っている……
俺の中に何とも言えない複雑な感情が渦巻いている。大半が勝手に俺を創り、思いを託した者に対する怒りなのだが、微かにそれとは別の感情もある。ほんの微かだが……それが、また俺をいらただせていた。
男はそんな俺の感情を知ってか知らずか、いや、きっと俺の中を覗いたのだろう。俺を諭す様に言った。
「お前の感情も分からんでもないがな……お前からしたら理不尽な事だろう。しかし、私も見てみたいと思った。お前達に知恵をつけるように唆したのも、それが見たかったからなのかもしれん」
「それこそ、理不尽だろう。お前達の気持ちなぞ、俺には何の関係も無い。そんなお前達の勝手な思いに応える義務なぞ無い」
俺は冷たく言った。
俺には、お前らの勝手な思いなぞ関係ない。勝手に思いを託し、期待をされても迷惑だ。何も応えられる事が出来ない俺にはお前らを失望させる事しか出来ない。
「お前からしたらそうだろうな……」
なんだ?随分と物分かりが良いな。
俺は、この男の態度の変化に戸惑っていた。
「しかし……残念ながらお前は逃れる事は出来ない……出来ないのだ」
「どう言う意味だ?」
俺は男に聞いた。
一体、何から逃れることが出来ないと言うのだ。
男は、冷静に続けて言った。
「それが、あの男が侵した罪、そしてそれを引き継いだお前の贖罪だからだ……」
どう言うことだ?罪?俺に何の罪がある?こいつの言っている事は理不尽極まりない。俺には何の意味も無いではないか。
俺は酷く混乱していた。全く予想もしていなかった答えが返って来たからだ。
罪を俺を創った男から引き継いだだと?ふざけるな!その思いだけではなく、罪まで引き継げだと?それがたとえ親だとしても、ひどい話じゃないか!
男は冷静に冷たく言った。
「お前に言っただろう。ヒトは理不尽であると……お前がこの世に創り出された時から、お前は罪を背負っているんだよ」
「ふざけるな!そんな話があるか!勝手に創り出しておいて何を言っている!」
俺は怒りが込み上げてきた。目の前のこの男に、そして俺を創った理不尽な親に。
男は、そんな俺を無視して続けた。
「残念だが……もうタイムリミットだ……お前は、また贖罪の旅を続けるが良い……残念だ……本当に残念だ……」
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