第八話--邂逅--09
「お前は……お前は……どんなに綺麗事を言っても、一線を超えた!超えてしまった!!」
男は溢れ出てくる怒りの感情を抑えきれなかった。サカガミは黙って聞いている。
「ロボットやクローンに飽き足らず、こんな物を創ってしまったお前は、神にとって代わろうとする愚か者だ!!今すぐラッパを吹いてやる!」
男は怒りに震えてサカガミに言い放った。しかし、限りなく神に近い存在であろう、この男の恫喝を受けても、サカガミは冷静だった。
「これが私の言った種です。これの存在が、神に造られ、どんなに足掻いても神の理から外れる事が出来ない人類の枷というものから逃れる事が出来るのです」
男は、サカガミの言っている事に、到底納得をする事が出来なかった。出来るはずが無かった。
「この世界は神の創った物だ!お前がしている事は、神の創ったこの世界を壊し奪い取ろうとしている事だ。それをわかっているのか!」
サカガミは大きく頷いた。
「その通りです。これは、人類を創った神への叛逆に他なりません。しかし、真の解放とはなんでしょうか?神が創った最大の矛盾、神の運命から逃れるには、この方法しか無いのです。私は、真の解放を迎えたヒトの未来を見たいのです。希望を見たいのです。その為ならば、私は神の創ったこの世の罪を全て、この身に背負いましょう」
「何がそこまでお前を変えた?」
男にはサカガミの言っている事に到底理解できなかった。
「この世の全ての物は同じ神から創られているのだ。どんなに抗った所で、所詮、創造主である神の手のひらで踊っているに過ぎない。神から逃れる事なぞ出来ない。それが神が創った矛盾!それが神に創られたお前達の運命なのだ!」
「その通りです。私は、仲間達とヒトの矛盾を解き明かす研究を進めていても、絶望しか感じませんでした。それは、この矛盾は、あなたが言うように神が創った物だからです。人類の本質は、どんなに神に抗おうと、変わる事はありません、変わる事は出来ません。それがまさに神の矛盾、運命なのですから……ならば、運命から逃れるのは、その運命を創った者から逃れるしか無いのでは無いですか?」
「運命から逃れた先には何がある?神から離れたお前達には何がある?お前達は神の写し身なのだぞ!」
男は怒りを込めて言った。
それも当然の事であろう。自分を創った大いなる存在を、サカガミは否定したのだ。
神の行う事は全て是であり、否はあり得ない。いくら闇に生きる者であってもそれは変わりない。神を否定する事は、神に創られた者には、到底ありえない事なのだ。神を否定する事は、この世の全てを否定する事になるのだ。
サカガミは笑みを浮かべ答えた。
「そんな物わかりませんよ。だから私は託すのです。この神の運命から解き放たれた者にね」
男は、蔑むように言った。
「随分、無責任な物言いだな」
「だから、あなたにお願いがあるのです」
「願いだと?随分と都合の良い事を言う。お前の否定する神から創られた私に願いだと?」
男は、サカガミに怒りのこもった皮肉を言い放った。
何を今更、言っているのだ。神の写し身である自分自身の存在さえも否定する事になるのに、神に創られた私に願いだと?
「しかし、あなたは神の行う事に疑問を持っている……違いますか?」
「!?」
サカガミの言った事は、男にとって正に図星と言える物だった。
男は神の行う事を否定はしないが、ある種の疑念は常について回った。だから、ヒトを唆し、楽園から追放されるように仕向けたのだ。神に逆らう者の行く末を見たかったのだ。
そう言った意味では、私も共犯者だな……サカガミの様なヒトが生まれた責任の一端は私にもある。
男はそう思うと、黙ってしまった。サカガミは男の心情を見透かしたように言った。
「私の言いたい事が理解していただけたようですね。あなたも見たいのでしょう?だから、あんな事をしたのでしょう?それこそ、神への叛逆では無いのですか?」
男はサカガミの言い方が気に入らなかった。
「それは脅迫か?私には脅迫なぞ通じんぞ」
男は嫌悪感を露わにし、サカガミに言い放った。男はヒトには到底及ばない大きな力を持っている。ここで、力を使いサカガミを消せば、この世の理が壊れる心配は無くなる。
「いやいや、そんな事はわかっていますよ。だからお願いなのです。それにあなたは私を消せませんよ」
これも男にとっては図星だった。
男は、人類の先に抗い難い興味を持ってしまっていたのだ。しかし、サカガミの言っている事を肯定する事は、神の理の中で存在する男には出来なかった。
男の中で葛藤が生まれていた。
「お前の願いとはなんだ?言ってみろ」
とりあえず、男はサカモトの願いを聞いてみる事にした。受け入れられない物であれば、拒否をすれば良いだけの話だ。
サカモトは、カプセルを指差して言った。
「この中の子を見守ってあげて下さい」
サカガミの酷く単純な願いに男は少し拍子が抜けた。
「それだけか?」
「それだけです」
サカガミは笑顔で答えた。
「あなたと違い私には、この子の行く末を見守る時間がありません。私には、残念ながら私の研究の答え合わせが出来ないのです。だから、あなたに見てもらいたいのです」
「私が、この存在を壊す事も出来るとは考えないのか?」
男は皮肉を込めて言った。
「それならば、それで答えが出ますから……神からは逃れる事は出来ないと言うね」
「なるほどな……」
男は考え込んでしまった。この存在を許す事は神への叛逆となる。しかし、自身に湧き立つこの好奇心からは抗えそうにも無い。
ならば、サカガミの願い通りに見守ってやろう。神の大いなる意志の一端が見えるかもしれない。私の存在理由がわかるかもしれない。
「どうやら、利害が一致したみたいですね」
サカガミは笑って言った。
「見守るだけだ。それ以上の事は、その場で決める。この存在が取るに足らない物であれば、私は何もしない。それで良いか?」
「ええ、それだけで構いません。私の代わりに見ていてやって下さい。約束ですよ?」
「ああ、わかった。私の存在が続く限り見守る事にしよう」
男はそう言うと、サカガミの前から消えた。
そして、この事があってから、男は、またただの傍観者に戻った。
次回の更新は12日、朝7:30となります。