第八話--邂逅--08
サカガミは、男の吐き捨てた言葉に失望を感じていた。
「あなた方寿命が無い者にはわからないでしょうね。永遠の時……それこそがヒトが求める究極の物なのですよ」
「馬鹿げている……」
サカガミは笑って答えた
「ここにいるクローンは全て、権力者のコピー達です。そう、ここにいるクローン達は、意思のない人形、全て権力者たちの予備パーツです。権力者達は、永遠の命を得る為に自分の予備を作る事を条件にこの施設の建設をスポンサードしているのです」
サカガミは自虐的に笑って続けた。
「あなたの言うように、ヒトは浅はかで愚かですね。権力者達は民の事を考えずに、自分の保身の為だけに権力を使い、民は民で、それを咎めもしない。中には権力者に対し、媚を売る者も出てくる……かく言う私もその1人ですが……」
男はサカガミの真意を計りかねていた。この男はヒトの未来を誰よりも憂いていたはずだった。
ならばなぜ、こんな事を……なぜ権力に媚を売るような真似をするようになったのだ……何が彼を変えたのだ。
男の考えている事を見透かしたようにサカガミは言った。
「あなたの言いたい事はわかります。しかし、理想だけでは何も成し遂げる事は出来ないのです。権力を持たなければ、ヒトを救う事が出来ない。今は、ヒトの道に外れていても、いつかは……」
サカガミは首を降った。
「いや、これは私の理想論であり、希望でしかありませんね。科学者らしくない事を言いました」
男はサカガミに聞いた。
「お前は、このまま神の理に反し、権力者の犬として生きていくのか?」
サカガミはここでも自虐的に笑った。
「さあ、どうでしょうね。この先、このまま続いても、これが私の導き出した答えになるとは思ってはいません。しかし、権力に逆らっても意味のない事ですよ。逆らっても何も変わらないのです。私の研究のみならず、一緒に研究をしてきた仲間全てが無かった事にされるだけです。そうなってしまったら……人類の最後の刻、ラッパが吹かれるのを待つだけです……」
「お前が存在していれば、ラッパが吹かれないと?随分傲慢だな」
男は、サカガミに侮蔑の意味を込めて言った。
「ははは、なかなかきつい事を言いますね。まあ、あなたならそう言うと思っていましたが……」
サカガミは得体の知れない存在であるこの男に、ある種の信頼を寄せていたのだ。
この男は、いわゆる宗教の教えにあるような悪の存在では無い事は、今までの付き合いでよくわかっていた。この男も、手段がヒトとは違うだけで、私たち研究者と同じ、ただ単に真理を追求している探究者なのだ。
「光があれば、闇もあり、正義があれば、悪もある……しかし、そんな二元論で言い表せる程、この世の中は単純ではありませんよ……」
サカガミは呟くように言った。
「私1人がこの世からいなくなっても、この世界は何も変わりません。しかし、私の残した者が残る。それがこの世界を変えるかもしれない……」
男は悲痛とも言えるサカガミの話を黙って聞いていた。男は、サカガミの心の葛藤に気がついたのだ。
「私の残した希望、その者に、この世の全ての罪を背負わせるかもしれない。しかし、今の私には、それしか出来ないのです。時間が無いのです……」
「時間?」
おかしな事を言う。確かにヒトの寿命は短い。しかし、サカガミの年齢から言えば、まだ時間などいくらでもあるでは無いか。それに今すぐ天使どもが滅亡のラッパを吹くわけでもあるまい……
サカガミはこの男の疑問に答えるように話した。
「ヒトというのは、とてつもなく罪深い生き物です。命を奪わなければ生きてはいけない。ただ、単純に生命を維持する為の殺戮であれば、まだ許容出来るでしょう。人だけではなく、この世のあらゆる物は生き続ける権利があるのですから。それは全てにおいて平等です。しかし、ヒトは違います。傲慢になり過ぎました」
男はサカガミが何を言いたいのか理解した。サカガミは話を続けた。
「あなたのお陰で、ヒトは文化を持つ事が出来ました。その反面、残念ながらヒトは争うきっかけも手に入れてしまいました。強い者は手に入れ、弱い者は奪われ続けました。奪われた者達は、奪った者に対し憎しみが生まれ、奪った者は、奪われた者に対し、蔑み、侮蔑の目を向け傲慢になっていきました。お互いに憎しみ合い、争いの種は消える事はありません。憎しみの連鎖です。ずっと我々を見てきたあなたならわかるでしょう?」
「ああ、その通りだな。ヒトは本当に愚かだ……何度も同じ過ちを繰り返す……」
「そうですね。そして、その過ちがまた繰り返されるのです。何年先になるかはわかりませんが、必ず同じ過ちが繰り返されます。私が時間が無いと言った理由がそれです。今度は人類が滅亡するかもしれません」
「そこまで愚かでは無いだろう?」
サカガミは笑いながら答えた。
「いえ、充分に考えられます。なぜなら、エネルギーや食料が枯渇し、民族間の対立も根深く、権力者達は自国、いや自分の保身の為に奔走し、他者の事を考えません。強い者はより傲慢になり、搾取し続け、弱い者は反発を強めるだけです。もう人類は行き着くところまで来てしまったのです。これを愚かと言わずなんと言うのでしょう?」
「確かにな……」
「私も、強者の言うがままに動かされています。残念ながらそうしなければ生きていけないのが現状なのです」
男はため息をついた。
私が希望を見出していたヒトがここまで愚かだとはな……神はこうなる事がわかっていたのだろうか……ならば、私がした事は無駄な事だったのだろうか……
サカガミは男の疑念に答えるように言った。
「楽園にいたままであれば、ヒトは幸せだったとは限りません。ただ、ヒトは歩む道を間違えただけです」
「そうだろうか?」
「そうです。それに、人類が滅亡するとも限りません。少なくとも生き残った人々が新しい文明を築いていくでしょう。今はそれを祈るしかありませんが、その為の種は残していきたいと思います」
「種?」
サカガミは、コンソールのボタンを押した。すると、床からカプセルが迫り上がって来た。中には胎児のような物があった。それを見た男は驚愕し震えた。
「これは……お前は何をやっているんだ!」
「やはりわかりましたか?そうです。これはあなたの想像した通りの物です」
次回の更新は8日、朝7:30となります。