第八話--邂逅--07
サカガミが入ると、ここも灯ひとつ無く、暗い空間が拡がっていた。
サカガミは慣れた様子で、暗闇の中を歩き始めた。すると、順路を示すように足元に灯りが点いた。
「今は、慣れましたけどね。この暗闇には難儀しました。侵入を少しでも遅らせる為の小賢しい細工なんですけど、あなたには通用しませんね」
男は、辺りを見回してみた。
今、サカガミと歩いているここは、どうやら長い廊下だな。隣は、なるほど、ガラスで区切られているが、工場だ。
「そんなに、観察しなくてもあなたには後で全て説明しますよ。どうせ、あなたはフリーパスでここに入れてしまうのですから」
そう言うとサカガミは笑いながら立ち止まり、手元のタッチパネルを操作した。すると、ガラスの向こう側の工場に明かりがつき、工場全体を明るく照らした。工場の中には、人型の大きな機械が立っていた。
「ロボット……?」
「そうです。これが、先ほどの格納庫に収容される人型の重機です。私が基本設計をして、ロボット工学専任の研究員が作っています。人が大きく力持ちになれば、何を作るにしても便利だろうと言う子供のような発想からですよ」
「ははは……笑わせてくれるな……」
男は、皮肉を込めて言った。
「そんなにおかしいですかね?」
サカガミには、男の皮肉がわからなかった。
「違う、私が言いたいのはそう言う意味ではない。もしこれが武装したら、相手にはとてつも無い脅威になる。物を創れると言う事は、その反対の破壊も可能だと言う事だ」
「……」
サカガミは黙って男の話を聞いていた。
「先程、お前はこれを13体作ると言っていたな。それも12使徒と嘯いて……13人目の裏切り者を使って神に戦いでも挑むつもりか!」
「……次に行きましょう……」
サカガミはそう言うと、黙って歩き始めた。男もそれ以上何も言わず、サカガミの後を付いて行った。
奥まで進むと、またドアがあり、サカガミはセキュリティボックスを開け、パスワードを打ち込んだ。
〈パスワード確認〉
扉が開くと、そこはエレベーターだった。
サカガミは中に入ると、タッチパネルをなれた手つきで何やら打ち込んだ。ドアが締まり、静かにエレベーターが動き始めた。
「このエレベータは、さほどセキュリティが厳しく無いんだな。パスワードだけで入れる」
先ほどの事が無かったかのように男はサカガミに声をかけた。
「よく見てますね。基本、私と限られた者しかこのエレベーターには乗れませんから……実はこのエレベーターのセキュリティには、我々の生体データが記録されていて、そのデータに無い者が乗ると……ばん!」
サカガミはエレベーターの一角を指差し、
「あそこからレーザーで撃たれておしまいです」
「なるほど。いやらしい仕掛けだ。パスワードのみって言うのはダミーって事か」
サカガミはニヤリと笑って、
「まあ、そう言う事です。しかし、やはり、あなたの事はここのセキュリティシステムでも認識しないのですね」
エレベーターは静かに止まり、扉が開いた。暗闇の中、ぼんやりと機器の灯りが見える。
「さあ、着きました。ここが一番見て貰いたかった場所です」
そう言いながら、サカガミがエレベーターから出ると、室内に一斉に明かりがついた。
「なんだ……これは……」
男は照明のついた室内を見て、驚愕した声を上げた。
広い室内には、液体に満たされた容器に入った人間が並んでいたのだ。それも一つや二つではない、この広い室内の中、所狭しと並べられている。
「お前は……お前は……何をしたいのだ……」
おぞましい……おぞましい光景だった。カプセルに入っている人間は生きているのか、死んでいるのかもわからない。皆一様に生気がなく、ただ、カプセルの中で漂っているだけだ。
「答えろ!お前は何になったつもりだ!」
男は怒りを込めてサカガミに言った。
これは神の理に反する。こんな事が許されて良いわけがない!
男は怒りに震えていた。サカガミの研究が狂気を孕んでいたのは、これまでも見ていた。
しかし、ここまでやるとは……
「そんなに怒らないでくださいよ。これはヒトではありません。クローンです」
サカガミは悪びれずに行った。
「クローンだと?ただでさえ、お前達は人口問題を抱えているはずだ。なぜ今更増やす必要がある?それにこれは神の理に反する行為だ!神への叛逆だ!」
サカガミは、興奮している男をよそに、冷静に答えた。
「あなたがそんなに感情を露わにするとは、予想外でした。それにこれは人工授精に近いものですよ。男女の営みからは外れていますがね。男女が必要という意味では、あなたの言う神の理からは外れていないとも言えます」
「それは屁理屈だ!」
サカガミは呆れたような顔を見せた。
「あなたからそんな事を言われるとは非常に心外ですね……そもそもは、楽園から追放されるように仕向けたのはあなたでしょうに……」
「話をすり替えるな!今となってはそんな事をした自分を恥じているよ。お前たち人間がそこまで浅はかだとはな」
サカガミは苦笑いを浮かべた。
「あなたにそこまで言われるとは……しかし、人が浅はかだと言うのは正論とも言えます。それは否定しません」
「それがわかっていながら、なぜこんな物を造る?」
男は冷静に答えるサカガミに、苛立ちを隠せなかった。
「これは、持論なんですが、ヒトには抗いようのない、ある種の憧れという物があると思うんですよ。もはや、これは本能とも言えるかもしれませんね。何だかわかりますか?」
「本能だと?」
「そうです。本能です」
「それは、生を受けた以上、生き続ける事だろう」
サカガミは首を降り、話を続けた。
「質問を変えましょう。ヒトが求める究極の物はなんだと思いますか?使い切れない程の財産?誰もが羨む程の幸福?いいえ、違います。不老不死です。全ての物を手に入れた者は、最後には不老不死を求めるのです。永遠の命、それも自分が若く一番美しく輝いていた時の姿を維持したままのね」
「くだらない……」
男は吐き捨てた。
永遠の命だと?そんなものを神はヒトに求めていない。限りある生の中で、何を残すのかを求めているのだ。
次回の更新は5日、朝7:30となります。




