第八話--邂逅--05
「ふう」
サカガミは大きなため息をついて、椅子に座った。明らかに疲れている様子だ。
「かなり疲れている様だな」
男の目から見ても、最近のサカガミは明らかにオーバーワークだった。
「いや、自分の研究だけだったら良いんですけどねぇ。新しいプロジェクトが立ち上がりましてね。寝る間もありませんよ」
そう言いながらも、どこかサカガミは嬉しそうだ。
「これも、私の実験の一つと言えるのかな……国に認められまして、新しい研究所が出来るんですよ」
「新しい研究所?」
「はい。ここが少し手狭になりましたのでね」
サカガミは新しい研究所の図面を広げて男に見せた。
「いかがですか?広いでしょう?私たちの研究の基点となります」
男は図面を覗き込んで見たが、興味と共に疑問が湧いた。
「なるほど……しかし、研究所というよりは……」
サカガミは男の疑問に答えるように言った。
「そうです。都市ですね。実験研究都市です」
サカガミは得意げに話し始めた。
「この新しい研究所は、新しい都市のあり方を実証実験する為の場でもあります。我々の研究を基に実証していく場なのですよ。この都市が完成したら、私たちの研究も飛躍的に進む事が期待できます」
「君たちには素晴らしい事なんだろうな……」
男は、いささか懐疑的であった。
「何だか含みのある言い方ですね?」
それは男が、サカガミ達の危険性を感じ始めていたからだった。
そもそも、この研究者達は、神の理から外れる事を何とも思っていない。自分たちが神から創られたというのにだ。
それは神への叛逆を意味する事に他ならない。
コイツらは真の解放と言っているがな……
闇の住人であるこの男であっても、神の理の中で存在している。闇の住人であっても、神に創られた物なのだ。
時に、闇の住人は、悪の手先であると伝えられるが、それもあくまで相対的なものの見方でしかない。
神の理の中では、正義も悪も無い、光があれば必ず闇が生まれる。神の前では等しく平等なのだ。だから、神はどちらかだけを助けることなぞしない。相反する物が存在する世界、それが神の創られた世界なのだ。
それこそが、人間の言う矛盾が生まれる理由であるとも言える。人間が、答えを導き出し神の創ったこの世界を壊す事、真の解放とは、それを意味する……
神の理に反する事は、自ら消滅する事となるのにな……気づいていないわけではないだろうに……
しかし、いつしか男は神の創ったこの世界の先……人間の行き着く先を見てみたいと思った。例え、自分が消滅しようとも……自分の好奇心を抑える事が出来なくなっていたのだ。自分が知恵を持つ事を促した者達の、行く末を見届けたかった。
多分にそれはサカガミからの影響とも言えた。
「この研究所は地中に造られるのだな」
「最近、キナ臭い話が多くなりましたしね。食料問題、エネルギー問題、人口問題、貧困の問題、民族の問題……数え上げたらキリがありません。これらの問題が複雑に絡み合って、いつ爆発するかわかりませんから……この施設はシェルターの意味合いもあるのですよ。色々な物から人類を守る為のね」
「色々なもの?」
男はサカガミの言う「色々な物」と言う言葉に何かを感じた。
「そうです。人の脅威は人だけではありませんから」
サカガミはわざと、ぼかして言った。
「含みのある言い方だな……」
「そうですか?他意はありませんよ」
サカガミは笑って答えた。男はサカガミの言わんとしている事を理解していた。
サカガミは私の正体を知っている。神の存在も認知している。ならば、人類の最後の刻も予見しているのだろう。私と同じ神から創られた人の僕たる者たちがもたらす最後の刻を……
「ゆくゆくは、この都市に国の中枢が移ってくる予定です。その為にも強固に作らなければならないのですよ」
サカガミは嬉しそうに男に話している。
国の中枢が移設されるという事は、国家機密に類する物だ。それにも関わらず、男にペラペラと楽しそうに話している。男を信用しているのか、そこまで頭が回らないのか……
この男は政治家にはなれないな……
男は半ば呆れて聞いていた。
「食料プラントはこちらに建設され、こちらは工業地区となります。そしてここが最も大切なエネルギープラント。ここで卵からエネルギーを取り出します。全てA.Iにより制御され、計画的に生産、運用が可能となります。住人は、当初は5万人程を見込んでいますが、順次拡張し、100万都市となる事を目指しています。そこで実証実験が出来るのですから、科学者としてはこんなに嬉しい事はありません」
「規模が大き過ぎるな。国の中枢も移設するのだろう?これでは国の首都だな」
「そうですね。首都となりますね。各国の手前、表向きは違いますがね。現在の情勢から考えるに、近い将来、必ず戦争は起こります。その場合、首都機能は生かしておかないと、統治もままならないですからね。まあ、ここを作るための交換条件ですかね。あなたたちの強固なシェルターを作るってね」
これだけの都市、それも首都機能を持った中枢都市を作るとなると、サカガミ一人の提案だけでは無いだろう。研究所を作るのとは規模も何もかも違う。これは前言撤回しなければならないかもしれない。コイツは科学者であると同時に、自分の目的の為には何でもやる政治家だ。
男はそう思った。
「それに……」
サカガミは続けた。
「それに、人類が死滅してしまうと、私の答え合わせが出来ませんから。私の実証の為に最低限の人類は生かしておきたいのです」
狂ってる……サカガミにとっては、戦争の回避よりも人類の死滅よりも、自分の答え合わせが大切なのだ。
この男の頭脳があれば、あるいは戦いを回避できるかもしれない。しかし、あえてサカガミはそれをしないのだ。
男はサカガミの事が怖くなった。
私が恐怖を感じる?バカな……
男は今まで傲慢な人間は何人も見てきた。傲慢な人間を利用もしてきた。しかし明らかにサカガミはは違う、サカガミは全てを予見した上で、自分の知識欲のために動いているのだ。もはやサカガミに人類を救う考えなぞ無い。全ては自分の欲望の為なのだ。
何が、この男を変えたのか……男には知る術もなかった……
次回の更新は29日、朝7:30となります。




