第一話--任務--03
今回の任務は「神の光」の卵の捕獲だ。
良かった……
俺は少し安堵した。「ヒトならず者」の駆除などやりたくはなかったからだ。ヒトとは言えない者とは言え、やはり命を奪うのは躊躇する。
現在、「都」では、この不毛な大地には生命は存在しない事になっている。公式には「神の裁き」の後、地上には動植物はおろか、微生物も含めて、新たな生命体は生まれていないのだ。しかし、現実は少々違う。生命を感じさせない、かつての文明の残滓に寄生しているかのような「黒き森」が存在し、その森の中には「ヒトならず者」が存在している。
この「ヒトならず者」は、ヒトに脅威を与えるわけでもなく、ただ影のように、漂い存在しているだけで無害とも言えるのだが、どういうわけか、上の連中は奴らの存在が目に触るらしく、定期的に駆除が命じられる。
「ヒトならず者」の詳しい生態は誰にもわかっていない。調査さえ行われていない。ただ、上の連中は、得体の知れない物に対する嫌悪感をぶつけているだけだ。地上から追われた今でも「地上の盟主である」とでも思っているのだろうか。いつか、この「ヒトならず者」達が、真の意味で地上の覇者となった時に思い知る事になるのかもしれない。
しかし……
俺が見る限り、そんな事は起こらないと言わざるを得ない。なんせ、コイツらからは、まるで生命としての意志が感じられないのだ。どんな虫けらでさえ、命の危険が差し迫れば、逃げるか抗うかの意思があるはずだが、コイツらはただ、影のようにそこに存在だけだ。
正直、生命体であるかも疑わしい。
一応、センサーには生命反応が出るので、生命体と言っても良いし、有機物としての物理的反応もある。しかし、ヒトのような形をしてはいるが、時には、その形さえ実態の無い物に変化をするし、このような物体が、どこから生まれ、どのようにエネルギーを摂取し、どのように生活をしているのか……。
俺たちの常識からはかけ離れている存在なのだ。
「黒き森」も同じようにヒトの常識では測れない存在と言える。
便宜上、森とは呼称しているが、そこには緑溢れる木々ではなく、かつての「裁き」以前に栄えた人類の残骸に不気味に絡み付いた、光さえも吸収する黒い結晶体が支配する森だ。
決してこの森はヒトを受け入れる事はない。森の中がどう言う構造になっているかも誰も知らない。
以前秘密裏に何度か調査隊を出したらしいが、誰も帰って来なかったらしい。それどころか、調査隊の痕跡も何一つ残っていなかったと言う話だ。
この話自身、俺たち「奴隷」の噂話でしかないのだが……。
なんせ、「黒き森」のデータは強固なプロテクトが掛かっており、俺たちにはアクセスできないからだ。上の連中は「黒き森」は、無いものとして扱う事にしているようだ。
「ヒトならず者」は「黒き森」の住人であり、滅多に「黒き森」から出てくる事は無い。俺が駆除を命じられるのは「黒き森」から逸れた「ヒトならず者」達のみであり、深追いをして「黒き森」に入る事は厳重に禁じられている。
こんな所入りたくも無いがな……。
俺は、指令書をもう一度確認し、H.M.Aを起動した。「機械人形」から鈍い機動音が鳴り始めた。
全長10m弱の「ヒト型二足歩行重機」〈Heavy Machinery Automata〉通称H.M.Aが目を覚まし俺を待っていた。
ヒトの身体は実によく出来ていて、特に「手」は繊細であらゆる細かい作業もこなす事ができる。H.M.Aの「手」は、限りなくヒトの動きに近く、ヒトと同じようにあらゆる作業もこなす事が出来る。重機のマニュピレーターアームの一つの完成系とも言える。
生身のヒトが持ち上げられない物を持ち上げ、ヒトの手の届かない所に物を運ぶ事が出来、ヒトと同じように「手」を使い道具を扱う事が出来る。この「手」のおかげで作業効率も飛躍的に上がった。言ってみれば、力持ちの巨人が作業をするような物だ。
以前の使用用途によって使い分けられていた専用重機がコイツの登場によって活躍の場が少なくなってしまった。
とは言え、コイツは「特殊な技能」を持った者しか扱えない。
「都」の中でも、この機体を入れて13体しか無いし、「特殊技能」を持った「マリオネット・コネクター」と言われる者も俺を入れて13人しかいない。
まだまだ従来の専用重機も必要なわけだ。
そもそも、このH.M.Aは「裁き」以前の遺物だ。今の世界ではこのような高度な重機は作る事が出来ない。科学者、開発者、技術者と言われる専門知識を持った者達がいないのだ。
「裁き」のおかげで、ヒトの文明は大幅に退化したと言える。
「都」の穴倉も「裁き」以前の施設を大事に運用しているに過ぎないし、「黒き森」に絡み付かれている遺物を見ても、今のヒトには到底作れる物では無いと言うのがわかる。
過去の遺物であるH.M.Aを適正に運用するための、あらゆる「特殊技能」を焼き付けされた者、それが俺たち「マリオネット・コネクター」と言うわけだ。
コイツらを適正に運用すると言うことは、メンテナンスや新たな装備の開発も含まれる。俺たちは、それらも一人でやらなければならない。穴倉の中にはコイツの研究開発設備が残っているから、「特殊技能」を焼き付けされている俺たちは別に困る事も無いわけだが、しかし、俺たちは過去のデータを焼き付けられているだけなので、新たな物を生み出す力はない。
ただ機械とヒトを「コネクト」するから「コネクター」何とも捻りの無い名前だ。
13人の「マリオネット・コネクター」には、それぞれ専用機体と専用ギャレイが与えられ、基本、3マンセル1チームの構成で任務に赴く事になる。
それぞれの機体にはコードネームが与えられ、俺の専用機体は「model Helios」と呼ばれている。
「model Helios」は13体あるH.M.Aのベースとなった機体だとデータにはあった。いわゆるプロトタイプだ。この「Helios」のデータを基に他のH.M.Aが作られている。「Helios」は汎用性に優れ、「あらゆる任務」に適応できる機体だ。
「あらゆる任務」とは軍事行動も含まれる。強固な装甲を持ち、あらゆる道具を使う事が出来るコイツは、優れた兵器にもなりうる。しかし、「裁き」以前には、多くの国や人種があったとのことだが、今はどれくらいの国と人類が生き残っているのか分からない。「裁き」で地上が焼き尽くされた今、敵対以前に「都」以外にヒトが存在するか確認できない。
正直な所、直面の問題として人類の存亡が一番の問題と言えるだろう。
「都」以外の人類が確認できない以上「都」で生き残ったヒトが最後の人類かもしれないからだ。
その為か「都」では「高度」な人口規制政策が行われている……らしい。
穴倉の中には無尽蔵に増えるヒトを受け入れる程の余裕は無い事が理由……らしい。
穴倉の中のヒトは全て「高度」に管理されている……らしい。
実際そんな事を言われても、俺には関係の無い話で興味も無い。俺たち「奴隷」である「マリオネット・コネクター」には「特殊能力」の代わりに生殖能力がないのだから。
考えてみればこれも「高度」な人口規制政策の一つかもしれないが……
俺は「Helios」に乗り込み、各部のチェックを行った。
A.Iもこちらにメインを移動して「Helios」のプログラムのチェックを始めている。
A.Iは並列起動を行う事が出来る。基本、俺と行動を共にする側をメインとし、バックアップとしてギャレイにサブを起動させメインから送られるデータを監視し、必要に応じて俺たちを援護する。例えば何かのトラブルによりメイン側が破損したとしても、すぐさまサブ側がバックアップに入る事が出来るわけだ。
俺たちは、いつものように淡々と作業をこなした。
今回の任務に必要な装備を選び、H.M.Aに装着していく。ディスプレイに各種装備状況が順次更新されていく。
ディスプレイに OKの文字が並んだ。オールグリーン、準備完了だ。
〈こちらも各プログラムチェック完了だ。いつでも行ける。私は「Helios」と同期する〉
A.Iが「Helios」と同期を始めた。
ディスプレイに起動コード入力を促す画面が表示された。俺は手慣れた手つきで起動コードを入力する。「S I N」と。
〈起動コード確認〉
無機質な音声がコックピットに響く。いつもの聞き慣れた音、「Helios」と同期したA.Iの声だ。A.Iは「Helios」の代弁者となった。
俺の頭にヘッドセットが被され、コントロールユニットが身体を覆う。
〈虹彩確認、血管認証確認、脳波認証確認、オールクリア。コードSINと認識。起動する〉
「機械人形」は少し身体を震わせると同時に、全てのディスプレイモニターが光を放ち始めた。鈍い音と共にスクリーンにはメインカメラが捉えた映像が映し出された。俺は、いつものルーティン、「Helios」の手を開いて閉じた。
大丈夫。問題無い。いつも通りだ。
俺はいつもこの起動確認で、コイツの調子を診る。
どんなにメンテナンスをしていても、機械は毎回同じようには動いてくれない。いざという時に俺の思い通りに動いてくれないと、命に関わる事態になりかねない。だから繊細な手の動きで、コイツの調子を見るわけだ。
今回の任務で必要な装備は、指令書の指示通りにすでに装備されている。
今回は捕獲任務なので、「聖櫃」と呼ばれる棺桶のような箱がバックパックに装備されている。それ以外は、発掘任務と変わらない。穴を掘る為のドリルや、邪魔な物を破壊する為の爆薬。そして、身を守る為の最小限の武装と補充用の弾薬だ。
正直、こんな物、何の役にも立ちやしない。これを使う時は俺たちの終わりが近いと言う事だ。
〈定刻だ。ハッチを開けるぞ〉
外の強烈な光が差し込んで来た。しかしヘッドマウントのシールドのおかげで眩しさは感じない。俺は外を確認した。
メインスクリーンに映し出された空は、どんよりと曇っており大地には生命の痕跡など何も無い、いつもと変わらない不毛の大地が広がっていた。
センサーを確認する。当たり前の事だが、生命反応は見られない。
「よし、出るぞ」
俺はA.Iにそう告げると、スティックを動かした。「Helios」は重い機械音を発し、静かに動き始めた。
俺たちは、乾いた不毛な大地に立ち上がった。
次の更新は18日、朝7:30となります。