第七話--黒いスーツの男--05
俺は不思議に思っていた。
コイツの話している事によるとだとコイツはただの傍観者であって、人と深く関わってきたわけでは無いはずではないか。しかし、今の口振りだとコイツは特定の人と関わりを持っている……
男は俺の疑問に答えるように話し始めた。
「私は人の事を嫌っているわけでは無いのだよ。その逆に愛おしいと思っている。人とは私にとって世の理を何も知らない幼子のような物だ」
男は嬉しそうに話し続けた。
「傍観者となった私にとって、人の営みを観る日々は充実した日々だったよ。実に様々な人の嘆きを聞いた。実に様々な涙を見た。実に様々な人の死を見てきたよ。どれも同じものは一つとして無かった。しかし不思議なものだ。人は争いを好み、争いの中で人の命を奪いながらも、人の死を嘆き悲しむ……人とはなんて矛盾した物なんだ。私はどうしてもその疑問を解決したいと思うようになった」
男は俺の顔を、いや俺の目をじっと見て話を続けた
「ある時、私は禁忌を犯した。傍観者でなければならない私が、ある男との接触を試みたのだ」
男は少し懐かしみ微笑んだように見えた。
「私が接触を試みた男は、いわゆる科学者だった。あの御方の理を解き明かそうとしていたのだ……しかし理を解き明かそうとすれば、今度は人の矛盾に行き着く。人の矛盾に行き着く度に、この男はありとあらゆる学問、それこそ、民間伝承や、神話、伝説、胡散臭い都市伝説と言われる物までを含め、ありとあらゆる角度から科学的にアプローチをしていた。いつしかそんな彼の元に、彼と同じ志を持った彼にとって同志と言える、あらゆる学問の精鋭達が集まって来た。彼らはそれこそ気の遠くなる日々を議論に費やし、研究に打ち込んでいた。私は彼らから目を離せなかったよ。彼らがどうやって答えを導き出すのかに興味があった」
「お前は答えはわかったのか?いや、そもそも答えを知っているのだろう?」
男は不敵な笑みを浮かべた。
「答えを知りたいか?」
「いや……答えを知ったところで何かが変わるわけでもない」
男は大きな声で笑った
「あの男も同じ事を言ったよ。俺はある日、禁忌を犯し、遂にあの男と接触を図った。私はどうしても彼から話を聞きたかったのだ。彼の導き出した答えを知りたかったのだ。」
「彼は答えを出していたと?」
「そう、私は彼を観ていてそう確信していた。私が彼の前に姿を現した時も彼は全く動じなかった。私の正体を知ってもだ。彼は私や天使、あの御方の存在を受け入れていたのだ。当時の人には到底考えられない事だろう?ましてや、彼は科学を信仰している科学者だ。科学で証明出来ない、我らのことなぞ信じる事はできるはずが無い。それに例え人の信仰する宗教には我らの様な存在が記されていたとしても、それは一つの物語の中の存在でしか人には認知されていない。本当に存在していたとは誰も信じていなかったのだ。当時の人には我らは未知なるものなのだ。いや、現在も同じか……現在のヒトは我々を認知はしていても、存在を無視している……」
確かにこの男の言う通りかもしれない。
「都」の外に出るとよく分かる。この世界にはヒトならず者が数多く存在する事を。しかし、なぜか上の連中はその事実を隠蔽している。
彼は話を続けた。
「しかし彼は違った。元来科学者というものは傲慢な人種で自分達の科学で証明出来ないものは信じないものなのだがな。彼は実に柔軟な男だった。いや、答えを導き出していたからこそ、私を受け入れたのかもしれない。彼との初めての接触は少々拍子抜けだったよ。普通の人ならば、恐れ慄きパニックになるのだがな。彼は淡々と努めて冷静に私を受け入れた」
男は懐かしそうに笑った。
「私は不躾にも、私を受け入れた彼に挨拶もせずに彼の導いた答えを聞いてみた。恥ずかしい話だが、私とした事が、マナーよりも好奇心の方が優ってしまっていたのだ。しかし彼は答えなかった。私が意地悪く答えを教えようとしても決して彼は聞かなかった。お前と同じ事を言ってな。諦めとも取れるその台詞の割には彼の顔は何か確信に満ちたものだった。そう、確かに彼は答えを導き出していたのだ。私の知る答えはあまりにも単純なものだ。だからこそ彼はそれを信じたくは無かったのだろう。彼は人を信じたかったのかもしれない。彼の顔を見て私は確信したよ。ああ、私の答えは間違えていないと」
俺もその答えを多分知っている。
その言葉は俺の記憶の奥深くに刻まれている。あまりにも単純な言葉。人であれば信じたくは無いだろう。だからヒトは抗い続けているのだ。そんな言葉一つで支配されたくは無いのだ。
男はそんな俺を見て
「お前も気が付いたようだな。と言うより思い出したと言った方が良いかな?」
しかし、なぜ、俺の記憶にそんな物がある?造られた存在である俺がそんな物を知っていて何になるというのだ。なぜ、俺は答えを導き出した男の苦悩を知っているのだ?俺はひどく混乱していた。俺を造った男が、俺に何を求めたのかわからない。
混乱をしている俺を見て男は言った。
「混乱しているようだな。元々の俺の目的は達した事だし、俺の話はここまでにしておくか?」
「いや、話してくれ。俺の中で何かが繋がりそうなんだ」
男は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?この先を聞いてもますます混乱するだけだぞ。今のお前では受け入れられず壊れてしまうかもしれない。それは私の本意ではないのだ」
「それでもかまわない。ただ俺は知りたいだけだ。俺が何の為に造り出されたのか。なぜ存在しているのか。お前はそれを俺に教えようとしているんだろう?」
男は少し驚いた顔をした。
「意外と冷静なんだな」
そう言うと男は大きく息を吸った。何やら覚悟を決めた顔を俺に向けた。
「これから話す事はお前が造られた理由に繋がっている。そしてあの御方の理に反している話になる」
男はまた大きく息を吸った。
「私はこの話をお前にする事を悩んでいる。お前が作られた理由を話してしまうと、お前の存在を認めた事になってしまう。それはあの御方に反することになるからだ。何度も言う様だが、あの御方に造られた我々はあの御方に反する事は許されない。本当に私はお前が目覚めるまで大いに悩んだよ。お前に話すと言う事はあの御方の真理につながる。そしてあの御方の作った世界を壊しかねない……」
「真理……」
「そう、真理だ。あの御方の理から外れたお前はこの世界に存在してはいけない物だ。このままいい様に酷使され消滅すれば、あの御方の理から創られたこの世界に大した影響も無くて済む。お前は無かった物とされ、この世界の理も崩される事はない。しかし、ここで真理を知り、お前が何かを成そうとするならばあの御方の創ったこの世界に大きな影響を与えることになる」
「なぜ、お前は俺に話そうと決めたんだ?このまま俺が死ねば理は崩される事なく世界は安泰なのだろう?お前も危険を冒す必要はないじゃないか?」
男は口元に悲しげな笑みを浮かべた。
「約束だからだよ……」
「約束?」
「彼との約束だからだ」
男は静かに語り始めた。
「私は彼との初めての接触をした日から、幾度となく彼の元を訪れるようになった。相変わらず彼の元に集った者たちは、人の矛盾を解き明かし、世界の真理を求めていた。しかし答えを解き明かした彼は、その答えを仲間の科学者と共有する事なく、人の未来に夢を託すことにした。他の科学者たちは、研究を重ねれば重ねるほど、未来に絶望をし、新たな道を模索し始めた……」
次回の更新は11日、朝7:30となります。




