第七話--黒いスーツの男--04
「お前は、何が目的で俺に接触した?」
俺が男に問いかけると、男は一瞬、動揺した目を見せた。しかし、すぐにあの芝居がかったわざとらしい顔に戻った。だが俺は男の動揺した目を見逃さなかった。
「何をおっしゃっているのですか?私は偶然貴方を見つけて……」
「もう、そんな見えすいたウソはいい。さっきから言っているだろう?俺は真実を知りたいんだ」
「ふう、仕方がないな」
男は、さっきまでの芝居じみた物言いをやめ、男は大きなため息をついた。観念したようだ。
「その通り、私がお前をここに呼んだんだよ。ヒトでは無いお前を」
今度は随分と偉そうな物言いになったものだ。これがコイツの本性なのか?だが、さっきまでのコイツの芝居じみた人を小馬鹿にした物言いより、この方が俺も話しやすい。
「私はお前が出現する前から観ていた、ずっと観ていた……お前が何をするのかを、何をして行くのかをただ観ていた……お前が長い眠りに付いてからもずっとな……」
「長い眠り?」
俺は男に聞いた。俺にはそんな記憶はなかったからだ。
「覚えていないのも無理は無い……お前は創り出されてからしばらくはヒトとして育てられてきた。しかし『神の矢』が降った日にお前を創ったお前の創造主が、深い眠りに付かせたのだ」
俺がヒトとして育てられていたとはな。もちろん俺にはそんな記憶は無い。俺の中には奴隷の……「マリオネットコネクター」としての俺しかない。男は話を続けた。
「お前はヒトを超越した者。次なる時代の希望として創られた。当時の人類は数々の困難に直面していた。それも仕方があるまい?あの御方の寵愛を失った人類は、緩やかに滅亡していく未来しかなかったのだ。我々はただ、それを黙って観ているだけだ。それが我々の仕事だからな。しかし天使の中には、人類に手を差し伸べた者もいた様だが、それとて、わずかに人類の寿命を伸ばしたに過ぎない。そんな絶望しかない状況の中で、人類は、抗うことを選んだ。そして抗うために、あらゆる道を探し始めたのだ。あの御方に許しを乞う者。文明の力で乗り越えようとする者……しかしどんなに努力をしたところで結果に変わりはない。ただ衰退し滅亡への道を辿るだけだ。そうすると、今度は人類はほんの些細なところで争いを始める様になった。肌の色が違う。民族が違う。思想が違う。信じるものが違う……実にくだらない。そんな些細な事で争うなど愚の骨頂以外何者でもない、本質とは大きくかけ離れている……しかし、現実から目を逸らし、目の前の事にしか対処しない。実に馬鹿で、愛おしい存在だ」
男はどこか懐かしげな様子だ。何か思い出でもあるのだろうか……
「先刻、私はお前が出現する前からお前を観ていたと言ったな」
「俺がいないのに俺を見る事なんて出来ないだろう?おかしな事を言って俺を誤魔化すな」
男は呆れた顔をして俺を見た。
「言葉のまま受け取るのは意味がない事だ。言葉には機微があるのだよ。お前にはそう言ったところが欠けているな」
俺はこいつの人を小馬鹿にした言い方に少し腹が立った。これは、さっきまでの芝居じみた物言いの時と変わっていない。こう言う皮肉めいた言い方は、コイツの本質なのだろう。
「うるさい。そんな物は生きるのに必要のない事だ。違うか?」
俺にはこいつの言う事が正直わからない。
そもそもそんな教育も受けてはいない。俺たちコネクターは、上からの命令をそのまま実行すれば良いだけの人形だ。上の奴らの言葉の裏に何か意味があったとしても、そんなものを詮索したところで命を縮めるだけだ。俺たちにはそんな人の機微を読み取る事は求められていないし、必要もない。
「確かにお前の言う通りに、ただ生きるだけだったら、こんな事は無意味だ。しかしヒトは違うのだよ。少なくとも『神の裁き』以前の人はな」
男はどこか寂しそうに言った。
「どう言う意味だ?」
俺にはコイツの言っていることがまだ理解できなかった。
「あの御方がヒトと言う種を創り出され、この地の支配者とした。ヒトは物を作り、物を使い、言葉を作り、文明を築き、文化を産んだ。ヒトは人となり、あの御方に近づけると信じた。あの御方に近づく為に人はより多くいろいろな物を作り出した。人の生活はより豊かになり、人々はその生活を喜んで享受した。そして、より豊かになる為に戦いを始めた。愚かにも人の物を奪い、力でこの世界を支配する事を考えたのだよ。あの御方はそんな事は望んではいなかった。しかし人は争いをやめずに、絶えず世界のどこかで争いが生まれていた。争いに疲弊した人は見せかけでも良いから和平を望んだ。力では無く、言葉で世界に和平を生み出そうとした。言葉に意味が生まれたのだ。人が生きる為に言葉は意味を持ったのだよ」
生きる為に言葉が意味を持ち、和平をもたらすだと?俺には全く理解できない。
「意味を持った言葉は、しかし残念ながら、また新たな争いを生む事になる。言葉を巧みに使う者が、言葉で人を動かし、言葉で人を支配するようになった。言葉を信じ、言葉に踊らされ、和平の為に意味を持った言葉に殺された者たちのなんと多い事か……」
救いが無い話だ。自分の信じた言葉で死んでいく……
その言葉が偽りであったのならば、死んでいって者たちは浮かばれないでは無いか……
しかし、俺も同じなのかもしれないな。上からの命令一つで死ぬ事になる。
ただ、俺は上の奴らを信じているわけではないが……
「確かにお前の思う通り、救い難い話だ……しかし人はお前の思う程、悲惨なわけでも無いのかもしれん。自分で信じた物のために死んでいくのだから……お前とは違うだろう?」
嫌な事を言う……
図星を突かれた俺は、苦笑いをするしか無かった。
しかし俺は、コイツの言葉に何か違和感を感じた。生と死という概念から離れた所にいる、そんな人とは違うモノが人の生と死に理解を示そうとしている。人の死というものに意味を持たそうとしている。なぜそんな考えを持つ様になったのだ?俺は違和感と言うより、嫌悪に近い感情を持ち始めた。
「どんな物を信じようが、死は死だ。死んだら何も残らん、だから生き続けなくては、生き残らなければいけないんじゃないか」
俺は吐き捨てるように言った。
俺は、俺以上に人を理解しようとする人では無いコイツに嫉妬を覚えていたのかもしれない。
人の死に意味を持たせようとするコイツの言葉に、俺以上に人を感じたのだ。
「お前には死というものが無いからそんな事が言えるのだ。死は死でしか無い。死に意味なぞ無い。」
男は俺の顔を見てしばらく考え込んでいた。そしてゆっくりと一言一言を言葉を選びながら丁寧に話し始めた。
「私はあの御方に、ヒトの観察を命じられた。私たち闇に住まう者だけではなく、天使にも同じ事を命じられた。そしてあの御方は観察はすれど、何があっても手を差し伸べてはならぬとも命ぜられた。そして私たちは人に対してただの、観察者、傍観者となった。人に何があろうと、人が何をしようと……あの御方の意思に反する事をしようと、決して私たちは人に対して何もする事はしなかった。ただ見ていることしか出来なくなった……」
男は一息ついた。
「観察を続けているうちに、私の中で、人の愚かではあるが、健気に生きる姿が愛おしく思える様になった。あの御方の加護も無いこの地上は最早楽園では無い。人の力だけで困難に立ち向かわなければならない。しかし、人は果敢に困難に立ち向かった。中には立ち向かう事で、無駄に生命を落とした者もいる。しかし、人は死に意味を見出し、死を意味ある物とした。人というのは実に興味深い、実に面白い。こんなに極端な二面性を持つなんて!和平を望む為にあらゆる努力をし、争いをする為に、また同じ様にあらゆる努力をする。長い年月をかけ作り上げてきた文明を、意図も容易く壊してしまう。実に愚か!実に浅はか!私は人が可愛くて仕方が無いのだ」
コイツは何を言い出したんだ?コイツは人を嫌っていたのでは無いのか?コイツの変わり様は理解に苦しむ。
「ある時、恐れ多くも私に一つの考えが頭によぎった。もしかしたらあの御方もただの傍観者なのでは無いかと……人を導く事もせず、ただただ、人が人の力でどこまで行き着くのかを見ているのだと……なぜ私がそのような恐ろしい考えを持つに至ったかはわからない。しかし、私はなぜかそう思ってしまったのだ。あの御方がお決めになった事は全てが是である。どのような事であれあの御方には否は無いのだ。あの御方のお考えには、きっと私たちがおよびもつかないほどの深慮があるはずだと私は信じる事にした。あの御方には否があってはならないのだ」
「それはお前が考える事を放棄した事にはならないのか?」
俺は少し意地の悪い質問をした。あの御方とやらがする事は全て正しいと盲目的に信じ込んでいる。それは自分の思考を止める事になる。
俺の質問を聞いた男は、小さく自虐的な笑みを浮かべた。
「確かに、そうかもしれないな。我らには死というものが無い……そして自分の意思というものも無い……あの御方こそが我らの全てだ。これは、あの御方の僕として創られた時からの変わりようのない理だ。我らはその理の中でこそ生きていられる」
「それでは、お前も俺と同じ人形ではないか」
男は驚いたように俺の顔を見た。
「なんだ?気にでも触ったか?」
男は笑みを浮かべ首を横に振った。
「不思議なものだな……」
「何がだ?」
「お前と同じ事を私に言った奴がいたよ……」
「同じ事をだと?」
次回の更新は8日、朝7:30となります。




