第七話--黒いスーツの男--03
男は半ば諦めた様に話し始めた。
「どう言うわけか、あの御方はあなたの存在をお許しになられているのです。どんなに我々がご注進申し上げても、あなたの存在をお許しになられているのです。あの御方の深いお考えは私どもには到底わかりません。あの御方がおっしゃる事は全てが是です。否はあってはならないのです。なので、我々もあなたには手出しが出来ないのですよ。天使共なぞ、あなたが生まれたと同時に、ラッパを鳴らそうとしたのですがね」
「ラッパ?」
「簡単に言えば、ありとあらゆる災厄の合図となる物ですね。このセカイを壊す為の合図と思ってもらえれば良いと思います。あの御方は天使のラッパをお止めになりました。これはあなたの存在を許すと言う事を意味します。まあ、あの御方が止めるまでも無く、あなた方ヒトは勝手に自滅への道を歩みましたけどねぇ。愚かな物ですねぇ。せっかくお許しになられたと言うのに……」
男はまた大きなため息を吐いた。
この男の話に一つ疑問が湧いた。それは「裁き」はコイツらが起こしたものではないと言う事だ。コイツらは人類を滅ぼそうとしたが、あの御方が止めた。
ならばあの「神の矢」が降り注いだ「裁き」と言われたものは誰が起こしたのだ?誰が、何のために?
為政者が歴史を何かを隠すために都合良く改竄すると言うことは良くある話だが、これも良くある話の一つかもしれない。歴史とは強者のものだ。弱者は歴史を語る資格も無い。
しかし……
コイツらはヒトを嫌っていることはわかった。その嫌っているヒトが理に反する事をした。コイツらはそれを看過することはできない。しかし、あの御方と言う存在が、ヒトのする事を容認している……そしてとうとう俺達が創り出されたわけだ。あの唯一絶対の存在である、あの御方の身技である生命をヒトが創り出したわけだから、こいつらにしてみれば、ヒトがあの御方に取って変わろうとしていると思っても仕方がない事だろう。
ここで、俺はまた一つ疑問が湧いた。俺のような存在とコイツは言っていた。他の「マリオネット・コネクター」は違うのか?俺はあいつらのプロトタイプではあるが、同じクローンのはずだ。
「あなたのような存在はあなた一人だけですよ」
コイツは俺の中を覗いて答えた。こういう会話は(会話と言って良いのかわからないが)、A.Iといつもしているのだが、どうにも気持ち悪い。俺の中で思考を整理する前に答えが来る。
「お前が俺の中を覗くのは構わない。もう諦めた。しかしこれでは会話にならないだろう?先読みされているのは気分が悪い」
「それは申し訳ありませんでした。あなたの中を覗かないようにとはしているのですが……これからはあなたの口から出た質問に対して答えるようにしましょう」
どうせ、そうは言っても変わらないだろう。相手の思考を先読みするのは交渉時において、優位に立てる。それをコイツが手放すとは考えられない。
「では、もう一度、改めて聞く。俺のような存在は俺一人だけなのか?他の奴らは違うのか?」
「はい。あなた以外いません。と言うより、あなた以外全て失敗しているのです」
男は笑顔で答えた。
失敗?ならば他の「マリオネットコネクター」は何だと言うのだ?
「先ほど、あなたは自分の事をクローンとおっしゃいましたが、厳密に言いますと違います。クローンは元のヒトの細胞を使い、複製を作るみたいな物です。しかし、あなたはそれこそあの御方がお使いになった塵、有機化合物からできているのです。あなたには元の素材となるヒトの細胞が使われていない。古の錬金術師から続く禁忌の研究が、あなたで一つの完成を見たわけですね。あの御方にヒトが一番近づいた瞬間でもあります」
「なるほどな。それで俺以外で失敗したと言うのは?」
「素体、古の錬金術師はホムンクルスと言っていましたね。それを作る事はできたのですが……」
男はここでまた、大袈裟に一息ついた。もういい加減、コイツの芝居ががった物言いに俺は飽き飽きしていた。
「いい加減、その芝居がかった言い方はやめろ。イライラするんだよ。俺は事実を知りたいだけだ」
「これはこれは失礼いたしました。なるべく劇的に盛り上げてお話をした方がショックも少ないのではないかと思いましてね」
本当にコイツはヒトを馬鹿にしている。コイツはただ、俺が嘆き悲しむのを見たいだけだ。
「俺がこんな事でショックを受けるわけないだろう?」
俺の言葉を聞いて、男はひどく落胆したように見えた。
「それとも、俺がショックを受けて自殺でもした方が良かったか?お前にとってはそちらの方が良いのだろうがな。」
「いえいえ、なかなかきつい事をおっしゃる」
男は苦笑した。
「確かに私共、闇に住まう者は、ヒトの絶望だとか、悲しみや妬みなど、負の感情が大好物ですがね。うーん、確かにそれをあなたから頂けないとなると、少し残念ですねぇ。きっととてつもなく美味でしたでしょうに……」
俺にはコイツを喜ばす義理はない。
「それは悪かったな。お前の悪趣味に付き合うつもりは無いんだ。それよりも素体は出来たと言ったな。それでは駄目なのか?」
「はい。素体はあくまで素体。ヒトではありません。生命とも言えるかどうか……」
「どういう意味だ?」
男は殊更劇的に話し始めた。
「残念ながら……そうあなた方には本当に残念ながら、素体には命を吹き込む事が出来なかったのです。命とは、他の生命体と同じように自分で考え行動できることを指します。そう言う意味で命を吹き込む事が出来たのは、そう、あなただけなのですよ。造られた素体は、培養槽から出ることは出来ませんし、ましてや、意思を持ってヒトと同じように活動する事などとてもとても……それ以前に意思など持ち合わせておりませんでしたから」
「ならば、他の奴らは?」
「彼らは、オリジナルから創られたクローンであったり、人工授精であったり様々ですな。確か……第二世代までは人工授精だったかと……」
「なるほどな。そういう事か……」
だから俺はクローンのプロトであると焼き付けられていたわけだ。他の奴らのベースであると。しかしunus達には俺には無い過去の記憶がある。俺には「マリオネットコネクター」としての記憶しか無い。そこに大きな違いがある。
奴らは家族と過ごした事実が、自身の行動原則となり奴らの性格を形作っている。俺にはそんなものは無い。それは奴らがクローンでは無く、人工授精、ヒトとして生まれてきてヒトとして育てられたからだ。
なぜ「マリオネットコネクター」になったのかは別の話ではあるが、紛れもなく、奴らは俺とは違い、ヒトなのだ。
禁忌の技術として偶然であれ成功作として俺が創り出されていたとしても、それ以降が失敗続きであれば、費用対効果を考えれば、研究は尻窄みになるだろう。何よりも技術が確立されている人工授精やクローンで大量に「コネクター」を造った方がはるかに効率的だ。
しかし、それでも人工授精で造られた者たちは、一応はヒトだ。ヒトである以上成長すれば自我も育つ。そのヒトの本能である自我を抑え込むために、上の連中は強力なマインドコントロール(洗脳と言ってもいいかもしれない)をかけ、自分達の思い通りに動くようにしていたわけだ。
それともう一つ、効率が悪すぎるのだ。
ヒトとして育てる以上、成長するまでにある程度の年数が必要となる。
使い物になるまでは最低でも15年ほどか……
15年かけて育てても1日で死んでしまえば育てた年月と費用が無駄になる。その分クローンはプラントである程度成長速度をコントロールできる。早くて教育を含めて数年で現場に出す事ができる。第二世代以降クローンに取って代わられるのも当たり前の話だ。それにクローンの方が、色々と都合が良いのだろう。元々自我の芽はあっても自我なぞ育たないのだから。使う側にとってはこれほど都合の良いものはない。
だから、第一世代、第二世代の死亡率が高いわけだな。奴らは早く入れ替えたいわけだ。過酷な任務が多いのもそのためだ。
しかし、皮肉なものだな。禁忌の技術を使った俺が誰よりも自我を持っている。ヒトでは無い俺がだ。自己主張が多い俺をハンドラーが嫌うわけだ。
俺はそう思ったら、自然と笑いが込み上げてきた。
「ふふっ」
「どうされましたか?」
男は怪訝そうな目を俺に向けている。
「いや、なんでもない。いろいろ考えていたらおかしくなってな」
「そうですか、私はてっきり……」
「俺が気でもふれたかと思ったか?」
「いえいえ、そんな事はございませんよ。あなたはとても強い方でいらっしゃる。それにあなたには守っている……」
男は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「守っている?」
男は慌てて打ち消した。
「いえいえ、申し訳ありません。こちらの話です。お気になさらないでください」
コイツが飲み込んだ言葉など俺にはどうでも良い事だ。それよりも……それよりもコイツに確かめたい事が一つある。
「お前は何が目的だ?」
「はっ?」
男の顔色が変わった。明らかに狼狽えているのがわかる。確信をついた証拠だ。
「お前は、何が目的で俺に接触した?」
次回の更新は4日、朝7:30となります。




