第七話--黒いスーツの男--02
男は静かに話し始めた。
「あの御方は、初めに天と地を創られ、そして光と共に、あの御方の御使い、あなた方のいう『天使』が創られました。光が創られたのと同時に闇が生まれ、我々『闇に住まう者』が生まれました。光ある所に闇は有り、闇なき所には光は生まれません。光と闇は表裏一体、これもあの御方の理の一つです。『天使』達は我々を疎んじていましたが、理には逆らえませんからね。我々は手を取り合う様な事はありませんが、共存しておりました。光と闇はあのお方の前では同列でした」
そう言うと男は大きなため息を吐き、話を続けた。
「ある時、あの御方はご自身の現し身を創られると仰せになられました。塵から人形をお創りになり、あの御方自ら、息を吹きかけ命の息吹を吹き込まれました。それがあなた方ヒトの始まりです。あなた方が生まれた時から我々は、あの御方の現し身である、あなた方ヒトの僕となりました」
男は不満げにまた一つ大きなため息をついた。
「あなた方の僕……私は大いに不満でしたがね。あの御方の理であれば、我々は逆らうことはできません。あの御方は、あなた方ヒトを我々よりも愛しました。深く深く愛し、慈しみ、全てを許しました」
ここで男は一息を付いた。
「……しかしそれも、ヒトが最初の罪を犯すまででしたがね……」
男は嬉しそうに抱えていた不満を話し続けた。誰かに聞いてもらいたくて仕方がなかったようだ。変な所がヒト臭いものだ。
「愚かにも罪を犯したあなた方ヒトは、あの御方を恐れ、身を隠す様になりました。同時にあの御方の使いである我々からも身を隠す様になったのです。あの御方の後ろ盾を失ったヒトは、そうするより他はなかったのです。元々、我々はヒトを疎ましく思っておりましたからね、ヒトがどんな苦難に遭おうとも、見て見ぬふり、何の手も差し伸べませんでした。ヒトは益々卑屈になり、あの御方や、我々からの祝福を受けようと必死になりました。今更でしたけどね。本当にヒトというのは、卑劣でいけません。しかし私はそのおかげで随分と楽しませていただきましたけどね」
男は必死に込み上げてくる笑いを堪えているようだ。俺はコイツの悪趣味な自慢話を聞きたいわけではない。
「いい加減にしてくれないか?お前の趣味の話に付き合うつもりは全く無いんだが」
とは言っても交渉カードを持たない俺が、コイツから話を聞く事以外、情報を手に入れる事ができないのも事実だ。だからと言ってコイツの真意がわからない今、下手に出て、コイツの言う卑劣なヒトと同じ事をしたら、コイツは簡単に俺を殺すだろう。俺とコイツはあくまで対等な関係でなければならない。その関係性をコイツも楽しんでいる。
「おっといけません。話が逸れましたね。あの御方の理についてお話していたのですね。申し訳ございません。なんせ久しぶりにヒトと話しているもので、ついはしゃいでしまいました」
男は大袈裟なジェスチャーを交えながら言った。明らかにこの行動は俺を含めたヒトを蔑んでいる行動だ。道化を演じ、ヒトより自分が優位であると言っているのだ。
俺は、この男の、人を食った大袈裟な態度が気に入らなかった。
「そんな事はどうでも良い。早く本題に入れ」
「そんなに焦らないで下さい。時間はたっぷり有りますし、順を追ってちゃんとお話ししますから……」
男は真剣な表情に戻った。これもコイツの芝居だろうが……
「先程お話しした様に、光がある所に闇があり、その逆もまた真です。全ての物には対となるものが有るのです。あの御方の現し身であるあなた方ヒトにも同じ事が言えるのです。男がいれば女もいる。これもあの御方の作られた理で、あなた方の住まうこの星の大多数の生き物にもヒトと同じようにオスとメスがあります。実は、これが我々とあなた方とを分けるところでもあるのです。天使も我々も、性別はありません。繁殖能力もありません。あの御方から許されていませんから。あの御方はあなた達のために新たに理を作りました。対となる男と女、オスとメスで、この地上に住む者達に自分たちのみでの繁殖を許すと」
男はここで一際大きなため息を吐いた。
「ところがですよ。ところがあなた方ヒトは、あの御方の理から外れた事を始めたのですよ。あろう事か、ヒトはあの御方と同じ事をしでかし始めたのですよ。ヒトを、命を、あの御方の許された理から外れた方法で創り始めたのです。この行為はあの御方に取って代わろうとする行為に他なりません」
「どう言うことだ?どの様な形であれヒトはヒトではないのか?」
「先程も申しましたでしょう?あなた方に許された理とは、オスとメス対となり繁殖をしていくと。ところがヒトはあの御方と同じ様に、塵から人形を創り始めたのですよ。その上、その人形に生命を吹き込む事まで……嘆かわしい事です……本当に嘆かわしい……」
相変わらず大仰な物言いだ。
「何をおっしゃいますか!これは大袈裟でも何でもなく、あなた方ヒトがあの御方の創られた世界を壊している事を意味するのですよ!あの御方の創られたこの美しく秩序ある世界をです。この世界をあの御方がどれだけ大切に慈しんでいたのかわかりますか?この世界がどれだけの奇跡の上に成り立っているのかわかりますか?ヒトは、それを全て壊そうとしたのです。そして、生命を作り上げるこの行為は、この世界を創り上げたあの御方に取って変わろうとしているのと同じ事です。あの御方に対する反逆と同じ事なのですよ!」
一気に男はヒートアップし、捲し立てた。
俺にはこの男の目から今まで見えていた余裕が一瞬でも無くなった様に見えた。それほどまでにも、この男にとっては、あの御方とやらが創り上げた世界が大切だったのあろう。
これほどの男が我を忘れるのだから……
髪を振り乱し興奮していた男は、落ち着かせるために一息ついた。
「私としたことが、取り乱したところをお見せいたしました。申し訳ございません」
男は冷静さを取り戻したようだ。しかし、先程までのふざけた顔は無くなっていた。冷静に、勤めて冷静に男は淡々と話しを続けた。
「端的に申し上げますと、あなたはその理から外れた存在なのです。あなたはヒトが創り出した人形なのですよ」
「それが何か問題あるのか?」
「はいっ?」
男は俺の答えが自分の予想と違っていたので狼狽始めた。その姿は、さっきまで人を食ったような尊大な態度からは想像もつかない。それほどまでにコイツにとってはショックなのか?別に俺の出自などはどうでもいい事だろうに……
「いやいやいや、なぜそんなに冷静でいられるのですか?あなたはあの御方が創ったヒトでは無いのですよ?ただの人形なのですよ?このセカイのバランスを崩すものなのですよ?このセカイに存在してはいけない物なのですよ?」
酷い言いようだな。俺は苦笑した。
「別に、そんな事は俺にはどうでもいい事だ。存在してはいけない物?しかし俺はここに存在しているぞ?」
狼狽ているこの男に対して俺は少し意地の悪い言い方で返した。この男の狼狽える姿をもう少し見ていたい。散々俺を馬鹿にしていたのだから。
それに、何を今更と言う気分が大きい。「裁き」が起きてから何年経っているのだ。それでも人類はまだ存続している。新しい文明が構築されている。後世の人々に誇れるような世界ではないが、人々は生き残っているのだ。
元々ヒトによって創られた俺達「マリオネット・コネクター」は感情を制御されてはいるが、それ以上にこの男が大袈裟に言えば言うほど、俺の心は冷めていった。何も心に響かない。別に今更出生の秘密を知ったところで、何になると言うのだ。そんなものはとっくに知っているし、今の生活が変わるわけでもあるまい。
「お前が言いたいのは、俺がお前の言うヒトが創り出した人形……クローンだと言う事だろう?別に俺には興味のない話だ。俺は自分の出自くらい理解しているしな。お前の言うあの御方が俺達の存在を気に入らないのであれば、もう一度「裁き」を起こせばいい。お前ならできるだろう?なぜしない?」
「それが出来ないのですよ……」
男は残念そうに言った。
「どう言う事だ?」
次回の更新は8月1日、朝7:30となります。




