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SIN  作者: 冬馬
第七話
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第七話--黒いスーツの男--01

 俺は黙って男を見ていた。


 俺の知りたい事?ただ、俺は早くここから出たいだけだ。ここからの脱出方でも教えてくれるのか?


 いや、ここから出すつもりなぞ無いだろう。この男が森の奥に潜むヒトでは無いモノで、こんな豊かな場所が隠されているなんて。


 こんな秘密を知った俺を生かして帰すわけがない。


《困りましたね。信用できませんか?ここには私とあなたしかいませんよ?》


 確かにこれだけ豊かな自然が広がっていても、生命らしき物は全くと言って見当たらない。普通、これだけ豊かな自然が広がっていれば、自然の恵みを享受するはずの生命が存在しないのは、ひどく不自然だ。


 俺が感じていた違和感はそこにあった。この男と同じようにどこか嘘臭いのだ。死後の世界だと思った理由もそこにある。


 とりあえず、この男が、何者であれ、コミュニケーションを取らなければ先には進まない。俺は気が進まないが、この男との会話に乗ってみる事にした。


「信用できるわけないだろう。お前が何者かも分かっていないんだからな。そもそもここがどこかも分かっていない」


 我ながらぶっきらぼうな物言いだ。しかし、あくまで対等な立場で接しなければならない。弱みに漬け込まれるのは避けたい。


《仕方がありませんね》


 そう言うと男はふわっと浮き上がり、俺と同じ目線まで上がってきた。


《どうも、ヒトに見下ろされると言うのは苦手でして。これで落ち着いて話ができます》


 このような状況下に置かれて、こんな事をされても今更驚きもしないが……


 やはりコイツはヒトでは無い……


「お前は何者だ?こんな事をするくらいだから、ヒトでは無いだろう?それと、もう俺の中を探るのはやめろ。気分が悪い。普通に話しても聴こえる」


 俺のA.Iもそうだが、勝手に探られるのは気分が良いものではないし何より疲れる。


「ああ、これは失礼いたしました」


 男は物腰の柔らかい、どこかの貴族の執事の様に頭を下げた。しかし、人を値踏みする様な目付きは変わらない。これも、貴族の執事らしいと言えばらしいが……


「申し遅れました。私はあなた方ヒトが『闇に住まう者』と呼ぶ者の一人です。名前は残念ながらありません。古のヒトは私の事を『悪魔』だとか『妖魔』だとか呼んでいた様ですが……」


 男は少し考えたフリをして……


「そうですね。今は『森の管理人』とでも呼んでいただければよろしいかと……」


 この男の立ち居振る舞いは優雅ではあるが、どこかで見下している風でもある。総じて貴族連中の執事なんて物は、そんな物ではあるが、この男の立ち居振る舞いは、どこか人の姿を真似て演じているように見える。

 男は俺の訝しがる目を感じ取ったのか、


「やはり、どこかおかしいですかね?以前、暇潰しにヒトの元に身を寄せていた事があり、その時の姿にしているのですが……勘のいい貴方には、なかなか通用しないものですね……いや、その身を寄せていたヒトですが、まぁどうしようも無い物でして、私でさえ引くほどでございました。おかげで、良い思いをさせてもらいましたよ」


 男は俺を見ておどけた様な仕草をしてみせ、聞いてもいない事をペラペラと話し続けている。俺は黙って男を見ていた。いや見ているしかなかった。コイツが俺の知っている「悪魔」だったのなら……まず俺の命は無いだろう。抗うことなぞできるわけがない。

 

 しかしなぜ、俺を生かしている?


「ああ、安心してください。私はあなたに危害を加えるつもりはありません。ただお話がしてみたいだけです」


 男は俺の思っていた疑問に答えた。


「俺の中を覗くなと言っただろう?」


「これはこれは申し訳ありません、これは癖になっておりまして。どうかお許しください。もうあなたの中を覗く様な真似は致しません」


 この男の言っている事はどこまでが真実なのかわからない。丁寧だが感情の無い言葉、謙ってはいるがどこか見下した態度。ヒトを物としてしか見ていないが故の所作だろう。


「そんなに警戒しないで下さい。おっと、これはあなたの中を読んでいるわけではございませんよ?あなたの目つきや行動を見て判断したもので、本当にヒトとは感情豊かなのだなぁと感心している次第でございます。そもそも私が……」


 ペラペラとよく喋る。コイツの長話に付き合うつもりは毛頭無い。俺を殺す気が無いのなら、早く解放してくれ。俺を殺すなら早く殺してくれ。俺は早くここを、この虚構の世界を出たいのだ。


「早く本題に入ってくれないか?俺はお前のその長話に付き合うつもりは無いんだが……」


「これはこれは失礼しました。なんせヒトと話すのはいつ以来になるのでしょう?そう……あれは三百年ほど前になりますか……」


 俺は半ば呆れてこの男を見ていた。コイツのこの不遜な態度、俺などいつでも殺せるという事だろう。だから、コイツはわざと芝居じみた立ち居振る舞いをし、俺の反応を見て楽しんでいるのだ。コイツにとっては虫ケラを痛ぶっているのと同じなのだ。


「おっと……」


 男は俺の冷たい視線に気が付いたらしい。


「重ね重ね申し訳ありません。ヒトと話すのは久しぶりなもので、ついはしゃいでしまいました」


「お前の客になったつもりは無いのだがな」


「いえいえ、大切な私のお客さまでございますよ」


 そう言うと男はニヤリと笑みを浮かべた。


「実はですね。あなた方が森に入られた時から、私あなた方を観察しておりましたのですよ」


 コイツの力ならば、それくらい簡単な事だろう。驚きもしない。


「闇の世界に自ら入り込んでくる愚か者を見ていたかったと言うのが本心なのですが。あなた方は実に興味深かった」


 さりげなく辛辣な言葉を入れてくるあたりがらしいと言えばらしい。ヒトの真似をしていると言っていたが、こう言うところはコイツの本質かもしれない。


「興味深い?」


「はい。実に興味深いのです。普通のヒトであれば、この闇の中に入ってしまったら……そうですねえ、どんなに屈強な者でも半日も持ちませんね。すぐに壊れてしまいます。ヒトと言うものは儚い物ですねぇ。ところがあなたは、何日も平気でいらっしゃる。いくらあなたがあの御方の理から外れていらっしゃっても、なかなか出来ることではございませんよ?私が管理人になって初めての事でした。私は大いに感心した次第です」


 コイツの話の中で一つ気にかかる事がある。コイツの言うあの御方とは誰だ?コイツは答えはしないだろうが、あえて俺は疑問をぶつけてみた。


「お前の言う、あの御方とは誰だ?あの御方の理とはなんだ?」


 この男は俺の懸念をよそに、先程と同じ様にペラペラと話し始めた。


「あの御方とは、あなた方もご存知のあの御方ですよ。言葉にしてしまうと簡単に済んでしまうのですが、私共にはあまりにも尊き御方ですので、とても口に出す事はできません。今のヒトは信仰心が薄れてしまっていますからねぇ。嘆かわしい事です」


 なるほどな。やはりあの存在か。「神の裁き」以降人類が捨てた存在。確かに言葉にすると簡単なのだが、俺にしてみたらコイツとは違う理由で言葉にする事が出来ない。


「あの御方は存在いたしますよ。ええ、ええ、間違いなくね」


 また俺の中を覗いたのだろう。俺の思っている事に即座に答えてきた。もう良い、何を言っても俺の中を覗くのだったら、好きにすれば良い。俺は諦めることにした。


「これはこれは恐縮です。なかなか癖は抜けないものですねぇ。申し訳ありません」


「そんな事はもうどうでも良い。あの御方の理とは何だ?俺がその理から外れていると?」

 

 男は打って変わって今までの芝居じみた振る舞いを止め、真剣な顔になった。


「そのお話をする前に、少し私共のお話をさせていただいてよろしいでしょうか?その方が理に近づけるかと……」


 俺は黙って頷き、男の話を聞く事にした。


次回の更新は28日、朝7:30となります。

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