第六話--黒き森--05
この森に入ってから何日が経っただろう。暗闇の中を彷徨っていると時間の感覚がなくなってくる。終わりの無い迷宮に彷徨い込んだ気にさえなってくる。
相変わらず生体反応を示す白い点は、付かず離れず俺たちを遠巻きに囲んでいた。もうそれにさえうんざりとしてきた。
「しかし、どこまで深いんだこの森は……そろそろ中心に着いても良いはずだろ?」
俺はイラつきながらA.Iに聞いた。A.Iは答えなかった。と言うより答えられなかったと言う方が正しいのだと思う。
外部センサーは相変わらず、正常に作動し、何の変化もない。変わり映えのない暗闇の中、平衡感覚さえおかしくなってくる。このままでは、精神耐性がある俺たち「マリオネット・コネクター」でもおかしくなりそうだ。
「うん?何かおかしくないか?」
俺は僅かなモニターの変化に気がついた。
「おい、モニターが歪んでないか?センサーどうなっている?」
《ビー、ビー、ビー》
急に、悲痛なH.M.Aの警報が鳴り響いた。
「どうした?」
俺はA.Iに問いただすように聞いた。警報が鳴るまで変化に気が付かなかったのなら、コイツの怠慢以外の何者でもない。
〈重力変化を検知した〉
「何だと!」
〈重力だけじゃない。磁場もおかしい。各センサーがダウン。H.M.Aの耐圧限界まであと0.5!まずい、このままだと潰される!〉
どう言う事だ?急に重力が変わるなんてあり得ない。その上、磁場まで狂っているだと?何が起こったんだ?何かの攻撃か?と言うより、こんな大きな変化、なぜ突然起こったんだ。何かしらの予兆があってもおかしくないはずだ。
「おい!何が起こったんだ!今まで何を見てたんだ!」
俺はA.Iに怒鳴った。
〈わからない。突然の変化だ……解析中……解析中……〉
解析中だと?こんな時に何を解析してるって言うんだ。ちゃんと仕事をしろ!
《バシッ!》
H.M.Aのサブライトが割れた音が聞こえた。
「おい!何をしている!おい!何が起こっているんだ!答えろ!」
A.Iからの返事は無い。潰れたか?
《バシッ!ギシッ!》
嫌な音が悲鳴のような警報と共に機内に鳴り響く。
《ガンッ!バキッ!ボコッ!》
H.M.Aの装甲が潰れ始めている。センサーもとっくに潰れている。まずい、H.M.Aの限界が近い。コイツは恐怖のあまり動けなくなっている。早くここから離脱しなければ、俺たちはただの潰れた鉄の塊になってしまう。
「離脱だ!ここを離脱する!」
ダメだ。コントロールからの反応が返って来ない。A.Iの反応も相変わらず無い。
《バンッ》
大きな音とともにH.M.Aのモニターも全て落ちた。耳障りだった警報アラートも消えた。機内も闇に包まれ、H.M.Aが軋む断末魔のような音だけが響き渡った。
「終わった……な」
諦めた俺は、深く大きなため息を吐くと、目を閉じ闇に身を任せた。
「もうどうしようもない。このまま終わるのも俺らしくて良いかもな。だが、奴の思い通りになるのは癪に触るけどな」
俺は、ある種の清々しささえ感じていた。
このまま、このまま闇に任せよう。やっと、やっと、これで全てが終わるんだ……
俺はそのまま闇に飲み込まれた……
「うん……?生きてるのか……?」
あれからどれくらいの時が経ったのだろう?
残念ながら俺は生きていたようだ。生き延びた俺は、なんとも不思議な気分だった。
死を覚悟していたはずなのに、生きている。俺には生きていた喜びよりも、多少の気恥ずかしさの方が勝っていた。
元より、さして生への執着なぞ無いつもりだったし、今も同じ気持ちだ。
俺は生に対してどこか覚めた目で見ていた。自分が「奴隷」であるという身の上も関係しているのかもしれない。別に生きて生還しても、何か良い事があるわけでもない。また変わらない日常が待っているだけだ。俺がいなくなれば、また代わりを補充すれば良いだけだ。
俺の存在理由なぞ無いにも等しい。そんな存在が生へ執着を見せた所で何の意味がある。
しかし、しかし……死を前にするとき、いつも俺の中から声が聞こえる。
生きろ!生き残れ!と……
不思議だが俺はこの声が聞こえると、少しだけ迫り来る死から抗ってみようという気になる……
目を覚ました俺は辺りを見回してみた。所々、亀裂が走っている部分があるが、さほど問題はなさそうに見える。H.M.Aのコントロールを握ってみた。
……反応が無い……
「おい!生きてるか?」
俺はA.Iに声をかけた。これも……反応が無い……モニターも消えたままだし、コイツらは落ちたままだ。
「まいったな……これじゃどうしようない……」
とにかく、現状を確認しなければ話にならない。H.M.Aのダメージも気になる。この場で修理ができる程度ならば、生き残る目も出てくる。俺はH.M.Aのシールドを開けようとした。
「駄目だ……動力が切れてやがる……」
気が進まないが、俺はコクピットのハッチを手動で開ける事にした。
重たい……なんでこんなに頑丈にできているんだ。これは改良した方がいいな。手動でも楽に開けられる様に油圧ダンパーを増設するか……
俺は自分でおかしくなって苦笑いを浮かべた。
「何を考えてるんだ、俺は……今はそれどころじゃ無いだろうに」
俺は力一杯ハッチを押した。
重い……
少しづつハッチが開き始めた。ハッチの隙間から光が差し込んでくる。俺は少し当惑した。
「光がある?闇の中じゃ無かったか?」
俺は思いっきりハッチを蹴り飛ばした。爽やかな外気がコクピットに入り込んできた。
「!?」
なんて事だ。俺の目に信じられない光景が広がっていた。
眩いばかりの陽の光、緑が覆い茂る木々、美しい水を湛えた湖。フィルターを通さないうまい空気。まるでこれは「神の矢」が降る以前の世界じゃないか!なぜこんな所に?やはり俺は死んだのか、これは死後の世界ってやつか?
《はははははは。面白い事を考えますね》
「誰だ!?」
何者かが俺に話しかけてきた。と言うより、これは俺の頭の中に直接送り込んでくる。
そもそもこんな所に人が存在するはずが無い、いや、存在出来無いのだ、ここが俺の知っている森の奥ならば……
幻聴か?
ついに俺もおかしくなってしまった。とりあえず謎の声の主に声をかけてみる事にした。
「俺に話しかけているのは誰だ?」
俺は辺りを見渡したが美しい光景が広がるだけで、誰も居ない。
「やはり幻聴か……これじゃ帰っても処分対象だな」
《はははははは、本当にあなたは面白い方ですね》
また声が頭に響いてきた。
《ここですよ。ここ。人形の足元です》
俺は声の言うがままにH.M.Aの足元を見てみると、そこには闇のような真っ黒なスーツを着た男が立っていた。
天使?
いや天使ならばもっと攻撃的なはずだ。出会った途端、塩に変えられるだろう。しかし、この男からは敵意は感じない。
ならばヒトか?冗談だろ?
ここは人がいられる場所では無いはずだ。ましてスーツなんて身軽な格好なんて、森の中じゃ無くても死を待つだけだ。しかし、この男は涼しい顔で立っている。と言うことは、ヒトでは無い何かと言う事か。
《やっと見つけてくれましたね》
男は落ち着いた声で話しかけてきた。
「お前は何者だ?」
俺は勤めて冷静に男に話しかけた。
男は不敵に笑って答えた。
《そんなに睨まないで下さい。何も取って食おうと言うわけではありません。実は、ここに生きたヒトが来るのは初めてなんですよ。まぁ、全てここに来るまでに死んでしまうんですがね》
男はまるで品定めをする様な目で俺を見ている。
《貴方は素晴らしい。ここに来れただけでは無く、努めて精神状態を正常に保とうとしていらっしゃる。ここまで強いヒトを私は初めて見ました。さすが、あの男が造った特別な物です。おっと、口が滑りました。今のは忘れて下さい》
確かに俺は造られたクローンだ。ベースはわからんが、プロトタイプなので他のクローンとは違う。特別と言えなくも無い。
しかし、この男の芝居じみた話し方が、殊更大袈裟に聞こえる。
男は、また芝居じみた笑みを浮かべ
《良かったらお話しでもいかがですか?何のおもてなしもできませんが、あなたの知りたい事も教えて差し上げられるかもしれませんよ?》
次回の更新は25日、朝7:30となります。




