第六話--黒き森-- 02
「黒き森」正確に言えば、かつて栄えた文明の荒れ果てた廃墟の上に、不気味な天高く聳える黒い木々が覆い茂った物だ。このような「黒き森」は各地に点在し、全てがかつて、栄華を誇った文明の廃墟の上に在る。
まるで過去の遺物を覆い隠しているようだ。
森の中は、夜のように暗く、僅かな陽の光でさえ刺す事は無い。あらゆるセンサーは意味を成さず、この中を進むには自分の目と勘で進むしか手段は無い。
かつて、何度か探索隊が出された事はあるが、結果的に帰って来たものは一人もいない。当初は脱走を疑い、捜索隊も出されたが、捜索隊の奴らも帰って来なかった……
それ以来、この「黒き森」は禁足の地とされている。
「噂」によれば、「都」を出た者や人ならず者達の住処とも言われているが……この「噂」も眉唾物だ。
誰も入った事の無い地なのに、なぜそんな噂が流れる?データも何も残っていないのに……
「ハンドラー」の奴、一体ここで俺たちに何をやらせるつもりだ。ましてや、この「黒き森」はこの辺りでは最大級の物だ。中央に全てを覆い尽くすような、黒い大木が廃墟に絡みつき天に届かんとばかりに高く聳えている。
「冗談……なわけないよな……」
〈だとは思うが……〉
A.Iも戸惑っている。
そりゃそうだ、こんな所に来て何が出来るって言うんだ?森を焼き払えとでも言うのか?
《ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ》
オートパイロットの現着アラームだ。俺はモニターいっぱいに広がる「黒き森」を見て息を呑んだ。
「でかいな……」
これしか言葉が思い浮かばない。禁足地、人が踏み入ってはいけない地、まさにその名が相応しいと思えた。
人が何かをしてはいけない地なのだ。
〈取り敢えず、命令書が届くのを待とう〉
A.Iはそう言ったが、命令書が届いた所で嫌な予感しかしない。
《ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ》
〈ハンドラーからの通信だ〉
俺はA.Iから言われるよりも早く「ハンドラー」の通信に出た。気に入らない顔だが、顔を見て奴の真意を確かめてやるつもりだ。
『今日は早いな。感心な事だ。いつもそうだと良いのだがな』
相変わらず、普段と変わらず嫌味な顔だ。
『いつものように指令書を送る。すぐにインストールしろ。今回の任務は森の調査だ』
「森の調査?誰も入った事の無い禁足地の調査だと?」
『詳細は命令書を読め。お前は命令書の通りに動けば良いんだ。余計な事を言うな』
「ハンドラー」は明らかに俺の口答えに苛立っている。
こんなもの、口答えでも何でも無い、俺は命がかかっているから当然の疑問だ。しかし奴からしたら「獣の刻印」を持つ奴隷風情には言われたく無いのだろう。「奴隷」は黙って主人の言う事を聞けってわけだ。
奴らからしたら、俺たちは使い捨ての道具と同じだ。奴隷風情の命なぞどうでもいい。
モニターの中の「ハンドラー」がいやらしい笑みを浮かべた
『お前には他の者には無い「特殊装備」があるだろう?』
俺がこの前作った『位置情報マーカー』の事を言ってるな。
やはり監視されていたってわけだ。こんな所でこの前の仕返しをされるとはな……つくづく嫌らしい奴らだ。それにこの森で「マーカー」が機能するのかもわからないのに……
『その「特殊装置」のおかげで、今回の任務を特別に組んでやったんだ。ありがたく思え』
コイツは俺をどうしても処分したいらしい……そして、実力行使に来たって所か。
任務途中で俺が死んでも任務中の事故で片付けられるし、生きて帰れば帰ったで、「黒き森」のデータが手に入る。どちらに転んでも、コイツには損は無い。
『今回の任務は特殊任務に分類される。よってこちらからこれ以上コールする事は無い。お前からのコールも定時の生存確認信号以外は受け付けない。定時信号がなかった場合、ただちに脱走と判断をし処分対象となる。注意しろ』
センサーも効かない場所で、どうやって定時コールをしろって言うんだ?俺に逃げ道は無いってわけだ。
『話は以上だ。何か質問は?』
「別に……」
『せいぜい、その「特殊装備」を駆使して生き残るんだな』
「ハンドラー」はまたいやらしい笑みを浮かべ、捨て台詞を言い終わると通信が切れた。
通信を終えた「ハンドラー」は先程まで見せていたいやらしい笑みを消し、別の回線を開いた。
「あなたの思惑通り、奴の処分を終えました。まず、帰ってくる事は出来ないでしょう」
それだけを言うと、通信を切り、ヘッドセットを外し大きなため息をついた。
「おい、命令書のインストールは終わったか?」
〈終わってるぞ〉
「よし、メインモニターに出してくれ」
メインモニターに命令書が映し出された。
なんだ?これは?
《現地点より「黒き森」の調査をせよ。また、調査が終了するまでいかなる事由であっても都への帰還、通信、その他の連絡手段を使用してのコンタクト、以上の事を禁止する。ただし生存確認定時コールのみは例外とする。こちらで生存確認定時コールが確認されない場合は、任務失敗または脱走と判断し、速やかに処分される事に留意されたし》
呆れるしかない。いや、絶望と言ってもいいだろう。ただ調査をしろだと?何を調査すればいいんだ?調査対象も記されていない。この広いそれも誰も入った事の無い禁足地の「黒き森」の何を目標にすればいいんだ。
「なあ、奴は俺に死ねと言ってるのかな?」
〈どうやら、そう思っても間違いでは無さそうだな。しかしここまでやってくるとはな……〉
A.Iも呆れている。それもそうだろうな。ここまであからさまなのは今まで見た事がない。今までも理不尽な指令は数多く受けてきたが、死ねと言われたのは初めてだ。
「食料はどれくらいある?」
〈レーションが1週間分だ〉
「節約すれば、かなり持つな」
H.M.Aのエネルギー源は、この前満タンにした。余計な事をしなければ10日は保つはずだ。
〈お前、この任務を受けるのか?〉
A.Iの疑問ももっともだ。死ねと言われている任務を受けて何になる?しかし生き残る為にはやるしか無いのも紛れもない事実だ。
もしくは……。
「受けるしか無いだろう?それに生き残れと言ったのはお前だぞ?」
〈……確かにそうは言ったが……〉
「生き残るためにはやるしかない。他の選択肢は無い。そうだろ?」
〈いや……一つだけ方法がある……〉
「なんだ?言ってみろ」
俺はあえてA.Iに聞いてみた。
〈……任務を放棄しての脱走……〉
俺と同じ答えだ。追い詰められた俺たちにはこれくらいしか選択肢が無いのは確かだ。
任務をやるか、逃げるか……
「確かにな……。俺たちに残された選択肢は二つしか無いな……」
〈……残念ながらな……〉
A.Iは考え込んでしまった。結論が出せないのだろう。どちらに転んでも生き残る確率はとてつもなく低い。しかし、そんな状況下に置かれても俺は冷静だった。死ぬにせよ、生き残るにせよ「ハンドラー」の思い通りになるのは腹が立つ。
「どちらにしても奴の思い通りになるのが癪に触る。なら、任務を成功させて奴の悔しそうな顔を見るのも良いんじゃないか?」
〈……しかし……生存確率は限りなく低いぞ……〉
「それならそれで構わんよ。どうせどっちに転んでも死ぬんだ。それにな……」
俺には一つだけ、気がかりな事があった。
「俺が逃げたら、duo達αチームも捜索に来るだろ?……奴らとはやりたく無いんだ……」
〈SIN……〉
これは俺の本心だった。奴らとは戦いたくない……奴らがどんなに記憶を消されていたとしても、俺の中に残っている記憶がそう言っている。
「duoに影響されているな。忘れてくれ……」
〈わかった……。お前の好きにすれば良い。それに任務が失敗すると決まったわけでもない」
なんだ?随分と物分かりが良くなっているな。こんな状況じゃ足掻いても仕方がないとでも思ったか?何にしても方針は決まった。
「じゃあ、Heliosを降ろすぞ。装備は何があるかわからん。持っていけるだけ積み込む。わかったな」
〈了解〉
俺がコンテナに移ろうとすると、何か声が聞こえる。
《大丈夫……あなたは……私が……守……る……》
「なんだ?おい!何か言ったか?」
〈……いや……何も……〉
「そうか、俺はコンテナでHeliosを起動させる。お前も早く来い」
〈了解〉
《大丈夫……安心……して……》
誰だ?また静かで穏やかな声が聞こえた。誰なんだ?俺に話しかけてくる奴は?
次回の更新は14日、朝7:30となります。




