第五話--それぞれの思い--07
次の日、いつものように朝メシを食べていると、一人の男が話しかけてきた。
「よお!SIN!また一人寂しく飯食ってんのか?可哀想だから俺が一緒に食ってやろう」
相変わらずうるさい奴だ。
「別にいつもの事だ」
「相変わらず釣れない奴だな。そんなんじゃ友達もできないぞ」
「別に馴れ合うつもりもないんだがな」
duoは勝手に俺の前の席に座り食べ始めた。
「相変わらず、不味いメシだ」
duoはパンを残した。
「どうした?食べないのか?」
俺はduoに聞いた。
「うん、何でだろうな。腹が一杯ってわけでもないのにな……」
「そうか……」
「duoさん!」
一人の少女が話しかけてきた。
「うん?何だ?」
少女が一冊の絵本をduoに手渡した。
「何だ?これ?」
「これduoさんにって」
「誰から?」
「……わかんない……忘れちゃった……みたいかも……」
「ふ〜ん」
duoは興味なさそうに絵本を受け取り、ページをパラパラとめくると、中から手紙が出てきた。
「duoさんへ。いつも優しくしてくれてありがとう。もう会えないと思うから優しくしてくれたお礼に大好きなこの絵本あげるね。リン」
その手紙はとても拙い字で書かれていた。しかし、とても気持ちのこもった字だった。
「リン?誰だ?リン……リン……」
すると急にduoの目から涙が溢れ始めた。
「ああそうか……リンか……」
リン……俺にも聞き覚えがある。
「アイツ……俺の事なんてどうでも良いのによ……」
俺にも不思議な感情が込み上げてきた。なんだこの感情は?
「あれ、なんだ?なんで泣いてるんだ俺?リン?誰だ?あれ?なんだろ?」
少女はduoを不思議そうに見ていた。
「どうしたの?リンって誰?」
リン……リン……
俺は記憶を探った。少しづつ記憶の断片が見えてくる……
ああ……ああ、そうか……そうだったのか……
「誰だろう……頭の奥に引っ掛かってるんだけど……」
duoは涙を拭きながら呟いた。こうやって不都合な真実は消されていく。皆の記憶の奥底に追いやられてしまうのだ。
「お腹が痛いの?」
少女は心配そうにduoを覗き込んだ。
「はは、そんな事ないよ。大丈夫。大丈夫だ」
duoは少女に微笑んだ。
「そっか。良かった」
ほっとした顔を見せた少女はそう言うとduoの頭を優しく撫でて、
「大丈夫だよ。duoさん」
少女は無邪気に笑った。duoは驚いて少女の顔を見ていた。
「へへへ。いつも私が泣いてる時に、これやってくれたお姉さんがいたんだ。こうやってね頭を撫でてくれて、大丈夫、大丈夫って言ってくれてたんだよ」
「そっか……」
「そうするとね、元気が出るの。元気が出るおまじないなんだってさ」
俺には、少女とリンが重なって見えた。まるでリンがduoを慰めているように……そして、リンの奥にはもう一人……
「おまじないか……そっか……ありがと……ありがとな」
duoは、目の前の少女を通して記憶の奥底に沈んでいる少女にも言ってるように見えた。duoの目から涙が一粒溢れた。
「duoさん!この綺麗なの何?」
「うん?」
少女が絵本に描かれている海を指差して聞いた。
「これか?これは海って言うんだ。青くてキラキラして綺麗なんだぞ」
「へぇ、海って言うのかぁ。綺麗だねぇ。duoさんはいつも外に出てるから、こんな綺麗な海見てるんでしょ?良いなぁ」
少女は目を輝かして、duoに聞いた。
「そうだな。いつかお前も見れたら良いな」
duoは持っていた絵本を少女に差し出した。
「……やるよ……」
「えっ?くれるの?」
驚いている少女にduoは笑顔で言った
「ああ、俺が持っているよりずっと良い。大事にしろよ」
少女の顔が笑顔でいっぱいになった。
「うん、ありがとう!大事にする!」
少女は大切な宝物のように絵本を抱きしめた。
「あ、それとな、これ。みんなで食え」
duoは少女に目配せをして、テーブルの下で残したパンを手渡した。
「いいな、見つかるんじゃねぇぞ」
「ありがとう!」
「名前……教えてくれるか?」
「私ね、スズって言うんだ」
「そっか、スズか……良い名前だな」
「うん!」
duoはスズの頭をポンと叩いて、俺を見るとニヤリと笑った。嫌な予感がする。
「そうだ!このお兄ちゃん、SINって言うんだけど、実は友達いないんだよ」
「そうなの?」
duoは俺の顔を見て不適な笑みを浮かべると
「そうなんだよ。寂しい奴なんだ。だからさ、スズ、コイツと友達になってやってくれないかな?」
少女は眩しい笑顔を俺に向けた。
「いいよ!SINさんよろしくね!」
「あ、ああ、よろしく」
スズの笑顔に俺は戸惑いながらも返事を返した。その姿を見てduoはニヤニヤしている。俺の嫌な予感は当たった。
そうだった、コイツはこう言う奴だ。
「duoさん、SINNさん、もう食べ終わった?片付けて良い?」
「ああ、良いよ。ありがとうな」
スズは小さな身体で、俺たちの食器を片付け始めた。
「スズ!」
俺はスズに声をかけた。
「何?SINさん」
スズは不思議そうな顔で俺を見た。
俺もduoと同じように目配せをして、テーブルの下で食べ残したパンをスズに手渡した。
「スズ、これもみんなで食べな」
「良いの?」
スズの目が俺を真っ直ぐ見つめている。俺はそんなスズの目が照れくさくて見れなかった。
「ああ、見つからないようにな」
「ありがとう!みんな喜ぶよ!」
スズは一際明るい笑顔で言った。スズは貰ったパンと絵本を大事そうに配膳トレイに隠して持っていった。
「ふ〜ん」
duoは何か言いたそうに俺を見ている。
「なんだ?」
俺は努めて冷静に振る舞おうとした。
「お前がねぇ。」
「なんだよ?何かおかしいか?」
duoは笑いながら言った。
「やっぱりお前は良い奴だな」
「うるさい。なんだよ、お前は」
俺は照れくさくて仕方がない。
「そう言うなよ。しかしお前ってほんと良い奴だ」
「こら、シスコン!もう時間だよ。早くしないとunusに怒られるよ!」
急に怒鳴り声が聞こえた。怒鳴り声の主はtresだった。仁王立ちをして俺たちを睨んでいる。
「シスコンじゃねぇっていつも言ってるだろ!」
「シスコンじゃない!だってさ、あれ?誰だっけ?いつも一緒にいる女の子?」
「誰のこと言ってるんだよ?お前、おかしくなったのか?」
「そんな事ないわよ!あの子ね、いつも私の頭撫でてくれたの、大丈夫、大丈夫って、おまじないだって。可愛いわよね。あなたがシスコンになるのもわかるわ。……あれ?私、誰の話してるんだっけ?」
一筋の涙がtresの頬を伝う。
「あれ?何だろ?あれ?」
「おまえ、やっぱりおかしくなってないか?」
「そんな事無いわよ。ちょっと目にゴミが入っただけよ」
「そうですかって、もうこんな時間か。じゃなSIN!」
duoは慌てて席を立ち、tresとハンガーに向かいかけた、しかし急に振り返り、
「じゃな友よ!お前の事も覚えてるからな!」
そう言うと、慌ててハンガーに向かって走っていった。相変わらず騒がしい奴だ。
俺の事もか……リン、ほんの少しだけど、みんなの中にお前は残っているみたいだぞ。今はそれで勘弁してくれな……
俺はハンガーに向かう二人を見ながらそう思った。
次回の更新は7日、朝7:30となります。




