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SIN〜第一部〜  作者: 冬馬
第五話

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第五話--それぞれの思い--05

 俺たちは搬送部隊から離れ、一路岬を目指して走っていた。duo(ドゥオ)はリンとの最後のドライブを楽しんでいるようだ。


「おい、そろそろ目的地だぞ」


 目的地の岬の入り口が近づいて来た。ギャレイでは岬の先まで行けそうにもない。


「残念だなぁリン、もう着いちゃうってよ。お別れが近いなぁ」


 duoは名残惜しそうにリンに言った。


 そうだ。あと少しの時間で彼女との永遠の別れの時間が訪れる。心残りを残さないように今の時間を大切にするが良い。


 俺は付近の索敵を始めた。周りには障害となるものは何も無い。とりあえず一安心だ。ここまで来て二人の最後の時間を邪魔されたくは無い。


「よし、着いたぞ。索敵を怠るなよ。何かあったらすぐに連絡しろ」


 俺たちは岬の入り口にギャレイを止めた。俺はA.Iに引き続き索敵を続けるように指示をした。


〈了解〉


 A.Iは何も言わずただ短く答えた。


 俺はギャレイを降りた。外は灰色の空と荒れ果てた大地いつもの見慣れた光景が広がっている。

 duoもリンを抱き上げギャレイから降りた。俺たちは岬に向かって歩き始めた。海からの風がなぜか心地良かった。


「不思議だな。なぜか懐かしい感じがするよ」


 duoが呟いた。

 俺も不思議に感じていたこの懐かしい感覚。生命の源である母なる海の記憶は俺たちの遺伝子レベルで刻まれているのかもしれない。

 俺たちはしばらく歩くと岬の突端に着いた。


「SIN、ここにしよう。ここだと海を見下ろせる」


「ああ、わかった」


 眼下には、ただ広いだけの灰色の海が広がっていた。


 duoは抱いていたリンをそっと下ろすと、持ってきたスコップで穴を掘り始めた。俺も黙ってduoと穴を掘り始めた。duoは何も言わず黙って掘っていた。俺も黙って掘り進めた。

 俺たち二人は何も言葉を交わす事なく、ただ黙って掘り続けた。



「これくらいで良いだろう」


 人一人が横になれる位掘り終わるとduoが言った


「ああ」


 duoはリンの元に行き、そっとリンを抱きあげると、静かに穴の中にリンを寝かせた。


「リン、ここだと海が見えるだろ?お前が見たかった青い海じゃ無いけどな。それは勘弁してくれ」


 そう言うとduoは、手でリンに土をかけ始めた。俺も同じように手で掘った土をかけた。


「SIN、お前には家族っていたのか?」


 リンに土をかけながら唐突にduoが俺に聞いた。


「いや、そんな記憶は無いな」


 俺は短く答えた。


「そうか……俺には妹がいたって前に話したよな」


 duoは寂しそうに話し始めた。


「もちろん、血なんか繋がっていないけどな。いつも俺に纏わりついてて、それが煩わしかったけど……」


「ああ……」


「俺に適性があるってわかってから離されちまった。今は何をしてるのかもわからん」


「そうか……」


「リンを初めて見た時、驚いたんだよ。妹そっくりでな」


「ああ……」


「リンと話してると楽しかった。妹と話してるみたいだった。おかしなもんだよな。妹の事、あんなに煩わしかったのにな」


「ああ……」


「リンが妹に思えてな。なんか、放っとけなかったんだ」


 リンに土をかけているduoの手が止まった。


「貴族に呼ばれたって聞いた時には、こうなるって事はわかってたんだ……けどな、リンの笑顔を見たら何も言えなかった……」


 リンを見つめながら寂しそうに話しているduoの表情は俺には見えなかった。


「馬鹿だなぁ、リン……お前、自分の事より、家族の事考えてたんだよなぁ。だからあんな笑顔してたんだよなぁ」


 duoはリンの頬に弱々しく泥だらけの手を添えた。


「馬鹿だなぁ……お前……自分が行けば、家族が少しは良い生活出来るって家族の事思ってたんだよなぁ……」


 リンの頬にduoの涙が落ちた。


「こうなる事も覚悟してたんだよなぁ。それでも一生懸命笑っててよ……」


 そう言うとduoは再びリンに土をかけ始めた。ただ黙ってリンに土をかけていた。duoの頬に光る物がつたう。duoの嗚咽が聞こえた。


「馬鹿だなぁ……本当に……馬鹿だなぁ」


 duoの涙がリンの頬に落ちた。俺にはまるでリンが泣いているように見えた。


「馬鹿だよお前……本当に馬鹿だよ……」


 duoは泣きながら愛おしそうにリンに土をかけていた。徐々に架けられた土でリンの姿が見えなくなっていく。俺は二人の最後の時をただ見ている事しか出来なかった。



 どれくらい時が経ったのだろう。duoはリンの墓標の前から動こうとしなかった。しかし別れの時間は近づいてくる。


〈SIN、そろそろ時間だ〉


 A.Iから通信が入った。タイムリミットだ。これ以上ここにはいられない。俺はduoに声をかけた。


「duo、そろそろ行くぞ。搬送部隊が帰ってくる」


「ああ」


 duoは力無く立ち上がり、最後にリンに話しかけた。


「リン、じゃあな。また会えたら良いな」


 duoはそう呟くと俺たちはリンが埋められた場所を後にした。

 duoは何度も振り返りリンの墓標を見ていた。その間duoは何も話さず、何度も何度も見えなくなるまで振り返っていた。


 ギャレイに戻ると、俺たちは搬送部隊との合流地点に向かった。索敵モニターに搬送部隊のマーカーが光っている。今度は別れた時と逆の手順を踏めば良い。


「なあ、SIN……」


 唐突にduoから通信が入った。


「なんだ?」


「明日になったら、リンの事を忘れちまうのかな?」


 俺には答える事が出来なかった。

 リンの事はリンに関わった全ての者達、家族さえも記憶が消去される事になるだろう。上の連中は不都合な真実を残しておかない。明日になれば、リンとの思い出、全ての事が無かった事になる。きっと今までも何人もの事を俺たちは忘れているはずだ。

 奴隷には想い出さえも許されてはいない……


「消されたくねぇなぁ……」


 duoは小さく呟いた。


「そうだな……」


〈SINそろそろだぞ〉


 A.Iが遠慮がちに言った。索敵モニターを見ると搬送部隊が近づいてくる。俺は気を取り直しduoに言った。思い出に浸る時間は終わったのだ。


「duo!出来るな!」


 ここで失敗してしまったら元も子もない。送り出してくれたunus(ウヌス)tres(トレス)の為にも俺たちは帰らなければならない。しかし俺はduoの事が気になった。


 ヤケを起こさなければ良いのだが……


 俺はもう一度、duoに聞いた。


「出来るな!duo!」


「うるさいな!大丈夫だよ!」


 どうやら、ヤケを起こす気はないようだ。奴は冷静に見える。


「よし、搬送部隊の後ろに着くぞ!」


 俺たちは、搬送部隊に合流し後ろに着いた。


「よし!着いたな。マーカーの擬似認識コードをオフるぞ!それと同時にH.M.Aの認識コードをオンだ!タイミング間違えるなよ」


「了解」


 duoから緊張感が伝わってきた。


「擬似認識コードOFF!H.M.A認識コードON!」


〈認識コードON!マーカー廃棄!〉


 トレーラーからマーカーが落ち燃え上がった。俺はそれを確認すると索敵モニターを見た。俺たちのマーカーが搬送部隊と並走し点滅している。今回もduoのAtlasのA.Iは協力してくれたようだ。


「よし!うまく行った。duoよくやった」


「子供扱いするな!でも、これでunusの旦那とtresを安心させてやれる」


「そうだな」


「迷惑かけちまったな。帰ったら謝らなきゃな」


「ああ、そうしてやれ」


「SIN……」


「何だ?」


「助かったよ。ありがとう」


 duoが神妙な声で言った。


「よせ!お前らしくもない。リンの事は俺も知らないわけじゃないからな。お前の為じゃない。リンの為にやっただけだ」


「そうだな。ありがとうSIN」


「気持ち悪いからやめろ!俺は疲れた。帰るまで寝るぞ。もう子守りはたくさんだ」


「ああ、そうしてくれ」


 俺はA.Iに後の事を任せて眠ろうとした。すると、


「そうだ!SIN!」


「なんだ?まだ何かあるのか?」


 duoはまだ話したらないらしい。


「リンの眠っている場所。あいつが持っていた絵本のようにいつかは海が綺麗に見えるようになるかなぁ。花が一杯に咲くかなぁ」


「どうだろうな」


「そうしたらリンも寂しくないよな。そうなったら良いなぁ」


「そうだな……」


 俺もそう思った。いつか美しいと言われる景色をリンとduoと見てみたい。到底叶わない事だとわかっているが素直にそう思った。


「おお悪い、眠るの邪魔しちまったな。悪かった。眠ってくれ」


「ああそうさせてもらうよ」


 俺はduoとの通信を切った。

 奴は話す事で、少しでもこの寂しさを埋めたいのだろう。不思議だが俺も同じ気持ちだった。何か大事なものが抜け落ちた気持ち……しかし、いつまでも引きずってはいられない。「ハンドラー」に不審に思われたら、全てが無駄になる。それはduoもわかっているようだ。


美しい海に綺麗な花か……本当にそうなると良いな、リン……。

次回の更新は30日、朝7:30となります。

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