第五話--それぞれの思い--03
「そろそろ、孔が見えてくるぞ」
遠方に小高い丘が見えてきた。
丘に見えるが、これは巨大な孔の外縁部だ。「外」にはこのような巨大なクレーターと言って良い大きな孔が無数に存在している。話によると「神の矢」によって開けられた物らしい。「都」から少し離れた場所にある孔を俺たちはゴミ処分場として使っているのだ。
処分と言ってもただ投げ捨てるだけで特別な処理などしていない。奴隷の亡骸も埋葬などせずに焼かれてからゴミと同じように投げ捨てられる。
やっている事は「都」の貴族連中と変わらない。場所が変わっただけだ。
索敵モニターに、孔の周りに群がる小さな点が表示された。いわゆる得体の知れない者たちだ。奴らはいつもゴミの中から使えそうな物を漁っている。
索敵モニターに表示された点が孔から散らばっていく。奴らも俺たちに気がついたのだろう、どうやら逃げ出したようだ。
そうだ、そのまま逃げてくれ。まだ誰もお前達に気が付いていないはずだ。今日はお前達を殺したくない。
「SIN、これは何だ?」
見つけちまったか!?
duoは俺と索敵モニターを共有している。俺と同じように奴らの事が見えているはずだ。
「何の事だ?」
俺はとぼけてみせた。
「これだよこれ。ここだけ海の方に出てるだろ?」
duoのマークした地点が赤く光った。
良かった……
どうやら、俺と違う所を見ていたようだ。duoは遠距離索敵に慣れていない分、小さな点が何を意味するのかわかっていないらしい。俺は内心ほっとした。
俺たち二人が奴らを確認した時点で俺たちの特殊任務が自動的に発動されてしまう。搬送部隊を援護する為に、脅威となる物を排除しなければならない。俺一人だと、それは誤認だと誤魔化す事も可能だ。搬送部隊が遠距離索敵を持っていない分、いくらでも言い訳ができる。しかし二人とも確認したとなると、そんな言い訳も効かなくなってしまう。
俺はduoには汚れ仕事をさせたくは無かった……。
しかし、それにしてもおかしい。duoは気が付かなくても、奴のA.Iは気がついても良さそうな物だが……。
俺はduoのさっきの質問に答えた。
「そこは、岬と言われていた所だ。今は美しい海なんてないが、『神の涙』以前は美しい海を見下ろせたらしいぞ」
「美しいって何だ?」
duoは不思議そうに言った。それも当然の話だ。俺たちには美しいなんて感情は無い。
生まれてから美しいものなんて見た事も感じた事も無いのだから……
以前、天使の孵化に出くわした時も、俺には美しいなんて感情は湧かなかった。そのおかげで心を奪われず、塩にならずに済んだ。あそこで塩になってしまった奴らは、何かしらの感情を持ち、心を奪われてしまったのだ。
皮肉な事に、俺のA.Iは、あの光景を美しいといった。俺よりも人間的な感情を持っていると言うことかもしれない……
「神の涙以前は、海は青く、生命が満ち溢れて輝いていたらしいぞ。俺も美しいなんて言葉の意味はわからないがな」
「よく知ってるなぁ。そういえば海を見たいってリンが言ってたな」
「そうだったな」
俺は昨日のリンとのやり取りを思い出していた。
「絵本を俺たちに見せてくれたっけな」
「そうだったな」
duoはリンとの思い出を努めて明るく話していた。それは俺に話すと言うよりもリンに語りかけているようだった。
「SIN、ここに行けないかな?ここに埋めてやったらリンも喜ぶと思うんだ」
「何!?」
無茶なことを言う奴だ。
俺たちは、一応任務で来ているんだぞ。それを忘れているわけじゃないだろうな。
と言っても今のduoには何を言っても無駄な事だろう。心からリンを弔いたいと思っているのだ。人間的な感情も消されているのにだ。
しかしここで搬送部隊と別行動を取ってしまうと、後で行動ログを調べられたら一発でバレてしまう。いや行動ログを調べるまでも無い、俺たちを常に監視している「ハンドラー」の事だ。俺たちが不審な行動を取っていると分かれば、すぐに「H.M.A」の動力を切り、脱走として処分するに決まっている。そうなってしまったら、残してきたunusやtresも同じ運命を歩む羽目になってしまう。
俺はそれだけは避けたかった。それに、ここで俺たちが処分されたらリンも悲しむはずだ。
「!?」
俺は、ふとおかしな事に気が付いた。
もしかして、unusはこれも含めて俺にduoを頼むなんて言ってきたのか。
ようやくわかった、俺に暴走するコイツの子守りをしろと言う事だったんだな。
やられた。
確かにduoは大人しくしているような奴ではない。こうなる事もある程度は予想できる事だ。本当に嫌な役目を押し付けられたものだ。いつもコイツの面倒を見ているunusに同情する。
「リンもここが良いって言ってるんだ。頼むよ。お前が嫌だったら、俺一人でも行く」
簡単に言ってくれる。お前一人でそんな事をしたら、残された者たちはどうなるかわかって言っているのか?事の大きさをコイツは何もわかってないな。
「……」
何か良い方法が無いか、俺は思考を巡らせた。俺もリンを弔ってやりたい気持ちはある。しかし、危険を犯すわけにはいかない。
待っている奴らの為にも……
「SIN、俺、一人で行くよ。あとは頼むな」
「ちょっと待て!」
全く、短絡的なバカだ。
つくづくunusが気の毒に思えてきた。
仕方がない。賭けてみるか……
俺は少し考えてA.Iに聞いた。
「おい、Atlasの認識コードをコピーできるか?」
〈向こうのA.Iがプロテクトを外してくれたら出来るが……しかし、プロテクトを外してくれるとは思えないけどな……〉
それもそうだ。個体認識コードをコピーなんてされてしまったら、中身が覗き放題だ。
それがわかっているから、俺のA.Iもあまり乗り気じゃ無い。
「とりあえず、やってみてくれ。事が終わったら、全て消去するさ。」
俺も他人の認識コードなんて後生大事に保管していたくは無い。
〈……了解した。しかし期待しないでくれ〉
次回の更新は23日、朝7:30となります。




