第一話 --任務--01
《ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ》
突然、耳を劈くような警告音が鳴った。俺は長い悪夢から現実に戻された。
「なんだ?何か用か?」
俺はイラついて答えた。しかし、現実に戻された事に安堵しているのも事実だった。まだ、現実と夢の狭間を彷徨っている俺に無機質なマシンヴォイスが追い打ちをかけるように冷たく言い放った。
〈時間だぞ。いつまで寝ている?〉
まだ意識がはっきりしていない俺は、機内のタイマーを見た。タイマーは淡々とカウントダウンを続けている。
なんだ、作戦行動までまだ時間があるじゃないか。
俺は内心、悪夢から引き戻してくれた事に感謝をしつつも不機嫌を装い、何も答えずにいた。
〈聞いているのか?SIN〉
俺の心の内を知ってか知らずか、A.Iは不機嫌に問いただしてきた。
コイツは、なんで機械のくせにこんなに偉そうなんだ。
この自立思考A.Iは、作戦行動における俺のアシストを行うために常に行動を共にしている。と言えば聞こえが良いが、コイツは、言ってみれば俺のお目付役、俺の行動を監視しているのだ。様々なセンサーから俺の心理状態やら肉体的やらのデータを抜き取り、俺を「作戦行動における最善かつ最も効率的な運用」をさせる為に逐一データを上に送信し続けている。
当たり前のことだが、俺はこの「覗き野郎」が嫌いだった。だから作戦行動におけるコードネームもつけていない。コイツはただのA.I、機械だ。別に名前が無くても何か支障があるわけでもない。コイツには元々のシリアルナンバーが割り振られているはずだが、そんな物も俺には関係ない。機械を愛でる趣味は俺にはないのだ。
機械は操る者に従えば良い。
しかし、時にコイツはヒトと同じ感情らしきものを出し、ひどく不機嫌になる事がある。
なぜ、ただの機械がヒトと同じような感情を持つ必要があるんだ?ただの機械がヒトと同じような感情を持つことが出来るのだ?
コイツを開発した人間は、機械と人との共存や相互理解の関係性を真剣に夢見ていたとんでもない理想主義の夢想家と言わざるを得ない。機械と良好な相互理解などできるはずがあるわけない。「使う側」か「使われる側」でしかないのだ。
現実的に見ても、俺は奴に良いように使われている「使われる側」でしか無い。
そんな「使う側」の機械にヒトと同じらしい感情があると思えた時から、俺はコイツのことがますます信じられなくなった。
これではヒトと変わらないじゃないか。あらゆる感情を抑制されている俺よりも「ヒトらしい」じゃないか。
俺が奴の問いかけに答えずにいる事が、奴は不満らしい。このままコイツを相手にしなくても良いのだが、余計な事を上に報告されても腹が立つし、何よりも作戦行動に支障が出る恐れがある。当然ながらその場合は俺の命が危険にさらされる事を意味する。
コイツらとヒトでは、命の重さが違う。
この不平等な世の中でも、唯一公平だと言えるのは、ヒトには命が一つしか無いという事だ。これだけは、王様だろうが、奴隷だろうが変わらない。
等しく死は訪れる。
ただ、それぞれの命の価値は違うが……。
機械には命の概念が無い。
それも当たり前の話だろう。コイツらは常にバックアップを更新し、不具合があればすぐにコピーを作る。コピー、バックアップさえあればすぐにリブートする事ができる。死ぬ事は無いわけだ。物理的に破壊されても新たな筐体に再インストールすれば良いだけだ。だから相対的に命の価値がヒトと違い軽くなる。
たかが機械の機嫌を損ねたくらいで、こんなつまらない事で命を落としたくは無い。コイツの機嫌ひとつで命の心配をしなければならないなんて馬鹿げた話だが、それが俺の置かれている現実だ。
とりあえず俺は返事だけはする事にした。
「聞いてるよ。それに俺は眠っていない」
俺は、あえて、感情を表に出して答えた。どうせ、コイツには全てがお見通しであるのはわかっているが、せめてもの抵抗だ。
我ながら、随分子供じみた抵抗ではあるとは思うが……
俺はヘッドセットを装着し、次の行動の準備を始めた。不機嫌を装っている俺を知ってか知らずか、コイツは妙にヒト臭い事を言ってきた。
〈そろそろハンドラーから定時連絡が来るぞ。奴の嫌味を聞きたくないだろ?早く準備をしろ〉
「ハンドラー」とは俺たちに全般的な作戦指示をする、俺の上役に当たる嫌な奴だ。とは言っても俺と「ハンドラー」とは明確な大きな差がある。奴は「ヒト」で俺は「奴隷」
「奴隷」は「ヒト」の言う事は絶対であり、決して逆らう事が出来ない。奴が死ねと命じたら、死ぬ以外選択肢はない。俺たち「奴隷」の命はこの世界では最も軽いのだ。
この「ハンドラー」はこの世界の理不尽を最も有効に使う人種だ。
コイツは露骨に俺たちを見下し、無理難題を吹っかけてくる。まるで早く死ねとでも言っているようだ。コイツは俺たちの苦しんでいる姿を見て笑っているに違いない。とてつもない悪趣味な奴だ。
コイツは通常通信であっても必ず俺を見下した嫌味を混ぜてくる。コイツにとっては良いストレス解消となっているのだろう。
俺たちはコイツのストレス解消の道具だ。
俺はふと思った。
もしかしてA.Iは俺を気遣っているつもりか?
〈定刻だ。ハンドラーからの通信だ〉
A.Iが無機質に言った。
なるほどな……
どうやらコイツは俺に気を遣ったわけでは無いようだ。コイツが気を遣ったのは「ハンドラー」に対してだと言うことか。「ハンドラー」からの定時通信の前にしっかりと準備をしておけと言う事だ。万が一にも準備ができていなければ奴の機嫌を損ねる事になる。それを避けたいわけだな。
まるで上役におべっかを使う提灯持ちみたいだ。
俺がこんな事を考えていると、「ハンドラー」からのコールに応えた。
「SINだ」
今回も一秒の遅れもなく時間通りだ。
奴は他にやる事が無いらしい。嫌味を言うことが仕事だと固く信じているみたいだ。
奴からは定例文と嫌味以外聞いた事がない。毎回、作戦行動前に奴の嫌味を聞かされると、精神的に大きなダメージを受ける。
『応答まで、10秒かかったぞ。何をしていた?まぁ、また居眠りでもしていたんだろうがな。お前達『奴隷』は目を離すとすぐにサボりやがる』
「ああ、すまない」
俺はまともに答えるつもりは無かった。ここでまともに答えでもしたら嫌味がエスカレートするだけだからだ。奴も俺の答えを期待してなぞいない。いつもの事だ。
『任務開始時刻は、当初の予定と変更は無い。ヒトマル:マル:マルに行う』
奴は俺の答えを聞くでもなく、自分の用件だけを伝えてきた。機内のタイマーがカウントダウンを始めた。あと3時間後だ。
『任務指令書は、通常の規約通りに、任務開始10分前に送信する。任務指令書をインストール後、お前は指令書に沿って装備を整え任務に向かい、完遂するように』
これもいつもと同じ聞き慣れたセリフだ。
『任務行動中に何か不備があった場合は、すぐにコールするように。それ以外のコールは規則により禁止とする』
不備があった所で、この無能の「ハンドラー」は何もする気もないだろうに。それどころかコールさえ受け取らないだろう。
『何か質問は?』
「別に……」
『よろしい。それでは成功を祈る』
コールが切れた。通信時間……3分。
一言一句違わず、毎回、毎回、同じ事の繰り返しだ。通信時間も全く同じ。こいつは本当に生身の人間か?ただ録音した物を流しているかのようだ。
「ハンドラー」にしてみても俺に無駄な時間を割きたくもないのだろう。仕事だからコールをして、ついでにストレス解消をしているだけだ。奴は「使う側」俺は「使われる側」この差は永遠に縮まる事はない。
今度、わざとトラブルを起こして通信時間を伸ばしてやろうか。
俺がそう考えていると、
〈無駄な事はやめておけ〉
A.Iが俺の心を見透かしたように冷たく言い放つ。
〈そんな事をしても、奴は時間通りに終わらせる為に捲し立てるだけだ〉
「俺の中を覗くのはやめろ」
これもいつもの会話だ。
コイツはモニタリングしている俺のデータから俺の精神状態を読み取り、常に先手を打ってくる。そして常に最適な結果が出るように俺を動かす。それがコイツの仕事なのだ。
俺はそれが嫌だった。当たり前だろう?自分の心の中が、たかが機械のコイツに全て見透かされているなんて気持ちの良い物じゃない。
だがコイツに俺の中を覗くのをやめろと言っても無理な話だ。俺はコイツに「使われる機械」なのだ。コイツはコイツなりに自分の仕事をしているに過ぎない。
俺は、ヘッドギアを外した。
〈また寝るのか〉
A.Iが聞いてきた。俺は応えなかった。
任務開始までのタイマーがカウントダウンを続ける。あと3時間後には、もしかしたら俺はこの世から消えているかもしれない。別に生きる事に執着があるわけでは無いので自分が消滅しようと何とも思わないが……。
最後の時間になるかもしれないんだ。好きにさせてくれ。
〈大丈夫だ。今回も生き残るよ〉
A.Iが機械らしく無い事を言った。俺は耳を疑った。
何だコイツは。「ハンドラー」よりもヒトらしいじゃないか。コール前の小言も本当に俺を気遣う為だったのか……俺が”ハンドラー”からの無駄な嫌味を聞かなくても良いように……
俺は何も応えず、静かに目を閉じた。
また、あの夢を見なければ良いんだがな……。
『大丈夫よ。私があなたを守ってあげる……』
慈愛に満ちた優しい声が聞こえた……。
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