第三話--生き残ると言う事--01
俺はハンガーで「H.M.A」の整備をしていた。
ハンガーは「H.M.A」とギャレイの格納だけではなく大掛かりな整備も出来るようになっているので、ちょっとした工場のような感じだ。このハンガーは元からこの穴倉に放置されていた設備で、今は13台分のハンガーが使われている。
ハンガーの奥には厳重に扉で隔離されている場所がある。この扉の奥には何があるのか、見た者は誰もいない。興味が尽きない場所ではあるのだが、余計な詮索は身を危険に晒すことになる。
不思議なことに、この穴倉は他にも様々な設備が使える状態で放置されていた。
誰が何の為に?
当時ここに逃げ込んだ人間にはそんな事はどうでも良い事だっただろう。自分の身を守る為に、そんな事を考える余裕は無い、ただ「裁き」から逃れ生き残る事しか考えられなかったはずだ。一つの都市とも言える施設が揃っているこの穴倉は、そう言う意味では正に逃げ込むのにうってつけな場所だったのだ。
しかし、ここに逃げ込んだ人類が多少なりとも余裕が生まれた時には、この「H.M.A」を動かす事が出来る技術者は消えていた……
この穴倉の施設を解説した資料だけを残して……
この資料の原本は、超重要機密扱いになっている。「上の連中」でさえ、何処に保管されているのかわからない。噂によると、「神託」を受けた王族しか知らないと、まことしやかに言われている。
とはいえ、この機密資料を基に今では失われた知識が焼き付けられているのが俺たち「コネクター」だ。
「コネクター」が他の「奴隷」よりも少しばかり優遇されている理由がここにある。
今は誰も知らない「特別」な知識を俺たちは焼き付けられていると言う事、言ってみれば「裁き」以前の技術を、俺たちは使う事が出来る。これは、普通のヒトには脅威な事だろう。なんせ、鉄の塊を自由に動かす事が出来るのだから。
しかし、俺たちは自由にその技術を使う事は許されていないし、出来ない。この「知識」には厳重なプロテクトがかけられているからだ。この知識を使う事が出来るのは、任務」と「整備」の時だけで、この時だけはプロテクトが外される。これらは「上の奴ら」の為に使う事が前提で、少なくとも「奴隷」の為に使う事は無い。
「上の連中」は「裁き」以前の知識や技術は、自分たちの支配の妨げになると考えたのだろう。
そんな理由でこの「知識」は「コネクター」の特殊技能となっている。しかし、俺たち以外に、この「知識」を持っているものがいなければ、必然的に「H.M.A」の整備は、俺たち「コネクター」が一人でやる羽目になる。
たった一人でこの大きな鉄の塊の整備ともなれば、通常の分解整備、いわゆるC級整備で丸一日を潰すことになるわけだ。それよりも上のB級A級ともなれば、最低でも1週間はかけなければならない。なかなか骨の折れる作業だ。
それに……もう一つ理由がある……
コイツが俺たち以外に触られるのを嫌がるのだ。
コイツらは、機械のくせに我儘だ。
しかし手間を掛ければかけてやるほど素直に動いてくれる。だから、俺は暇を見つけたら、通常の整備以外でも、コイツに手をかけてやるようにしている。それに俺自身、監獄のような自室にこもっているより、ここにいて「H.M.A」の世話をしている方がずっと居心地が良い。
ふと、俺はA.Iに聞いてみた。
「おい、家族ってなんだと思う?」
〈何を言い出すんだ急に。お前らしく無い質問だな〉
明らかにA.Iは驚いていた。それはそうだろう、俺もこんな事を聞くつもりは無かったし、こんな事を聞いた事も無かった。元々家族の記憶が無い俺には、そんなものに関心はまるで無かったからだ。
しかし、duoのあの感情には少し興味が湧いていた。仮初でも「家族」に育てられたduo達の感情と「家族を持つ事の意味」それを聞いてみたかったのだ。
「家族を持つと何か変わるのか?」
俺は質問を変えてみた。
〈家族が欲しくなったのか?〉
コイツは、俺の中を覗くくせに、たまに的外れな答えを返してくる。俺は思わず笑ってしまった。
〈なんだ?何がおかしい?〉
「いや、お前の言っている事があまりにも的外れなんでな」
〈私は、今までの会話から推測したのだが……やはり人間の思考は理解出来ない〉
「なんだ?俺の中を覗かなかったのか?」
〈必要な時以外は、そんな事はしない〉
A.Iが少し不機嫌になったようだ。なかなか面白い反応だ。機械でも拗ねる事が出来るのか?
それにしても……
コイツはいつも監視の為に俺の中を覗いていると思っていた。
「今までもか?」
〈ああ。私は任務以外では、そんな非効率的なことはしない〉
コイツとは長い付き合いになるが、そんな事は全く気が付かなかった。俺はいつもコイツに監視されていると思っていた。少々認識を改める必要があるかもしれない。と言っても、信用はしていないが……。
そもそもコイツとこんな無駄話をすることは無かった。ましてや任務以外にコイツとコミュニケーションを取る事など無かった。コイツが戸惑うのは当然と言える。
俺がこんな無駄話をする気になったのも、duo達の影響だろうか……
しかし……なぜ?
duo達とは長い付き合いになるし、何度も合同任務をこなしている。それでもunusとの簡単な挨拶以外は、これと言って話した事は無かった。
なぜ、今日に限って奴は話しかけてきた?さほど接点のない俺に……
俺は無駄だと思いつつもA.Iに聞いてみた。
「今朝、『αチーム』のduoと一緒に朝飯を食ったんだ。奴から話しかけてきてな。今までそんな事は無かった。なぜだと思う?」
我ながらまるで子供の質問だ。こんな事をコイツに聞いた事を後悔した。
「いや、良い……忘れてくれ……」
〈おかしな事を言う奴だ。やはり人間の思考は理不尽だ〉
確かにコイツの言う通りだ。人間は理不尽な生き物だ。理不尽ゆえに、時に思いもかけない行動を取る。
俺は今朝の事を思い出していた。リンにパンを渡した事を……あれこそ理不尽以外の何者でもない。
〈おい、何を作っているんだ?〉
A.Iが俺に聞いてきた。コイツも普段と違ってよく喋る。俺が何をしてようが気にしない奴だったのに……
「うん?任務に使えるかと思ってな」
俺は「H.M.A」の整備が一通り終わったので、ちょっとした装備品を自作していた。俺たちは自分で必要だと思われる装備は自作する。このハンガーには、装備を自作するくらいの設備は整っている。
「お前も、いつでも使えるようにしておいてくれ」
俺はA.Iに今作っている装備の仕様書をインストールした。
〈わかった。なかなか面白い物だな〉
「こんな物は使わなければ使わない方が良いんだがな」
〈そろそろ『ハンドラー』からの定時連絡が来るぞ〉
俺は、作業の手を止め、ハンドラーからの連絡を待った。
今回から第三話となります。
次回の更新は6月2日月曜日、朝7:30となります