第二話--duoとリン--04
duoは複雑な顔をして言った。
「そっか、気に入って貰えると良いなぁ」
duoが心にも無い事を言っているのは誰の目にも明らかだった。duoも「使用人奴隷」がどんな目に遭うかは知っている。本音はそんな所へは行かせたく無いのだろう。しかし俺達には「貴族」に抗う術はないのだ。duoの悔しさが伝わってくる。
「うん。でもそうなると、もうduoさんとSINさんに会えなくなっちゃうね」
duoの不安と憤りを知ってか知らずか、リンは寂しそうに言った。
「そんな事気にすんな。俺たちはずっとリンの事覚えててやるから。リンはリンの幸せを考えろ」
ずっと覚えている……
俺たちには不可能に近い事だ。「上の奴ら」はこんな些細な思い出さえも簡単に奪い去っていく。
「うん!じゃ、これ持ってくね。duoさん、SINさんありがと!」
リンはそう言って笑うと、パンが二つ入ってパンパンに膨れ上がったポケットを不器用に隠しながら、小さい身体で重い配膳カートを押して行った。
俺たちはその姿をしばらく見ていた。
リンは急に振り返り、
「ありがと!おにいちゃん!!」
duoは照れくさそうに笑いながら、手を振った。
「おにいちゃんか……久しぶりに呼ばれたな」
duoは懐かしそうな顔をしていた。
「良い子だろ?俺の妹もあんな感じだったんだ」
duoがポツリと呟いた。
「いつもニコニコ笑っててな。おにいちゃん、おにいちゃんてまとわりついてな」
思い出話をするduoはいつもと少し違っていた。
「今頃どうしているんだか。もう大きくなったかな……」
俺たち「コネクター」は家族に会う事は決して許されない。「コネクター」としての適性が認められた時点で、家族と引き離され「特殊な教育」を受ける事になる。
「家族がどうなっているかなんて、ここから出られない俺にはわからん。だけどな、俺がここで生きている限りは、家族は食う事が出来る。それで良いんだ……」
鮮明に「家族」の記憶が残っている、duo達第一世代には「家族」と引き離されると言うのはひどく辛い事だろう。それでも「コネクター」として生き続けてている限りは「家族」に多少の援助と優遇が与えられている。
それが「家族」を持つ彼らの唯一の救いなのだ。
「家族」のいない俺には、わからない感情だが……。
しかし……
どうせ記憶を改竄されるのだ。なぜ、「家族」の記憶だけを残す必要がある。奴隷にとって1番大切にしている心の拠り所の記憶を……。
そこには「上の奴ら」の残酷な思惑が見て取れる。「支配者」は「支配される者」の一番弱い所をつき、ヒトを支配から抜け出せなくするのだ。
「あの子を呼んだ『貴族』良い奴だと良いな」
duoは、ふと寂しそうに呟いた。
「そうだな……」
俺もそれ以上答えられなかった……。
俺たちの間に、何とも言えない空気が漂っていた、その時、
「こんな所にいたのか!duo!探したぞ!」
大きな怒鳴り声が聞こえた。
怒鳴り声の主は「αチーム」リーダーunusだ。俺たちより年長のこの男は、声も大きいが身体も大きい。
duoと良い、このunusと良い、このチームの人間は表情が豊かだ。とても「マインドコントロール」をされているとは思えない。
「そろそろ任務の時間だぞ」
「良い加減にしてよね。あなたを探すのに、あちこち探しちゃったわよ」
大男の後ろに付いてきた、こちらの口うるさそうな女性は、「コネクター」の中で唯一の女性tresだ。
もちろんtresも「マインドコントロール」をされているのだが、unusやduo同様、豊かな表情を持っている。
これは「家族」の中で育った第一世代の特徴とも言えるかもしれない。
プロトタイプである俺以外の「コネクター」はラテン語読みの数字がコードネームとなっている。unusが1、duoが2、tresが3だ。過去の名前は「コネクター」となった時点で消去される。
俺を含めて13名の「マリオネット・コネクター」が世代毎4チームに分かれ、それぞれ任務にあたっている。
その中でもプロトの俺は、どこのチームにも属さず、単独任務が中心だ。たまに合同任務もあるが、俺は単独任務の方が下手に気を使わず気が楽だ。
それでも「αチーム」のメンバーとは、何度も合同任務で顔を合わせている。他のチームに比べて、比較的、俺にはやりやすいチームだ。
それは、コイツらの感情豊かな所が起因しているかもしれない。俺はコイツらの事は嫌いでは無かった。
「それにしても、あなたにそんな少女趣味があったなんてね」
tresは、duoをからかうように言った。duoは慌てて否定をした。
「ちょっと、変な言い方をしないでくれる?そんなんじゃなくて……」
「わかってるわよ。シスコンなんでしょ」
tresはduoを楽しそうにからかっている。
「そんなんじゃねえよ!」
duoはムキになって言い返した。本当にこのチームはうるさい。コイツらをまとめるunusの苦労が偲ばれる。
しかし、コイツらはこれでも、数々の任務をこなしてきた、優れたチームに違いはない。第一世代の残りはこの3人しかいないのだから。
tresはムキになって反論しているduoを無視して
「それより、そろそろ時間よ。時間に遅れると、また『ハンドラー』に何を言われるかわからないわよ」
「ハンドラー」はここでも嫌われている。これは奴の才能と言っても良い。
逆に清々しいとも言えるな。
俺はそんな事を思った。こんなにも分け隔てなく嫌われていると言う事は、誰にでも同じ態度をとっていると言うことに違いない。
「もうそんな時間か?やばいやばい、ゆっくりしすぎちまった」
うるさいこの二人のやりとりを半ば呆れて見ていると、目の前に大きな手が出てきた。
「SIN、次は同じ任務だな。よろしくな」
unusが握手を求めてきた。本当に律儀な男だ。毎回、合同任務の前にはこうやって挨拶をしてくる。
こんな律儀な男はここでは長生きする事は出来ないがunusは俺に次ぐ古参だ。どのような状況でも確実に任務をこなし帰還してくる強さとこの風貌で、一部の奴隷の中では英雄視されているらしい。その為か上からは俺と同じくらい評判が悪い。上の人間には「奴隷達」の拠り所となりうる「英雄」はいらないのだ。
当のunus自身はそんな事を気にもしていないようだが……
「SINは今日任務は?」
tresが聞いてきた。人の行動なんてどうでも良い事だろうに。
全く、このチームの奴らは、なぜ俺に干渉してくるんだ。そうは思いながら悪い気分はしないのだが……。
「今日は、『H.M.A』のC級整備だ」
「そう。だから今日はゆっくりなのね。C級整備、頑張ってね」
「じゃあな。SIN!また一緒に飯食おうぜ!ほら急がないと、『ハンドラー』にどやされるぞ」
「元はと言えばあんたのせいじゃないの」
また始まった……。
duoとtresの掛け合いは仲の良い姉弟のようだ。全くこれから任務に出ていく悲壮感が感じられない。本当に不思議な奴らだ。
「じゃあなSIN。ほら、戯れてないで行くぞ」
unusが二人を引っ張っていった。
うるさい奴らがいなくなり、静寂が俺の周りに漂う。ちょっとした寂しさが感じられた。
「俺も奴らに感化されたかな」
俺は独り言を呟いていた。こんな姿をA.Iが見たら何と言うだろう。
びっくりするだろうな……。
そう思うと可笑しくなった。
俺は今まで騒がしかったテーブルから離れ、リンが働いている姿を横目に食堂を出た。
「Helios」をバラして、全部、細かく見てやらなければならない。ここで手を抜くわけにはいかない。命に直結するからだ。それにこの前の任務で「Helios」には無茶をさせたから、少しは機嫌をとってやらなければとも思っていた。
やっぱり奴らに感化されているな……機械に機嫌を取ってやるなんてな
俺は「Helios」が待っている整備ハンガーに向かった。
今回で第二話は終わりとなります。
次の更新は30日金曜日朝7:30となります。