第二話--duoとリン--03
リンは改めて俺を見ると、明るく話しかけてきた。
「SINさんって言うんだ。私はリン!これからよろしくね!」
俺は、リンの笑顔が眩しくてまともに見る事ができなかった。俺はこう言う事は苦手だ。
「ああ、よろしく……」
俺はこう答えるのが精一杯だった。duoはそんな俺を見てニヤついている。duoにこんな顔を見られるのは屈辱的だ。
「コイツはな、俺たち『コネクター』の中でも、一番『H.M.A』の扱いが上手いんだ」
やめろ。余計な事を言うな!
リンが目をキラキラさせて聞いている。
「じゃさ、SINさんも海とか見た事ある?」
俺は躊躇いながら答えた。
「……ああ、あるよ」
「そっかぁ、良いなぁ。私も見てみたいなぁ」
「見れると良いな。いや……見れるよ」
俺も小さな嘘をついた……
いや、小さくは無い。外の世界は不毛の大地が広がっているだけ、海は血の色だ。この世界が絵本の中のような世界に戻れるのか誰にもわからない。
それに……それに、奴隷が自由に海に行く事なんて出来ない……
「SINさんもお食事終わった?」
リンは、俺のそんな気持ちを知らずに屈託なく言った。
「うん?ああ。終わってるよ」
「じゃ、duoさんのと一緒に持って行くね」
リンはカートに俺の食器を片付け始めた。
俺は少し緊張しながら、duoと同じようにリンに目配せをした。俺の目配せに気がついたリンはテーブルの下を覗いた。リンの大きな目が一際大きくなった。
「残り物だけど、みんなで食べな」
俺はduoと同じように残り物のパンをリンに渡した。
「良いの?」
リンが恐る恐る聞いてきた。
「ああ、もうお腹いっぱいだ」
俺はこの子の笑顔が見たいと素直に思ったのだ。
リンの顔ははち切れそうな笑顔でいっぱいになった。
リンの笑顔は周りを明るくしてくれる。俺もぎこちないながら笑みが溢れた。
「ほーん。お前でもそんな顔するんだな」
そんな俺を見ていたduoがまた余計な事を言い始めた。コイツは俺のA.Iよりも嫌なやつだ。
「SINさんありがとう!みんな喜ぶよ!duoさんの友達って良い人だね」
「だろ?コイツはこう見えて良い奴なんだ」
なぜかduoが得意気に言った。
「うん。SINさんありがと!」
「ああ」
リンはパンを丁寧に隠して小さな体で配膳カートを押し始めようとしたが、ふと何かを思い出したようにこちらに振り返った。
「そうだ、duoさん。私ね、貴族のお家にお呼ばれしたんだ」
リンは嬉しそうに言った。
俺は嫌な予感がした。duoも俺と同じ事を考えたらしい。顔が一瞬曇ったように見えた。
「もしかしたら、そこで雇ってもらえるかもしれないんだよ」
「祝福の刻印」を持つ「上級市民」は、大きな権力を持っている。この「都」の中枢を占めている選ばれた人種だ。
その中でも「神託」を受けた「神の刻印」を賜った王家に連なる者たちは「貴族」と呼ばれている。
この「貴族」は「上級市民」よりも遥かに大きな権力を持ち、たとえ罪を犯しても裁かれる事は決して無い。「神の刻印」を持つ者達は決して「奴隷」に落ちる事は無く、文字通りこの世界の「神」の現し身なのだ。
そして、奴らの最も悪趣味なところは、何人もの奴隷を抱え、あらゆる身の回りの世話をさせている事だ。それこそあらゆるだ……
「貴族からのお呼ばれ」とは、自分の身の回りの世話をさせる使用人を選ぶ為のオーディションだ。
あくまで表向きはだが……
「そっか……」
duoは自分の不安な気持ちをリンに悟られないように静かに言った。すると、リンがduoの頭を撫でて
「大丈夫。大丈夫」
「なんだ?」
頭を撫でられたduoは不思議そうに目を丸くしている。
「へへへ、さっきduoさんがしてくれたじゃん。お返しだよ。」
「お返しか……」
duoは照れたような、なんとも言えない顔をしている。
「ありがとなリン……ありがと、元気出たよ」
「ほんと?良かったぁ」
リンの顔が笑顔で一杯になった。
「お呼ばれされたんだったら、リンこそ元気一杯で行かないとな」
duoは思ってもいない事を言った。duoの目が寂しげにリンを見ている。リンはそんなduoの目には気が付かずに明るく振る舞っている。
「うん。もし雇ってもらえたら、私だけじゃなくって、家族みんなで市民になれるかもしれないんだよ。頑張って雇って貰わなきゃ」
リンは嬉しそうに話していた。
いや、リンも気が付いているのかもしれない。duoを心配させない為に、家族の為に気丈に勤めて明るく振る舞っているのだ。
「獣の刻印」を持つ「奴隷」が「市民」になる為には、「『都』に貢献する事」が求められる。
「貢献する事」単純に言えば、莫大な金額の金を払えと言う事だ。
到底「奴隷」にはそんな金を用意できるわけがない。しかしそれでも市民に上がる事を夢見て、自ら危険な仕事に向かう。賃金が割増しになる上に、もし自分が命を落としても、残された「家族」が当面の間は生活に困る事はない僅かばかりの見舞金が支払われるからだ。
それともう一つ……
金銭を払わなくても市民になる方法がある。
それは「貴族への奉仕」
ハウスメイド以上の使用人に昇格することだ。
ハウスメイド以上の職務は「市民」でなければなれない決まりとなっている。「貴族」のハウスメイドは「市民」の中でもステータスの一つとなっている。「貴族」に近ければ色々と便宜を図ってもらえるからだ。その「市民」を差し置いてハウスメイドとなるには、主人である「貴族」に、あらゆる事で気に入られなければならない……。
しかし……ほとんどの「使用人奴隷」は消えていく……
何にしても、リンにとってはチャンスには違い無いはずだと思いたい……
本音は、そんな所には行かせたくはない。duoももちろんそう思っている。しかしそれは無理な話だ。
「奴隷」には拒否をする選択肢なぞないのだから……
次回の更新は26日月曜日、朝7:30となります。