第二話--duoとリン--02
「duoさん、これ食べ終わった?」
食堂の下働きの少女がduoに親しげに話しかけて来た。少女を見て、少し寂しげだったduoの顔が緩んだように見えた。
「ああ、終わってるよ」
duoは優しく少女に言った。
少女は、かいがいしくduoの食器を配膳カートに片づけ始めた。子供と言えど「奴隷」は働かなくては生きていく事は出来ない。大人も子供も無いのだ。
duoはテーブルの下で何かごそごそとし始めた。
何をやってるんだ?
俺は不思議そうにduoを見ていた。
「リン、リン!」
duoが小声でリンを呼んだ。
「何?duoさん?」
duoはリンに目配せをしてテーブルの下を見るように促した。テーブルの下を覗いたリンの顔に笑顔が広がった。
「ほれ、これ、隠して後で食べな」
duoはリンに食べ残しのパンを渡そうとしていたのだ。
「良いの?」
リンは嬉しそうにduoの顔を見る。その顔は笑顔で弾けそうだ。
「もちろんだ。見つからないように食べるんだぞ」
こんな事はもちろん禁止されている。見つかったら相応の処分が待っているのはduoもわかっている。しかし、それでもduoは幼いリンのために少ない食料を分け与えたのだ。
「ありがとう!みんなで食べるね!」
リンは嬉しそうにduoに言った。duoは少し驚いたフリをして言った。
「おいおい、一人で食べないのか?」
duo、それじゃ三文芝居だよ……
もちろんduoはその後に続くリンのセリフを知っている。俺はおかしくなった。
「お腹すいているのはみんな同じだもん。それにね……」
リンは小声でduoに言った。
「それに、みんなで分け合って食べる方が、美味しいもん」
duoはこの優しい言葉を聞きたかったのだろう。
確かにこんな些細な言葉だけで、殺伐とした中で生きている俺たちは救われる気がする。
duoはリンの頭を撫でた。
「そうだよな。偉いなリンは」
duoは嬉しそうにリンを見つめていた。リンはこんな所でも明るく真っ直ぐな瞳をしている。
強い子だ。
俺はこの二人の温かいやりとりを見ていると、本当の兄妹のように見えた。きっとduoはもう二度と会えない妹とリンを重ねているんだろう。
「duoさん!これね、お父さんから貰ったんだ」
リンは配膳カートに隠してあった絵本をduoに見せた。
「おお!なんだ?綺麗な絵だな」
duoは本を開きながら大袈裟に驚いてみせた。その顔を見てリンも、また嬉しそうな笑顔を見せた。
奴隷には娯楽などと言うものは許されない。ましてや子供の為の絵本などを所有する事は許されるはずも無い。所持しているのが見つかっただけで、処分されてしまう。
リンの父親は、きっと「市民」が捨てた物をゴミの山から見つけて、自分が処分される危険を冒してまでリンの為に拾ってきたんだろう。
捨てられていたゴミとは言え、リンにとってはかけがえの無い大切な宝物だ。
そんな大切な宝物をduoに見せるという事は、リンにとってduoも大切な「家族」だと思っているのだろう。
「ねぇねぇduoさん。この海って何?こんな大きな水溜まりがあるの?こんなに青くてぴかぴか光って綺麗なの?この花って何?可愛くて綺麗だねぇ。duoさん見たことある?」
リンはキラキラした目で矢継ぎ早にduoに質問してきた。duoは少し困惑した表情を見せていた。
現実を知っている俺たちには、リンに本当の事を言えるはずもない。
外に出たことの無いリンにとって、この絵本に描かれているような、美しい花が咲き乱れる緑の大地、透き通る青空、眩しい日差しを受け青く煌めく海の世界、これが外の世界なのだから……
duoはまた大袈裟にリンに話した。
「あるぞ。外は綺麗だぞぉ。空はでっかいし、花は綺麗だし、風も気持ち良い。いつかリンも行けると良いな」
duoは小さな嘘をついた。あと二年もしたらリンも外に出る事になるだろう。せめてその時までは夢を見せたかったのかもしれない。
duo自身、いや、この世界に生きている誰もが、絵本の中に描かれている世界を見た事はない。
絵本の中描かれた世界は「裁き」で破壊され、どこにも残ってはいない……。
「おいおい、それよりも早く隠せよ。見つかったら取られちまうぞ」
ここにはそんな奴はいないのはわかっている。辛い環境にいる「奴隷」同士はお互い助け合って生きている。密告する奴などいるわけがない。こんな環境でも最低限の「奴隷」のルールが存在しているのだ。かと言って大っぴらにこんな事をやっていたら誰に見つかるかわからない。気まぐれに「上」の奴らが来るかもしれないからだ。もしそんな連中に見つかったら、ここにいる奴隷全員が処分される事になってしまうだろう。慎重の上に慎重を期した方がいいのだ。迂闊な事をすれば、どんなに些細な事でもそれが命取りになる。duoはそれを遠回しにリンに教えているのだ。
リンは慌てて絵本を隠した。
急にduoは俺の顔を見てニヤリと笑った。俺は何か嫌な予感がした。
「リン、コイツはSINって言うんだ。コイツは友達がいない寂しい奴だから、友達になってやってくれよ」
嫌な予感は当たった。本当にコイツは余計な事を言う。しかし、不思議と悪い気はしなかった。これもduoとリンの二人を見ていたからかもしれない。
不思議なのだが、俺もその中に入りたいと思った。こんな感情は今まで一度も生まれた事はない。ここにA.Iがいなくて良かったと心底思った。もし奴がいたら、俺の中を読んで、また余計な事を言うに決まっている。
実際、俺は極力ヒトと関わりを持つ事を避けてきた。皆、俺よりも早く死んでしまうから……
俺はこの二人をいつまでも見ていたいと思った。
次回の更新は23日金曜日、朝7:30となります。